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まともな男は私の作品にいません。

掴まれた足が桶に沈められる。

ズキズキする。薬草入りの水だから染みているんだけど、浸けられた足の裏も足首も、ふくらはぎも痛みを発している。

そんなに傷だらけだったんだ。そういえば、森の中を走っていたときと同じぐらい痛かった気がする。


「んんっ」


トーマが両手を水に沈めて、私のふくらはぎを撫でた。ビリって痛みが走るのは、そこに傷があるからだけど、力も強いかもしれない。塗り込むように撫でてるし。


「い、痛いです」


「やっと自覚しました?ちょっと薬の水を塗り込んだだけで痛むなら、相当な傷なんです」


「あなたの力が、ぁ、んっ」


「・・・」


ジッと私の顔を覗き込んでいたけど、トーマは足の方に顔を向けた。痛みを訴える私を無視して、足の傷口にどんどん薬草の水を塗り込んでいく。


「いた、痛い!うっ・・・あ、ぁっ、痛いです!」


「傷が深いんでしょうねー」


「いっ、たぁっ!」


足の裏を洗われた。手のひらを使って念入りに水で洗われる。

凄く痛い、今までで一番痛い!声を我慢できないほど痛むのに、トーマは止めてくれない!


「や、い、いたぁ!いたい!もう、いやぁ!」


「たまんねーな」


何か言っているけど聞こえない!染みることでズキズキとした痛みが足から全身に駆け巡ってる!無理!痛くて死にそう!ショック死しない!?


「やだぁ、もう、やめてぇ!」


「駄々を捏ねないでください。お嬢のためにやってるんだからな」


「うぅ、ん・・・うぅー!」


ニヤニヤした顔向けてきたから、からかってるのかもしれない。何か、幼児に言い聞かせている感じ言ってるし!聞こえたし!

子供だと言いたいってわけね。分かった!悲鳴なんて上げずに耐えてやる!私は大人だから耐えられ、


「あぁっ!」


足の指の股を指先で撫でられた。それに痛みとは違う感覚が、ゾクってしたから声を出しちゃった。

何したの、この人?そこを触られると変な感覚が来るから止めて!


「やだ、そこ、やだぁ!」


「・・・傷口は洗わないといけないんで」


そこに傷があるの?痛みなんてないんだけど・・・他が痛すぎて分からないだけ?


「アシュレイ様、お帰りなさい」


苦しみ悶えていたら、部屋の外からソニアさんの声が聞こえて、お兄様がやって来たとも分かった。ああ、助けてソニアさん!足が痛すぎる!お兄様は怖いから来なくていい!この情けない声を上げてる姿を見られたら、貶されるから来ないで!


「もう楽しい時間は終わりかよ」


トーマは何て言った?小さすぎて聞こえない・・・あ、塗り込むの止めてくれた。残っている泥を指で擦って落としてくれてる。

地獄は終わったと思っていい?


ホッとしたらドアが開いてお兄様とソニアさんが入ってきたけど、何か穏やかな雰囲気っていうか、お兄様の威圧感が弱い。ソニアさんの優しいオーラが緩和してくれている?


「おかえりなさい、か。まるで旦那だな」


「不必要な会話をするつもりない。少々疲れている」


「へぇ・・・クソガキとのお話は終わったかい?」


「話にならないから切り上げてた。セルジュ王子は衛士と途中参入した王子の近従に任せることにした。彼らが城に連れて帰るだろう」


お兄様は壁際のソファに座る。足は組んでるけど綺麗な姿勢で私を眺め始めたから、背筋を伸ばした。もうトーマによる薬塗り込み地獄は終わったし・・・終わったよね?だから、余裕のある態度でいないと。情けない姿は厳禁。


でも、やっぱりセルジュ王子とはお兄様でも対話ができなかった。もうあの人に聞く耳はないって分かる。

城に帰ったらしいけど、また私を狙ってくる。捕まえようと策を講じるはず。憂鬱。

完全には安心できないって気落ちしていたら、ソニアさんが目の前で上体を屈めた。彼女の右手には水の入ったコップ。左手の手のひらには草を丸めたみたいな丸薬と白い錠剤が二錠ずつ置かれてる。


「お待たせ致しました。感染症対策の丸薬とバイ菌の抵抗薬です。喉にひっかからないように、お水でゆっくり流して飲んでくださいね」


「ありがとうございます」


落ち着いてお礼が言えた。令嬢らしく、もう令嬢じゃないんだけど、お兄様がいるから令嬢らしくしないと。

コップと薬を受け取って、言われた通り薬をゆっくり水で流した。舌に置いた瞬間、苦味がブワって広がったけど顔に出さないように気を付けられた。よし、お兄様に突っ込まれるようなことはしなかった!


「では、リスベット様。治療を始めますわ。まずは足から」


持っていたコップは、ソニアさんの手でサイドテーブルに乗せられる。彼女は屈み込むと、私の足に触れた。


「泥も流されたし、傷の消毒もしっかりされたから大丈夫ですね。失礼致します」


足のふくらはぎを軽く撫でられる。熱い?そう思ったらヒリヒリしていた痛みがなくなった。


「え?」


「次は足首と足の裏・・・足の裏が一番酷いですね。リスベット様、少し足を上げさせていただきます」


足首の下にソニアさんの手が添えられて、軽く上に動かされた。そのまま足首は熱くて、足の裏は触れられて熱くなって、パッと痛みがなくなった。


「あの、傷は塞がったのですか?」


「ええ、足の治療は完了致しました」


にっこりと微笑まれる。

本当に終わったの?あまりの速さに驚いたけど・・・確かに覗いてみれば、傷だらけだった足に何もなくなっていた。足の裏も、薬草の水に浸けても染みないし、傷は消えたって分かる。

回復魔法もイメージが大事だと思うけど、実行までに時間がかからなかった。この人のイメージする力が常人離れしている。ソニアさんも普通じゃないわ。魔法使いとして桁が違う。


「速攻で治しちまった。あんたスゲーな」


「ソニアを侮っていたのか。彼女はヒーラーとして非常に優秀だ。国内随一と言ってもいい」


「まあ!お褒めいただき光栄ですわ」


トーマに笑いかけたあと、お兄様に向かって笑顔を送るソニアさん。

その顔が凄く綺麗で可愛いからスルーしそうになったけど、お兄様が他人を称賛した?え?あのお兄様が?しかもソニアさんを褒めた。ゲームでは惨殺する相手なのに信用、いや信頼を寄せてるように見える。

おかしい。この二人は、ただの知り合いじゃないのかもしれない。もっと親密な関係な気がするけど、お兄様がヒロイン以外と交流しようとする?ヒロインを好きになれば独占欲丸出しの・・・あれ?


「トランス」


「してません!」


トーマの発言に反射的に答えたことで考え事から引き戻された。私の正面にソニアさんがいる。


「では、他の傷も治療も致しますね。上半身を診たいので、そちらの外套を脱いでくださいませ」


「は、はい」


ずっと羽織っていた隠匿のマントをソファに落とすように体から外した。

少しソニアさんが目を開いて、すぐに優しい眼差しに変わる。何か、驚くようなことがあった?・・・ああ、胸の傷かな?両胸の間に大きくあるし。


「魔獣に襲われたときの傷です」


「魔獣にも襲われていたのか」


お兄様が息を漏らして呟いたから、そっちを見て頷く。


「手紙に書きましたからご存知でしょう。私は砦に捕われていました。その場から必死で逃げ出したあと、森に入ることで身を隠そうとしたのですが、そのとき魔獣に襲われました・・・それで、こちらの外套」


視線を向けることで指し示す。


「偶然、身に付けたことで姿を消す力が宿っていると分かったのです。そのおかげで砦からも逃げられましたし、魔獣からも逃げられました。何らかのマジックアイテムだと思います」


「隠匿のマントです」なんてきっぱり言ったら混乱させるし、説明を求められるから伏せた。その方が会話がスムーズに進むと思う。


「『隠匿』の効果があるのかもしれん。襲われたのに回避出来たということは姿だけが消える『透明』とは違う。お前の存在が『隠匿』されたことで魔獣は見失ったのだ」


「そうだと思います。覆い被さってきましたのに、私に牙を立てずに去っていきましたから」


「間違いないな。強力なマジックアイテムだ。大事にしろ」


よし、納得してくれた!あと、マントを奪わずに所持も許可してくれた!これは便利で安心するアイテムだから嬉しい。

お兄様から初めて温情を貰えた気がする。マントに興味がないだけかもしれないけど、それも嬉しい。


「魔獣はどのような姿でしたか?」


「オオカミのような姿で目が青く光っていました」


「毒を持つタイプではないですね。ですが、不衛生な爪に引っかかれたようなので消毒します」


指先で胸の傷が撫でられる。染みたから顔をしかめたけど、すぐに痛みはなくなった。

胸を見れば、大きな傷はなくなっている。もう回復魔法を使ったんだ。

そうして見ていたら、ソニアさんの手が私の首筋に触れる。


「他にも傷の確認がしたいので、胸元を開けさせていただきます・・・殿方は見ないでください」


「トーマ」


お兄様がソファから腰を上げてトーマに近付くと、肩の布地を掴んで引いた。

そのおかげで気付いた。ずっとトーマが私を睨み付けていたことを。私が不快にさせた、怒らせたっていう感じじゃないのは分かる。でも、何かに怒っていた。

何となく、首筋を見ていた気がするけど。


「お前が見るのは壁だ」


「お嬢の怪我が気になる」


「兄として、お前のような男にリスベットの肌を見せるわけにはいかない。壁を見ろ」


舌打ちが聞こえる。

でも、お兄様に肩を引かれたトーマは抵抗せずに壁際へと移動して壁に顔を向けた。お兄様と並んで壁を見ている。ちょっと面白い光景。


「では、失礼します」


私が二人を見ていたら、ソニアさんがワンピースの肩紐を肩から外した。ストンと落ちて、上半身が晒される。

正直言えば、やっぱり同性相手でも恥ずかしい。でも、私のためにしてくれているんだから、これくらいは耐えないといけない。


「ん・・・っ」


首筋から鎖骨、胸まで指先が動いて、こそばゆさから体が震えた。胸がそのまま手のひらで包まれて触られたから、感触にゾクゾクするけど、あ、熱い?その辺りも怪我をしていた?

視線を落として見てみたけど、傷はない。いや、綺麗に治療されたからなくなったが正解かな。


「胸元も腹部も大丈夫ですね・・・あとは」


ソニアさんの両手が私の両腕をゆっくり撫でる。手首まで撫でると、私の手のひらに彼女は自分の手のひらを重ねた。撫でられた所々が熱くなったけど、すぐに熱が引いていく。

腕にあった傷も即座に治してくれたみたい。


「これで全ての治療が完了致しました。お疲れさまです・・・他に痛む箇所はありますか?」


「いいえ、もう痛みはありません。本当にありがとうございます」


「お役に立てたのなら幸いですわ」


はぁ、この優しい微笑みに癒やされる。お兄様がこの人と知り合いで良かった。まだ二人の関係に違和感は感じるけど。会えるとは思ってなかったから嬉しいサプライズって感じ。

ワンピースの肩紐を戻すことで胸を隠した。マントは、羽織らなくていいかな?土に汚れてしまってるし、洗濯したい。


「アシュレイ様。治療完了致しましたので、もう大丈夫です」


ソニアさんが呼びかけるとお兄様は振り返った。トーマは近くの椅子に座り込んで、手で顔を覆っている。見えた口元が歯を食い縛っているようで、やっぱり何かに怒っているみたい。一体、何に、


「怪我は完治したな。何か辛いと感じてはいないか?」


お兄様が近い。しかも床に膝ををついているから、ソファに私を見上げるような体制。かしずいている、とは違うけど目上の者に跪く状態だから奇妙すぎる。あのお兄様が私に対してそんな態度をする?しないでしょ。だから違和感が凄い。

立ったほうがいいかな?でも、それもマナーが悪い気がするし、「失礼します」って立てば大丈夫?


「リスベット、もしや意識が朦朧としているのか?返事がないようだが」


「あ、いえ、大丈夫です!回復魔法の熱でぼんやりしてしまっただけですので!」


「あれほど酷い傷でしたもの、熱で朦朧としてしまうのは当然ですわ」


ソニアさんのフォローに対して頷いた。決してお兄様が奇妙でおかしくて脳の処理が追い付かなったわけじゃない!そう、もう慣れてきたから大丈夫!

その勢いのままソファから立ち上がろうとしたら、お兄様が手をかざすことで制された。


「そのままでいい。急に動けば体に触る。そのまま私の質問に答えてほしい」


「は、はい」


何か凄く気を使われている、お兄様に。あのお兄様が私を案じてくれている。奇妙過ぎる。

でも、それが顔に出ないようにしないといけない。しっかりと真っ直ぐお兄様の顔を見て答えないと!


「詳しくは話さなくていい、辛ければ言わなくてもいい。ただ、お前の一言でグラン家と王家の関係が変わる。それだけは認知しろ」


「・・・」


頷くことしかできなかった。何を聞かれるのかが怖かった。だって、私の答えで王家との関わりが変わるなんて重大すぎる。

何を聞かれてから話すべきだと思う。言いたくないようなら無言を貫こう。それが許されてる気がする。


「お前を拐った人物は誰だ?実行犯ではない、主犯を話せ」


「・・・」


ああ、確かに王家とグラン家の関係に関わる。私が真実を言えば、セルジュ王子の犯罪が明るみになる。王家から犯罪者が生まれる。

グラン家での皆殺しも私の誘拐も許されるものじゃない。グラン家は、お父様は王家を責めるだろう。王家を糾弾して、王子の処罰を望む。

それを国王はどう受け取るか。どんな対処をしても、軋轢は生まれる。セルジュ王子が犯したのは重罪だから。


「セルジュ王子です」


きっぱり答えた。双方の関係を憂いていないわけじゃないけど、王子のことを考えたら許せないから答えた。

簡単に命を奪うような犯罪者は許せない。死ぬことがどんなに痛くて辛いか分からないから、あの人にとって命は軽い。私を物みたいに扱うのも人としての心が欠如している。そんな人を野放しにしていたら、きっと、また重大事件を起こす。


「間違いないな?」


「はい、セルジュ王子が私を拐いました。実行犯に指示を出していただけですが、はっきりと私に説明してくださいました」


「確認をしたい。実行犯はアサシンか?」


「・・・はい。王子の命を受けてグラン家を襲撃して、私を誘拐しました。拐われる前に見たのです。目の前で、メイドが・・・」


一瞬の死だったけど、思い出したことで気持ち悪くなった。頭の無くなった断面図と吹き出す赤。力なく倒れる体。

恐ろしくて、かわいそうで、許せない。


「ア、アサシンの方々もです。三名ほど王子に従っていたようですが、役目が終わったあと王子が私の目の前で・・・殺しました」


吐きそう。思い出すべきじゃなかったとすら思う。胸が苦しくて手で押さえた。

でも、しっかり答えないといけない。アサシン達は実行犯だけど王子に利用されただけ。彼らは悪くない。悪いのは全部、セルジュ王子。


「王子に利用されて、用が済んだから殺されたのです。アサシン達は主の命令に従っていただけ。悪いのは全てセルジュ王子です」


真っ直ぐに、目をそらさずにお兄様へ訴えた。

王子を糾弾してほしいって私怨もあるけど、真実だからはっきり言ってやる。


「・・・分かった」


そう言うと、お兄様の顔が緩んで・・・え?笑った?微笑んだ?あの無表情なお兄様が?


「お前は目が離せぬほど気の抜けた妹だが、他者に屈しない意志の強さは評価している。その言葉を信じよう」


頭撫でられたんですけど!?え?お兄様が微笑みながら私の頭を撫でたんだけど!?理解が追いつかない!何で?!


「何を呆然としている。言いたいことを言ったら気が抜けたのか?」


「えっ、いえ!」


言葉に引き戻されたから改めてお兄様を見れば、いつもの無表情に戻っていた。戻っていたけど、さっきの微笑みとナデナデは事実で・・・いや、また注意されるから考えるのはやめ!意識はしっかり保たないと!


「しかし、ここへ来るまでに何度か魔法を使っているようだな。魔法が扱えなかったお前にしては進歩が見られるが、魔力の消費が著しい」


「そう、ですか?」


浮遊の魔法を使っても意識を失わなかったから大丈夫だと思うんだけど。でも、魔法に関してはお兄様の意見が絶対に正しいから従うべきだわ。


「顔色で判断した。このまま変化の魔法程度でも使えば、すぐに倒れる。ソニア、湯の用意はできているか?」


前半は私を、後半はソニアさんを見ながら話す。顔を向けられた彼女は優しい顔のまま頷いた。


「はい、いつでもご入浴できます」


「・・・お風呂ですか?」


入浴って言ってるから間違いないよね?


「この治療所には湯の出る泉がある。マナを豊富に含んだ湯だ。浸かれば消費した魔力もすぐに回復するだろう・・・入ってこい」


手を掴まれ、上に引かれたからソファから腰を上げた。ちょっと強引に感じるけど、私の体を案じてくれてるから従おう・・・近年稀に見るお兄様の優しさに体がむず痒くなる。努めて態度に出さないようにしないと。


「わたくしがご案内致しますね」


ソニアさんが先導してリビングのドアを開いてくれた。そのまま後に続くけど、


(全然しゃべらなくなってたな)


トーマは椅子に座っているだけだった。無言で私のことをずっと見ていた。手で顔が隠れていたからはっきりと分からないけど、顔がこっちに向けられていたから見ていたと思う。


(何かに怒っていた)


怒りの矛先が不明で不安。お兄様と二人きりにしてしまったし、何か怖い感じがする・・・───。


痛がって苦しむ女の子はかわ(略

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