8-3 胸中は複雑
東方エルフ領の連合王国軍は帰国の途に付いていた。
中央王国の国境に入るとそのままタルサル山脈の尾根を左手に眺めつつ、トールマンの領地を横断して自国を目指す。
決して短い旅程ではないが、トールマン国内の通行手形は来年春の雨期まで有効の為、特に問題は無かった。
何より同盟する国の道を行く行軍である。
往路の過酷さに比べれば小春日和の散歩とでも言って良い程の安堵感があった。
だがその心情は平穏とはほど遠い。
この戦は何だったのか。
如何なる意味があったのか。
ハルクックは件の男女と共に荷馬車で揺られながら、フォクサンの言葉を思いだしては詮無い自問を繰り返すのだ。
そしてこの遠征で得たモノが、魔族か否か未だ怪しげな男女二人と、魔道具とも言えぬカラクリ機械のみとはどう言えば良いのだろう。
戦果というには余りにも寒々しい。
しかもトールマンの幕閣から手にした証文は、王国メーサの国庫の金と引き換えにするという約定なのである。
東方連合の盟主を自称する国力から見れば微々たる出費であるが、問題なのはその額ではなかった。
本来ならトールマンの国王イクサート二世から取引状が発行されてから、件の二人と魔道具が引き渡される手筈ではあるのだが、此度の帰国に合せて是非にと泣きついた果ての確保であった。
口約束の果てにドワーフ辺りにでも受け渡されては堪らぬという焦りもあったろう。
「これは貸しであるぞ」
証文を手渡されるときにトールマンの幕閣から放たれた言葉である。
一方的な宣言に一言の反問も無く短命種に頭を垂れるエルフなど、先ず見ることが出来ない光景なのではなかろうか。
とんだ醜態ではあったが、空荷のまま女王陛下と対面するよりは余程良い、そう考えたに違いなかった。
此処に彼の年長者が居れば「不甲斐ない」と一蹴したのではなかろうか。
或いは「腑抜け」もしくは「腰抜け」かも知れない。
幹部会は随分と頭を痛めているようだった。
此度の遠征で最大の目的である「深淵の壺」を確保出来ないばかりか、目の前で魔王城諸共破壊されてしまうという失態を演じた為だ。
その挙げ句、この全土において致命的な魔力枯渇という事態を招いている。
戦勝どころか惨敗した挙げ句の敗走よりなお悪い。
早々に放った先触れの使者は、本来在り得ぬ女王陛下からの返答を持って再び遠征軍を訪れていた。
その尋常ならざる反応の早さ足るや、文面以上の激昂ぶりが窺い知れた。
故に皆、頭を抱え肌を粟立たせているのである。
客席から見る演劇なら面白おかしくもあろうが、舞台に上がっている当人からすれば、正に己の命運を賭けた苦悶の最中であった。
とは言え、わたしも他人事ではありません。
ハルクックもまた重い溜息をついた。
フォクサンの出奔も幹部会の憂鬱さに拍車を掛けているのだが、引き留められなかった責は自分にもある。
知っていながらそれを見逃したと知られればなお深刻。
手紙を手渡した経緯から薄々気付いては居るのだろう。
追求されないのは幹部会がそれどころでは無いからだ。
現時点において、件の怪しげな二人を最も良く知る人物という事も有利に働いているに違いない。
だが切羽詰まれば、幹部会の不手際の一端を背負わされる可能性は充分にあった。
此の身が陛下の勘気に触れ、魔力枯渇の責を問われることは無いだろう。
だが魔王城崩壊を目の当たりにし、その後の惨状を今も肌身で感じる現状に在れば、どうにかせねばという切迫感があった。
女王陛下の詰問に晒される幹部会の面々ならば尚更だ。
その様な有形無形のプレッシャー、何かの拍子に現実にでもなれば到底耐えられる自信が無かった。
ひょっとしてわたしも一緒に逃げた方が良かったのでしょうか。
そう思わなくもない。
フォクサンの言う通り、故国に帰ったからと云って何か打つ手建てが在る訳でもなかった。
ましてや展望や妙案が在る筈もない。
あの夜からどれだけ熟考を重ねても答えなど見えず、日を重ねる毎に彼と共に魔王城跡へ赴き、事の因果を探索する方が余程に有意義にも思えた。
だが出奔はやはり出奔なのである。
彼の行動が合理的且つ迅速果断で在るのは確かだが、筋を違えているのは間違いが無い。
許可を得る暇も惜しいと逸る気持ちも判るが、やはり此処は一旦帰国するのが本来なのだ。
「まったく。浮薄に過ぎる、道理を通せが口癖の割りに、その当人が一番落ち着きがありません」
或いは、猛る自身の衝動を静める為に己へ言い聞かせる言葉だったのではなかろうか。
今となってはそんな風にも思えるのである。
そして彼女はまた小さく溜息をつくのだ。
「ハルクックさん。どうしましたか」
少女のような面立ちの少年が心配そうな顔で声を掛けてきた。
「いえ。ちょっと考え事をしていただけで。どうしましたコウスケさん、何か足りないものはないですか。あったら何でも遠慮なく言って下さい」
この二人とあのカラクリ機械を無事に故国まで連れ帰り、女王陛下の御前まで導こう。
それが今のわたしの役目だ。
悶々としてやり切れない気分が晴れることはない。
不安は日々募るばかりだ。
だが今は自分に課せられた責務は最後までやり通そう、そして懸念の払拭の為に行動するのはその次だと、小柄な女エルフは自分自身に言い聞かせた。
焦ったとて何も解決はしないのだし。
そしてふと、この出自不明な少年と女性は、見知らぬ荷馬車に揺られ見知らぬ土地へと連れて行かれながら、どんな不安を抱いて居るのだろうと思った。
わたしの故国でどの様な扱いが待ち受けているのだろうか、とも。
異郷の二人を慮る彼女の胸中は複雑だった。




