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【1万1千PV感謝】下町侵略日記  作者: 九木十郎
第九話 エルフの国です魔王さま
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9-3 黒髪の少女の顔は実に満足げ

 ひとしきり悪態をついて少しだけ気が晴れた。

 このところ虜囚としての日々を送り、気の休まる時が無かったからだ。

 心身共に疲弊しているといってよい。


 やれ商いの品が入った箱を運べだの、店先を掃き清めろだの、食後の残飯を捨ててこいだの、わたしをいったい何だと考えて居る。

 この身はあのような小娘に顎で使われる為に此の地に在るのではないのだ。


 だが斯様な苦役の最中であっても我が身命を折るには足りぬ。

 この身体と心根にはエルフとしての矜持と女王陛下への忠誠とが、常に力強く、決して消えること無く脈打ち続けているからだ。


「それはさておき、魔法陣の中枢は何処だ」


 仄暗い鉄の鋳物の狭間を、わたしはゆっくりと進み始めた。




 やがて中核点と思しき小さな魔法陣に辿り着いた。


 人一人がようやく立てるほどの大きさでしかないが、四方より導入の為の文言がこの小ぶりな円陣へと集まって来ていた。

 恐らく、いや間違いなくコレがこの街を司る極集点であろう。


 刻まれたスペルは難解だが、此の地に落ちてからも日々魔族の言葉と呪術の修練は欠かしたことはない。端から順を追って判読してみれば、転移の呪法であることは先ず間違いないと知れた。


 半ば確信していたことだが、こうやって実際に現物を読み解くと少なからぬ高揚があった。


「ふふん。侮ったな、イカサマの魔女。そして魔王を自称する小娘よ。我が才覚をもってすれば魔族の高等呪文すら解きほぐすのは訳ないのだ」


 まぁ確かに、あのとき魔王城の地下で転移陣に魔力を注入し、続けざまに開封文言まで唱えたのは流石に失態。

 我ながら些か気が急いていた。

 何とか女王陛下のご期待に添おうと必死であったからな。

 だが同じヘマはせん。


 導入の閘門を開くべく魔法陣を掌握するように意識を集中させ、足元に刻まれた魔法錠の文言を唱えた。

 ジワリと微量な魔力が体内に流れ込んでくる手応えがあった。


「おお、いける。いけるぞ」


 久方ぶりに感ずる魔力の手触りに思わず声が出た。

 上ずった声音だった。


 だがソコまでであった。

 何がいったいどうしたというのだろう、それ以上何の反応も無いのだ。

 本来ならば魔法錠が反応した時点で鍵は開き、魔法陣の全容が開示される筈。

 なのにそれきりウンともスンとも言わず、黙したまま停滞しているのである。


「ど、どういう事だ。文言もんごんが間違って居たのか、発音にしくじりがあったのか。いやそれならば端から反応が無い筈だが」


 いささか焦って足元の呪文を読み直していると「単純に鍵が足らぬだけじゃ」と呆れたような声が聞こえた。

 ギョッとして声のする方を振り返って見れば、やはりと言うか何と言うか、勇者アリアを従えた魔王を自称する黒髪の少女が、仄かに明るい暗がりの中に立って居たのである。


「わしは警告しておいた筈じゃ。魔法陣を詮索するな、その場に踏み入るなと。そして約を違えればしかるべき罰をもって報いるとも申し添えた。そうであったなヘレン」


 脇に立つ細身の女性は申し訳無さそうな顔で頷いていた。


「その耳は飾りか。それとも他者の言葉を憶えることも叶わぬほどに、おぬしの脳髄は枯れ果てて居るのか」


「い、いや魔王。これは術士としてのさが、探究心の果てに生じた衝動であって、決して他意など」


「言うに事欠いてあのドワーフの言葉を盾にするか。見下して居った者の言にすがるなぞ、ほとほと見下げ果てたヤツよ」


 そう言って黒髪の少女はコンビニ制服のポケットからスマホを取り出し、一つの「ドウガ」を再生した。

 それは色が無く画質も荒かったが、笹穂耳の男性が魔法陣の上で作業をする様が映っていた。


 見紛うことはない。

 それは間違いなく先刻の自分の姿であったからだ。


:ドワーフにしてもまたしかり。奴らの探究心などそれこそ物欲の権化でしかない。清廉にして至高、世界の真実たる深淵の知恵を探ろうなどとは毛筋一つも思い至らぬ:


:ふふん。侮ったな、イカサマの魔女。そして魔王を自称する小娘よ。我が才覚をもってすれば魔族の高等呪文すら解きほぐすのは訳ないのだ:


 そしてそれは聞き間違えようも無い、先程自分で吐いた台詞であった。

 いったいどうやってと、ただ愕然とするしかなかった。


「おぬしの此処での一挙一動、一言一句すべて掌握済みよ。此処には不心得者が踏み込んで居らぬか、監視する技が張り巡らされて居る。おぬしが下等下劣と吐き捨てるトールマンが編み出した術じゃ。どうじゃ、なかなかに見事であろう」


「ユテマルス。きみが我らの地に帰りたいという気持ちはよく判る。だがこの仕儀は些か礼を失するのではないか。そしてどうしても帰還を望むと言うのであるのなら、先ずは真魚に願い出るのが筋ではないのか」


「いずれにしても許すか許さぬかは、あの魔女が戻って来てからの話ではあるがな」


 吐き捨てて投げかけられるのは、呆れたように見下した眼差しだった。


「それよりもそこの貧相なエルフ。きさまには恩義に報いるという事も出来ぬようじゃのう」


 そう言って黒髪の少女はふたたび凄むのだ。


 あ?虜囚として扱われ恩を着せるのかだと?

 何を頓珍漢とんちんかんな事をほざいて居る、最初にきさまをかばったのは誰じゃ。

 虜囚とはいえ衣食住を保証され、拘束もなく、軽度の労働のみで行動の自由さえも許されている。

 すべてこのヘレンが、わしや魔女に願い出たが故に為されたこと。

 今在るきさまの有り様が当然至極であるなどと、どれだけ思い上がれば気が済むのじゃ。


まったもってエルフなどという種族は始末に負えぬ」


 そして真魚は腰に下げたサイドバッグから面覆いとカートリッジ式フィルターの付いたマスクを取り出し、それを装着すると「離れて居れ」とヘレンにくぐもった声を掛けた。


「ま、真魚。まさかソレは」


「勇者すらも頭を垂れたステキなスパイスじゃ」


 続けて手の平に収まる程度の缶スプレーを取り出すと、笹穂耳の男に向けて迷いなくボタンを押した。


 ぶしゅっ、という音がした。


「うぎゃぁああああああーっ」


 断末魔にも似た悲鳴が響き渡った。


 そして彼の者は魔法陣の上で、ただ術無く、顔を覆って激しくのたうちまわり悶絶するのだ。

 唐辛子の成分を基本とした護身用の一品。

 しかもこの至近距離である。

 眼球に直撃しているのかも知れなかった。


「我らの地に香辛料は稀少であるからの。一際よく効くわ」


 面を外した黒髪の少女の顔は、実に満足げであった。

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