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思わず、溜め息が出る。意思表示で顰めた顔を壁に向ければ、女性の使用人が二人。私から視線を外しているもののすぐ側で佇んでる。どこから引いてきたんだっていう綺麗なお湯のお風呂に浸かっている私の側に、ずっといる。

中世の価値観だから、身分の高い人の身の回りの世話をする人間がいるっていうのは分かる。でも、お風呂まで手伝われるのはやっぱり嫌。銭湯とか温泉みたいに他の利用者なら気にならないけど、ただ立ち尽くして私のお風呂が終わるのを待たれるなんて苦痛すぎる。

裸を見られる恥ずかしさもあるし、手伝わせるって自分にはない感覚だから居たたまれない。グラン家にいたときはすぐに訴えて止めてもらったのに、ああ、貴族の生活ってやっぱり私には合わなすぎる。というか、もう貴族じゃないんだけど。


(全部、セルジュ王子のせい)


あの人が私を拐わなければ、私はまだグラン家の屋敷にいて、もしかしたら農村への帰路についていたかもしれない。こんな窮屈な思いはしなかった・・・何かイライラしてきた。これ以上浸かっていたら体がふやけちゃうし、出よう。


「失礼します」


せめて胸だけは、と腕で隠して湯船から上がったら、一人の使用人が近付いてきて大きめのタオルで身を包んでくれた。


「・・・ありがとうございます」


「セルジュ王子からお世話に関してのみ御身に触れてもいいと許可をいただいております」


「お肌に香油を付けますね、胸元を失礼致します」


使用人が肌に纏う水分を軽くタオルを押して拭うと、別の使用人が立ち位置を変えて首から鎖骨の下辺りまでに冷たい香油をつける。同性とはいえ、見知らぬ人に肌を触れられるのは不快だった。


「あの、自分でしますから」


「我々の役目です」


「リスベット様のお手を煩わすわけにはいけません」


触られるのが嫌だから言ってるんだけど?そう言っても、


「あっ・・・」


胸を隠していた腕が除けられてる。胸を包むように使用人の手が添えられて、柔く揉んできた。凄く嫌な感触。変な声が出ちゃうから止め、


「ん・・・」


タオルで肌の水気を拭っていた使用人が、下半身を拭き始めた。敏感な部分もお尻も優しくタオルを押し付けて拭いてくるし!ちょっと、本当に止めてほしい!


「自分で拭けます!香油も、っ、これ以上は付けないでください!」


囲う様にいた使用人達から逃げた。もう触ってほしくない。見られたくないから手をかざして近付いて来ないようにする。ゾクゾクするから気持ち悪いし、本当にこの状況が無理!


「私達はあなたのお世話をするように仰せつかっております」


「抵抗なさらないでください。セルジュ様に叱責を受けるのは我々です」


二人に感情はなかった。ただ、王子の名前が出た瞬間、二人とも僅かに眉を寄せる。

命令通りにしなければ、セルジュ王子から罰を受けるんだと感じ取れた。そう取れたけど、赤の他人に体を触られるのはやっぱり嫌。強い不快感だけを与えられる。


「・・・私は、自分の身の回りのことは自分でするようにと教育を受けてます。あなた方の手伝いは不要です。下がってください」


「・・・」


「・・・」


凄い冷めた目で見られる。このお嬢様、何言ってるんだろうって目で見てる。もうお嬢様じゃないし、その視線は今まで散々浴びたから私は怯まない!


「下がってください、私が言うことはそれだけです」


暫くの睨み合い。だけど、一人の使用人が溜め息を漏らすと緊張が解けた。

彼女はもう一人に声をかけて、手にしていた香油の瓶の蓋を締める。


「今は平民階級だと伺っております。農地に移送されて使用人も付けずに生活しているとも。御自身のことは御自身でなさっているというのは本当のようですね。分かりました、あなたのご要望にはお応え致します・・・それにしても、素晴らしいですわ」


ズイッと近付くと、耳元に小さな声で囁かれた。


「感度がよろしいのですね、あなたの反応の良さをセルジュ王子はお喜びになられるでしょう。お子ができるのも時間の問題です」


顔が離れる前にフッと笑われた。

まさか同性、しかも使用人という役職の人にセクハラされるとは思わなかった。たぶん、この人は私のことを蔑んでる。今まで私を馬鹿にしてきた人達と同じ人種。仕事だから王子に異議申し立てはしないだけで、私なんかが寵愛、寵愛って言っていいのかな?とにかく、愛されてるのが理解できてない。だから、セクハラしてきた。性的に貶してきたんだ。私が非礼だと王子に訴えると考える前に、感情に押されて言ってしまったみたい。

下らない、だから怒らない。セルジュ王子にも言うつもりはないし、話したくもないから訴えない。それに、体力の無駄だから私は喧嘩を買うつもりはない。

ただ、激情に駆られるタイプじゃないことだけは感謝してほしい。冷静に対応できて凄い・・・それくらいは思ってもいいでしょ。


「・・・着替えと整髪はお願いします。隣室で待っていてください」


「・・・」


一瞬、顔が険しくなったけど使用人は引いてくれた。二人連れ立って浴室になっている部屋から、ドアの音を立てずに出ていく。

ああ、きちんと職務を全うする人で良かった。仕事を放棄して喧嘩腰になられたら私も引けないもん。


(・・・それにしても)


感度とか王子が喜ぶとか言われたから、使用人達にも私を監禁している目的は知られてる・・・今思うと凄いこと言われてるじゃん、私。そういうことにならないように気を付けないと。王子に抱き締められたから分かるけど、あの筋力に押し倒されたりでもしたら絶対に勝てない。


(この砦の中を探索する必要があるわ)


ふと、思い出したことがある。

考えを巡らせながら体を拭いて、素早く下着を身に着けた。使用人達を待たせるとまた何か言われそうだし、急ぎ足で浴室から出る。


「こちらへ」


無表情で待機していた二人にまた囲まれて、黒の差し色の入った深緑色のドレスの前に誘導された。

これには文句言えないから従う。言いたいこともないから無言で、着せやすいように手を上げたりして、ドレスを着せてもらう。


「リスベット様は体の線が細いですわ・・・こんな小さなお尻で何事もなく赤ちゃんが生めるのかしら」


「お腹も厚みがなくてぺったんこですし、お子様を身籠られたら毎日大変でしょうね」 


・・・無視!

相手にしたら負けだと思ったから顔にも出さない。出てないよね?鏡は後ろにあるテーブルの上だから確認できない。

とにかく冷静に努めたから使用人達も何も言わなくなった。黙々とドレスを着付けてくれる。


「御髪を整えさせていただきます」


次はテーブルの前に誘導されて椅子に座らされた。

それにしても綺麗に着せてくれたけど、このドレスは胸元開きすぎる気がする。上から覗き込まれたら見えちゃいそう・・・見えちゃってもいいのか。セルジュ王子のために着るようなものだし。香油を付けたのだって、たぶん王子が楽しめるためでしょ?


(寒気がする)


想像したら体がゾワゾワした。

両手で肩を抱えたら、使用人の一人が顔を覗き込んでくる。


「お化粧はご自分で?」


「ええ」


「分かりました。それでは我々は失礼致します」


「お顔を整えずともすでに可愛らしいですわ、リスベット様。セルジュ様もきっとお喜びになられます・・・ドレスは前面にあるリボンを解くと簡単に脱げます。暫くすればセルジュ様がお迎えにいらっしゃいますし、是非、リボンのことをお伝えください」


絶対に伝えません!!

固く口は閉ざしてお辞儀をしたら、二人とも顔を顰めてる出ていった。

最後の最後まで突っかかってきた根性が凄いわ。私のこと軽蔑しているっていうか、嫌いなのかもしれない。


「でも、プロ意識のある人達だった」


右側に寄せられた後ろ髪は、耳の後ろで縛られ、細く黒いリボンを差し込んで三編みになっている。編み始めの根本には黄緑色の造花の髪飾りが付いているし、綺麗に着飾ってくれた。

ヘアメイクに見劣りしないように化粧を始めた。肌も目元も整えて、唇にペールピンクっぽい色の紅を付けて終わりってところで、ドアがノックされる。

来た。ああ、分かった途端に気分が悪くなっていく。胸焼けみたいな感覚もあるし、横になって休みたい。


(そうはいかないよね)


「どうぞ」


パンプスを履いた足に、ドレスの裾が引っかからないように手で軽く持ち上げる。

そのまま椅子から腰を上げれば、ドアが開いてセルジュ王子が入ってきた。

いつもと変わらない優美な装飾のある礼服をかっちり着て、いつも通りの傷もほくろもない綺麗な顔で、いつもとは違う熱を帯びた目で凝視される。視線が私の頭から下にゆっくりと、体をなぞるように動いた。

気持ち悪い。もう、それしか感じない。


私の心境なんて分からないだろう王子は、微笑むと近付いてきた。体が勝手に後ろへ下がろうとしたけど、手を取られたから身動きを取れなかった。

掬うように取られた私の右手は、王子の口元に・・・いや、ちょっと何をするつもりよ。


「嫌です」


「挨拶もなく、最初に出した言葉が拒否なんて酷い人だ・・・でも、綺麗だよリスベット。そのドレスは君によく似合っている」


右手を引いても離されず、指の背に柔らかいもの、唇が当たっている。ああ、嫌だ。私に触らないでほしい。


「離してください」


「・・・嫌か離してしか言わないね。じゃあ、僕も変わらない返事を送るよ。君の拒否なんて却下する、離さない」


「あっ」


逆に手を引かれて力任せ引き寄せられた。顔には王子の胸が当たるし、腰を締め付けるように腕を回される。

感触も体温も不快でセルジュ王子を睨み付けた。だけど、見えたのは優しい笑み。


「反抗的な顔も可愛いよ」


「・・・嫌がっていると分かっていても、そのようなことを言うのですね」


「事実だから。ああ、このまま抱き締めていたいけど、夕食を取らないとね・・・リスベット」


私の右手を掴んでいた王子の手が離れて頬を包んだ。その感触に体が跳ねれば、指先だけで頬、輪郭、首筋をなぞって、やだ、これゾクゾクする!気持ち悪い!


「やめっ」


「これ、ずっと身に付けているね。以前から持っていた?僕は見たことがないけど、誰から貰ったんだ?」


首にかけてある施錠のマジックアイテムの鎖まで指は落ちた。摘まれて引っ張られて、私の視界には見開いた目。瞬きせずに凝視してくる深い青に心臓が痛くなる。

私は何も悪くないのに、下手なことを言ったらいけないって分かった。悪いことだと責めてくる。

息を呑んで、頭を整理して、小さく吐き出す。


「お兄様より頂いたお守りです。私への祝福と魔を除ける祈りが込められているそうです。私はグラン家から除籍処分となりましたから、一族から分かれた先の人生が幸福であれと渡されました」


「・・・そう、アシュレイがね。実兄のくせに君に優しくない男だと思っていたけど、そのくらいの優しさはあったんだ」


瞬きと共に視線が和らぎ、鎖を引っ張っていた指が離れた。リアクションしないように努めて内心だけでホッとする。

施錠の魔法が施されたマジックアイテムなんて正直に言ったら、確実に奪われるか破壊されていた。

絶対にこの王子ならやる。言い切れる。このマジックアイテムだって王子から逃げるために使える。この部屋のドアには鍵穴が無いから使えないけど、どこかで使うことがあるかもしれないから手放せない。


「でも、話に聞いていたけど除籍なんて酷いね。そんなことしないで、君を僕にくれれば良かったんだ。そうすれば話は丸く収まった」


私の気持ちを蔑ろにしなければね。

この人、自分のことしか考えてない。いくらなんでもゲームと性格が違いすぎる。ゲームのセルジュ王子は人が良くて、他人のことを優先するような人だったのに・・・あ、でも、


(独占欲が強いんだなってイベントがあったはず)


ストーリー上じゃなくて、サブイベントで王子の独占欲が見れたのを思い出した。本当に僅かに見せる程度だから分かりづらかったけど。

つまり、この王子は私が初恋になったことで持ち合わせていた独占欲を拗らせまくっておかしくなったってこと?お祖父様の件もあるから否定はできない。同じことをしている。土台はあったんだ。


「リスベット?」


「え?ああ、少し考え事をしていました」


いつもの癖が出てしまった。

この人を前に考え事をしちゃいけない。隙を見せたら変なことされそう。


「そうなんだ。ぼんやりしている顔も可愛いから、キスしそうになったよ」


二度と目の前で考え事はしない!

しっかりと意識を王子に向けて、妙な真似は許さないようにしよう。今だって押し倒されたりしたら対策もないから好きなように扱われてしまう。気をしっかり持つんだ、私!

手始めに密着している体を離してもらわないと!


「セルジュ王子、いい加減離してください」


「嫌だって答えただろう。それに、エスコートしないとね」


腰にあった手が動いて肩を抱いた。王子の心音が聞こえるほど密着したまま歩かされる。

力で敵わないのって致命的。体術っていうか、護身術を習っておけば良かったって後悔してしまう。


部屋から出された私はセルジュ王子に寄り添わされたまま明かりの乏しい廊下を歩かされる。

どこに連れて行くんだって不安な気持ちで顔を見上げれば、青い瞳とかち合った。ずっと私のことを見ている。私の、胸の辺り・・・もしかして、やっぱり見えてる?

嫌悪感から顔を伏せて胸元を手で押さえたら、小さく息を吐かれた。やっぱり見ていたんだ、最悪。あ、肩を撫でてきた。ゾワゾワするから止めてほしい。でも、止めるように言っても聞かないから、話題を出して気をそらそう。


「・・・私と夕食なんてどういうつもりですか?」


そう、一緒に食べる必要はない。

王子には帰るべき城があるわけだし、私を閉じ込めるのも、その、結論から言えば子供を作るのが目的だから交流なんて必要ない。交流することで好感度なんて上がらないしね。

あ、肩を撫でなくなった。気がそれたんだ。


「家族は一緒に食事をするものだろう?」


少し安心したらすぐにこれ。思考が先に行き過ぎてて、ついていけないから心も体も強張る。


「わ、私はあなたの家族ではありません」


「今はね。でも、すぐに家族に、夫婦になるんだ。想い合った夫婦になるには、お互いを理解するために生活を共にしないとね。だから、一緒に食事をしよう」


ああ、ゾワゾワする。気持ち悪いし、気分が悪くなっていく。

この先何があろうとも、この人のことは好きになれない。

私が原因で秘められていた狂気が露出した王子様。それだけは謝りたいけど、どうにもできなかったことだから謝らない。それが弱みになって付け込まれたなんてしたら大変だし。




────・・・連れてこられたのは砦内の食堂室。指揮官くらいの人が食事を取るために、多少は調度品が飾られている部屋だった。

私はセルジュ王子に促されて白いテーブルクロスのかけられた席のイスに座る。正面に王子が座った。私を眺めながら微笑む顔から視線をそらせば、給仕が料理を運んでくる。

野菜と肉料理がバランスよく組まれたメニューだと思う。これがセルジュ王子を前にして「好き」と漏らした料理じゃなければ、純粋に美味しそうだと思っただろう。私の好きな料理だけがある食卓に狂気しか感じない。

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