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【1万1千PV感謝】下町侵略日記  作者: 九木十郎
第九話 エルフの国です魔王さま
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9-5 自分でも訳分かんなくなっていた

 食後のお茶を飲み終えると、やり残した仕事があると黒髪の少女は自分の部屋に消え、元勇者の細身の女性もやはり、呆然とした様子で自室へと戻っていった。


 その後ろ姿は抜け殻のようにも見えた。

 打ちひしがれ、先程までの凜とした佇まいが嘘のようであった。黒髪の少女に語られた世界の有り様が、到底受け容れ難かったからだ。


 まだ少し頬が痩けたままの笹穂耳の男は、飲み残した紅茶のカップをジッと眺めて思惑に耽っている風情であった。


「約束を交したことに後悔して居るのかな」


 胸板の厚いヒゲを蓄えた男に問われてエルフの魔術士は顔を上げた。


「いや後悔ではない。他に選ぶべき道筋はなかったものかと、考えを巡らせていただけだ」


「決断した後に惑うのなら、それも悔いる事と似ていよう。肚をくくり切れて居らぬと見た」


「ワーラー、そなたは不安ではないのか」


「この地で暮らして居る事がか?それともあの黒髪の少女の尻馬に乗ることが?」


「両方だ」


「不安と安堵は性情の異なる兄弟のようなもの。光りが在れば影が生じるように別つことは叶わん。ならば忌むより上手く付き合ってゆくのが上策。そう考えて居る」


「不安が友人になることはない」


「だがそれが完全に失せるのは、永遠の安息を得たときであろう。

 安堵は一時で充分、過ぎたるモノは毒ともなる。

 だからヒトは朝目覚めるのだ。

 と同時に不安はそれ自体を払拭したいと願う、前へ進むための糧ともなる。

 違うかな」


「わたしはそなた程に強くは為れん」


「考えて選んだのだ。後は己の本懐を遂げるよう道を踏みしめてゆくのみ。お互い、過去の自分自身に胸を張れる成果を上げたいものだな」


「斧で割って進めるモノばかりではないぞ」


「確かに。だがその替わりのモノは幾らでもあろう。わしは魔法が使えぬし、おぬしは斧を振るには腕が細すぎる。だが今まで事を為し、こうして此処に居るではないか。何を悲観する必要がある」


「貴公は楽天的だな」


「うむ。それがわしの最大の長所だと思って居る」


 それきり両目の腫れたエルフの男は押し黙り、聞かされたばかりの手管を反芻はんすうしていた。

 願わくばコレが故国の益と成るように。

 間違っても仇為す事になど成らぬようにと、そればかりが彼の者の懸案材料であった。




「見えてきました」


 極めて髪が短く、そして極めて小柄な笹穂耳の女性が幌馬車の幌の中に声を掛け、年若い男女は御者台より顔を覗かせた。

 そして彼女が指し示す方角に目をすがめ、興味深げに眺め見るのである。


「城壁が見えますね」


「うん。これまで見てきた街と同じ城塞都市だな。壁の高さや塔の数からすると、ずっと規模が大きい感じだが」


「千二百年前に遷都して以来栄える、メーサの王都フォテリュリュウです。

 繁栄の度合いで言えば連合内王国、ルカレイレの港湾都市クルフツの方が人も物資も豊かですが、此処が東方エルフ領の中枢である事に変わりはありません」


 少年から通訳を受けて背の高い女性は「なるほど」と呟き、小柄な笹穂耳の女性は小さく微笑んだ。


「そして女王陛下も此処におわす、と」


 遂に来たと言うべきか、それとも来てしまったというべきか。


 口の中で独り語ちて背の高い女子大生は「うーむ」と密かに呻くのだ。


「アヤカさん、コウスケさん。不安も在りましょうが女王リクイリリ陛下は公平なお方です。

 作法が少々外れていようとも礼節をわきまえてさえ居れば、大抵のことはお許し下さいます。

 ただし、言動に嘘や誤魔化しなどが在ればその限りではありません。

 その点だけは充分ご留意下さい」


「まぁ、そんなつもりはサラサラ無いです。する必要も在りませんし」


「でしたら大丈夫ですね」


 ま、出し惜しみはするがな。存分に。


 ニコニコと笑う極めて小柄なエルフ女性には気取られぬよう素知らぬ風を装って、三千本桜彩花は胸中独り語ちるのだ。


 何処にどう転ぶのかは分からない。

 自分のバイクをどの様に評価するのかも大事だが、それ以上に自分や公介くんを如何様に高く印象付けられるのかが問題だ。

 此の世界には無い価値観や知識を小売りして、自分達の居場所を確保する以外に道はないだろうし。


 失敗すればそれでお終い。

 不要と判断されれば苛烈な未来がやって来る。

 その程度の予想は簡単に付いた。


 ただ、甲冑に身を固めた連中に支払ったカネの元は取りたいと願うだろうから、極端な事は言い出さないと思う。

 しかしそれも楽観論、ただの希望的な観測でしかないのかも知れない。


 全てはその女王さまのご機嫌次第だろうから。


「何だかお腹が痛くなってきた」


「あ、やっぱり彩花さんもですか。俺も女王陛下なんて会うの初めてで」


「まぁ、普通そうだろうな」


「どんな挨拶したら良いんでしょう。

 初めまして、本日はお日柄も良く、とか言った方が良いですかね。

 キレイな方でビックリしました、とか褒めた方が良いですよね。

 ああ、こんな事なら社会人の挨拶文とか一通りネットで拾い上げて置けば良かった」


「きびしいお方らしいから、妙なおべんちゃらは口にしない方が良いと思う」


「ええぇ、じゃあ俺はどうすれば。全く以て一体全体わけワカメですよ。頭の中が闇鍋状態ですよ。

 ハウドゥユウドゥ、ナイストゥミィチュウ、ボルシチハラショー、コマンタレブーですよ」


「落ち着きたまえ、公介くん。基本的にやり取りはわたしがするからきみは通訳に徹すれば良い。よろしくと挨拶して自己紹介を済ませたら、後はわたしとハトポッポさんとで何とかする」


「ですからハルクックさんですってば。何でそんなに頑なに間違えるんですか。

 そもそも何でそんな平気の平左って顔してられるんですか。

 オカシイでしょ。エルフですよ、ファンタジーですよ、女王さまですよ。

 こんなのRPGかCGてんこ盛りの映画の中でしか在り得ない状況ですよ。

 どーなってんですか、いったい。オラぁ責任者出てこーい!」


「何でわたしはキレられてるんだろうな」


「誤魔化さないで下さいよ。説明して下さい」


「公介くん、一回深呼吸しよう。大きく吸って、はい吐いて。もう一回いこうか、そうそう。まだちょっと急ぎ気味だな。じゃあ、あと二回くらい・・・・どうだ、少しは落ち着いたか」


「あ・・・・はい・・・・スイマセン。ちょっと、自分でも訳分かんなくなってました」


「まぁ気持ちは判るよ」

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