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この物語のヒーローはトーマになります。

「あのー、そちらのお嬢様は俺の主なんで虐めないでもらえませんかね?」


低くてもはっきり聞こえる緩い声。聞き慣れた声に顔を上げた。

どこ?どこにいるの?兵士達の後ろ・・・赤い髪の男の人がいる。涙のせいでよく見えないけど、黒い服の鮮やかな赤い髪を見間違えるはずがない。


「トーマ!助けてトーマ!!」


叫ばずにいられなかった。私の護衛。誰よりも信頼できる人。絶対に私を助けてくれる人。

やっぱりすぐに答えてくれた。近付いてくる赤い髪。その前に兵士の一人が立ち塞がる。


「下がれ、お前には関係の」


兵士の言葉は途中で途切れた。一瞬のこと。金属のぶつかる音がして、気が付いたら兵士は地面に突っ伏し、呻き声を上げている。背後の騒音に兵士達が振り返る。

別の兵士がトーマに挑むけど、同じく一瞬で地に伏した。仰向けに倒されて悶えている。

何が起きてるか目視できない。でも、それがトーマの強さの証明になっていた。兵士を素早い体術で倒しているってことでいいのかな?実力は知っていても、初めて目の当たりにしたから驚いてしまう。こんなに強いなんて。


「おい、貴様!これ以上は」


「邪魔だ」


それだけのやり取りをして次々に兵士達を倒していく。半数が倒れ伏した辺りで、残った兵士達は恐れを感じているみたい。挑むのを躊躇って二の足を踏んでいる。


「いい加減にしろ!公務執行妨害になるぞ!」


「か弱い女を追い詰めるのが公務なのかい?大した仕事だな」


そうして、また一人倒される。

唖然というか、ぼんやりと見てしまっていた。

だから、自分に伸びてきた手に気付くのが遅れた。肩を掴もうした指先に触れられた瞬間に気が付いて、


「このお嬢様を王子のところに連れ、ぎゃあっ!!?」


その手の腕にナイフが二本突き刺さったことで、掴まれずに済んだ。

び、びっくりした。掴まれそうになったこともだけど、突然ナイフが刺さったことが一番、


「汚い手で触るんじゃねぇよ」


・・・一番は違った。聞いたことのない、いや、ゲームでは聞いたことあるけど、リアルでは初めて聞いたトーマの威圧する低い声。

聞いた瞬間、反射的に体が跳ねたもん。こんな声を向けられたら泣く自身がある。トーマが来る前から泣いてるけど・・・。

自覚したことで涙が落ち着いてきた。頬に伝ったものを拭って、トーマを改めて見る。しっかり私を見つめる灰色の瞳。この目に安心感を得るなんて思わなかった。


「むさ苦しいおっさんが寄ってたかって虐めるんじゃねぇ。俺のお嬢が怯えちまってるだろうが」


あなたのものじゃないんですけど!?

突然の発言にドキッとして言いそうになったけど、言える雰囲気じゃないから内心で留めた。

こんな風に思えるほど、私の心に余裕が出てきている。これもトーマのおかげ。

兵士達は完全にたじろぎ、負傷した兵士に手を貸し始めていた。もう関わりたくないって意志を感じる。だから、トーマに立ち塞がるのは王家の衛士ただ一人。私に背中を見せて、壁のように立っている。


「返してもらうぜ」


「・・・この女が貴様の主という証明がない。貴様は貴族付きのアサシンのようだが、女は見たところ浮浪者だ。貴人には」


「おい、王家の衛士がグラン家の令嬢を見ても分からねぇのか?目玉が腐ってんな・・・そんな使えねぇ目玉はいらねぇよな?」


衛士の言葉は遮られ、顔を見ずとも引き攣っていると分かった。チンピラみたいな口調と相俟った迫力に押し負けている。今のトーマの顔は凄く怖い。

衛士が実力の計れる人なら恐ろしさが分かるはず。ナイフに触れたのなら、対峙した者の首が落ちる合図になる。それがトーマっていうアサシン。

あ、そんなこと考えていたらトーマが手を腰の後ろに!?まずい、本当にこの人のことを殺すつもりだ!これ以上は駄目!!


「トーマ!」


思ったら体が動いた。衛士には私の姿が見えなかったからスムーズに動けて、簡単にトーマの体に飛び付けた。ナイフに触れる手が出ないように、腕にしがみついて止める。

殺しちゃ駄目。この衛士を殺したら話がややこしくなってしまう。誰の目から見てもトーマが加害者になる。理由を知らない人達の目が、門の奥から向けられている。いつの間にか人数も増えている。そんな大人数の前で殺せば、ただの犯罪者になってしまう。

動かないで、と顔を見上げた。そうすれば、鋭い視線が向けられて、それがゆっくりと穏やかなものに変わる。

私の気持ちが通じた?


「ああ、やっぱり俺のお嬢だ。衛士さんの目が腐ってるのは間違いねぇな」


ナイフにかかった手が動いて、私の腰へと動く。それに合わせて腕から手を離して、逞しい体にしがみついた。答えるように腰に手が巻き付けられて体を寄せられる。

ああ、この温もりに安心する。どんなことがあっても守ってくれるって思ってしまう。


「・・・その女が浮浪者という見解は変わらん。怪しい者は捕らえよと命じられている。引き渡せ。そうすれば、貴様への処罰は免除してやろう」


「人が穏便に済ませてやろうとしているんだぜ。テメーは耳も腐ってるのか?それとも、時間稼ぎか・・・」


トーマの苛立った声。それに合わせるように馬車の走行音が遠くから聞こえ始めて、徐々に近付いてきた。

街道から走ってくるあの馬車は、あの装飾は王家の馬車・・・あの人に追い付かれた。

体が強張る。そうすれば、トーマの手が労るように腰を撫でてくれた。


馬車は数メートル先で止まると、御者の手を借りずにドアが開いた。中から出てきたのは、やっぱりセルジュ王子。いつもの穏やかな表情は浮かべていなかった。建前が剥がれ落ちた本性の顔。険しい顔で私を睨んで、トーマを睨み付ける。膝を地に付けて礼をする衛士には目をくれず、私の方へと近付いてきた。


「やっぱりテメーか」


小さく呟いた言葉に引かれて顔を上げる。「やっぱり」ってどういうこと?

それを聞きたくても、トーマは負けないくらい強い視線で王子を睨み返していたから聞けない。

彼を見ていたら足音が止まった。顔を戻すと、二歩ほど離れた距離で王子が立ち止まっている。


「・・・どこの誰かは知らないけど、彼女を保護してくれたことには感謝をするよ」


丁寧に言ってるつもりだろうけど、声が震えて抑揚がおかしくなっていた。怒りが隠しきれていない。

逃げた私に対して、そんな私を抱き締めているトーマに対して怒っている。


「僕は彼女の婚約者だ。犯罪に巻き込まれて行方不明になっていた。探していたんだけど、見つかってよかったよ。さあ、こちらに渡してくれ。僕には保護をする責任がある」


「『元』婚約者だろ?俺は何も知らない部外者じゃないんだぜ、王子様」


空気が張り詰めていく。王子の顔も更に険しくなっていて、殺意すら感じた。

多分、このままだとトーマを殺そうとする。絶対にそうする。温情なんてこの人にはない。


「俺はリスベット様の護衛で守る義務がある。だから、王子様だろうと渡せない」


「お前が護衛のアサシンだったか・・・不尊な男だが、僕は咎めない。リスベットを渡せば許してやる」


「おい、嫌だって言ってるだろ?そこの衛士と同じく王子様も耳が腐ってんのか?」


セルジュ王子を相手にしても喧嘩腰。こんなトーマは見たことがないし、不敬罪で拘束される可能性が・・・この人を捕まえられる人間っているの?兵士達だってなぎ倒したし、みんな様子を見るだけで近寄りもしない。

でも、王子の顔が怖い。どんどん視線の鋭さが増している。怒りを抑えきれなくなっているかもしれない。何を起こすか分からないほど不安定な状態だし、早くこの場から去りたい。


「トーマ」


「なんです?」


今まで見せていた厳しさはない、優しい顔と声が私に向けられる。私に対してはいつも通りのトーマ。

早く立ち去りたいと言いたかった。そのためには王子を刺激しないような言葉が大事で、言うべき言葉を選ぶのに僅かに間が空いてしまった。


「いい加減にしろ」


低く唸るような声。よく通るはっきりした声だから私の耳まで届く。トーマに向けていた顔をセルジュ王子に向ける。

ああ、この顔。私のことを砦で追いかけてきたときの怖い顔だ。自分の思い通りにいかなくて、怒りが爆発している。


「いつまで僕のリスベットに触れているんだ!!」


大きく声を張り上げた王子。その後すぐに、背後に水のマナが集ったのを感じた。そして、異常までにひんやりした冷気を肌が感じる。

何がと目を向ければ、氷で出来た槍が今まさに空中で生成されて、トーマの背中に鋭利な穂先を向けていた。


「トーマ、後ろ!」


私の叫びとほぼ同時に、氷の槍の穂先に弾丸みたいな速さでナイフが当たって、粉々に砕いた。氷の欠片とナイフが地面に落ちるけど・・・え?この人?トーマがナイフを投げて魔法で作られた氷の槍を砕いたの?そうだよね・・・ノールックの物理技で魔法相殺してるんだけど、この人はどれだけ化け物じみてるの?

びっくりして何も言えなかった。呆然としている私の耳にトーマの声が届く。


「王子様が不意打ちなんざするとはな。戦意のない相手へ攻撃を仕掛けるとは思わなかったぜ。ブチ切れて冷静さも失ってんのか?それとも、相当なイカレ野郎だったか」


私の体を抱き締めていた腕が外れる。またナイフに手を伸ばす。いや、さっきからナイフは使ってるんだけど、王子に向けてナイフを使うつもりでいる。

これは止めないといけない!相手はセルジュ王子。もう認めたくはないけど次の国王になる人。そんな人を躊躇いもなく殺すつもりだ。国賊になるとか頭にあっても止めない。思ったら行動に移すトーマだから言い切れる!

ナイフに触れた手を掴んだ。刃を向けないように抑える。非力な私が抑えられている。あ、私が止めたから動きが止まったのか。だって、見つめてくる顔が不可解って感じだし。


「止めてください!相手はセルジュ王子です!」


「何でお嬢があのクソガキを庇うんです?」


「クソガキ!?いや、それよりも!私はセルジュ王子を庇っているわけではありません!王子に危害を加えれば、あなたの立場がなくなります!」


また水のマナが集う気配を感じて、冷気も感じる。

王子は王子でトーマを殺す気満々。お願いだから刺激しないでほしい!あなたはともかく、トーマが反撃したら国賊扱いを受けるんだから!


「セルジュ王子も止めてください!」


「止めてほしいのなら僕のところに戻ってくるんだ」


「誰がテメーなんかに渡すかよ」


また作られた氷の槍が砕かれる。門に設置されている松明の火を受けてることでキラキラと輝いて、ってそんなことに意識を向けている場合じゃない!

この殺意を向け合う人達を止めないと!王子には私の声なんて届かないから、トーマだけでも止めて、ここから逃げようと訴えないと!


「ナイフを下げてください!戦っては駄目!王子と戦闘なんてしたら国の全てがあなたの敵になってしまいます!」


「そうだ、得物を下げろ」


え?また聞き覚え、出来れば聞きたくない声が聞こえた。後ろにある門の方から聞こえたから、見ようとして頭を回したけどいない・・・うわっ、いつの間にか真横にいた。

ああ、やっぱりお兄様だ。お兄様までこの街に来ていた・・・冷静に考えればおかしい。揃いも揃ってタイミングが良くやって来た。直感か、運が良くて辿り着いたのかもしれないけど、もしかしてトーマと一緒に来ていた?

お兄様は私のことをチラリと見ると、すぐにセルジュ王子へと顔を向けた。一歩前に出て、そうすると魔法で攻撃を仕掛けていた王子が顔を背ける。


「リスベットの誘拐については知らないとは言っていましたが、捜索はしていたようですね。我が愚妹がご迷惑をお掛けしました。セルジュ王子もご覧の通り、今まさに安否が確認できました。ご協力ありがとうございます」


知らないって嘘付いていたんだ。まあ、そうだよね。主犯だもん。

お兄様が苦手過ぎて身構えたけど、私のことを探していたんだって思い出した。そう考えると、またちょっとだけ安心できる。

もう、心配しなくていい。トーマとお兄様がいるんだから、セルジュ王子は私を捕まえることができない。


「どんな拷問を受けたのか想像するにも度し難いですが、リスベットはかなりの負傷をしています。従者に任せて治療所に運ばせていただきます」


拷問じゃなくて逃げている最中に負った傷なんだけど、今は説明しないほうがいい。

だって、王子が私を睨みつけている。


「・・・素性の知れない男にリスベットは任せられない」


「グラン家で雇用しているバルデルのアサシンです。この者の素性は私が保証します」


「グラン家だってリスベットとは関係がない。君達は彼女を捨てた。もう無関係なんだ」


「除籍とはなりましたが、今は私の領地に住む領民です。つまりグラン家の資産だ。無関係ではありません」


「家族としては捨てたんだろう?僕は君達と違ってリスベットを大切に思っている。彼女の無事を誰よりも祈ったのは僕だ。だから、僕こそがリスベットを得る権限がある。彼女を寄越せ、僕のものだ」


完全に物扱いをされている。欲しいから寄越せなんて、そんなの私自身が許さない。私はあなたを喜ばせる物じゃない。

意思表示したつもりはないけど、温もり欲しさにトーマの胸に頭を寄せた。しっかりしがみつく私の肩に彼の大きな手が包む。優しい労りを感じる。

それを見ていたセルジュ王子の顔が鋭くなった。


「その男をリスベットから離せ!」


「彼は負傷した妹の体を支えているだけです」


「アシュレイ!僕はリスベットの婚約者だぞ!将来の夫だ!他の男が触れるなんて夫として許せない!!」


「錯乱しているようですね。はっきりと進言させていただきます。あなたとリスベットはもう婚約者ではない。あなたこそが妹とは無関係な人間だ。自由にする権利も権限もない」


お兄様はきっぱりと言いのけた。感情のない声は冷たくて頭によく響く。王子にも届いてほしいけど、声は聞こえていても受け入れることなんてしないだろう。

お兄様を鋭く睨み付ける青い目が物語っている。

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