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「色々あったから疲れただろ?今日はゆっくり休んでください。この治療所はアシュレイの結界に守られている。お嬢に酷いことをしようとする奴は入ってこれません」


「セルジュ王子も?」


「勿論」


しっかりとした声で即答されたから安心してしまった。

優しい人、頼ってはいけないのに身を預けてしまいたくなる。守ってくれると確信してしまっている。


「トーマ、こちらに座ってください」


「・・・どうしました?」


一瞬、表情が無くなったけど、すぐに微笑んでくれた。優しい顔で私に近付いて、私が招いた隣の席に腰を下ろす。膝が当たってる・・・少し離れたほうがいいかな?

そう思って離れたけど彼は詰めてきた。膝だけでなく足が密着して、肩も当っている。半身から感じる温もり。覗き込んでくる顔の近さ。

心臓がドキドキするのは照れとかじゃない。これから話すことに対して。私は、話を聞かせた反応が怖くて、強姦されかけたっていう事実を言うのが恥ずかしくて、緊張している。怯えている。

でも、伝えないといけない。自分のために訴えなければ周りに流されてしまう。


「お嬢?」


覗き込んでいる顔を見上げた。更に私に寄るために、トーマは背もたれに手を回す。いつもなら距離が近いと言っているけど、今は重要じゃない。


「話したいことがあります」


「なんです?」


「私とセルジュ王子のことについて」


少しだけ顔が強張った。必死で怒りを抑えているのに、私の言葉で噴出しそうになったのかもしれない。

でも、この人は怒らないって信じている。私にはどこまでも優しいって分かってる。

言わないと、しっかりと言わないといけない。私自身のために、しっかり言うんだ。


「私、セルジュ王子に体を許していません。性行為なんて、していないのです。キスされて、胸も触られた、けど、それだけで、ちゃんと逃げたから大丈夫、で・・・」


ああ、思い出してしまう。覆い被さってきた王子の体。怖い顔で、ギラギラした目で私を見つめていた。肌を撫でた手の感触を、なぞってきた唇を思い出してしまう。

気持ち悪い、胸につっかえが出来たようで苦しい。心臓がドクドクしていて、涙が浮かんでくる。

脳裏に焼き付いていた王子のこと。それが恐ろしくて思い出さないようにしていたんだ。なのに、私は思い出してしまった。

苦しい、凄く苦しい。でも、言わないと、はっきり言わないと駄目。


「妊娠するようなこと、してないから・・・王子のところになんて、連れて行かないで・・・嫌なの、嫌・・・あの人、私を無理矢理・・・」


うまく言えない。涙で視界がぼやけて何も見えない。トーマがどんな顔で聞いているか分からない。

あ、頭に何か・・・トーマの手?大きな手が頭を撫でている。まだ濡れた髪を優しく撫でてくれてる。


「そんな詳しく言わなくてもいいんですよ。お嬢は真面目だな」


「だ、だって、しっかり言わないと・・・王家に渡すかも、しれないって、王子のところに連れて行かれるって・・・」


「やっぱり部屋の前で聞いていたのはお嬢だったか・・・安心してください。お嬢を王家に引き渡す理由もなくなったんですから」


頭を撫でていた手が頬に触れる。涙を流す目の下瞼を指先でゆっくり拭ってくれた。

じっとトーマを見てしまう。瞬きを繰り返したことで、涙が流れ落ちていく。ぼやけていた視界も少しクリアになった。

私を見つめ返していた人は、とても優しい顔をしている。穏やかな灰色の眼差しで見つめている。

惹かれてしまった。守ってほしいって願いを込めて抱き着く。離れたくない。この温もりに包まれたい。


「本当に?」


トーマは抱き締め返してくれた。私の肩と背中に腕を回して、しっかり抱き締めてくれる。


「ああ、本当だ。あんなクソ王子なんかに渡すかよ」


しがみついている大きな胸。筋肉で硬いけど体温も感触も心地良い。抱き締めてくれているから、彼の体を包まれているから安心する。

ちょっと離れようとした?やだ、離れないで。私のことを抱き締めていて。

しがみつく力を強めたら、トーマの動きが止まった。私を抱き締めたまま背中を優しく叩いてくれる。その振動も心地良い。


「・・・昔、誘拐されかけたことを覚えてます?」


「先日も言ってましたね。熱が出ていたので、よく覚えていませんけど」


発熱でダウンしたあの日。

覚えているのは、自分勝手な行動をしたから誘拐されそうになったっていう昔の失敗談について。それと、ヒロインと出会わせるためにトーマを洋菓子店に誘導したこと。


「あのときの誘拐の首謀者はクソ王子だったんです」


「え!?」


驚いて顔を上げれば、トーマは私を見ていた。冗談を言ってはいない真剣な表情だった。


「まだ子供だったお嬢には衝撃が強すぎるから、親父さんが事実は伏せることにしたんですよ。もう王子とは関わりがないんで教えてますけどね・・・実行したのは王子の近従。尋問したらお嬢を連れてくるように命令されていた。親父さんが王子を問い詰めれば『一緒に遊びたくなったから連れてきてほしいとお願いをした』って言ったそうです」


「遊びたくなったって、そんな理由で」


「誰にも知らせずに実行したんだから理由も嘘でしょ。ガキって言ってもあの当時は十四歳の男だ。女の体に対する興味が強い時期です。お嬢を拐って、ちょっと言い辛いですけど・・・結論を言えば、犯そうとしたんですよ」


体が強張る。心臓が握られた感覚もあった。


「婚約者だから体の関係を持っても、それで子供が出来たとしても将来は夫婦になるから大した問題にはならない。だから、誰の目にも届かない王宮の奥に連れ込んで思うように扱おうとした。自分の立場を利用して、お嬢を独り占めにしようとしたんですよ。ガキらしい短慮な考えからの行動ですね」


「憶測混じりではありますけど」ってトーマは付け加えている。でも、納得できてしまう。あの王子なら考えそうなことだと本性に触れたから分かった。


「昔からそんな人だったのですね」


「そうです、昔からやべー奴だったんですよ。そんな野郎に嫁がなくて正解でしたね・・・妃なんて肩書だけの性奴隷にされていたぜ」


ボソリと付け加えられた言葉に体が震えた。トーマの言う通りかもしれない。あんなに欲望に忠実な人だから、私には体しか求めない。身を持って体験したから分かる。

それと、トーマが言っていた「あのとき」とか「今度こそ」って言葉。以前からあった殺意は、たぶん昔の誘拐未遂のときから始まっている。私の護衛として、私を害そうとした王子が許せなかった。殺したいと思うほどに・・・。

私のためにセルジュ王子に殺意を持つなんて、どこまで私に優しいの。なんでそんなに私のことを思ってくれるんだろう。


「あのとき婚約破棄になれば良かったのにな。誘拐未遂の報告を受けた国王は、子供のしたことだと大した問題にせず、王子がお嬢を気に入ってるから流せって言うだけだったんです。親父さんも大事にならなかったから納得せざるを得なかった。婚約者って立場のおかげであの王子は不問にされたんですよ」


トーマの抱き締める力が強くなる。少し苦しいけど、離れ難いから我慢した。今はこの温かさを手放したくない。


「だが、もうあの野郎はお嬢と無関係だ。婚約者なんていうデカい顔もできねぇ・・・あんなクソ野郎には二度と触れさせない。お嬢は俺が守ります。これからも、ずっと俺が側にいるから心配しないでください」


護衛とはいえ過保護だと思う。これほど強く思われているなんて考えられない。私はリスベットなのに。

トーマが大切に思うのはヒロインだけ。彼女に会ったのなら彼女のことを思って生き続ける。そんな人が私を大切にしてくれている。側にいてくれている。


(もしかしてヒロインに出会ってないの?)


そうじゃなければおかしい。

ヒロインに出会ってないから、リスベットである私にも情を向けてくれている。


(そうだ、絶対にそう。私がヒロインに関わろうとしなかったから物語に改変が起きたんだ。まだトーマはヒロインと出会ってない)


だから、甘えていいだろう。

このまま、ヒロインが彼の前に現れるまでは、この優しさに包まれていたい・・・───。






───・・・ふかふかで温かい。凄く気持ちいい・・・気持ちいい?

暗い中で気付いた。なんで暗いかも目蓋を閉じているからって気付いたから、ゆっくりと目を開いた。木目のある天井が見える。頭の下も体もふかふかに包まれていて、ああ、ベッドに寝ているんだ。お日様の匂いがする掛け布団が心地良い・・・じゃなくて、


「トーマ?」


私はトーマに抱き締められていた。直前の記憶はそれで、いつの間にか眠ってしまったからベッドに運ばれた・・・のかな?

状況判断が出来ないのと恋しさから名前を呼べば、衣擦れの音が聞こえた。ソファから誰か立ち上がる。誰かっていうか、赤い髪だから分かってるけど。


「目が覚めました?」


優しい顔のままの人。私の側までやってくると、手で頬に触れて、指の腹で撫でてくれる。擽ったい。でも、嫌じゃない。


「おはようございます」


体を起こそうとすると、頬の手が背中に回って体を支えてくれた。また密着するけど気にしない。安心するからこのままでいい・・・肩に頭を乗せてもいいかな?あ、顔が近いからちょっと恥ずかしい。


「おはようって言うには早すぎですよ、まだ夜中の二時だからな」


「そうなのですか?よく眠っていた気がします」


「疲れていた証拠ですね」


灰色の瞳が私だけを見ている。近すぎて吸い込まれそう・・・って眺めていたらお腹鳴ったんですけど!!ちょっと、トーマも吹き出したじゃん!口を押さえてくれたから息はかからなかったけど、笑いを耐えて震えてるんですけど!!空気を読んでよ、お腹!!


「あ、あの・・・はしたない姿を見せましたけど、その、お腹が空きましたね?」


「ははっ、そうだな・・・ヒーラーの姉ちゃんに飯を作ってもらいますか」


にやにや笑うトーマが動いたから、重心をかけるのを止めた。彼はベッドに座る私から離れて立ち上がると、手を差し出してくれる。支えようとしてくれる優しさに甘えた。

手を乗せたら柔く握られて引かれた。ベッドから降りた私に、トーマは腰へと手を回して支えてくれる。このままくっついて歩くのは恥ずかしいかも。


「一人で歩けます」


「心配なんです、支えさせてください」


もう楽しそうな笑みはない。穏やかな顔で私のことを覗き込んでいる。

せっかく気を使ってくれているのに、変に嫌がったら傷付けちゃうよね。このままでいいか。


エスコートされて部屋を出て、ぴったりくっついたまま、それでいて彼が注意を払いながら廊下を進んだ。階段も降りた。

ずっとくっ付いているのは、やっぱり恥ずかしいなって思うけど、安心できるから離れ難い。暫くはこのままでいたいな・・・。

なんて思ってリビングの方に来たら、リビングの中で衝撃的なものを見てしまった。空気を読まず中まで入らなかった私を褒めてほしい。いや、ドアが開いていたから覗き込んで固まっちゃっただけなんだけど、覗きなんだけど、足を踏み入れるなんて真似はしなかった。


リビングのソファに座るお兄様とソニアさんを見てしまった。

お兄様が彼女の肩を抱き寄せて、その額に口を付けているように見えた。ソニアさんはソニアさんで、顔を赤くしながらもお兄様の太ももに手を乗せて上目遣いで見つめている。見つめているんだけど、え?どういうこと?恋人みたいに触れ合ってるんですけど!?私のソニアさんに何をしてくれてるのお兄様!?

パニックになりそうだからトーマを見上げた。私を見ていたようで顔が合う。


「凄く仲良く見えるのですが?」


「仲良いも何も、あの姉ちゃんはアシュレイの女でしょうよ」


「はぁっ、っ!」


危ない。大きな声で叫びそうになった。急いで口を塞いだけど、気付いてないよね?覗き見していたってバレたら言葉でボコボコにされる。

トーマの視線も何気に痛い。「この人何してんだろ?」みたいな目で見られて辛い。でも、叫んじゃうでしょ?だって、ソニアさんがお兄様の恋人だって言うんだもん。驚くし、理解したくない。ああ、今なら推しを他キャラに奪われたファンの気持ちが分かりそう。


「いつから分かったのですか?」


小声で聞いてみた。いくら物事を察する能力に長けたアサシンだからって人の色恋沙汰が分るとか、どこまで鋭いの。


「まずは前庭にある花畑ですかね?あの花の匂いを何度か嗅いだことがあります。それも、まだ国立学園に通っていたときのアシュレイからだ。あの花は女物の香水か、匂い袋に使われる品種なんです。アシュレイが付けるわけがない。それであいつに女が出来たんだなって前から知ってたんですよ。あいつの女が付けてる、もしくは身近にあるだろう匂いがしたから、治療所に女がいるんだと気付きました」


「た、確かに」


嗅いだことがあると思い出した。お兄様からする匂いじゃないって思い込みがあったから頭から消えていたけど。でも、たまに香っていたはず。


「で、アシュレイとあの姉ちゃんのやり取りで確信したんですよ。この姉ちゃんとデキてんだなって」


・・・嘘でしょ。じゃあ、お兄様は学生時代、つまり七年くらい前からソニアさんと付き合っているってこと?どうしてそんなことになっているの?

だって、お兄様の初恋はヒロインのはず。ちゃんとゲームで独白していた。「初めて好きになった女性」だって。ゲームでは、それまで恋人も作らなかったっていう設定があるのも知ってる。

なのに、何でソニアさんとお付き合いしてるの?私がリスベットになったことで改変が起きたわけ?いや、関係ない。だって、私とソニアさんには接点ないから私が変わっても、ちょっと!!

不意にリビングに目を向けたら、お兄様とソニアさんの顔が近付いていた!キスしようとしている!嘘、駄目!やめてキスしないで!ソニアさんの唇が!!


「トランスー」


「違います!!・・・あっ」


耳元で囁かれた言葉のせいで反射的に叫んでしまった。まずいって思ったときには手遅れだった。

今にもキスをしようとしていた二人の顔が離れてしまってる。恥ずかしそうに顔を真っ赤にして俯くソニアさんと、私のことを鋭く睨み付けてくるお兄様。


(じゃ、邪魔してごめんなさい!!)


だから睨まないで!!視線で刺し殺さないで!!どうしよう、完全に怒ってる!!言葉でボコボコにするだけじゃ済まないかもしれない!!

殺される?いや、お兄様もそこまで・・・殺されるかもしれない。恋に一途な人だもん。恋人がヒロインからソニアさんに変わっただけ。イチャつく二人の時間を邪魔したのなら私は殺される。

あ、ソニアさんが近付いてきた。ごめんなさい、あなた達だけの時間を邪魔してしまって。


「ごめんなさい」


思わず口に出したら、目の前に立つ彼女は少し顔をそらして恥じらっていた。可愛いけど、素直に思えないほどお兄様からの視線が痛い。


「いいえ、お気になさらず・・・それで、如何致しました?」


「お嬢がお腹を空かせちまったんです。飯を作ってもらえらた有り難いんですけど」


固まってしまっていた私の代わりにトーマが答えてくれた。それにソニアさんは優しく笑ってくれる。


「まあ!では、すぐに準備致しますね。少々お時間をいただきますから、お待ちくださいませ」


軽く頭を下げてソニアさんは立ち去った。ちょっと早足で廊下を進むから、恥ずかしさから早く離れたかったんだなって分かっちゃった。

本当にごめんなさい。私が悪いんです。


そんな後悔をしていたら、トーマが私の体を支えたままリビングに足を踏み入れる。くっ付いているから、力が強いから抵抗できない。ずんずんお兄様の前まで歩かされて、人を殺せそうな眼力を間近で浴びる羽目になった。


「あ、あの・・・」


「邪魔して悪かったなぁ」


何で怒りを煽るようなことを言うの!うわっ、トーマを見たら凄くにやにやと笑っていた。楽しいって隠そうともしていない。


「間の悪い」


唸るような声色に恐怖を覚える。怒られる、注意力が足りないと言葉でボコられて、最悪殺される!

体が強張ってしまった。だけど、お兄様が深い溜め息を漏らして、


「いつまで立っている、座るがいい」


声の感じが変わった。お兄様を見ると、身を切り裂きそうな眼力が弱まっている。いつもの無表情に近い顔をしていた。


「あの、お邪魔をしてしまいました。申し訳ございません」


雰囲気が和らいだから謝罪の言葉も絞り出せる。


「もういい、座れ」


手がテーブルを挟んだ向かい合わせのソファを示した。従った方がいいと分かったから、ソファの方に向かう。


「体調は悪くないようだな」


「はい、ゆっくり休ませていただだきました」


ソファに座る。そうすれば、くっ付いていたトーマも隣に座った。私の肩を抱いて密着してくる。

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