9-6 陛下に上奏せぬ
そうこうする内に自分達の一行は大きな城門の前にまで来た。
遠くから見ても結構な大きさだなと思ったが、こうして間近にして見るとその迫力に圧倒された。
象が後ろ足で立って長い鼻を高々と掲げ、指を鳴らしノリノリのタップダンス踊りながらでも通れそうな高さと幅があった。
まぁ、そんなオドロキの光景なんて見たことも無いんだけれども。
「入城は何も問題ありませんが、お二方。極力幌馬車の外には顔を出さないようにして下さい。お二方の容姿は少々目立ちますので」
「はい。その辺りは他の街に立ち寄った時と同じですね」
「王都は特に、です。勿論、お二方は賓客として遇していますので基本問題は無いのですが、警護団の中には融通の利かない者も居ます。トラブルは無いに越した事は在りません」
なのでわたしと公介くんはいつものように、フード付きのマントを羽織って幌馬車の片隅にうずくまる事にしたのである。
先頭より荷馬車隊は順調に門をくぐり抜けていった。
だが、何故か自分達の乗る幌馬車だけが門衛によって止められたのである。
どういう事だろう、他の荷馬車はまず止まる事なんて無かったのに。
幌馬車の目隠し布の隙間から、ハトポッポさんと門衛が言い争っているような光景が見て取れた。
「何て言ってるんだろう」
「エルフの言葉なんで俺にも分かんないですね」
何だかジワジワと良くない予感が込み上げてきた。
「だから荷改めをするだけだと言って居る。拒むようなら馬車ごと全員を拘束する事になる」
「ですから、手形は此処に揃って居るではないですか。何故この幌馬車だけなんです。他の荷馬車は素通りだったではありませんか」
「幌で目隠しになっているからだ。怪しい者を王都に入れる訳にはいかん」
「怪しくなどありません。何の為の手形ですか。所定の手続きが揃っているというのに拘束する方が不当です」
「遠征地からの帰還組だろう。不穏な異物が紛れ込んで居ないとも限らん」
「あなた達は戦に赴き帰還した同族にまで疑念を抱くのですか。陛下の命を受け身命を賭し、無事その務めを果たした者に対して礼を失しているとは考えないのですか」
「確認するだけだと言って居る。頑なに拒むならそれはただ疑念を生むだけだぞ。それとも本当に怪しげなモノを乗せているのか」
「手形には荷改め不要と明記されているではありませんか。
公の場で晒すことを禁じているからこその但し書きです。その程度のコトも理解出来ないなんてとんだスカですね。朝起きたときに頭の中身を寝床に置き忘れて来ましたか」
「言わせておけば」
「何を騒いでいる」
「あ、団長」
衛兵の視線に誘われ極めて小柄な年若いエルフが振り返ると、ソコには金髪に褐色の肌をした、背の高いエルフの姿が在った。
「・・・・スタビヒ殿」
トールマンすら追い抜くほどの長身で、極めて小柄なエルフの女性と居並ぶと大人と赤児ほどの身長差があった。
「久しいな、ハルクック。無事の帰還何よりだ。そなたの父上も冥界で喜んでいよう」
「ありがとうございます。通行手形はこの通り揃っています。不備は在りません。通して頂けませんか」
「・・・・ふむ。なる程確かに。だが荷は改めさせてもらう」
「何を仰って居るのですか」
「不穏なモノを通す訳にはいかん。警護団の務めだ」
「拒否します。
この手形は女王陛下より信を得、承認された者より発行された正真正銘正規の許可証です。
異議を唱え、或いは無視をするということは陛下への不信とも取られかねません。
斯様な規範を無視するような振る舞い、断じて首を縦に振る訳には参りません」
「陛下の威を盾に大層な物言いだ。頑固さは父上殿によく似て居る。上申したくばするがいい。王都が害意に荒らされるのを、指を咥えて見ている訳にはいかん。構わぬ、皆の者。幌を上げよ」
数名の衛兵達が幌馬車に取り付こうとしたその刹那である。
「暫し!」と驚くほどの大声が響き渡った。
槍を持ち体躯に優れた者たちの足を止め、振り返らせる程の威圧が在った。
「暫し待て。その荷は決して他者に晒してはならぬという陛下の厳命である。
それを足蹴にし暴くと成れば反逆の意を問われることになろう。おぬし達はそれでも良いのか。
ひとたび罪人と成れば問答無用に市民権を剥奪。二度と家族と相まみえることは叶わぬ。
そのまま地下牢でとこしえの眠りに着くことになるが、それが本意だとでも言うのか」
皆の視線の先には壮年のエルフが在った。
腰に剣を帯び、剣呑な気配を全身に纏わせ、背中に届く髪の長い男がソコに居る全ての者を射竦めて居たのである。
「これは、これは。遠征団幹部会長ハイロン殿ではありませんか。お勤めご苦労さまにございます。
一先ずご無事のご帰還お慶び申し上げます。他者には為し得ぬ大層な戦果を上げて、堂々王都への凱旋といった所でしょうか」
「相変わらず機知に欠けるモノ言いだな、スタビヒ」
「浅学浅慮の此の身。礼節をも弁えぬ田舎者ゆえ、ご気分を害されたのであれば謝罪致します」
「念の為に聞くが、手形に書かれた文字は読めるのだな。積み荷構い無しと記さている事を知りつつもなお、改めようとして居るのだな?」
「王都の平安を守るのがわたしの務めにございます。他意はございません」
「たとい陛下の御言葉であろうと?」
「とんでもございません。この身命は陛下の御為に在ります。
陛下の御言葉は天の御言葉。違えるなど在り得ません。
ですが、世の中には陛下の御言葉を背に、相手を謀ろうとする曲者もございます。
疑って掛かるのも守護を任される者の役目。ご容赦の程を」
「大層な口上だ。陛下の直筆すら信ずるにあたわぬと聞こえる」
「お待ち下さい。我らの忠、疑われていると在れば甚だ心外。
然れどそれは此の身の不徳の致すところ。
後学のためにも不穏の在処、ハイロン殿のお口からご教授願えれば幸いにございます」
「よく言う。まるで油に漬け浸したが如く回る舌よ。わたしは退けと云うて居る。そなたと口論する暇など微塵も無い」
「連れないお返事。哀しゅうございます」
「一つ言うておく。この場の一件、わたしは陛下に上奏せぬであろう」
「・・・・」
「何処で何を訊いたか知らぬが他言無用に願うぞ。なに、コレでもおぬしの首を心配してのことだ」
「ご配慮感謝致します」
軽く頭を下げる瞬間、幌馬車の目隠し布の隙間から奥を見通す視線があったのだが、ハイロンは黙ってそれを見過ごした。
そして再び警護団の団長は頭を下げて、ようやくその場は収まったのである。
「助かりました、ハイロン卿」
「構わん、わたしも少し甘かった。あの二人をおまえに預けたきりなどにせず、直ぐさまに拾い上げられる場所へ置いておくべきだった。エルフ領に入ったからと、少々気が緩んでおった」
そう言ってハルクックと共に御者台に乗ると、「騒がせたな」と幌の中に声を掛け、直ぐさま通訳の後追いがあり、ようやく幌馬車は王都の中へと入ることが出来たのである。




