9-10 片方だけで
「やれやれ、とんだギフトだ」
謁見の義とやらが終わった後に、俺と彩花さんは一室に案内された。
何故かベッドがあった。
しかも二つだ。
そして今、彩花さんは文句を言いながらその一つにひっくり返って居るのである。
俺と彩花さん、同室ってコトなんだろうか?
それはちょっとマズいんじゃないかなと思った。
「ま、まぁ、拷問みたいな目に遭いましたけど、これで二人して言葉が分かるようになったのだし、これから先のやり取りもずっと楽になりますね。
女王さまも最初の印象がアレだったのでビビってましたけど、思って居たよりも優しそうな方だったし」
「そんな呑気な話している場合じゃ無いんだぞ、公介くん」
そう言って彩花さんはムクリと上半身を起こすと、妙に真面目な顔をして俺の顔を見やるのだ。
「女王さまのアレはただのうわべだ。本性はあの第一印象そのものだよ。
物言いや立ち振る舞いどころか、目元まで穏やかに見せていたのは流石だと思ったけどな。
それにこの一件で、きみの存在意義が限りなく薄くなってしまったじゃないか」
「は、どういう意味です」
「通訳が必要では無くなったという事は、わたしとエルフのヒトたちはサシで話が出来るようになったという事だ。
もはやハトポッポさんもお役御免。
同様に公介くん、きみもな」
「ですからハルクックさんでしょう。でも言われてみればそうですね。
そうなると俺はただの余剰人員、役目も無くなったタダの客人扱いってコトなんでしょうか」
「役目が無くなったと言うことがどういう事が分かっているのかね。
彼らにとって必要なのはバイクの取説とわたしが提案した『この世界には無い知識』だ。
極端な話、きみが居なくなってもわたしが居れば事足りる。そういうコトだよ」
「では俺は釈放されるんでしょうか」
「王宮にまで踏み込んだ素性の知れない者を無条件で放逐すると思うのかい?
後腐れ無いよう、首切って森に埋める方が簡単だろうよ。
エルフなんて代物は自分達以外の種族なんて、頭から否定しているような節が在るしな」
「まさか。そんな野蛮な」
「野蛮なんだよ。野蛮な世界なんだよ。
一見人当たりがよく見えるのも、相手がわたしたちに警戒心を抱かせないようにして居るだけなんだよ。
トールマンの陣地で檻に閉じ込められたわたし達を解放してくれたのは間違いなくエルフだけれど、それは人道とか温情とかそんな高尚なもんなんかじゃない。
自分達の利益の為にやったコトだ。そこを勘違いしちゃ駄目だ」
「彩花さんはなんでそんなに疑り深いんですか。ハルクックさんは親身になって世話を焼いてくれたじゃないですか」
「あのヒトは特別なんだよ。エルフの中ではイレギュラーなんだ。一度幹部の人達の前に連れ出されたコトが在ったろう。あの連中の物言い物腰が一般的な反応なんだよ」
「でもソレは彩花さんの意見ですよね」
「どっかで聞いたネットで著名なおっさんの真似は止めたまえ。似合わないぞ。
それに論破なんてものは、自分の意見を相手にねじ込む言葉の暴力だ。
やった側は得意満面だろうが、やられた側は当然面白くない。
禍根を残してどうする、下品だよ」
「・・・・」
「説得や対話というのは相手の価値観を理解して、自分の価値観を相手に理解してもらう相互的なものだ。勿論、論理的かつ感情を抜きにしてな」
「・・・・何で彩花さんは相手を信じられないんです」
「何できみはそんなに信じ易いのかね」
何だか面白くない。
彩花さんの言っていることは分かるけれど、相手を信用することにダメ出しするのはどうなんだろう。
「相手を信用することにダメ出ししている訳じゃない」
「勝手に俺の心読まないで下さい」
「素直なのは美点だとヘレンさんに言われなかったかい。それにわたしも全面否定している訳じゃない。上っ面だけで相手を信じちゃダメだと、そういう事を言ってるんだよ」
そして「この部屋割りも実に意図的だよな」と溜息をついた。
小首を傾げたら「国賓として扱うのなら先ず個室だろう」と言うのだ。
「そういう文化なんじゃないです?」
「そうなのかも知れないし、そうじゃないのかも知れない。夫婦だと間違えられた可能性も無きにしも非ずだ。何せわたしらの世界の中世じゃあ、一〇歳そこそこの子が嫁ぐのも珍しいことじゃ無かったみたいだし」
「ええぇ~」
「何だね、その嫌そうな顔は。傷付くぞ」
「あ、いえ、ソッチじゃあなくってですね、一〇歳そこそこって所です」
「そうかね?或いは監視しやすいように一纏めにしている、とか。むしろソッチの方が可能性高そうだ」
「スパイ映画や囚人の監視じゃあるまいし」
「虜囚って部分は間違い無いな。檻の出来具合と待遇は以前と雲泥の差だが」
なんでこういう物言いするんだろ。
相変わらずの悲観主義者だなぁと俺は溜息をついた。
「何を話しているのか判るかね」
「いえ。魔族の言葉ではありませんね。彼女たちの国の言葉です」
問うたのはこの王宮内で帯剣を許された銀髪碧眼の男性エルフで、返事をしたのは極めて短髪で極めて小柄な女性エルフだった。
壁を一枚隔てただけの隣は来客を泊める監視用の部屋で、ソコには二人の異国人がベッドに座って何事かを語り合っているのが見て取れた。
壁に掛けられた風景画の一部が隠されたのぞき穴になっていて、部屋の中の様子も囁かれている話の内容も一目瞭然というからくりであった。
「ふむ。同族同士になっても魔族の言葉では無いとなると、やはりあの二人はトールマンである可能性が高いな」
「はい。遠征軍の陣中でも、二人が互いに話していたのは今話しているものと同じ言葉でした。
アヤカ、あの背の高い女性は魔族の言葉を解しませんし、話している場面にも出会したことはありません。
でも、異界から訪れた別の種族であるのなら、トールマンであるというのは早計では?」
「異界であろうとトールマンであろうとエルフで無いのなら同じだ。魔族なら多少の敬意を払っても良いかと思っていたが、どうやらその必要は無さそうだ」
「賓客である事にも変わりはありません」
「確かに。陛下がそうお認めになったのだから、ソコを違えるつもりはない。心配かね」
「勿論です。あの二人を任されているのですから」
「そなたは語学に堪能だ。ゆくゆくは二人の故国の言葉も解するようにとのご下命。陛下のご期待に応えるように」
「重々承知しております」
「しかし陛下も物好きなお方だ。異郷の知恵に興味を示されたのも意外だが、二人とも確保したままにせよとは。異なる知見なら、片方だけ在れば事足りるものを」
「御言葉なれど、二人で在るからこそ知見を引き出すことが出来るとのご配慮でしょう。今は協力的ですが片方を損ずれば間違いなく反感の芽が生じ、こちらの意図とは真逆の結果を生みかねません」
「わたしも陛下のご判断に異を唱えている訳ではない。ただの戯れ言よ。では日々子細の記録を忘れるな。何か変化が在れば直ぐに報告せよ」
「畏まりました」
極めて小柄な女性エルフが頭を垂れると、銀髪碧眼の男性エルフはそのまま部屋を出て行った。
そして小さな溜息が聞こえて来た。




