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ソニアさんに案内されて、建物の裏手にある庭園に着いた。大理石っぽい磨かれた石の通路の先に、林に隠れるような石造りの泉がある。湯気立つ乳白色の湯に、石の合間に生える淡い光を灯した水晶の塊。たぶんマナを宿した魔石だと思うけど、間接照明になっていて薄暗い泉を幻想的に照らしていた。

なんだろう、凄く既視感がある。見たことがありすぎる。


「温泉みたい」


「まあ、ご存知でしたか。東方の島国ではそう呼ばれているそうですね。湯の泉は火山の熱由来のものや、地熱で温められた地下水が湧き上がって出来るそうですが、この国ではこの治療所にのみ確認されています。大地の良質な成分が溶け込んでいるので、湯に浸かれば体調が良くなりますよ。それとマナも大量に含んでるので、魔法使いにとっては魔力回復の泉ともなっています」


簡単に説明してくれたソニアさんに顔が緩んでしまう。分かりやすくて助かるし、丁寧で親切。

なんでこんないい人がお兄様と仲がいいんだろう。不思議。


「湯が湧く限りマナは枯渇しません。こちらにゆっくり浸かってくださいませ。御髪や肌の汚れも流してくださいね」


「ありがとうございます」


「隠匿の効果がある外套と脱衣された衣服は、こちらで洗濯させていただきます。替えにわたくしのお古をご用意させていただきますが、よろしいでしょうか?」


「ええ、何から何までご迷惑をおかけします」


ソニアさんのお古かー・・・胸の部分が凄く余りそう。ブカブカになるけど仕方ないよね。私、胸ないし。


「お気になさらないでください。アシュレイ様の妹君だけではなく、あなたのお世話が出来たのが嬉しく思っています。その、妹が出来たような感じがいたしますので・・・」


照れながらもそんな風に言ってくれるなんて!ゲームのときから好きだったけど、更に好きになった。もう女性キャラでは最推しだわ。生きててくれてありがとうございます・・・。


「ありがとうございます、本当に嬉しいです」


二つの意味でお礼をすれば、ソニアさんは満面の笑みを浮かべ、深々と頭を下げてくれた。私もお返しに頭を下げて、お互い笑い合う。

「では」とちょっとぎこちなく言うと、彼女は素早く振り返って早足で建物に戻っていく。

可愛い。本当に照れてる。あんなにしっかりとした人のに、照れ屋のお姉さんとか可愛すぎない?


(見送ってしまった)


可憐な姿を堪能しちゃった。ここにトーマがいれば、絶対にトランスって言われてた。ぼんやりするのはもう止めよう。温泉に浸かって体を温めないと。


小さな木々と、きちんと切り添えられた生け垣に囲われているおかげで温泉に人の目は届かない。流石に建物のドアからは丸見えだけど、お兄様やソニアさんが気を使ってくれているから私を見る人はいないはず。トーマも怒っていたからそれどころじゃないだろうし、元々見に来るような人じゃないから大丈夫。


肩紐を肩から外せば、ワンピースはストンと足元まで落ちた。下着も脱いで、温泉の手前にあった蔓で編まれたバスケットに入れる。

桶はないかな?って思ったけど、正確に温泉として認識はされていないから他には何もない。仕方ないから手で湯を掬って足、次にお腹にかける。

そこまで熱くないみたい。でも、ゆっくり足から沈めて、ああ、ちょっと痛い。熱に痛みを感じるってことは体が冷えていたんだ。


「・・・はぁ」


足を曲げて、腰を沈めて、そこからは肩まで一気に体を沈めた。温かな温泉に体がじわじわと温められていく。触れている底がつるつるしているから、通路みたいに大理石で出来ているのかもしれない。お尻をつけても大丈夫そう。

座り込んで、背中を石が積み上げることで作られた縁に預けた。

私の目の前には乳白色の湯と、積み上げられた石の壁。その背後の林。自然に調和したデザインの温泉に癒やされながら、舞い踊るように揺らめくマナをより良く感じ取る。


(この温泉、全てのマナを感じる・・・)


湯に溶け込むように火と水のマナが、大気中の風のマナは風が吹くたび肌を撫でて、木々から木のマナを舞い上がらせる。土のマナは温泉を囲う石から零れ落ち、光る水晶から溢れ出る聖なるマナと触れ合う。夜だからだろうか、闇のマナがこの周辺を包むように囲んでいる。思えば、闇のマナは砦から逃げ出すときから僅かにあった。私の体を包むように、夜の闇に紛れるように触れていた。それがより強く感じるのは、闇が他のマナに惹かれたから・・・あれ?


「なんで私、こんなにもマナを感じ取れているの?」


今までは感じ取れなかった。トーマと農村にいたとき、畑のマナの属性を変換するときにその存在を初めて感じ取った。触れることで意識することは出来たけど、今は何も考えずに感じているなんて・・・思い起こせば砦から逃げた、ううん、浮遊の魔法を使ったあとから私はマナをずっと感じ取ってる。感じたマナの属性で方向すら定めていた。無意識に、当たり前みたいにそんなことをしていた。これって・・・、


「魔法使いとしてランクアップしてない?」


大丈夫なの?強い魔法使いとかの第一歩とかじゃない?ああ、魔法の勉強をサボりすぎていたから分からない。たぶん、初級以上の教科書なら記述されているはず。「よいこのまほう」にはそんなこと書いてなかったもん。

つまり、これは中級くらいの能力で、私は明らかに魔法使いとして成長しているってこと。もしこの事実が知られれば、私は王子の婚約者に戻されてしまうんじゃ?


(セルジュ王子には知られてる。魔法が扱えるって知られてしまった・・・だから、国王の耳には届いてしまう)


犯罪を起こした王子の話を国王が聞き入れるか分からないけど、あの王子なら私が魔法を使えたってことを押して婚約者に戻そうとする。絶対にそうする。


「嫌、絶対にあの人なんかと結婚したくない」


事態はそれどころじゃないとは分かっている。でも、王子は私との再婚約を優先させるとも分かる。犯罪を犯した原因だから、私を手に入れることを率先させるはず。

気持ちが張り詰めそうになった。答えに至らない考え事をしそうになっていたから、今は止めよう。


「思い通りにはならないんだから」


しっかり体も温まったから温泉から腰を上げる。マナを含んだ温かい湯は体だけじゃなくて魔力も癒やしてくれたとも分かった。少し体が軽くなったと感じる。

温泉から上がると、バスケットの代わりにタオルと着替えが置かれていると気付いた。悶々と考えている最中に、ソニアさんが準備してくれたんだろう。もし声をかけてくれたのなら無視しちゃったことになる。謝らないと。

髪の水気を絞ることで落とすとタオルで拭いて、体も拭いた。白いネグリジェを頭から被って身につけたけど、やっぱり余る。本来ならふくらはぎくらいの長さなのに、胸のない私だから足首まで隠れている。

床に引きずらないように裾を摘んで建物に戻った。タオルを頭に被ったはしたない姿だけど、髪を乾かすのに時間がかかるし、ソニアさんに謝るために探さないと駄目。


とりあえず、どこだろう。一旦、リビングに戻った方がいいかもしれない。

そう思って足を進めたら、壁まで振動しそうな怒鳴り声が響き渡った。


「あのときにぶっ殺しておけば良かったんだ!!」


怒りなんて抑えるつもりもない吠えるような男の人の声。聞いたことのない迫力に体が跳ねた。一瞬で怖いと思ってしまったけど、この声が誰のものか分かっている。

トーマの声。普段なら出さないし、言わない。こんな声は初めて聞く。私に向かってじゃないけど恐怖に胸が締め付けられて、足も止まってしまった。


(・・・でも)


なぜ、これほどまでに怒り狂っているのか気になったから、私は歩き始める。音を立てずにゆっくりと、リビングのドアの横まで移動して壁に背中をつけた。


「あまり強い言葉を使うな。リスベットが聞いたら怖がるだろう」


「お嬢を怖がらせたのはあのクソ王子だぜ!!あの野郎さえいなけりゃお嬢はあんな目に合わなくて済んだんだ!!絶対に許さねぇ!!今度こそ殺してやる!!」


セルジュ王子に怒ってる。私を拐ったから怒っているみたい。トーマは私の護衛だから、私が苦しんだことに怒りを感じてくれた。

それを嬉しいと思っちゃうのは良くない。だけど、この人がこんなに荒れるなんて思わなかった。ゲームでも静かに怒るというか、さっき兵士にナイフを投げたときみたいな怒り方をする人だったからびっくりする。


(怒り狂いながら殺すなんて発言は魔女になったリスベットにも言わなかった。それにしても『あのとき』とか『今度こそ』ってどういうことだろう。王子に対しての発言だよね?以前にも殺意を持ったってこと?)


「相手は王子だ。時期国王に対して軽率に殺害を仄めかすな」


「軽率でもねぇよ!!俺はずっとあのクソ王子を殺したいって思っていたんだぜ!!・・・あの野郎は、アサシンとしての観点からも国を乱す不穏分子だと感じていた。生かしておいたら碌なことを起こさねぇってな。その通りだったわけだ!女一人のために屋敷の使用人を皆殺しにする頭のイカレた野郎だったじゃねぇか!!」


「女一人のために怒り狂っている男が言えたことか?」


「・・・・・・」


お兄様が正論すぎてトーマが黙ってしまった。何かが軋む音がしたから、椅子にでも座り直したと思う。

これ以上は怒鳴らないかな?聞いていると心臓がギュッと握られたみたいに痛かった。落ち着いてくれたのなら入っても大丈夫かも。


「お嬢のことだけじゃない。俺は部下もやられてるんだ。王子の護衛として派遣した三人。殺しの技術だけなら俺よりも上の奴がいた。これからって奴もいた。汚い仕事だってやらせたこともあるが、与えられた仕事をきっちりこなしていたんだぜ・・・そんな奴等を簡単に殺しやがって。頭として許せるものじゃねぇ」


そうだ。私が知らなくてもトーマからすれば大事な部下だった。ただの知り合いってわけじゃない。そんな人達の死を私は配慮もなく言ってしまった。トーマを前にして軽率だった。謝ったほうがいい。今すぐリビングに入ろう。

そうしてドアノブに触れたけど、お兄様の言葉のせいでノブを回すことが出来なかった。


「はっきり言わせてもらうが、部下を失ったお前の喪失感は私には分からない。辛いという気持ちがあるのは理解している程度だ。だから、これ以上は話を続けられない」


「・・・マジではっきりと言ってくれるぜ」


「すまないな。王子を処断する以外はないと思っている。だが、リスベットは別だ。今後の展開次第では、あれにとって辛い選択を選ばなければならない」


「あぁ?」


え、私?まだ私に何かあるの?話を戻したみたいになったから、落ち着きかけていたトーマがまた荒れ始めている。口調が完全にチンピラ。


「お前の感情が高ぶるなら話は終わりにするべきだ」


「おい、俺をキレさせておいてそりゃねぇだろ?お嬢がなんだってんだ?自力で戻ってきてくれたんだ、助かったんだろ?」


そう、私は助かった。私にはトーマもお兄様もいるから、セルジュ王子と直接関わるようなことはなくなる。


「落ち着いて聞くことができないと思うが、いいだろう・・・リスベットは性行為を強いられていた。つまりは妊娠をした可能性がある。王子の子供を宿したのなら身柄を渡さなければならない。あの王家は、自分達と同じ血が流れる存在を無下にはしない。我がグラン家と同じ考えを持っているからな。子の管理をするためにリスベットごと要求するはずだ」


意味が分からない。私はエッチなんてしてないし、そんなのお兄様が分かるはずが・・・もしかして、セルジュ王子に体を弄られたときの「跡」が残っていた?肌を吸われたからキスマークがあったとか、


「ふざけんじゃねぇぞ!!!」


「っ!!」


一番大きな怒鳴り声。ドアがビリビリ震える。獣の咆哮みたいで怖さと驚きで体が跳ねた。トーマがドアの向こうで何か叫んでるけど、よく分からない。ただただ怖い。リビングに戻るなんてできない。

怖くて逃げた。逃げることを優先させたから足音なんか気にしてられなかった。

私と対面したからってトーマもお兄様も責めないって分かってる。追求もしないって知ってる。でも、怖かった。逃げたくなってしまったから足が止まらない。


(ど、どうしよう)


説明をしないといけない。でも、王子にどんなことをされたなんて羞恥心が強くて言いづらいし、トーマの迫力に押されてしまった。あんな声を出すなんて、あれほど怒るなんて、聞いていた私が動揺してしまう。

今すぐ説明しないと、王子の元に送られてしまうかもしれないのに。


(戻った方が、でも・・・)


離れたことで立ち止まる。何メートル先にあるリビングから大きな声が振動として伝わってくる。まだ怒っている。だから戻れない。


「私は悪いことしていないのに、何で怯えてるの?」


胸がドキドキしている。自分が動揺してると分かった。冷静にならないといけない、落ち着かないと・・・深呼吸をして、深呼吸して気持ちを落ち着かせないと。


「リスベット様、如何されました?」


「うわっ!」


背後から話しかけられて驚く。

心臓が痛いほど跳ね上がった感覚から、胸を手で押さえて振り返った。ああ、ソニアさんだ。心配そうに私のことを見ている。心配かけているから落ち着かないといけない。


「いえ、何も、何でもありません」


「・・・」


ちらりとソニアさんはリビングを見た。トーマの声はいまだに振動を放つほど強い。彼女もそれが分かったみたいだけど、私に視線を戻して微笑んだ。


「泉の湯は肌に合いましたか?」


「え、は、はい。とても気持ち良かったです・・・」


「まあ、良かったですわ。魔力も回復されたようですね。白かった顔色に赤みが差しています。もう少しで体調も万全になるでしょう」


そう言うと、ソニアさんは近付いてきて玄関の方に手を向けた。


「この治療所の二階に寝室があります。長期の静養のために用意したものですが、今夜はそちらでお休みください」


「・・・はい、分かりました」


「今のリスベット様にとって一番重要なのは休息です。しっかり休んでくださいませ」


ソニアさんの手のひらに腰を軽く押される。怒るトーマの声なんて聞こえていないってスルーをして、私を誘ってくれた。

玄関前の階段を上り、廊下の一番奥まで案内されて、対面した厚みのある木製のドアが開かれた。彼女は自分の体をストッパーにして、私に室内を見せる。清潔感のある素朴な寝室は、白い掛け布団の掛かった大きなベッドがあった。その手前にクッション部分に刺繍のあるソファと背の低いアンティーク調のテーブルが置かれている。


「お腹は空いていませんか?」


室内に入ったけど、優しい声に惹かれて振り返った。声と同じ優しい顔がある。


「いえ、今は大丈夫です」


頭が一杯でそれどころじゃないし、胸焼けしたみたいに苦しかった。


「分かりました。もしお腹が空いたのなら言ってくださいね。すぐにご用意致しますわ」


「ありがとうございます・・・それと、着替えの用意をしてくださっていたのに、気付かなくて申し訳ございませんでした」


私を見るソニアさんの微笑みを浮かべた。


「お気になさらないで。リスベット様はお疲れなのです。私としては、ゆっくり休んでくだされば充分です。あなたの体調の回復こそが喜びですから・・・それでは、お休みなさい」


「はい、お休みなさい。本当にありがとうございます」


お礼をすれば、彼女もお辞儀で返してくれてた。そっとドアが閉じられる。

静かな部屋で一人きり。聞こえるのは窓の外の音。風に吹かれた木々の枝葉が揺れる音だけが聞こえる。ゆっくりとした時間。ゆっくりと考えることができる。

ソファに座った。座面がふかふかで腰が沈んでいく。体勢が崩れそうだから背もたれにしっかり背をつけた。


考えないと、というよりは覚悟をしないといけない。怒る声に怯えて、恥ずかしいからと躊躇っていたら、私は後戻りが出来ないところまで進んでしまう可能性がある。

お兄様にセルジュ王子とは何もなかったと話さないといけない。強姦されそうになったから抵抗したと言わなければ、王子と体の関係を持っていると思われ続ける。

それがきっかけで、王子と対面する羽目になったらあの人は行動に移す可能性がある。会ってはいけない。あの執着具合から会えば何かが起こる。

だから、あっ、ドアがノックされた。誰かが部屋に、


「お嬢、入って大丈夫ですか?」


トーマが来た。乱心するほど怒っていた人が・・・落ち着いたのかな?声は落ち着いてるけど、怒りが冷めるのは早すぎる気がするから、たぶん、まだ怒っているとは思う。


「・・・ええ、大丈夫です。どうぞ」


それでも招いた。この人は怒りを私にはぶつけない。そう信じているから、普段通りに呼んだ。

やっぱりね。静かにドアを開けて入ってくると、いつものように穏やかな顔を向けてくれた。優しいから私には怒り狂った姿を見せない。私だけに優しい。そういうことって本当は良くないし、ヒロインもいるから喜んでいいものじゃないけど、でも嬉しい。

私って駄目だわ、トーマに甘えてしまっている。

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