9-8 功臣が現世より旅立った
「首を刎ねよ」
謁見の場は一瞬静まり、そして言い様のないどよめきに包まれていた。
帰還とこの度の遠征を報告、そして確保した魔導具や「賓客」として迎え入れた異界の男女二人の講釈を聞き終えると、玉座の主はそう言い渡したのである。
「お、お待ち下さい陛下」
「ハイロン卿のお命を召し上げる事だけはどうか思いとどまり下さい。卿は一九〇余年に渡り陛下に尽くした功臣にございます」
「左様。此度の遠征は我らがメーサ、そして連合国とその他の種族とが一同に結した一大決戦。かつてない戦いにございました。戦場は水物。事前に容易く推し量れるようなものではございません」
「勝敗は兵家の常。一敗地に塗れたとて次に機会を与え、そこで功を成せばそれをもって償いとするという差配もございます。陛下のご期待に沿えなかったとはいえ、ハイロン卿は決して敗れた訳ではございません。如何にございましょう、この度の件も」
「だまりゃれい!」
火を噴くような一喝であった。
そして玉座から立ち上がるや否や、脇侍が捧げ持っていた己の宝剣を鞘ごと手に取り、磨かれた床石の上へ力任せに突き立てるのだ。
「皆の者、出陣の儀の時にわらわは申したな。深淵の壺の確保こそが此度の出陣の本意であると。
たとい手に為ることが叶わずとも、トールマン如きに割られる事が無きようにと念を押した筈じゃ。
それがどうじゃ。
魔族の地へと数多の同胞を派遣し、数限りない命を大地に捧げたその挙げ句、敢えなく目の前で壺が割られるとは。
お陰で今やこの地上に満る、馥郁たる魔力は消え失せた。
世界の根幹たるその力がじゃぞ。
これで負け戦などでは無いなどと、どの口が云いやるか!」
「・・・・」
「・・・・」
「・・・・」
「・・・・」
「魔族の連中が何故に我が子の如く壺を抱いて居ったのか、その理由を知らぬ者など此処には居まい。
たとい我が手に為ることが叶わずとも、魔族の連中が守護するというので在ればそれはそれで構わぬ。
大事なのは世を成す力が途切れること無く、営々と満ち続けておることじゃ」
美貌の女王の言葉は静まった広間の隅々に響いていった。
まるで冷たい水が隙間無く床を舐めるかのようであった。
「真に糾弾すべきはトールマン。壺の独占と思いきや、よもやまさか端から破砕を目指すなどとは思いもよらなんだ。確かにその点は算段違い。
されど同じ陣中に在りながら、連中の思惑を看過するとは何事か」
「二言もございません」
跪いたままの臣はずっと頭を垂れたままであった。
「此度の失態はこのメーサだけの話ではないぞ。魔力にすがり寄り添い生きる縁とする者全てへの責を背負う。己が犯した罪を知るがよい。覚悟は出来て居ような、ハイロン」
「は。もうとうに」
長かった髪は事前に刈り落とされて、白いうなじは剥き出しであった。
刃が滞ることが無きようにとの配慮であった。
「潔し。せめてもの手向けじゃ。わらわが直々にその首落としてくれよう」
冷徹たる鞘走りの音が響いた。
宝剣を抜き、跪いて頭を垂れる家臣の元へと歩み寄る主君に、数多の者が諫める声を投げた。
行く手を阻むように助命を乞う者たちが群がるのだが、女王の命が発せられ、直ぐさま全てが近衛兵によって阻まれた。
「安心せい。そなたの首一つで此度の一件を収めると、メーサ女王リクイリリの名において約する」
「感謝致します、陛下」
かくして女王自らの手によって宝剣は振られ、一人の功臣が現世より旅立った。
そしてこの広間の片隅で立ち竦み、事の一部始終を呆然と眺めるだけの人影もあった。
フードマントをスッポリと被り、顔や性別は判然としないが、体格の差は歴然とした怪しげな三人組だった。
人影の一つは三千本桜彩花。
もう一つは間柄公介。
更に一つはハルクックであった。




