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若干の性描写があります。R-15程度に留めていますが、ご注意ください。
何か、私の顔を触ってる・・・何だろう、あ、暗い・・・目を閉じてるから、目を・・・。
眠っていた。それに気付いて目を開ければ、セルジュ王子が私のことを覗き込んでいる。顔に触れているのは王子の手で、私の頬を包むように添えて、この人、何でここに!?もう夜なの!?
まずいと思って後ろに逃げようとしたけど、後頭部の後ろにセルジュ王子が腕を向けた。逃げないように、頭を王子の腕と手に囲われて、近付いてきた顔がずっと私を見てる。
瞬きすらしない凝視で私を・・・どうしよう!このままじゃ、このままじゃ私、この人に!
「は、離れて、ください!」
何とか振り絞った声。セルジュ王子の顔に手を向けて押そうとした。でも、声も手も躱される。体勢を変えた王子はベッドに乗り上げて私に覆い被さってきた。最悪だ!!
「いやっ!!」
身動いで抜け出そうにも、腰の上に乗られてしまって動けない。重くないのは少し腰を浮かしているからだろうけど、この程度の拘束でも非力な私じゃ勝てない。
「退いて!」
自由になっている両手で、セルジュ王子の胸を押す。そうすれば、彼は息を吐いて口元を綻ばせた。
「眠っていたから起こそうと思っただけなんだ、それだけだったのに・・・」
頬にあった王子の手がゆっくりと、肌を撫でるように下がっていく。感触を強く感じて、怖くて、気持ち悪い!
「お願い、退いてください・・・止めて、ください・・・!」
喉が震える。体が震えているからだ。
ああ、どうしよう。どうすればいいんだろう。私の声はこの人に届くの?・・・無理だ。目が、ずっと見つめてくる青い目が怖い。
「怖がらないで、痛めつけようなんて思っていない。ただ、君が欲しいだけなんだ」
「やだぁ!!」
顔が近付いてきたから背けた。怖くて目を瞑ってしまったら、首筋に柔らかいのが当たって、吸い付いてくる!何度も肌が刺激されて、ゾクゾクする!これ嫌!!
「や、やめ、んっ」
胸に手が、服の中に入ってきて、触られて、
「んんっ、あぅ・・・」
「・・・嫌な割には可愛い声を出すね。触られるのは気持ちいいのかな?」
良いわけがない!そんなの認めたくない!
肌を吸う刺激と、胸を変に触る手のせいで頭が熱くなりかけたけど、王子の煽る言葉で覚めた。何とかしないと、この寝込みを襲ってきた変態を退かさないと逃げられない。何か、
「あっ・・・あぁ、ん!」
肩紐が外され、襟元が下に引かれたことで胸が晒される。肌寒いと思った瞬間、王子の頭が動いて胸に顔を押し付けたら、やだっ、吸われた!気持ち悪い!感触が、何もかもが嫌!止めて!赤ちゃんでもない男が吸うな!
ああ、駄目!このままこの人の思い通りになってしまう!退かせるか、動きを止められれば!
「あ・・・」
藻掻くように枕元に手を彷徨わせたら、何か硬いものに当たった。何でもいいから助かりたくて頭ごと視線を向ければ、倉庫で見つけたガラスの小瓶が枕の隣で横に倒れていた。
使える!ちょっと危ないけど、これを使えば王子を止められる。
右手で掴み取ると、蓋の辺りを親指と人差し指で挟み、力を加える。そうすれば、パキンッて小気味いい音が聞こえた。脆いガラス製で良かった!
「セ、セルジュ様・・・セルジュ様・・・」
以前、婚約者だったときの、二人っきりのときの呼び方を使う。自分の出来る限り甘えた声、熱の籠もった声で呼んでみた。
胸を刺激していた王子が顔を上げる。不思議そうに私を見て、その顔に蓋が割れた小瓶を投げた。
「なっ!?・・・っ、ぁ・・・」
鼻の辺りに当たった小瓶は、中の液体を王子に浴びせる。口の中にも入ったみたい。
顔を顰めて、口元を抑えて、痙攣しながら私の上に倒れた。重い。でも、この人は暫くは動けない。液体のせいで体が勝手に震えるだけ。
私が投げたのは麻痺の霊薬っていうアイテム。ゲームでは投げ付けられた相手を三ターンも行動不能にする。ゲームと性能がそのままなら、王子は暫く体が痺れて何もできない。ゲームと・・・駄目だ、急いで抜け出さないと!
思い出したことにハッとした。乗っているセルジュ王子の胸に両手を差し込んで僅かに浮かせると、体を移動させる。まずは上半身、次に下半身を、おもっ、もう押しちゃおう!
両手で脇腹を力一杯押して王子の体の位置をずらす。腰、右足と順番に体の下から抜いて、ああ、何とか抜け出せた!
「・・・っ、はぁ、リス・・・ぅ」
何か言ってやろうと思ったけど、モタモタしてられない。
ゲームと同じだからセルジュ王子も「すぐに復活する」。
羞恥心から丸見えになっていた胸を、ワンピースの肩紐を戻すことで隠す。急いでドアに向かって走って飛び出した。
ゲームのおかげでセルジュ王子が使う魔法も知っている。各属性の攻撃魔法と、傷を癒やす回復魔法、そして状態異常を回復させる浄化の魔法。
麻痺の霊薬は強力な薬品だけど、王子ならすぐに回復できるはず。それまでに、遠くへ、階段まで行かないと!
暗く冷たい石の廊下を裸足で走って、階段まで辿り着く。そんなに離れていないのに全力疾走だったから息が上がった・・・王子は、ああっ、出てきた!
麻痺していたなんて嘘みたい。部屋から出てきて、肩の凝りをほぐすように首を回すと、私を睨んできた。
やっぱり浄化の魔法が使えた。早く逃げないと!捕まったら一貫の終わり!
階段を駆け上がる。上階に行けば、真っ暗で埃っぽくて息が苦しくなるけど構ってられない。この階に私の探しているもの、「隠匿のマント」があれば必ず逃げられる!
「鬼ごっこのつもりかな?・・・分かった。捕まえたら、じっくり時間をかけて食べてあげるよ」
上階の倉庫前に来れば、王子は階段の踊り場まで来ていた。足が早すぎる。それに、その、性的なことを比喩表現で言ってるけど、怒った顔が怖すぎてそのままの意味で食べられそう。
(捕まるもんか!)
調べていない部屋に駆け寄る。暗くても位置は大体覚えてる。確かこの辺り、痛っ!何か固いのに、あ!扉の取っ手だ!これを押せば、かなり重い・・・あ、開いた!!よかった、鍵がかかってなくて・・・待って、鍵ってことは施錠で・・・そうだ!
中に入り込んで振り返った。開いた扉の隙間からセルジュ王子が近付いてくるのが見えたけど、力を込めて扉を押して閉める。どこだろう、ここ?あっ!ここだ!
指で鍵穴を見つけると、そこに首にかけている施錠のマジックアイテムを差し込んで回した。
乾いた金属音が響いて、扉が施錠されたと分かる。鍵穴が合って良かったと思った瞬間、目の前の扉が音を立てて揺れた。
反射的に体が後ろに下がってしまう。施錠されたから大丈夫だと思うけど・・・。
「開かない。鍵がかかっているのか・・・どういうことかな、リスベット。君は砦の鍵なんて持ってないよね?」
優しそうに努めた声。でも、怒りが滲んでいる。私が思い通りに出来ないから怒っているんだ。
「まさかマジックアイテムかな?ずっと身に付けていたペンダントがあるよね。それを使って、この扉に鍵をかけたのか?」
大きな衝突音。王子が扉を蹴ったみたい。
「・・・開けろ、今すぐに開けろ」
低く唸るような声。そんな声を怖がって扉を開けるほど、私は愚かじゃない。
この部屋にあるはず。あると思い込んでるだけなんだけど、隠匿のマントを探さないといけない。
これは何、木箱?いや、衣装ケースかな?この中には、よく見えないけどタオルしかない。なら、こっちの・・・壁に何か・・・クローゼット?
取っ手に指を差し込んで引いた瞬間、大きな破壊音と衝撃が走った。扉の方から轟いたそれに私の体も揺れて、転びそうだからと手を伸ばした。滑らかな布を掴む。
結局、それを掴んだまま床に落ちた。引かれた布が体の上に・・・な、何が起きたの?まさか、王子が扉を破壊した?どうやって?
浮かんだ疑問はすぐに消えた。セルジュ王子なら扉くらい破壊できる。攻撃魔法のスペシャリストだから。
(ま、まずい!)
部屋に入られた。まだマントが見つかっていない。こんな袋小路で私のいる場所を気付かれたら、足音が近い!
体が硬直して動けなかった。反射的に息も止めた。おかげで王子の息遣いまで聞こえる。
すぐ近く、真上から聞こえる!ああ、気付かれた!!
「いない、この辺りで転んだのを見かけたのに・・・」
(え?)
私に気付いていない?どうして・・・まさか、私の体を隠すようにかかったこの布が、隠匿のマント?
「今度はかくれんぼかな?・・・どこに行った?」
セルジュ王子が声が離れていく。王子が私に気付かずに離れた。やっぱり、このスベスベした布が探していたマントなんだ!
良かった、見つかって本当に良かった。これを使えば王子から逃げ出せる!
思わず、マントの布地をしっかり掴んだ。失いたくないって気持ちが現れてしまったんだろう。
「なんだ?・・・気のせいか」
布越しだからはっきり分からないけど、セルジュ王子がマントの下にいる私を見た気がする。強い視線を感じた。
だから、動かないように徹する。息も殺す。一瞬、気付かれたのは動いたからだって分かったから。このマントは凄いマジックアイテムだけど、大きな欠点があるみたい。
(羽織ってるだけじゃ駄目なんだ。動いちゃ駄目。でも、動かないと、このまま・・・)
せめて、王子が離れてくれれば。
その願いはすぐに叶った。セルジュ王子は溜め息を漏らすと、足音を立てて遠ざかっていく。明かりのない暗い部屋を、私を見つけるために彷徨っている。ガタガタと音がして、何かにぶつかっていて、うわっ、凄い音!何か蹴った?ガラ悪くなってない?あんなにも執念深く追われてキツい。早く、もっと離れて、離れてくれれば逃げられる・・・あ、そろそろ行けるかも?
一か八か。起き上がってマントを肩に羽織った。立ち上がって、あっ、ぶつかっちゃった!音が!
「リスベット?」
部屋の奥にいるセルジュ王子が振り返っていた。暗さのせいでよく見えないけど、私の姿を捉えたみたい。
王子が向かって行ったのが扉の反対方面で良かった。近付こうと一歩踏み出されたから、走り出した。マントが落ちないように襟元を握り締めて、石壁すら吹き飛んで扉の残骸が散乱する出入り口を潜る。
びっくりした。今まで見えてなかったから分からなかったけど、あの人どれだけ強力な魔法使ったの?私を捕まえるためだけに扉を破壊するとか、無理!執念が凄まじすぎて理解できない!
走り続けて階段までやって来た。全力疾走に肺が痛んで呼吸が苦しいけど、セルジュ王子は諦めずに追ってくる。
どこに逃げるか。その考えもすぐに消えた。下階には行けない。王子が知らせたらしく、複数人の階段を駆け上がる足音が聞こえる。行ける場所は上階、行ったことがない未知の領域しかない。
階段を駆け上がる。セルジュ王子の声がすぐ下から聞こえた。
「またマジックアイテムか。流石グラン家の娘だと思うけど、あまり手を煩わせないでくれ。君には優しく在りたいんだ」
この人、何言ってるの?
「優しいつもりでいるのなら、あなたはやっぱり狂っています!」
踊り場で振り返って反論したら、睨み付けてくる険しい顔があった。もう階段にいる。やっぱり足が早すぎない?
(この先は何があるか分からない。せめて広い部屋でもあれば、王子を躱せるけど)
今までの階層よりも階段の段差が多い。息が苦しいし、ずっと駆け上がっている裸足の足が痛い。早く終着点、上階に辿り着いて、隠れられる場所があれば・・・え?
今度の願いは叶わなかった。私の眼前には鉄の扉。他の扉より重厚で、ここが終着点だと思わされる。
嘘でしょ!?このままじゃ捕まっちゃう!!
縋り付くようにドアノブを掴んだ。回って!って願ったら、ノブは引っかかりなく回り、見た目に反して鉄の扉は軽く開く。
「あ・・・」
私を迎えたのは夜空。小さくも強い煌めきを宿した星々が散りばめられている。風が柔らかく吹いて、微かな潮の匂いがする。ここは屋上?
押されるように飛び出した。石の床は相変わらずだけど、端の方は石が積み上げられている。欄干の代わり。落下防止の措置。やっぱり屋上だ。
「鬼ごっこは終わりかな?」
後ろから声が聞こえた。体ごと振り返ればセルジュ王子がいて、思わず後退る。
私を追い詰めたと思っているみたいで、その顔からは険が取れている。いつもの穏やかそうに取り繕った顔。
「もう逃げられないよ。さあ、諦めてこっちにおいで。言う通りにしたら怒らない」
自分が主導権を握っていると思い込んでいる。自分勝手で最低の男。
こんな人に従うのは絶対に嫌。私は屈しない!私は、必ず逃げてやるんだ!
風が凪いだ。髪がそよいで、マントとワンピースの裾が舞い上がる。掴むように曲げた手の指にまで、風が絡む。この風は私の体を撫でながらも包んでいるように感じた。
大丈夫、しっかりイメージが出来ている。
「・・・怖がらせれば、私が思い通りに出来るなんて大間違いです」
潮の匂いがする風を吸い込んで、吐き出した。真っ直ぐにセルジュ王子を見れば、不愉快だと顔を歪めている。
「私は、あなたのことが嫌いです」
「・・・そんなこと、今更言われなくても分かっている!!」
叫ぶような怒声が夜空に響いた。恫喝するような声だけど、私は怯まない。
「以前は嫌いではありませんでした。私の身勝手な理由であなたに嫌われるようにしただけ。むしろ好きだった。あなたは私が思う理想の王子様だった。でも、今のあなたは違う。変わってしまったのは私のせいだとしても、あなたのような自分本位で他者を苦しめるような人は嫌いです」
「何を言っている!!」
怖い顔をした怖い人が近付いてくる。私を捕まえようと手を伸ばしている。でも、私は捕まらない。
振り返った私の前には欄干のように積まれた石がある。その上に乗って、目を閉じると宙に足を降ろした。砦の屋上から下へと落ちる。
「リスベット!?」
ああ、セルジュ王子の声。でも、その声は必要ない。ただの雑音。私に必要なのは風。そよぐことで木の枝葉を擦らせて、草花を揺らす風の音。
宙に投げ出したこの身には風しかない。優しく私を守ってくれる柔らかなベール。ふわりと私を包み込む。
大気中の風のマナを意識することで操った。私の体に纏わせて、ふわりと浮くように働きかけていた。
目を開く。体を薄緑の光が包んでいて、ふわふわとゆっくり降下していく。地面はもうすぐ・・・着いた。
「ぁ・・・」
着地の瞬間に目眩がしたけど、私は気を失わなかった。魔法を使い続けたおかげ。私の魔力値は、最初に比べれば遥かに成長している。
ドキドキする心臓を、手で胸を抑えることで落ち着かせる。荒い息も、深く呼吸することで整っていく。
出来た。砦から、王子から逃げることが出来た。
「魔法が使えたのか?君が浮遊の魔法を・・・良かった!君が魔法を使えたなんて!もう誰も落ちこぼれなんて言わない!父上も認めてくれる!婚約者に戻れるよ!!」
嬉しそうな声が響くけど、聞いていられない。
羽織っていたマントのフードを被った。私の足以外は隠匿のマントに包まれる。
「以前にも言いました、もう戻れないのです!」
それだけ言うと走り出す。風にそよぐ背の高い草地へ。私よりも高く生え伸びた草に身を隠しながら、風の動きに合わせて走り続ける。
遠くから名前を呼ぶ叫び声が聞こえても、絶対に足は止めない・・・───。




