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【1万1千PV感謝】下町侵略日記  作者: 九木十郎
第八話 ご覧に入れることが出来なくて残念です魔王さま
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8-10 新しき姿の魔女と云える

 そのまましばし、老婆の仮面を着けた魔女装束の女は仮面越しに椅子の上の男をにらみ付けていた。


 破裂寸前の激情が其処そこに在った。

 戦場の惨劇が脳裏を駆け巡っていた。

 己がたくした希望や先々の夢が散ってゆく様があった。


 いつ我らがキサマらの土地を侵略した。

 国境での小競り合いこそあれ、ここ数百年国境が変動したことは無かったろう。

 トールマンの暦書に記される我らの侵略など、貴様等が国政の失策を隠蔽いんぺいする為の自作自演ばかりだったではないか。


 豊かな南の土地を併呑へいどんし、民を肥やしてそれでもまだ飽き足らず痩せた北方に、何故なにゆえ食指を伸ばすのか。


 土着信仰が強く、拡がる教会勢力に待ったを掛ける辺境領邦の力を削ぎ、つ、教会の聖典布教に不都合な魔族を除こうとする坊主共の我欲に踊られているだけではないか。


 それとも全て判った上で不具合を呑み下し、より大きな益を得られると算段を付けたのか。


 このような愚かな男の、かような稚拙な判断で我が同胞は、我が珠玉は砕かれていったのか。


 もはや行き場のない感情が膨れ上がって止めどが無かった。


 いっそ、いっその事この場で・・・・


 息を詰まらせた男が仮面の眼窩がんか射竦いすくめられている。

 うごめく者が何もない。


 無音の時間がしばし。


 やがて女は大きく息を吸い、そしてゆっくりと吐き出した。

 内にもった熱が部屋の気に霧散してゆく気配があった。


「ひとつ言って置きます。壺が破壊されても魔力が消えるのは一時ひとときのみ」


「な、なに?」


「コレを秘するか皆に知らせるかは陛下の御心みこころまかせます。大きなギフトだと思いませんか」


「も、戻るのか。それは何時?」


 王の質問には答えず、老婆の仮面を被った魔女装束の女は言葉をつなげた。


「それらを踏まえてイクサート二世陛下。二つほどお願いがあります」


「・・・・何か」


「一つは魔族領への不干渉。百年ほどで構いません」


悠久ゆうきゅうすぎる願いだ」


「わずかトールマン二世代足らずではありませんか。それとこれより西のエルフどもの調略が色々とありましょうが、大目に見てやって頂きたい」


「西方エルフ領、神聖王国マヌウトの者をと?魔族ではなく、か?」


「はい、エルフです。彼らはこれから面白い事を始めると思いますので」


「教皇猊下への対応は良いのか」


「それは陛下にお任せします。トールマンの事はトールマンで決めればよろしい」


「それは、そなたの友人との約束とやらがるためか」


「ご想像にお任せします」


「その者の名を教えてもらえば、そなたの願いもかない易くると思うが」


「魔族領に散った同胞の名を新たに憶えた方が有益にございましょう」


「魔力が戻ると申したな。その刻が何時かは教えてもらえぬのか」


「代わりに何を下さるのですか王さま。ヒト族が奪った魔族の命を全て戻して下さるのならお教えしましょう」


 甘えんじゃねぇよ、という台詞はかろうじて飲み込んだ。


「・・・・」


「それともわたしが諸侯や臣民の皆様へ全てをお伝えいたしましょうか」


「待てっ、それは待ってくれ」


 真偽の問題ではない。その様な噂が広まれば此度こたびの真の戦果が揺らいでしまう。


 魔力が失せ魔法魔術が使えず、衰えた勢力を一切合切呑み込んでトールマンの国が躍進やくしんする算段だったのだ。真の戦果はこれから手にするはずだったのだ。


 それが幻だったと知れば如何様いかような騒ぎになることか。一歩誤れば諸侯をつなぎ止める求心力すら失いかねなかった。


 そしてこの魔女の言が真実ならば更に由々しき事態。

 秘するにしても、全てをつまびらかにするにしても選択権は握って置きたかった。


 たといそれが、相手に弱みを握られる事になったとしてもだ。


 そして魔女装束の者は己の仮面を外し、机の上に置いた。


「口上ばかりでは心許ない。今宵こよいの出会いの証に置いていきます。ゆめゆめ約束を違えることが無きよう。

 破られた暁にはお仕置きを差し上げます。かなりキツイものになるのでお覚悟の程を。例えるなら、我が魔族領が被った被害の倍返しと考えて頂ければ相当でしょう」


 それでは、と美貌の魔女は笑みドアを開けて静かに執務室から消え去った。


 ランプの炎は静かに揺らめくばかりであった。




 王宮の外に出ると、道にはまだランプやロウソクを持つ人々が列を為し、夜陰をおぼろげなものにして居た。


 魔法使い装束の女は大通りから外れて路地に入り込み、軽く伸びをするとかなり大きめの深呼吸をした。


「いやはや。ハッタリも楽じゃないわ」


 独り語ちて苦笑する。


 しびれ薬、半覚醒用の気付け、筋肉弛緩剤、血糖値をいじって意識を奪う昏倒薬、幻覚作用に特化させた阿片、人工麻薬のフェンタミルに気化性催眠導入剤。


 身体の自由を奪い、心の余裕を削り、判断力すら低下させる。


 手を変え品を変え状況と場面に応じて王宮を無力化し、そして王さまをたばかった。スマホのアプリにボイスチェンジャーを仕込んでいたのも使い勝手の良い小技となった。


 正に現代日本の医療薬学技術、科学技術様々である。


 お陰でほぼほぼ、目論見通りの結果を得られたと言えた。


 大事なのは、未だ大きな力を持つ魔法使いが居ると錯覚させること。

 それは一部の人間だけで良い。

 お偉いヒトであればあるほど良く、王さまというのは望みうる最高の獲物であった。


 魔法魔術に頼らずとも相手を手玉に取るこの勇姿。

 いえ、現代日本の技を駆使した新しき姿の魔女とえましょう。


「ご覧に入れることが出来なくて残念です、魔王さま」


 とんがり帽子とローブをまとった女が、暗がりの路地でくつくつといささか気色悪い感じで肩を震わせた。


 最初は何とかこらえていた。

 斯様かような人気の無い夜の道端で目立つわけにはいかない。此処ここはトールマンの街、敵地も敵地、その真っ直中。中央王国の王都、王宮を囲む路地の片隅なのである。


 だがやがて、どうしようもない笑いの衝動が込み上げてきた。

 それはかつてのウサを幾分いくぶんなりとも晴らせた喜悦であり、湧き上がる感情の奔流であった。


 何よりイクサート二世のあの引きつった顔!


「くっ」


 嗚呼ダメだ。到底(こら)えられそうにもない。


 ひゃーっはっはっはっは!


 うひゃひゃひゃひゃひゃ!


 ゲラゲラゲラ。


 唐突にソレはせきを切ってあふれ出てきた。

 遠く筋向かいにまで響く哄笑だった。


 路地に響く奇態な笑い声に、ロウソクを持ち道行く幾人もの祈り手たちが、ギョッとしたように暗い路地の奥を覗き込んだ。

 ソコには薄暗がりの中に佇む、黒っぽいとんがり帽子と古びたローブを身にまとった怪しい人影が、ひとり天をあおいで笑い続ているばかり。


 いったい何なのだ、アレは。


 気が触れた乞食か浮浪者か。


 あるいは自分達が知らぬ魔性のモノか、笑うケダモノの類いなのかも。


 人々は恐れおののき、何も見なかった事にして足早にソコから離れていった。

 夜が明ければ、闇に潜む何某なにがしかがヒトに姿を変えて潜んでいたと、そんな噂が流れるやも知れぬ。


 だがそれは取るに足りぬ一夜の影。捨て置いて構わぬ市井の些事さじだ。

 の身は今宵でこの街から消え去るがゆえに。


「はーっはっは。はぁ~」


 ひとしきり笑いあげると、やがて大きく息を吸い込んで大きく吐き出した。


「ふむ」


 ちょっとだけ落ち着いた感じだった。


 出来れば教皇にも一発入れて置きたかったけれど、欲張りすぎは禁物。教会には本格的な抗魔術陣が敷かれて居るだろうし、相応の魔法使いも配されているはず


 コチラの化けの皮ががされる危険は犯したく無かった。


「さて、後はエルフ共を追いかけて、彩花ちゃんと公介くんを奪回しないと」


 まったく、王都にまで連れて来られているだろうと思って追って来たのに、とんだ無駄足である。

 まさか国境越えの直後にエルフへ引き渡されているとは思わなかった。


 せっかちな連中である。

 あの二人を確保したのはトールマンで、所有権はイクサート二世にるんだろうが。

 手順を守れと言ってやりたかった。


 まぁいい。

 かちの者に合せての行軍速度はしたるものではなかろう。

 それに王都なら軍用の良い馬が居る。ちょっとアレしてコレすれば手に入れるのは難しく無い。


 そして魔法使い装束の女は極めて軽い足取りで、路地の奥へと消えて行ったのである。

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