神のみぞ知るというヤツ
雨が降っていた。
雨足が強くて道の行く先が重くけぶっていた。
とんがり帽子の広い鍔の端から雨粒が止め処なく滴り落ちてゆく。
羽織っているローブもまた同じ。
染みこんできた雨水の重みが随分と煩わしかった。
長い道を徒で歩く旅行者にとっては鬱陶しい以外の何者でもなく、靴の中に染みこんでくる雨水の不快感と、泥になった道の踏みごたえの悪さが足取りを更に重くさせていた。
しかし歩かなければ先には進めないし、雨宿り出来そうな木や茂みも見当たらないものだからただトボトボと足を前に運び続けるしかなかった。
雨音に混じって何か音が聞こえる。
ガチガチごろごろと車輪の回る音と、それが道の小石を踏みしめる音だ。
どうやら荷馬車が近付いている。
縁石の向こう側に避けてやり過ごそうとしたら目の前で幌馬車が止まった。
「この先の村まで行く。良かったら乗っていくかい」
ありがたい。
礼を言って荷台に乗り込もうとしたら屋根付きの御者台に案内された。
荷が湿気を嫌うのだ、と言う。
「ここんところずっと一人旅でな。話し相手が欲しかったんだよ」
「なる程」
「おや、これはご婦人だったか。しかもうら若い美人さんときた」
「お口がお上手ですこと」
「いやいや、オレは世辞は苦手なんだよ」
男は塩売りの行商だと言って居た。
海沿いの丘に在る岩塩の採掘場から王都を経て奥の山村へと向い、代わりに山草や薬の材料と交換して王都に向う途中なのだという。
「薬も取り扱っているのですか」
「それも少しはあるが大半はそれの元だ。薬草と塩を交換してまた山に向う。塩漬け肉や麦も取り扱うが薬草の元の方が割が良い。王都じゃよく売れるんだ。それの繰り返しだ。実入りはまぁ、そこそこって所かな」
小売りは出来るのかと聞いたら「出来なきゃ商売に為らない」と言われた。
「わたしは旅の薬師をやっています。良い材料があれば買いたいですね」
「ほう薬屋さんか。しかし何だな、その格好で薬草を扱うとなればまるで魔法使いのようだな」
「おや、わたしが魔女のようと仰る」
「おいおい、オレは其処まで口は悪くないぜ。
そういや何だか教会の魔導師も町の魔法使いも最近元気ねぇなぁ。塩漬けのビーズみたいにしょぼくれちまって、まるで覇気ってものが見当たらねぇ。
最初はオレの取引のある村だけかと思って居たら、似たような商売やってる連中も同じような事を言ってる。いったい何が在ったんだか」
「何かキツイ御触れでも出たのではないのですか」
「どうだかねぇ。ちょっと前にギンギラの甲冑被った騎士様たちが、大勢で街道を王都目指していたとか聞いたが、何かソレと関係が在るのかねぇ」
「王都で何か在るのでしょうか」
「さあなぁ。オレら市井の者には騎士様や領主様のやることはとんと判らねぇや」
「何処かで戦があったとか小耳に挟みましたが」
「戦?何処で」
「何でも、北へ向けて大勢の兵隊が街道を抜けていったとか。春先ごろの話でしょうか」
「あ、ああぁ~、そういやそんな話もあったなぁ。王都の方でも麦の値段がどーんと上がったとか言ってた。そのせいか。オレは町や山を行ったり来たりしてるダケだし、国境越えるなんてことねぇから気にもしてなかったよ。道理で最近パンが小ぶりになった訳だ」
「ずっと旅をしていたので王都の方は初めてです。どのような感じなのでしょうか」
「どうって言われてもなぁ。賑わっているのは間違いないが、海沿いのフッテン港湾市の方が余程に賑やかだし活気もある。王都はどちらかと言うとお上品な賑わいって感じかなぁ。まぁオレが感じた程度なんだが」
「なる程。最近噂になっている事とかはありませんか」
「うーん、噂は特に・・・・まぁ何となく浮かれている様な気分があるかな。何かめでたい事でもあったのかも知れん。まぁオレ達には先ず関係ないだろうけどな」
そうやって他愛の無い会話を交す内に村へと到着し、男から何種類かの薬草を分けてもらって調味料で支払った。
「おいおい、コレは多過ぎだ。こんなに受け取れねえ」
「此処までの足代こみ、という事で」
「待った、あんた王都に行くんだよな。急ぎの旅か?そうじゃなかったら明後日、オレはこの村を発つ。その時に一緒に王都まで乗せてやる。それで相殺といこう、どうだ」
「悪くないですね」
そうやって彼女は幌荷馬車に乗って目的地を目指すことになった。
そして二日後は雨も上がり青空が見えていた。
随分と高い、正に秋の空だった。
「ああ良い天気だ。呑気なもんだね。刈り入れも終わったし諍いも無ければ流行病も無い。真っ当正直、聖典の教えのままに生きるのが幸福。さすれば世は全て事もなしってヤツだな。まぁ、司祭さまからの受け売りだがね」
「なるほど」
「コレで祖税がもうちょっと安くなりゃあ暮らし易いんだがなぁ」
「残念ながら、今よりもずっと上がると思いますよ」
それこそ顔が青ざめるほどに。
とんがり帽子とローブの同乗者の呟きは余りに小さかったので、御者台の男には聞こえなかった。
従順ならソレで良し。市井の者が何をどう願おうと、為政者にはどうでも良い事だった。
生かさず殺さずが搾取者の使命。
だがそれでも問答無用に首を刈り落とされるよりは余程良い。
戦は政治カードの一枚だが、矢面に立って命を落とす者からすれば、どんな正義正論を積み上げられようと納得出来るモノでは無かった。
ましてや、一方的に侵略して来る輩を許すなどと。
無関係な者を巻き込み、己の糧として是とする者を放置するなどと。
生き物の生死は世の理だが、理不尽不条理に抗う程度の権利は在る。
それが生きることなのだ等と、そんな狭量な事を言うつもりは無いし、己が大事にしている者を蹴散らかされて黙って居られるほど寛大でもない。
許された時間の中、誰だって先行きくらいは自分で決め満足して眠りたかろう。
しかし世界は何時だってままならず、望んだとおりの結末を迎えられない者の方が圧倒的だ。
そもそも、願い通りに己の生を全うできた者がこの世に居るのかどうか。
「居る」と豪語する者が在るのなら、この帽子とローブを賭けてみるのも悪くはない。むしろその答えを直に聞いてみたいものだ。
澄んだ空を渡り鳥が渡って行くのが見えた。
果たしてあの何羽が来年の春に戻って来れるのか。
それもまた、神のみぞ知るというヤツであった。




