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気分が悪くなる。込み上げてくるものを抑えようて胸を擦って・・・ああ、私、震えてる。自分の置かれた状況が怖くて震えてる。

客観的に自分を見れて良かった。一杯一杯になっていたら、何も分からなくなるところだった。


「絶対に嫌、あんな人の思い通りにならない」


決意をしないと。

私は王子の思い通りにはならない。絶対に屈しない、気持ちで負けない。こんな砦からも逃げてやる!

そのために自分でもできることをしっかり身に着けないと。軍人でもない私が、剣術の大会で優勝するような王子に勝てるわけがない。戦闘を仕掛けるなんて無謀だ。

私にできること、できそうなのは魔法だけ。それも攻撃魔法とかじゃない搦手で、王子を出し抜くことができそうなもの。今までは生きるために魔法を使わなかったけど、それどころじゃない。体得しないと幸せに生き抜けられない。

王子のお祖母様のノートと魔法の教科書を開く。読み比べて、理解を深めて、自分の中で方程式を組み込む。方程式っていうか、発動に至るまでのイメージの道筋?みたいな。

魔法はイメージって本当に抽象的。でも、それが間違ってないから扱うのが難しいって分かる・・・───。





小鳥の鳴き声が聞こえる。弾むような可愛い声・・・ああ、朝になったんだ。

目を開いても薄ら暗い石壁の室内だから、朝の爽やかさは全く感じない。拐われて初めて迎える朝。

グラン家は、お父様やお兄様は使用人達が皆殺しにされたらしい屋敷の残状を見てどう思っただろう。私がいなくなって・・・ああ、私はともかく使用人達だ。悪い人なんて全然いなかった。皆、仕事熱心で私に優しくしてくれて・・・涙が出てくる。今は考えるのを止めよう。

お父様もお兄様も、屋敷のことで手一杯になっているはず。グラン家で大虐殺が起きたなんて前代未聞だから捜査とかしていると思う。トーマも・・・。


(ヒロインに会ったはずだから、私のことは頭にない・・・これも考えるのは止めよう)


胸が苦しくなった。

気分を変えようとベッドから起き上がって、背伸びをする。


「あれ?」


深呼吸をして目を開けば、テーブルに水の張られた金属の桶とタオル、歯ブラシが置いてあった。誰かが部屋に入って置いたのかと思った瞬間、ドアがノックされて向こうから声がかけられる。


「お目覚めですか、リスベット様。お目覚めならば、テーブルにある桶でお顔と歯を清めてください。今すぐに朝食をお持ち致します」


丁寧で落ち着いた女性の声が聞こえた。口調から兵士じゃなくて使用人みたい。あの王子、私のために使用人も用意したんだ。

こんな砦に来て私の世話をしないといけないなんて、使用人さんがかわいそう。


「分かりました」


かわいそうと思っても話は振らない。どんなに優しそうでも、使用人は王子に従って私の世話をしている。王子の味方だ。

ドアの向こうにあった人の気配はなくなっていた。足音を立てずに去った使用人にプロだと感じながら、テーブルの前に立つ。

顔を洗って拭いて、残りの水を使って歯を磨く。さっさと済ませれば、またドアをノックされた。


「どうぞ」


私が声をかければ、初老の女性が食事の乗ったトレイを持って入ってくる。

この人を知ってる。セルジュ王子の乳母で、長年城務めしているメイド長だった。見かけたらお辞儀をする程度だったけど、王子から説明されたから記憶に残ってる。

こんな人まで犯罪に加担させるなんて・・・。


「・・・ありがとうございます」


トレイを受け取って軽く頭を下げた。そうすれば、メイド長は悲しそうに顔を暗くする。


「申し訳ございません、リスベット様。セルジュ様をお許しください」


許せるわけがない。

でも、この人が悪いわけじゃないから責められない。ただ、首を横に振って意志を伝えるだけにした。


「・・・お食事が済みましたら、食器はテーブルに置いてください。片付けは我々が致します」


我々。他にも使用人を砦に派遣してるのね。あいつ、他人を巻き込みすぎじゃない?

受け取ったトレイに乗る食事も、湯気が立つ具沢山のスープと新鮮なサラダ、焼き上がって間もない感じのクロワッサンみたいなパンだった。この砦で調理しているみたい。

閉じ込められていなければ、私は至れりつくせりだと思っていただろうな。


「あの、少しよろしいでしょうか?」


桶や歯ブラシを片付けようとしているメイド長に話しかける。彼女は振り返らずに背筋を伸ばした。


「セルジュ王子より、あなたと会話をするなと仰せつかっております。我々の言葉は、王子からの言付けとして聞いていただければ幸いです」


何で会話をしちゃいけないの!

王子の考えていることが分からない。私への情報漏洩を恐れてる?忠誠心高そうだから、そんなことしそうには思えないけど。

ああ、面倒。あの王子の全部が面倒だって思う。


「会話がしたいわけではありません。お願いがあるのです」


「・・・」


「聞いてくださると思ってよろしいですね?実は、室内に籠っているだけなので暇を持て余しているのです。何か集中できる作業がしたい。ノートとペンなどを使った書きごとでもいいのですが・・・」


「お待ち下さい」


それだけ言うと、メイド長は桶を抱えて部屋から出て、すぐに戻ってきた。彼女はノートと万年筆を手に持っている。


「テーブルに置いておきます。書くページがなくなりましたら、いつでもお申し付けください」


「ありがとうございます。お食事もいただきますね」


返事はなく、深々としたお辞儀で返された。メイド長は頭を上げると足早に部屋から出ていった。

残された私の鼻に、美味しそうな匂いが届く。


「・・・よし」


疑われずにノートとペンを貰えた。まずは第一関門クリアってところ。食事を取ったら始めよう。頑張って魔法が扱えるようにしないと!




早々に食事を終えた。何か変な満腹感があって半分残しちゃったけど。ストレスで食欲が落ちたのかも。今はストレスしか感じない環境だし。

ベッドに腰を下ろして、これからが重要。絶対に体得しないといけない魔法がある。それは変化の魔法。物の性質を変えることで、物を別の物に変化させる。変化させるものによっては高難易度な魔法だけど、小さいもの、単純なものなら簡単。そう教科書に書いてある。

王子のお祖母様のノートの記述の脱出に使えそうな魔法一覧から、自分の居場所を知らせる魔法について書いてあった。確実に知らせられるわけじゃないけど、補助程度には使える。それには変化の魔法が必要だった。教科書の所定のページを開いて読む。

メイド長から貰ったノートの一ページを破り取った。手のひら大に破って、柔く握りしめる。


「マナの変換ができるようになったのなら、物の変化もできるようになる・・・同じようにイメージする。変化するものを変化させたいものに変えるため、性質を理解して・・・」


紙は木材が技術によって変えられたもの。元は木、木属性のマナを含むもの・・・ああ、また森の中にいるよう。そこに風が吹いて、蝶が舞う。蝶は風に包まれている。大気中の風のマナを受けて、舞うように飛ぶ・・・。

握り締めた手が温かい。思うことでいつの間にか瞑っていた目を開けば、淡くも白い光が手から浮かび、ひらひらと舞うように飛ぶ蝶の形になっていく。


「ああ・・・」


ノートの切れ端が白い蝶に変化した。淡い光を宿す蝶は、私の変化魔法が成功した証。ひらひらとした動きは頼りないけど、立てた人差し指に止まる姿は可憐だった。


「成功し、ぁ・・・っ・・・」


くらりと目眩がして、ベッドの上に倒れた。ぐるぐる目が回るけど、予期して座っていたから良かったと思う。

私は魔力値が話にならないほど低い。マナの変換だけで倒れそうになったのに、それより上位の変化の魔法なんて使ったら確実に倒れるなんて分かりきっていた。


「でも、成功は・・・した。イメージ、ちゃんとできたぁ・・・」


目を瞑って深呼吸。私、イメージすることが得意なのかも。ちょっとは自信を持ってもいいかもしれない。


「徐々に、慣れていこう・・・これくらい使えるように、ならないと・・・私は」


意識が落ちていく。ゆっくり沈んでいく感覚。

ああ、しょうがないよね。魔力値が低いんだから。でも、何度か使っていけば、蝶々くらい変化させても倒れなくなる。魔法を使えば使うほど魔力値が、高く・・・眠い・・・からだ、おも・・・───。







目が冷めたら昼過ぎだったみたいで、私が背伸びをするとドアの向こうから声がかけられた。昼食を持ってきたと伝えるメイド長の声。

返事をすれば、彼女はドアを音を立てずに開いたけど、私が朝食を残していたことに眉を寄せた。


「しっかり食べてください。お体に障ります」


心配の声だったけど、謝ることしかできない。食欲がないのは私が悪いわけじゃないもの。

昼食はサンドイッチとトマトソースで煮込まれたお肉みたいだった。ちょっと食べておしまい。体を動かしてないからお腹が空いてなかった。


メイド長がいないときは魔法の練習。ノートの切れ端を蝶に変化させることの繰り返し。二回目も失神したみたいで意識を失っていたけど、すぐに目が覚めた。お肉料理からまだ湯気が立っていたから時間が分かった。

三回、四回と繰り返すと頭は眩むけど意識は失わなくなる。少し休憩を入れて、五回目。行儀が悪いけど、ベッドに仰向けになりながら魔法を使った。目眩も何も起こらなくなった。

ちょっとずつ魔力値が上がってる。使うことで鍛えられている。こんな簡単に上がっていくんだって痛感したけど、たぶん、私がグラン家の人間だから。魔法を使うのに適した体、いや、血の方かな?代々受け継がれた魔法使いの血筋だから上昇が早いんだと思う。

まともに使っていたらウィザードになれると祭り上げられていたかも。


(それは流石にないかな?魔力値は低すぎたわけだし)


ちょっと疲れがあるのかもしれない。溜め息を漏らしていた。そうすれば、


「リスベット様、ご入室させていただきます」


ノックのあとに声が聞こえて、二人の女性が入ってきた。メイド長とは違うけど、格好から察するに城務めの使用人だろう。

蝶達はノックの時点で手で包み隠し、ノートの切れ端に戻した。私はベッドに座り直して二人を迎え入れる。


「どうしました?」


「セルジュ王子が夕食を共にするとのことです」


「ご入浴とお着替えの準備を致します。暫くお待ち下さい」


それだけ伝えて一人は浴室になっている部屋に向かい、もう一人は昼食の残りを片付けて、テーブルに鏡やら化粧品を置き始めた。


ああ、最悪の時間が始まる。お腹なんて全く空いてないし、王子と食べるなんて最悪すぎる。

会いたくないって言っても、誰も聞いてくれないだろう。従うしかないっていう事実も最悪すぎて、胸焼けをみたいな感覚を覚えた・・・───。

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