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───・・・朝が来た。

私は小鳥の囀りを聞きながら目を覚ます。反射的に伸びをして、すぐにベッドから降りた。今日はやらないといけないことがある。今後を左右する大事なこと。

目が覚めたときから準備してあった洗顔と歯磨き用の桶で、顔と歯を綺麗にする。着替えは用意されてなかったから水色のネグリジェのまま。羽織るものがほしいなって思ったところで、ドア越しに話かけられて、挨拶と返事をする。

そうすれば、すぐに朝食が届けられた。運んでくれたのはメイド長。感謝を込めて頭を下げる。ここまでは昨日と同じ。


ここからは昨日と違う。

エネルギーが必要だなって思ったから、朝食のパンケーキとスープとサラダを頑張って食べた。食欲がないからって残していたら、いざって言うときに動けなくなりそうだったから。

空になった食器をトレイごと持って部屋から出た。廊下の右の方は・・・人の気配がしない。だから左の方を進んだ。持っているトレイの上の食器がカチャカチャ鳴るのを聞きながら、人の気配のする方へ。階段の前までくれば、先にある部屋からメイド長が出てきた。私の姿を見ると慌てた様子で近付いてくる。


「リスベット様。片付けは我々が致しますので、お渡しください」


「はい、いつも美味しい食事をありがとうございます」


「・・・」


メイド長は答えない。ただ、深々とお辞儀をしてくれた。手にしたトレイの食器が落ちないように敬礼するのは流石だと思う。

言葉を交わさないことで、彼女は昨日の使用人達と違う。王子の言い付けを守っている。職務を全うする真面目な人だと分かった。

だから、何かを知りたいときには彼女を頼ればいい。


「お願いがあるので、足を運ばせていただきました。聞いてくださいますか?」


「・・・」


やっぱり答えない。でも、敬礼の姿勢のまま待ってくれていた。


「ずっと同じ部屋にいるので息が詰まってしまいました。気分転換に砦の中を歩きたいのですが、構いませんか?」


「・・・セルジュ王子からの命を復唱させていただきます。『リスベットが外に出ようとしない限りは自由にさせろ』。我々はその命に従います」


「・・・ありがとうございます」


感謝を込めてお辞儀した。

メイド長は姿勢を正すと、今度はゆっくりした足取りで廊下の奥へと進んでいく。一番奥の部屋に入っていったけど、多分あの部屋が調理室。その周辺にある部屋は、人の話し声が聞こえるから使用人達の部屋・・・一応、見てみよう。

メイド長の進んだ先を追うように進む。通り過ぎていくドアは、閉められているけど中から人の気配は感じる。使用人は何人いるんだろう?兵士達もこの階の部屋を使っているのかな?

そう思っていたら、二つ先のドアが開いて誰かが出てきた。立ち止まって見れば、昨日の使用人達。談笑していたみたいだけど、すぐに私のことに気付いた。目を丸くして、顔を顰めて、渋々お辞儀をしてくる。

他の人達もいるから昨日のように突っかかってこないわけね。そういう態度なら私も気にしない。軽くお辞儀を返して、体の向きを変えた。

この先には求めるものはないと分かる。廊下を戻ろう。


あの使用人達の視線は感じたけど、階段の前まで来ると感じなくなった。振り返れば、二人の姿は無くなっている。

あの人達が砦にいるのも、王子からとはいえ仕事をするためだし、いつまでも私に構っているわけじゃないか。

さて、これからどうするか・・・どうするかっていうか、どこを探すかなんだけど。


ゲームでも訪れるこの砦に、ゲームと同じく王子のお祖母様の魔導書があった。ゲームでは語られない真実があって、私がリスベットになったことで色々と状況は変わっているけど、置かれていたアイテムは変わっていない。つまり、ゲームで手に入れた他のアイテムも残っているはず。

現にお祖母様の日記の中に言及があった。「存在が消えるマント」って書いてあったけど、そのマジックアイテムには覚えがある。ゲームでは「隠匿のマント」って名称で、身に付けると存在が感知されなくなる。その性能は敵キャラのエンカウント率を無くすってもの。おかげでダンジョンをサクサク進められた思い出がある。セルジュ王子ルートのみ手に入るから、他ルートでは凄くダレた思い出もあるけど。

と、また考え事をしてしまった。こんなところで立ち止まっていたら、悪意ある使用人達にボーッとしていると笑われる。足は動かそう。とりあえず、私の部屋より奥にある部屋を見て回るか。

「隠匿のマント」の効力を信じれば、誰にも気付かれずに砦から抜け出せる。王子から逃げるための必須アイテムだと思う。問題はどこにあるのか。


「何もない」


私の部屋から奥に進んだ先の部屋のドアを開けていってるけど、覗き込んだ部屋は全部家具すらない空き部屋だった。床に埃が積もっているから、放置されて長いんだろう。


(この階にはないか・・・ああ、ゲームでの砦の構造を覚えていれば良かった)


前世でのことだから、もう二十年ほど前の記憶になる。細部まで覚えているわけもなく、ぼんやりと「小部屋にあったな」程度しかない。虱潰しに探すしかないか。


(もし使用人や兵士の部屋にあったのなら、回収されているか、捨てられているよね・・・)


最悪のことが頭に浮かんで、首を振ってかき消す。

希望を捨てたら駄目。絶対あるんだって思わないと。そうしないと挫けそう。


「・・・次は」


階段の前まで戻ってきた。この階にないのなら上階と下階を探さないといけないけど、


(下階は行けない)


下からは金属の当たる音と人の声がする。金属音は鎧の軋む音だろう。喧騒からは十人以上の兵士が詰めていると分かる。

これほどの兵士がいるのなら、多分下階は一階。砦から出る門がある。


(一階に行ったら逃げ出すつもりだと思われる)


多勢の訓練している兵士相手に、白昼堂々と逃げられるわけがない。確実に捕まってしまい、兵士達の警戒度が増す。隙なんてなくなる。


(マントが一階にあったら詰み・・・ああ、暗い方に考えちゃ駄目)


自分に言い聞かせて、下階に向けていた視線を上げた。顔も上げて上階を見る。

上階からは人の気配はない。物音も聞こえない。何があるか、何もないかもしれないけど、立ち止まっている時間は惜しい。

周りに誰もいないことを確認して、上階への階段を足音を立てずに上っていく。少し埃が積もっている。最近では上階に誰も行っていない。

踊り場も音を立てずに進み、階段を上る。見えた上階は私が生活する階層と目に見えて間取りが違った。門のような観音開きの木製の扉がある。鍵穴付きで、もしかしたら施錠されているかもしれない。


「部屋は三つ・・・」


廊下まで足を進んで左右を見たら、正面の扉を挟んで一つずつあった。

この階は倉庫替わりなのかもしれない。階段へと振り返れば、更に上階があるけど、まずはこの階を調べてみよう。

最初は正面の扉。鍵穴があるから施錠されてないことを祈って・・・開いた!

重い扉だったから体ごと押して開いた。足を踏み入れれば、埃っぽくて鼻がムズムズする。目も痒くなる。

指で目を擦らないように心がけて、薄目で室内を見た。中は壁に添う棚に色んな瓶が置いてあって、手前には木箱なんかも積み上がっている。

薬品類の倉庫なのかも。そっと、床の埃があまり舞い上がらないように中を進んだ。木箱の中は見えないけど、張られたラベルの文字を読んだらお酒って書いてあるみたい。掠れていてよく分からないけど。

棚の中に安置されてる大小様々な瓶は、ラベルの文字が消えていて中身が不明だった。


(薬品の倉庫ならマントは置いてない)


ここは違う。後ろを振り返って出口の扉に向かおうとした。

でも、振り返った瞬間、木箱の上に無造作に置かれていた小瓶が目に止まった。取っ手が綺麗な細工で出来ている小瓶は、窓から入ってくる太陽の光を受けて煌めいている。

どこか惹かれたから近付いて眺めた。私の中指くらいの長さで、薄水色の透明なガラス製。蓋の下に何か文字が彫ってある。直に彫られているから文字がはっきりと残ってた。


「これ、ゲームでもあったアイテムだ」


文字が読めたことで思い出した。ゲームで砦を訪れたときに手に入る薬品。効力も知っているし、少し危ないけど使えるかもしれない。

手に取ると、薄っすらと積もっていた埃が取れた。フッと生きを吹きかけて埃を飛ばし、指先で磨く。


(そういえば、お祖母様は薬品も取られたって書いていた。このアイテムもお祖母様の持ち物だったんだ)


小瓶を手の内に包んで扉へと進む。翻るネグリジェの裾が埃を舞わせる。肺に悪そう。ここはもういいか。

扉から出て廊下に戻った。ここも埃だらけの空気が悪いところだけど、薬品の倉庫よりマシ。

少し深く呼吸をして、次よ。

私の体の向きから右と左を交互に見た。どちらの部屋がいいかな・・・とりあえず、左?

足を進めて左の扉の前に立つ。ここも鍵穴があるから施錠されていたらおしまい。さっきの扉より硬い・・・はあ、開いた。

力を込めたことで一息ついてしまう。私の呼吸で空気中の埃がふんわり舞って、中へと視線が向かう。


「・・・」


この部屋は使っていない家具を置いていた。漆が塗られているような光沢のテーブルや硝子戸の棚。大きなベッドに、ベビーベッド。

あのベビーベッドはお祖母様の子供、今の王族の誰かが使ったベッドだろう。もしかしたら国王かもしれないし、王弟か・・・考えるのは止めよう。

ベビーベッドとか今は見たくない。考えたくない。この家具だらけの部屋にマントは無さそうだから、もうおしまい!


(嫌なものを見た)


扉を閉じながら思う。

自分が望まぬ未来を示唆するようなベビーベッドに気持ちが落ちる。体もダルく感じてしまった。気分を変えないと。次の部屋、最後の部屋を確認してマントが見つかれば、


「リスベット様?」


「!」


ちょうど階段の脇を通ったとき、下階から声が聞こえた。あの声はメイド長?焦りのある声色と言葉に緊急性を感じる。戻ったほうがいいよね・・・。


(あと一部屋だったのに)


後ろ髪を引かれるけど階段を降りた。裾がはためいて足に引っかかるけど、転ばないように注意して、それでいて早足で降りる。


「リスベット様、上階にいらっしゃったのですか?」


私の姿を捉えたメイド長は近付くと、胸を撫で下ろした。

そして、私を見ながら少し顔を顰める。


「これはお耳に入れてほしいことで会話ではありません。上階は倉庫です。御身を傷付ける品も収められていますので、もう行かれませんように。あなたが怪我を負えば、セルジュ様から・・・我々は罰を受けます」


最後の言葉には躊躇いがあった。王子の厳しさを知って、私の心証が悪くなるのを恐れたのかも。

安心してほしい、セルジュ王子への好感度なんて地の底だから!そう言わなかった私を褒めてやりたい。


「ご心配をおかけしました、ごめんなさい」


「すっかりお姿も埃で汚れてしまってますね。入浴の準備を致します」


「・・・はい」




部屋に戻った私は、手に入れた小瓶を枕元に置くと、使用人達が用意してくれたお風呂に入った。

新しい服・・・何これ下着?って感じのワンピースを着せられる。細い肩紐で生地も肌が透けそうな白いワンピースだから落ち着かない。でも、他の服はないから我慢しないといけない。

ああ、最悪。この姿を王子に見られたらいけないって明確に理解できる。


着替えも終わったら昼食の時間で、メイド長が運んでくれたラザニアとイチゴっぽいフルーツを食べた。美味しかったけど、こんな暢気に食事をしている場合じゃない。

隠匿のマントが見つからなかったのが精神的にキツい。今日中には手に入れたかったけど、こんな薄着で砦を徘徊するわけにもいかないし、そんな考え事ばかりしていたら王子がやって来る夜になっちゃうし・・・ああ、私、詰んでいないよね?昨日のセルジュ王子の様子だと、猶予は少ないと分かる。


(・・・焦るな)


自分に言い聞かせる。

マントはこの砦に絶対あるから、また探しに行けばいい。今度こそ上階の行っていない部屋を探そう。

部屋から出るには憚れる格好なら、部屋から出ずにやれることをやればいい。

ベッドに座りながら、メイド長から貰ったノートを膝に乗せて万年筆を走らせる。



───・・・国の南端、海を望む高台の砦、トライアの街近郊。Lis・・・───。



簡潔で、分かっているだけの位置情報。そして、私の名前の最初の綴りを添える。

名前すべてを記載するには危険が伴うと思った。この文が王子の配下に渡れば、王子に知らされれば、私の状況は最悪になるから。

ページを文に被害がないように丁寧に破り取る。四つ折りで畳んで、私の手の中に。軽く目を閉じる。


(イメージをする・・・紙を生き物に、木から風へと、風を受けて飛ぶ命に。その羽ばたきは力強く、大気中の風のマナすら舞い上がらせる・・・蝶よりも大きく、羽ばたくもの・・・遠くまで飛行するもの・・・)


じんわりと、手の中の紙が熱を帯びて、膨らんでいく・・・ああ、熱くて、重くて・・・愛嬌のある囀り。

目を開けば、私の手のひらの上に白い伝書鳩が留まっていた。私がノートのページから変化させた伝書鳩。自身が手紙となって、私のことを誰かに知らせてくれる。


「その翼は強き翼。嵐にも負けずに空を舞う・・・飛んで、遠くのグラン家まで行くの。辿り着いたら、元の姿に戻って」


頭を人差し指で優しく撫でれば、伝書鳩は手から飛び立った。窓の鉄格子の隙間を通り、外へと飛び出す。

ああ、飛んで行ってくれた。私の位置を知らせる魔法。変化の魔法を応用した簡易の使い魔。


(必ず辿り着くなんて思ってない。でも、毎日送り続ければ、いつかはグラン家に辿り着いて、私のことをお父様とお兄様に・・・それに、トーマ)


今思えば、トーマは緩いながらも優しかった。私に無理はさせないように気を配ってくれていたし、私のために色々してくれていた。無理強いなんて絶対しなかった。警戒すべき相手だと思っていても、無意識に安心感を与えられていた。全ては彼の人柄のせい。

会いたい、会えない。きっとヒロインに出会ってしまった。私がそう仕向けた。決して助けになんて来てくれない。でも、それが悲しくて恋しく思ってしまう。今更遅いのに・・・。


頭が重い。体もダルくてベッドに寝そべってしまう。目蓋が下がっていく。

蝶よりも大きくて複雑な伝書鳩を生み出したせいだろう。魔力を沢山消費してしまった。体が休もうとしている・・・。


「この程度で、具合が悪くなっちゃ駄目・・・慣れて、扱えるように・・・」


目が閉じてしまう。体が浮遊する感覚が、私の意識が、ゆっくり落ちていく・・・───。

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