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お兄様の眉間に皺が寄った。また機嫌が悪くなりそう・・・というか、今日は本当に感情が豊かじゃない?いつもと様子が違いすぎる。


「なぜ、お前がリスベットの隣に座る。体も近い、離れろ」


「お嬢の護衛なんで断る」


うわっ、目付きが鋭くなっていく。あまり煽らないでほしい。というか、全然臆しないトーマが凄すぎ。怖くないのかな・・・怖くないか、この人も怖い人だし。

この怖い人達に私は囲まれているわけだけど、トーマは信頼できるって理解してる。お兄様も普段より感情が分かるから話しやすい。何より私の味方だから安心している。


「王子とは何もなかったってよ」


悶々と考えていたらトーマが声を出した。私が言おうとしたことを、いきなり話し始めた。

びっくりして彼を見ることしかできない。言っちゃうんだ・・・言いづらかったから任せてもいいかな。


「何?」


「だから・・・はっきり言いますよ?」


言葉の途中で、彼はお兄様に向けていた顔を私に向けた。

了承を得ようとしてくれるから頷く。言ってくれたほうが気が楽だから。甘えてるなって自覚はあるけど、トーマが頼りになるって気持ちのほうが強い。


「王子と性行為はしてないんだと。お嬢は自分の体をしっかり守ったんだ。妊娠の心配なんざ杞憂ってわけだぜ」


「・・・なぜ、お前が知っている」


お兄様の声がちょっと厳しい。まだ怒っているように感じる。なんでだろう?


「お嬢が心を許した護衛だから」


「・・・」


な、なんかお兄様からピリピリした雰囲気を発してる!怒りのボルテージが上がっているように感じるけど、なんで怒ってるのか分からない。

どうしよう?鎮めたほうが、いや、私程度に鎮められる?無理じゃない?これはあれだ、話を続けよう!怒りが爆発する前に口を動かす!お兄様の注意を引いて、行動に移さないようにしないと!


「お兄様」


「・・・何だ」


トーマを睨んでいた鋭い紫の瞳がこっちを見る。怖い、純粋に怖い。


「立ち聞きなどと、はしたない真似を私はしました。ですから、お兄様とトーマの会話を聞いてしまったのです。私がセルジュ王子の子を妊娠していた場合、身柄を渡すと知りました。トーマは私の苦悩に気付いて、訴えに耳を傾けてくれたのです。言い淀んでいた私の代わりに、察してくれた彼が伝える役を買ってくださいました」


真剣な気持ちで言えば、お兄様の目付きも和らいだ。トーマは聞きながら私の肩を撫でている。労ってくれているのかな?ちょっとこそばゆくて気持ちが緩みそうになる。

気持ちは絶対に緩めちゃいけない。


「私は自分の体をしっかり守りました。王子に身を委ねていません。ですから、妊娠などの心配はないのです・・・王子が嫌だから嘘を言っているわけではありません。もし信じられないのなら、検査をしてくださっても構いません」


隣りにいたトーマが驚いたかのように吹き出した。信じられないものを見るような目で見てくる。

変なこと言ったかな?確か、処女検査っていうのがあるよね?この世界で読んだ大衆文学の小説にも書かれていたから、検査自体があるのは知っている。なんとなく恥ずかしいことをするとは分かるけど、自分を守るためには恥じらってる場合じゃない。だから提案したんだけど、


「滅多なことを言うな。身分はどうあれ、お前は私の妹だ。何があってもそんなことはさせない」


お兄様も顔をしかめている。やらせないって意思表示もされたから、たぶん、私は変なこと言った。

処女検査ってはっきり言ってないけど、そういう検査だって二人は分かってるし、その選択を提示した私をおかしいって思ってる。

検査がどうやるのか調べておけば良かった。言うべきじゃなかったって自覚させられる。


「あ、あの!」


言い訳を言おうとしたのに、焦って頭が混乱していて何を言ったらいいか、


「言うな、これ以上は何も言わなくていい。お前の覚悟は分かった。信じよう、セルジュ王子に体を許してないのだな。それを確認できたのなら問題ない」


思考がぐるぐるしていたけど、お兄様の言葉を受けて落ち着いていった。お兄様が信じてくれる。私の主張を信じて・・・良かった。変なことを言ったみたいだから、それは忘れてほしいけど、私の訴えを聞いてくれて良かった。

トーマも・・・凄く見つめてくるんだけど、どうしたの?


「トーマ、妙なことは考えるな」


「あ?何も考えてねぇけど?何を警戒してんだよ、オニイサマ?」


そして、また二人が険悪な雰囲気を作り出す。なんでそんなにピリピリするの!気心知れた幼馴染って関係でしょ!


「ええっと、お兄様!もう一つ話したいことがあります!」


場の空気を変えようとしたら、二人の視線が私に戻った。戻ったけど、トーマの視線が怖い。本当にどうしたんだろう。


「どのような話だ」


「あ、はい・・・その、湯の泉でしたか。マナを含んだお湯に体を清めていたときに気付いたのです。常にマナを感じ取っていると。この感覚は、砦から逃げ出したときからありました。無意識ながらその場にあるマナを感じ取って向かう方向を定めた程です。このようなことは初めてで、その・・・魔法使いとして位が上がったのかもしれないと思っているのです」


「常時マナを感じ取れるようになったから高位の魔法使いになれたかもしれんと?勘違いも甚だしく、程度が低い」


ひえっ、久しぶりに言葉で殴られた!この感情の見えない冷たい眼差しと言葉が効く。精神に効いてくる。辛い。

ああ、トーマが頭を撫でてくれてる。目も穏やかになっているし、これは慰めてくれている。本当に優しい。


「甘やかすな」


「俺のお嬢を甘やかして何が悪い」


「お前のリスベットではない。調子に乗るな」


相変わらず、きっぱりしている。

ここへ来てお兄様の感情豊かに見える原因が分かってきた。たぶんソニアさんの影響だとは思う。彼女の温和な雰囲気に影響されているから、人らしく見える。完全に変わったわけじゃないとも分かったけど。

お兄様の性格がいい方に変わっている。今までで一番話しやすいもん。


「確かに、常時マナを感じ取れるのは高位の魔法使いとなる兆しではあるが、グラン家の者としては普通だ。当たり前のことを誇るな」


(グラン家の普通は一般の普通と違うんですが!?)


こんな突っ込みはしちゃいけないって分かってる。だから、心の中で留めた。勢いで突っ込まなかった私は偉い。


「話の続きをさせていただきます。魔法使いとしての才が僅かながら芽生えてきたと私は思いました。そして、セルジュ王子は私が魔法を使ったことを知っています。そこから王子が婚約者に戻そうとするのではないかという懸念があるのです。私が王家から婚約破棄をされた理由は、魔法が扱えないから。扱えると知ったのなら破棄の撤回をするのではないでしょうか?」


「魔法が使える、才能があると王子の婚約者に戻そうとしても我らの父上が許さん。相手はグラン家の娘を拐い、虐殺の指示を出した重罪人だ。その身が清らかだと証明がされた今、罪人にお前を渡すつもりはない」


本当にきっぱり言ってくれる。頼もしくて安心しか与えられない。

心配事は全て解決した。私を除籍したグラン家が私を守ってくれる。それでいいのかなって思ったりするけど、相手は王子だし、背後には王家がいる。一人じゃどうにもできない強大すぎる相手。このまま守ってもらったほうがいい。

縁を切りたかった実家に助けを求めるのは情けないと思う。それでも幸せになるためには仕方ない。


(ある程度、魔法が使えるようになったら世界を旅するのもアリかもしれないけど・・・)


お父様は私の管理がしたいだろうし、無理だろうな。


「失礼致します」


リビングにソニアさんの声が届いた。惹かれて見れば、彼女は木製のトレイを持って入口の前にいる。トレイの上には湯気立つ深皿とロールパンの形をしたパンがあった。

近付いてくることでいい匂いが鼻に届く。コンソメと野菜を煮たような匂いがする。


「お待たせ致しました。消化にいい野菜スープと柔らかいパンをお持ちしました。お口に合えばよろしいのですが」


柔和な笑顔を浮かべてテーブルにトレイごと置いてくれた。

ああ、琥珀色のスープに小さく刻まれた野菜が食べやすくて美味しそう。勿論、パンも千切り易いそう。気遣いが本当に有り難い。


「ありがとうございます」


「どういたしまして」


笑みをそのままに、ソニアさんはお兄様の脇に移動して控えた。恋人というよりは従者みたい。お兄様の気質的にそうなっちゃうか。

二人のことだから口に出せないし、黙って夜食を食べよう・・・トーマがくっ付いてるから食べ辛い。離れてくれないかな?


「離れろ、リスベットが食事を取れない」


「お前に言われなくても分かってんだよ」


お兄様の一言で離れてくれた。いや、私が言うべきだったよね。今度は自分から言わないと。

テーブルが低いから、トレイの上の深皿を手に取って、持ちながらスプーンでスープ掬い食べる。思った通り凄く美味しい!

でも、この国の様式的に食器を持ちながら食べるのは行儀が悪いとも思う・・・持ってきてもらったし、ここから離れるつもりもないし、いいかな?お兄様も何も言わずに見てるだけだからいいか。


「ソニア、準備を頼んだ」


「はい」


私が食べ始めたのを和やかに見ていたソニアさんに、お兄様は何かを頼んでいたみたい。声をかけられた彼女は、一礼をしてリビングを後にした。

この部屋にはまた三人だけ。もう何も言うことはないから、夜食を食べ進めよう。


「治療所を監視する人数が増えた。全員が王家の紋章を持つ衛士、つまりは王子の部下だ」


黙々と食べていたらお兄様が話し始める。様子から察すると、私じゃなくてトーマに話しかけたんだろう。

私に関係があることだし、聞かせてもらおう。


「王家に派遣していたアサシンは全員引き上げさせているからな。奴らにまともな諜報活動なんてできねぇよ・・・ハッ、ウケるわ」


そう言いながらも笑ってないんだけど。


「私怨でアサシンを動かすな」


「俺は間違ったことはしていねぇよ。俺の部下を道具扱いする野郎が王子なんだ。輩出した王家全体が信用できねぇ。もう大事な部下を預けるつもりはないね」


(アサシン達の頭領、それを輩出してきたのがバルデル家。今のアサシンの頭領はトーマだから、この人はバルデル家の当主でもある・・・王家はバルデル家からの信用を失った)


お兄様の攻略ルートのみでトーマの立場が分かる。一介のアサシンではなく、バルデルっていう四大貴族と同じくらいこの国に仕えている旧家の人間。殺人が生業だから公には出ないけど、国を統べる王家にとって重要な一族には変わらない。

お兄様のルートなんて一回しかクリアしなかったから、すっかり失念していた。トーマはかなりの重要人物。王家は勿論、貴族からも蔑ろにしてはいけない人間で、そんな人の反感を買えば国が傾く可能性もある。


護衛という立場で、アサシン達は王家に深く絡んでいた。その内情なんて他家よりも詳しく、それは四大貴族達も同じ。彼らの情報だってアサシン達は詳しく知っている。

そのアサシンから信頼を失えば、常磐が脆くなってしまう。王家としては、かなり不味いことになっていると思う。守備面でも情報面でも防御が下がっている。他国の諜報員に知れたら危ない状態。


「王家と俺達アサシンの関係なんざどうでもいいだろ・・・現状のことを考えようぜ。このままお嬢を匿って篭もるつもりかい?」


「私の結界を破れる人間など王子側にはいないが、いつまでもこの治療所にいるのは最善とはいえない。状況が悪化することを待つだけだ。ソニアにも迷惑がかかる」


こういうことを聞くとソニアさんが大事だって分かる。本当に彼女が好きなんだ。


「無愛想なお前を好きになってくれた姉ちゃんだもんな。大切にしないと」


「・・・不必要な話はしない。馬車は郊外に控えさせている。早朝にはここを出るつもりだ。それまで監視に付いてる衛士達に注意を向けろ」


「分かった」


からかう言葉を切り捨てたお兄様は、ソファから立ち上がる。紫色の眼差しで私を見下ろしてきた。


「食事は終わったようだな。聞いていただろうが、早朝にはグラン家へと出立する。準備はソニアに任せてあるからお前はもう少し眠れ。いいな」


「はい」


しっかり答えたらお兄様は頷いて、トーマに声をかけるとリビングの出入り口に向かった。

トーマもそれに続いて、わっ・・・ああ、私の頭を撫でてきた。見上げたら優しい顔もある。


「ちょっと怖いお兄ちゃんと話してきますね」


「お兄様と対等に話せるあなたも十分怖いですよ」


ポロって本音を言ったら彼は笑った。顔が近付いてきて、私の額に唇を当てる。またキスしてきた・・・。


「・・・あの、これも忘れたほうが?」


「しようと思ったからチューしたんです。今回は忘れないでください」


体温が上がって熱くて、ドキドキしてる。そんな私を置いて、トーマはリビングから出ていった。廊下からお兄様の声が聞こえる。「不必要に触るな」とか言ってるけど、これからも触れられる。

王子に拐われる前より明確にスキンシップが多くなっている。自分を意識しろって言われている気がする。何のつもりか分からないけど、情のせいで保護欲が高まっているのかもしれない。


(私は意識しちゃいけない。まだヒロインを知らないトーマなんだから)


ヒロインに会ったら変わってしまう人だから、自分自身の気持ちは抑える・・・そういえば、ヒロインはどうしているんだろう?ウィザードになっているから王城にいるだろうけど、あの王子のいる城だから心配になってしまう。


(誰か、良心のある王家の人が匿ってくれたらいいんだけど・・・)


空になった食器をトレイに乗せて持ち上げた。転ばないように、足元に注意を払いながらリビングを出る。

廊下にお兄様達はもういない。どこかの部屋で話しているんだろう。

足音が聞こえた。右の方を見れば、ソニアさんが衣類の入ったバスケットを持って歩いていた。


「まあ、リスベット様!お食事はお済みになられました?」


「はい、とても美味しかったので完食しました。ありがとうございます」


にっこり笑う綺麗な人。凄く眼福だなって思っていたら、手を差し出される。


「食器はわたくしが片付けます。こちらへ」


「え、でも、洗濯物が」


「あ、そうですわ!こちらの用意がありました。すっかり忘れていました・・・わたくし、一つのことに集中すると他のことが頭から抜けてしまいがちなのです」


かっわいい・・・!!

恥じらって口元に手を当てる所作も、赤く染まった顔も、何もかも可愛い。こんなほんわかした人が何でお兄様とお付き合いをしているのか本当に理解できない。


「あの、リスベット様?」


「ああ、申し訳ございません。少し考えごとをしていました・・・では、私が食器をキッチンまで運びます。そのあとで洗濯物のお手伝いをさせてください」


「そんな!あなたのお手を煩わせるわけにはいけませんわ!」


「お兄様から聞いていると思いますが、今の私の身分は平民なのです。家事等もやっていますので、お手伝いさせていただいたほうが気が楽になります」


「・・・そうですか?では、お願いしますわ」


少し困ったように眉を寄せていたけど、私の言葉にその顔は明るくなって、最後には微笑みを浮かべてくれた。

可愛い、癒やされる。


「洗濯物といってもマジックアイテムで乾かしたので、あとは畳むだけです。こちらはリスベット様の持ち物、隠匿の効果がある外套とワンピースに下着です。寝室に戻られたらお渡ししますね」


「ああ、そうだったのですね」


「キッチンに行かれましたら、次は衣装部屋に行きましょう。リスベット様の明日の衣服を決めないといけません。薄地のワンピースのままでは風邪を引いてしまいますもの。またわたくしのお古になりますが、よろしいでしょうか?」


「ええ、勿論。重ね重ねありがとうございます」


笑みを返せば、笑みで返してくれる。この人がゲームと変わらずいい人のままで良かった!


キッチンに行って食器を片付けたあと、ソニアさんに衣装部屋へと案内された。大きめのバッグに洗濯した外套類を入れた彼女は、私が着る服を探してタンスを開ける。

その姿を見つめながら口を開いた。ずっと聞きたかったことがあったから。

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