9-11 一歩遅かった
「しかし陛下も相変わらずでいらっしゃる。御首を召し上げる程の失態でもあるまいに」
「我らの力も足りなんだな。惜しい男を亡くした」
「お二方、何をおっしゃる。陛下のお怒りは至極ごもっとも。
トールマンどもの蛮行を止めることが出来なかったのだ。
そして魔力の枯渇などという事態を招いて居る。
幹部会全員の首を全てご所望になったとしても不思議ではなかった」
「ほう。貴公はハイロン卿が無能であったと、そう申すのか」
「そうは云うて居らぬ。トールマン共を見誤った我らにも落ち度はあるが、極めて達成するのが難しい局面であったと、そう言いたいのだ。そしてその責を一身に背負った卿の犠牲を無駄にする訳にもいかぬ、とな」
「何が難しい局面か。言い逃れにしてももう少しマシな言いようがあろう。自身の不手際を棚に上げ、己が首が飛ばずに済んだと、ただ安堵して居るだけではないか」
「口にして良い事と悪いコトが在るぞ」
「止めい、言い争うておる場合か」
「あの場には連合王国の重鎮がことごとく出席しておった。
他王国への威圧と、メーサとしての贖いの為に卿の首を思し召したのだ。
これで連合内で陛下の意向に異を唱える者は居なくなろう。
そしてこれより長く続く、トールマン共に対しての『請求』が始まることになる」
「出来るのか?」
「せずばなるまい」
「陛下のご気性からしてもな」
「戦だけが手管ではあるまいよ。何の為に我らをお目こぼしに為られたと思う」
「何処から突く」
「先ずは戦費か?」
「何にしても手駒が必要。相手方の状況も然り」
「トールマンの国内に放った長手から何か報告は入って居らぬのか?」
密談を交す男共の夜は始まったばかりであった。
「陛下。まだお休みになられませんか」
女王が振り返った先には銀髪碧眼の男性エルフが立っていた。
「気が昂っての。ジッとして居れん」
「先程の賓客とのご対面、どういうおつもりです。お戯れが過ぎましょう」
「あの場でなくとも、か?『植え込み』直後の反応は直に見ておきたかった。後々の為にもな。直ぐさま立ち上がれたところを見るに、魔力には然程鋭敏ではなさそうだ。エルフや魔族ならば暫し悶絶しておったろう」
「あの連中にも自尊心くらい在りましょうに」
「別におぬしらを信用して居らぬ訳では無い。が、我が眼で確かめたい事は在る」
静かに諦めの吐息が洩れる気配があったが、女王は素知らぬ振りをした。
「二人は例の部屋にて休ませました。通訳の娘もご指示の通りに」
「うむ」
「それ程の価値があるとお思いで?」
「分からん。だが手札は多いに越した事は無い。これよりまた騒がしくなるでな」
「手数をご所望為れば、ハイロン卿のお命を預けることも出来ましたでしょうに」
「小癪であるぞ、イットワンダ。分かって言って居ろうが」
「僭越にございました」
「惜しい男であった事に間違いは無い」
「はっ」
「過剰な裁断であると思うか?けじめは必要だが、選ぶ枝穂は確かに他にもあったろう。だが降りかかった災厄の責を負わせる者は必要だ」
「業火の如しとの風評が、またしても色合いを強めましょう」
「云わせておけば良い。それがリクイリリという名の者の有り様よ。これより、我が功臣の首がどれ程の高値であるか思い知らせてやらねばならん。周辺諸国にしても然り。トールマン共にしても然り」
「また戦に為りましょう」
「直ぐ様ではないが、じきにな。それに、はらわたを煮やして居るのは我らだけでは無い」
「それは確かに。ですが、連中はもう・・・・」
「故国を踏みにじられて黙ってなど居らりょうか。ましてや、あの魔族ぞ。国内と連合諸国をまとめるのに手間どらなんだら、我らと轡を並べて居たのはきゃつらであった」
「今回のご判断は間違ってなかったと、皆も納得して居ります」
「だが悔いては居る。今更ではあるがな」
参戦に関してトールマンの跳梁があった事は重々承知して居る二人であったが、それを今更口にしても詮無い話であった。
散々に掻き回された挙げ句に、相手の思惑のまま軍を派遣する羽目になったのも、長い時間の間に己の領内で互いに足を引っ張り合い、もつれにもつれた急所を突かれた挙げ句の果てであった。
脆弱なり、と女王は臍を噛む。
このメーサも自他共に東方の盟主と認めてはいるが、ただ狭いエルフの領邦内に限ったまでの話。
国境を拡げ、数多の外圧を力尽くで退け続けたトールマンの国威の前に、膝を屈する者は少なくなかった。
「魔女衆はまだ健在であると聞く。魔王も遺体が見つかった訳でもなかろう?」
「いまや七人ではなく減じて四人に為ったとの報告にございます。魔王も壺の破裂に巻き込まれて霧散したのではないかとの事で」
「勇者共々か。随分と都合の良い話であるな」
「存命なら噂にも為りましょう。それにこの魔力枯渇のおり、魔女衆とて以前ほどの脅威になり得るかどうか」
「わらわはそうは考えて居らぬ。むしろ以前以上の油断ならぬ者へと変貌して居るやも知れぬぞ。姿を隠し闇の中で虎視眈々と爪を研ぎ、牙を剥く好機を窺って居るのではないか?」
「幼子の寝物語に出てきそうですな」
「存外、この王宮のすぐ近くにでも来て居るやも知れぬ」
「まさか、何故にですか。仮に意趣返しであったとしても順序が違いましょう」
「それよ。敵の敵は身内と云うではないか」
まるで悪戯を仕掛けた幼子のような笑みを向けられて、帯剣した銀髪碧眼のエルフは言葉に詰まり、何と返答したものかと困惑する羽目に為った。
時刻は昼過ぎほどの頃。
王都フォテリュリュウを一望出来る崖の上から、ごま粒ほどの大きさの荷馬車が正門を通る様を眺めている人影があった。
馬に跨がり、とんがり帽子に魔法使いのローブを身に纏った旅人であった。
「一歩遅かったか」
小さな諦めと共にやれやれといった風情の吐息を付くと、再び馬を先に進めた。
陽が傾くまで今暫し猶予は在る。
今からでも、急いで山を降りれば城門が閉じる前に駆け込む事は出来そうだ。
だがこの段に至っては意味は為し。宵までは野宿で済まそうと決めた。急く理由が無くなってしまったからだ。
当初の目論見が破綻し、このまま王都に入ると為ればその前に少し準備をする必要がある。
「何しろ予定よりもずっと早く、癇癪陛下のご尊顔を拝する必要が出てきましたからね」
ほくそ笑むその物言いは些か尊大。
しかし幸い周囲に耳をそばだてる者は居なかった。
イクサート王の執務室に置いてきた仮面は失せたようだ。連動していた呪符が焦げて灰になった様からも明らか。あの王さまは自分との約を守るつもりなど微塵もあるまい。
ならば蒔いた餌に食いついたと見て良かろう。
そして西方エルフの動向にも以前以上に注力するようになる。あの男のしでかしにも直に気付こう。コレで中央王国のゴタゴタは長引くに違いない。
煽った甲斐が在った。
後はトールマン同士で好きな様に遊んでくれ。
「では、第二ステージ開幕といきましょうか」
とんがり帽子の旅人は山道をゆっくりと降りていった。




