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【1万2千PV感謝】下町侵略日記  作者: 九木十郎
第一話 いらっしゃいませ魔王さま
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1-8 魔女だったのです

 公介が彩花の家に招かれたのは、それから一時間ほど経った後のことだった。


 事の経緯いきさつや少女の事柄その他諸々、それらを詳しく説明すると云われれば断る訳にはいかない。

 公介自身にも色々と釈然しゃくぜんとしない事柄があって、店長である彼女から少なからず聞きたいことはあったから都合が良かったとえば確かにそうだった。


 でもしかし何なんだろうな、この状況。


 ダイニングテーブルには自分と彩花さんと店長と、そしてあの身元不明な異国の少女の四人が居る。

 服はもう年相応、身体に合ったサイズのものに着替えさせられていた。


 そして左頬に大きな湿布を貼って、不機嫌そうに朝食のトーストを頬張っている。

 児童虐待で訴えられたらどうするつもりなんだろうと思うのだが、事の張本人は実に涼しい顔で皆にサラダを盛り分けていた。


 サラダはカリカリに焼いた刻みベーコンと、仄かに甘いドレッシングがかかっていた。

 塩味のベーコンに甘いソースなんて合わないだろうと思って居たが、一口食べてそれは誤りだと分った。

 成る程これは面白い味わいだ。


「美味しいですね。このサラダ」


「気に入ってもらえて嬉しいわ。スクランブルエッグもお代わり有るから沢山食べてね。もう一枚トーストを焼きましょうか?」


「伯母さん、それよりもこの子のことを説明して欲しいんですけれど」


「まあまあ慌てずに。取敢えず食事を終えて、そのあとに珈琲を飲みながらでも話すわ」


 他愛のない会話と共に食事は淡々と進んだが、少女はぶすくれてただ黙々と食べるだけだった。

 ミルクを口にしながら、ジロリと店長さんを睨んだ目付きが随分と殺気立っていた。


 まぁ、気持ちは判らなくもない。


 そのまま食後のティータイムになり、店長さんから俺が彼女を拾った場所と経緯を訊かれて、時間と場所と状況とを話すことになった。


 別に難しい話じゃあない。

 夜勤の為に道を歩いていたら少女が行き倒れていたから、出勤がてらコンビニに連れてきたと云うだけのコトである。

 そして何か変わったことはなかったかと訊かれた。


「他にこれといって変わった事は。ああ、その子が倒れていた直ぐ近くでマンホールのふたが開いていたというくらいでしたね。確かにぱっと見、そこから這い出て来たといった感じでしたけれど」


 しかしなんでこんな少女が、しかも深夜に道端のマンホールから這い出てこなければならないのだろう。

 どう考えたって普通じゃない。


 店長さんからはその場所と時間を何故なぜ執拗しつように聞かれた。

 そして成る程成る程、と何度か頷いた後に手元にメモを取って「ありがとう、大変よく分りました」と軽く頭を垂れた。


「マンホールの蓋は閉めてくれたの?」


勿論もちろんです。道端に穴が開きっぱなしじゃあ危なくってしょうがない」


「大変結構、グッジョブです。ならばこの件はコレでお終い。では次はこの子の説明といきましょうか」


 そう言って店長は席を立つと、隣の部屋からいそいそと古ぼけた布だの帽子だのを持って戻って来た。

 そしてその場で布を肩から纏い、薄気味悪い仮面を被って三角に尖った帽子を被った。

 布だと思ったのはローブであったらしい。

 そしてその姿はよくあるファンタジーの中に出てくる魔女のような出で立ちであった。


 彼女はその場で両手を左右に拡げた。

 バサリとローブも一緒に拡がった。

 まるで鳥が羽を広げたような姿だった。

 そして「わたしは魔女です」と宣った。


「わたしは魔女だったのです。今まで黙っていましたけれど、実はそうだったのです」


 言い切った後に「大事なことなので二回言いました」と付け加えた。


「・・・・」


「・・・・」


 俺と彩花さんは珈琲カップの前で固まったままだった。


 黒髪の少女は眉間にシワを寄せてそっぽを向いていた。


 誰も一言も話さない。


 カップからはゆらりと湯気が立ち上っている。


 リビングの窓からは青空が見えた。

 塀の向こう側を一台のクルマが走り抜けていった。

 週末の朝だというのに出勤だろうか。

 ご苦労様ですと言いたい。

 天気予報だと本日は快晴らしい。


 店長さんはまだ、諸手を拡げたままじっと微動だにせずに居た。

 ただひたすら、まるで人形のように固まってリアクションを待っていた。


 だがしかし、俺たちにいったい何をどうしろと?


「ねえ、何か感想はないの?腕が疲れてきたわ」


「伯母さん、そういうのはいいから」


「店長さんハマっているんですね。でも今はこの子のことを聞きたいんです」


「もう、公介くん。此処ここはお店じゃないんだから鰓子えらこさんて呼んでよ。前から何度も言ってるじゃない」


 鰓子さんは両手で握り拳を作り、腕を縮め小脇を締めて「そうじゃなくて」のポーズをしてみせた。

 シチュエーションが異なれば「がんばって」かも知れない。

 そうしていると若々しい声と相まって、まるでクラスの女子みたいだ。

 魔女のコスプレも文化祭の出し物でもやっているかのような雰囲気がった。


「二人とも冷たいのね。そんな塩対応されるとは思わなかったわ。一大決心をして告白したというのに、おばさん寂しい」


 そして小さく溜息をつくと仮面を外し、再び元の席に腰を下ろした。

 でもまだ帽子は被ったままだった。

 店長さんの隣に座る少女の見下すかのような視線が冷たくて、俺もやれやれという気分になった。


「そんな大仰な心構えをしたようには見えなかったんですけどね。わたしや公介くんは真面目な話を聞きたくて此処に居るんです。おふざけは止めて下さい、伯母さん」


「おふざけじゃないわよ。実はあたしは、この大地とは異なる世界からやって来た魔女なのです。そこは此処こことは異なって魔法と魔物と魔族と、それに連なる者たちがホモサピと共に生きている世界なのです。そしてなんと!」


 其処そこで鰓子さんは「ばばーん」と口で擬音を発した後に、隣に座る少女を「この方はその世界の魔王さまなのです」と紹介した。


「人族との闘いに敗れて、この世界に逃れて来たのです。嗚呼なんて可哀相な魔王さま。信頼していた部下に縛り上げられて異界への門を潜ることになるなんて。でもそれは魔王さまのお命を守るため。身代わりとなって敵の軍勢の前に立ちはだかり、一身をして主人を守ろうとする忠誠の証。臣下の決死の覚悟なのです。なんて美しくも哀しい話なのでしょう」


 身振り手振りを交えて熱の籠もった解説をしている。

 なんだかなぁと思った。


 それに部下に縛り上げられるって何よ?


 その隣では眉間に深い皺を作り、一際軽蔑した眼差しでコスプレ魔女をにらむ少女が居た。


 俺の左側の席からは呆れたような、ひどく疲れた溜息が聞こえていた。


 何なんだろうなホント、この訳の分らない状況は。


 彩花さんの堪忍袋の尾は固い方だと思う。

 けれど、誰しも限界というものはあるのである。

 少女もこめかみの付近が痙攣けいれんしているし、この辺りにしておいた方が良いのではなかろうか。


「鰓子さんのイマジナリーストーリーはよく分りました。なのでそろそろ真面目な話をしましょう」


「心外だわ、公介くん。あたしは最初から真面目に話をしているのよ」


「伯母さん」


 彩花さんが呆れ声でたたみ掛けようとしたその瞬間である。

 「もうよい」と怒気をはらんだ声が聞えた。

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