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「お前等が僕からリスベットを奪ったんだ!勝手に話を進めて、婚約破棄なんてするから!!お前等さえいなければ!!」
お兄様の目の前に集った水のマナが水の塊を生み出す。形を変え、固まり、無数の氷の刃が生成される。セルジュ王子はお兄様すら殺そうとする。
危ないって思ってお兄様を見たけど、いつも通り。驚きも怒りの感情すらもない無表情を保ってる。今すぐに刺し殺されそうなのに冷静すぎ、
「ん・・・?」
何か今、衝撃みたいなものが、何かが私の体に当たったような感覚があったけど?
「相変わらずスゲーな」
「え?」
暢気な声に引かれてトーマを見れば、その目は前を見ていた。私は視線の先を見る。
お兄様の前にあった氷の刃が水に変わり、ボタボタと雫を垂らして徐々に形を失っていく。残ったのは地面に垂れた雫が作った水溜り。
王子が魔法で作り出した氷の刃はなくなってしまった。一体、何が起きたの?
意味が分からず水溜りを眺めたら、そこから火のマナが溢れた。セルジュ王子は水のマナを火のマナに変換させたみたい。そこから炎が燃え上がり、お兄様へと迫るけど、包もうとした瞬間に霧散した。炎が消え失せると共にマナが、火のマナが風のマナに変わって私の肌を優しく凪ぐ風になる。
もしかして、お兄様がマナの変換を仕返した?そういうこと?自分以外が発動した魔法を操って無力化したの?そんなことができるの?
王子を見れば、驚いているみたいで目を見開いていた。だけど、すぐに悔しそうに歯を食い縛る。
「アシュレイ、お前!!」
「この周辺のマナを制御しました。あなたがどんなに魔法を使おうとしても私には届かない。無効化できる・・・ですから、私に対する攻撃など非常に無駄で馬鹿馬鹿しい行為は止められた方が懸命です」
聞くに堪えない悪態をセルジュ王子がついた。もう取り繕うこともできないみたい。
それにしてもお兄様が凄すぎる。指定した範囲にあるマナを支配下に置いた。だから発動したのも無効化できるとか、やっぱりこの人も化け物・・・化け物なんて言ったら、言葉でボコボコにされるから絶対に口に出せないけど。
普通にドン引きした。王子が相手でもいつものお兄様だし、本当に敵に回したくない。
お兄様が私を見る。少し眺めていたから、言葉でボコるつもりかなって身構えたけど、その目がトーマに向かった。
「街の北東にある治療所へ連れて行け。門番に私の名前を伝えれば中に通してくれる。使いを送っているから説明も不要だ」
「腕のいいヒーラーなのか?」
「私が保証する。リスベットは任せた・・・王子との話し合いが終わったら私も向かおう」
「癇癪持ちのクソガキ相手に頑張るぜ・・・適当に切り上げてこいよ」
私の頭の上で二人はやり取りをすると、トーマが顔を寄せてきた。セルジュ王子から強い視線を感じる。だから、そっちは見ない。私はトーマしか見ない。
「首にしがみついてください」
屈んだトーマに言われた通り、太い首に腕を回した。そうしたらトーマの手が背中に回って、もう一つの手が太ももにも回されて、持ち上げられる。
世にいうお姫様抱っこ。トーマの顔も近いから恥ずかしいけど、身を任せても大丈夫って思うから安心できる。信頼してるから肩口に顔を埋めた。視線を向けてくる王子なんて見たくない。絶対に見ない。
「リスベット!!」
声だって聞かない。叫ばれたって気にしない。
ふと、お兄様は大丈夫かなって思った。セルジュ王子だけじゃなく、衛士もいるし、兵士だって残ってるし。
「私は会話がしたいのであって、あなたが発狂する様を見たいわけではないのですが・・・そこの衛士、いつまで蹲っている。セルジュ王子を落ち着かせろ。何のために控えているのだ?」
大丈夫そう。マナだけじゃなくで場の支配者でもあるわ。凄すぎ。
安心したら周りに対しても意識を向けられた。トーマの肩に頬を付けながら視線も向ける。
温もりと小さく聞こえる脈拍を感じながら、街の門の前まで辿り着いた。でも、門の正面に兵士が立ち塞がるように陣取っている。頭の上からトーマの大きな溜め息が漏れた。
「どけ」
「こ、ここは立ち入り禁止だ!兵士長からそう命じられている!」
目に見えて震えてる。
まあ、そうだよね。この兵士はトーマの立ち回りを見ていたわけだから、戦ったら勝てないって自覚してる。それでも職務を全うしようとしてるから、必死に自分の気持ちを抑えているんだろうな。
凄く気持ちが分かる。この人、怖いもん・・・そんな人に安心感を持っちゃうとか、私の感覚は大丈夫なのかな?
「・・・そうかい。じゃあ、上を使わせてもらうわ。お嬢、ちょっと体が上下に動くんで、絶対に口を開かないでください。舌を噛んじまうからな」
え?どういうこと?
訳が分からないけど、トーマの言うことを守るしかない。たぶん、高いところから街の中に入れる道を知っているんだと思う。意味は汲み取れたから口を真一文字に閉じて頷いた。
そうしたらふわって体が浮いて、何回か小さく上下にガクガク動いて、よく分からなくてびっくりしたら、景色が変わっていた。
ええっと、ここは・・・門の上?街を囲う障壁の上の通路?どうやってここに来たの?
高くなった景色から目を離してトーマの顔を見たら、私のことを見ていた。口元を緩めて微笑んでいて、それで驚いていた気持ちが落ち着いていく。頭も冷静になった。
トーマはジャンプして門の壁を登り、ここまで上がったんだ。私を抱っこしたまま、跳躍力と脚力だけで壁登りを・・・どう登ったのか理解はできたけど、この人の身体能力の高さが理解できない。アサシンだからってパワーが凄すぎる。人間離れし過ぎ。
「大丈夫ですか?」
通路を進みながら声をかけてきた。心配そうに覗き込んでるけど、あなたが凄くて放心していたとか言えない。褒めたと思われて調子に乗るし、私には聞きたいことがある。そっちの方が重要。
「私のことを助けに来てくれたのですね」
落ち着けたから聞くことが出来た。
ヒロインに会っているはずのトーマが、ヒロインを放って私を探していた。探していたんだよね?だって、トライアにいる理由は無いし。ゲームのトーマの攻略ルートではトライアには何もない。サブイベントすらなかった。だから、ヒロイン関係でトライアを訪れたわけじゃないと思う。
そう考えていたら、トーマはフッて息を吐いた。笑って・・・呆れている?
「当たり前だろ?俺はお嬢を守るためにいるんですから。大事なお嬢がいなくなったら探すのは当然だ」
「そうですが・・・その、タイミングも良くて驚いています。トライアの近くにいるなんて分からないでしょう?」
「すげー焦ったし、色んな所を探しまくりました。犯人の痕跡つーか、実行犯が誰なのかは分かってましたけどね、そこからお嬢の居場所に繋がるヒントはなかった。でも、鳩で出来た手紙が届いたんです。報告のためにグラン家に行ったら、そいつが飛んできた。筆跡から判断したんだが、あの手紙はお嬢が出したんだろ?」
「・・・はい、私が魔法で伝書鳩に変えた手紙です」
あの伝書鳩は無意味じゃなかった。いつかは、と願って飛ばしただけなのにすぐに届いてくれた。だから、トーマもお兄様もここまで来てくれた。ヒロインとのことがあるのに、私を助けることを優先させてくれた。
「ああ、よかった・・・」
心の奥底から思う。出来ることをやっておいて良かった。無駄じゃなかった。
そうしたら、トーマが歩くのを止めて、
「本当に見つかって良かった・・・」
額にキスをされた。顔が近付いてきて、額に柔らかいものが当たって、チュッて音がしたからキスされて、え?私にキスしたの!?
トーマの顔を見上げる。私と目が合ったら赤い瞳は泳いだ。
「あー・・・その、嬉しくって思わずチューしました。すみません、今のことは忘れてください」
「え、えぇっと・・・はい」
額に感触が残ってる。何か、顔っていうか、体が熱い。胸がドキドキしている。恥ずかしい?いや、嬉しい?
自分の気持ちが自分なのに分からない。でも、嫌じゃないとだけは分かった。不快感なんて一切ない。
(私・・・)
何か変。どうしたんだろう?
肌を撫でる風を感じながら、ぼんやりと考えてしまう。トーマがまた歩き出していて街の中を進んでいると気付くまで、自分に対する奇妙さをずっと考えてしまった。
とりあえず、私の気持ちのことを考えるのは止めよう。それどころじゃない。
長身のイケメンにお姫様抱っこされているから悪目立ちしている。すれ違う人達が凄く見てくる。この恥ずかしい状態を止めてもらわなくちゃ!
「あの、自分で歩けますから降ろしてください」
「駄目です」
即答したんだけど!皆が見てくるのに恥ずかしくないの?
「足の傷が酷すぎて歩かせられません」
「そんなに酷いのですか?」
確かに意識したら痛みが強くなってきたけど、森の中を彷徨っていたときよりは落ち着いてる気がする。
「見えないから分からないと思いますが、足の裏がズタズタなんです。完全に大怪我だ。一体、何をされたんです?」
「お兄様も誤解していましたが、私は拷問などされていません。捕まっていたところから裸足で逃げたのです。低い崖からも落ちたし、魔獣にも襲われました。それで酷い怪我をしたようですが、死なずには済んだのですよ。だから、大丈夫です」
「全然大丈夫じゃないです。今まで傷一つ作らせなかったのによ。拐った野郎は絶対に許さねぇ」
ちょっとトーマの顔が怖くなった。誘拐犯に対して怒ってる。
そういえば、セルジュ王子が犯人だって知っている?実行犯は知ってるみたいだけど、王子は指示を出しただけだから知られてない・・・。
私が言ってないから知らないはず。そうなると、さっき王子と対峙したときに言っていた「やっぱり」っていうのが気になる。
「ここだな」
思い耽けそうになったら、目的地に着いたみたい。お兄様が言うには街の治療所。
視線を向けたら、高い煉瓦造り塀と立派な鉄の門があった。門の奥には大きな邸宅があるけど、前庭が凄い。右にはお花畑、左には見たことのない植物の畑が広がっている。
「ここが治療所?」
「みたいですね、門に表札があります。で、門番は・・・あいつか」
トーマが顔を見上げた。私も続いて見上げれば、鉄の門にある飾りの尖りに鮮やかな鳥が止まっている。あの水色の羽と宝石みたいな瞳から判断すると、魔法使いの使い魔だと思う。
「アシュレイ」
トーマがお兄様の名前を伝えると、水色の鳥は翼を大きく広げた。そうすれば、鉄の門が音を立てて勝手に開いていく。
開かれた門を潜ると、鉄の門はまた音を立てて閉じていく。センサー付きのドアみたい。あの鳥がセンサー代わりなんだ。便利だわ。
(私も使い魔がほしくなってきた)
ぼんやり考えそうになったら、横切っていくお花畑が目に留まる。赤、桃色、黄色、水色とそれ以外も色々な花が咲き乱れている。そこから風に乗っていい匂いが漂ってきた・・・この匂い、どこかで嗅いだことがあるような?
「ふーん、なるほどな」
「何がですか?」
「いや、何でもないですよ。ちょっと思うことがあってな。あ、そろそろ玄関に着きます」
言われて顔を前に向けたら、間近に重厚な木製のドアがあった。観音開きで飾り彫りが施されているから高そう。いや、多分高級品。この治療所って貴族の屋敷みたいだもん。ここにいる先生って貴族なのかも。
「すいませーん」
私の体を自分の胸で支えたトーマは、背中に回していた手でドアノッカーを叩いた。
そうすると、中から誰かが駆け寄る足音が聞こえて「開けますね」と声も聞こえる。間を置かずに右側のドアが開いた。
「リスベット様と護衛の方ですね。アシュレイ様からお話は伺っています。どうぞ、こちらへ」
中から出てきたのは優しそうな女の人で凄い美人。それに見ちゃいけないんだけど胸が凄く大きくて、あ!この人、知ってる!
お兄様の攻略ルートのみで出てくるキャラクターだ。おっとりした優しい美人さんで、まあ、胸も大きいからお気に入りだった。好きだなって思っていたんだけど、この人は酷い死に方をする。
魔女になったリスベットに騙されて、親切心からヒロインに飲ませた薬が毒薬に変えられていた。そのせいでヒロインが苦しみ、彼女のことが好きなお兄様・アシュレイに惨殺される。勘違いから殺されてしまうんだけど、お兄様は弁解なんてしない。ヒロインのことで頭が一杯になっているから、彼女を殺したのも仕方ないで片付ける。
つまり、お兄様のヤバさを際立たせる胸糞イベントのために存在していたキャラクターなんだけど、まさか出会えるなんて!
ああ、涼しげな目元が色っぽくて、やっぱり私好みの美人!性格だってゲームと同じなら最高だし、何より生きていることに感動する!
(あ、待って。このままいけば、この人って死なないんじゃない?)
私がリスベットだし、もう魔女にならないし、ヒロインと確執もない!つまり、この人が殺される要因がなくなってる!
お兄様と知り合いなのは怖いけど。ふとした瞬間、殺すとかしないよね・・・あれ?
(なんでお兄様とこの人は出会ってるの?ヒロインに恋心を持ってから出会う人でしょ?聖魔祭でヒロインと出会っていたとしても、この人と知り合っているのは早すぎる)
「まーたトランスしてら」
「してません!」
トーマの声が届いて意識を戻された。きっぱりと言い切ってやれば、頭上の彼は笑う。このやり取り、久々に感じる。何か嬉しい。顔には出さないけど。
美人さんの案内で、リビングまで通された。診療室じゃないんだ。
「わたくし、ソニア・ベルモットと申します。普段はこの街でヒーラーとして治療に携わっている者です。リスベット様の治療もわたくしが施術させていただきますね」
「綺麗に直せるんですよね?」
トーマはちょっとトゲのある言い方してる。信用できてないみたいだけど、お兄様のお墨付きみたいだから安心できると思う。
「トーマ、先生に失礼のないように。従者の態度が悪くて申し訳ございません」
「いえ、大丈夫ですわ。リスベット様のお体を気にかけていると分かりますから・・・では、護衛さん。リスベット様をソファに座らせてください。まずは一番酷い足の治療から始めますね」
「分かりました」
ソファに座らされると、トーマは私の足元に膝を付いた。痛々しいと眉を寄せて私の両足を見ている。
凄く気にしてくれている。私が無計画だから傷だらけになったのに、心配してくれている。
気にしないでって声をかけようと思ったら、大きな銀の桶を抱えたソニアさんが近付いてきた。桶には、葉の欠片が無数に浮かんだ薄っすら緑がかった水で満たされている。
「まず足の汚れと傷口の洗浄を致しましょう。これは消毒効果のある薬草を混ぜた水です。この水で足を洗ってください。傷口にあるバイ菌を殺菌します」
「俺がやってもいいですか?」
「そうですね、私は体内に入ってしまったバイ菌の抵抗薬を持ってまいります。感染症対策の薬も煎じないといけませんので、護衛さんにお願いしますわ」
頭を下げたソニアさんは、落ち着いた足取りで部屋から退室していった。音を立てずにドアが閉じて、トーマが私の足首を掴む。
「あ・・・」
「今から洗います。触られるのは嫌だろうが、我慢してください」
「ん・・・っ」




