9-1 随分と増長して居るようじゃ
まぁ悪くない伸び行きだな、と真魚は独り語ち、パソコンの前でキーボードを叩いて当月の売り上げを計上していた。
何時ぞやヘレンがブチ壊した商品棚や天井照明、保冷庫のガラス扉の修繕費に破棄されることになった数々の商品を購った赤字は未だに尾を引いているが、この分なら程なくして損失補填は叶いそうだ。
しかし、わしはいったい何をやっておるのじゃろう。
本来この身は魔族の長で、小国とはいえ長い歴史を誇る魔族領を統治する重責を担っていたのではなかったか。
何故にこんな町の片隅に立つ、個人経営の商店の会計などを務める羽目になっているのか。
そんなそこはかとない疑問は、日々当たり前のように脳裏に瞬いている。
だがいま現在、此の身に課せられた斯様な役割は霧散しており、三千本桜家の食客としてただ此処に在った。
乗っていた馬から放り出され、野原に取り残された様にも似ている。
先行きも見えず唐突に目的が失せ、無目的に時間を浪費するのは少なからぬ苦痛だった。
そこに異論は無い。
拘束されている訳ではないのだ。
むしろ此の身はいま果てしなく自由である。
だが目的の失せた自由など、棺桶の中に閉じ込められるのと何ら変わらぬと思い知った。
お陰で暇を持て余してスマホをいじくり倒し、やがて物足りなくなってパソコンでネットの世界を徘徊しながら、様々なアプリや動画編集などを試すようになった。
そうこうしていると、とある日に「真魚ちゃんコレをやってみない?現代日本での大人の女性の嗜みよ」などと、あのイカサマの魔女に唆された。
「大人の女性」などという甘い形容詞に目が眩み、集計ソフトや経営管理シートなどに手を出したのが運の尽き。
気が付けばあの魔女が経営する店の会計係を任されていた。
何たるコトよ、いったい何処で誤った?
「だがまぁ良い。日々の糧を得るのは人生を賭ける必要が在るらしいからな」
「ん、どうした真魚。何か問題があるのか」
「いや、何でも無い。タダの繰り言よ」
事務室に入ってきたのは商品倉庫の整理を終えたヘレンであった。
この頃は仕事も憶えてレジも任されている。
だがこの女性が本物の勇者であったなどと、いったい誰が予想しよう。
ましてや事務会計を担っているのが魔王であるなどと。
「正になんでも揃う店、コンビニエンス・ストアの名に恥じぬ陣容といってよい」
「どうした。先程から何やら様子がおかしいぞ。困ったコトが在るのなら相談してくれ。協力は惜しまない」
「気にせずとも良い。あの魔女が不在の間はこの店を預る身、ちと肩に力が入っておるだけじゃ。それはそうとドワーフはどうした、姿が見えぬが」
「いま外で掃除を兼ねて車両整理をしている。じつは昨日から違法駐車しているクルマがあってな。店の出入りの邪魔になるから、と手頃な電柱に立て掛けているところだ」
「その程度のコトでいちいち手を煩わさずとも、警察に一報入れるだけで・・・・まて、いま何と申した。電柱に立て掛けて居る?」
「うむ。わたしもソコまでする必要はないと言ったのだが、規則を守らぬ者には相応の報いが必要だと」
慌てて外に出てみると、文字通り一台のクルマが電柱にもたれかかるようにして、縦に「立て掛けられて」いた。
極端なウィリーでもしたのか、それとも空に向けて走り出そうとでもしたのか。
クルマは黒塗りでやたら図体が大きく、確かSUVとか言う車種であったなと、真魚はネットの海で得た知識と照らし合わせて頷いた。
あおり運転だの、スマホを弄りながら運転して事故っただの、時折ニュースを賑わす度によく見かけるような気がする。
だがしかしこういう姿は初めて見た。
なかなかに圧倒的な光景、竹箒か何かと間違えているのではなかろうかと思った。
たとい持ち主が戻ってきたとしても、この状態からどうやって乗り込み、如何様して走り出せば良いのやら。
「いったいどうやって」
「どうもこうもない。クルマの前の方をヒョイと持ち上げてズルズルと引っ張っていき、そのまま梯子でも立て掛けるかのような気安さで据え置いてしまった。ドワーフの怪力ぶりは知っているつもりだったが、流石に唖然とした」
「膂力云々よりもこういうコトをやらかす神経の方が驚きよ。きゃつは今どこに」
「おう、お嬢。店の帳簿は付け終わったのかな」
声に振り返ると数台の自転車を両脇に抱えた、小柄だが体格の良いひげ面の男がソコに居た。
「まだ途中じゃ。それよりドワーフよ、コレはいったいどういう仕儀であろう。説明してくれぬか」
「簡単な話だ。この魔道具、いやクルマか?コレが昨晩からこの店の店先に駐められたままであった。しかも二区画分を斜めに跨ぐように塞いでおり、他の客の邪魔をしておった。故に隅に寄せた。それだけだ」
「本当に簡単に言いおって」
確かに、客でもない者が店の駐車場を我が物顔に使うのは業腹。
だがこの地にはこの地の、踏むべき手順という物が在る。
こういう場合は警察なるものに言付け処理してもらう方が後腐れない。
この手の周囲を顧みぬ者は己の損得しか考えぬ者が多いゆえ、逆恨みもまた良く在る。
「いらぬ禍根を残しては面倒じゃ」
「ふむ。言うておることは分かるが、斯様些細な面倒すら警護団に口を挟んでもらわねばならぬのか?随分と窮屈なものだ」
「利便性と安息の対価なのであろう。それよりもその自転車は何処から持って来た」
「自転車というのか。
時折若い客が乗り付けて来るのを見る度、なかなか便利そうな乗り物だなと興味をもった。
ほれ、そこの裏手の空き地より向こう側が川沿いの土手だろう。
サビだらけのものが何台も放置されておったので集めてきた。
使える部品を集めれば一台くらい出来上るのではないかと思ってな」
「ご苦労なことよ。この店は修理業など商ってはおらぬぞ」
「わしの手慰みだ。商いの邪魔をするつもりはない。店の裏手を少し借りるぞ」
「頼んだ不要物の仕分けは済んだのであろうな」
「とうに終えて居る」
立て掛けたクルマのことを何者かに問われても知らぬ存ぜぬで通せ、とその背中に声を掛ければ、分かったと軽い返事が返ってきた。
「ヘレンもそうじゃ。あのクルマ、我らの店は何も与り知らぬ。気が付いたらああなっておったとシラを切り通せ。それよりもあの貧相なエルフは何処に行った」
「わたしも捜しているのだ。小一時間ほど前から姿が見えない」
「まったく。事あるごとに不平不満をこぼすわりには、割り当てた仕事を容易く放り出す。これだからエルフなどという種族は」
「だが現状で、わたしとワーラーが居れば仕事は回るぞ。無理にユテマルスの手を借りるまでもない」
「足りる足らぬの話ではない。
衣食住をあてがわれて愚痴しかこぼさぬ阿呆は、家主に徒なすタダの穀潰しじゃ。
食った分は働けと言うておる。
そも、ヤツはわしの虜囚であろう。
何故わしが働いている最中に、きゃつは一人勝手に放蕩を決め込んで居る。
あやつは何か勘違いをして居らぬか」
「わたしも何度か忠告はしたのだが、自分の役割がどうの、転移陣の有り様がこうのとこぼすばかりで」
「なに?転移陣とな」
「我らの土地への帰還を諦め切れて居ないようだ。まぁ、気持ちは判るが」
「ほほう、虜囚の分際で。随分と増長して居るようじゃのう」
真魚の目が静かに細められた。




