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【1万1千PV感謝】下町侵略日記  作者: 九木十郎
第八話 ご覧に入れることが出来なくて残念です魔王さま
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8-1 じっとりとした脂汗で濡れていた

 出奔しゅっぽん同然で軍から離脱したフォクサンは、己の馬で陽の落ちた街道を進んでいた。


 感心出来る行動ではない。

 確かにハルクックのう通り、女王陛下の耳に入れば叱責は免れ得ないだろう。

 否、その程度で済む筈がなかった。

 断りの書状を預けたとは言え、許可も無く魔族領への残留。

 かつ我が身に課せられた役目も果たさぬまま、身勝手な憶測の元に撤収した場所へ舞い戻ろうとしているのである。


 コレでわたしの経歴も消えたな。


 長い時間を掛けてコツコツと積み上げた信頼も、そして成し遂げた幾ばくかの実績も全てフイになった。

 だが特に未練はなかった。

 肩書きなどタダの飾りに過ぎないからだ。

 生前の父ならばまなじりを吊り上げて叱責しただろうが、冥界へ旅立った者に忖度そんたくする必要はあるまい。

 それよりも老いた母の悲しむ顔を見る方が辛かった。


 申し訳ない、母上。

 だがコレは見て見ぬ振りをする訳にはいかぬのです。


 胸内で独り謝罪の言葉を紡ぎながら馬を急かした。

 大月はもう沈んでいたが小月の方はほぼ満月で、お陰で夜道は思ったよりも見通すことが出来た。


 魔狼の類いを侮るほどに愚かではないが、それでも獣魔除けの香木は身に着けている。

 それにこれでも長年棒術の鍛錬を積み上げてきた。

 軍属のエルフとしてその辺りに抜かりはない。

 魔物に真っ向から相対するのは無謀だが、振り切って逃げ切る程度の実力は備えているつもりだった。


 もうどれ位来ただろう。

 最後尾の荷役隊を見送って二日になる。

 かちの者や荷馬車よりは格段に早いとはいえ二〇日以上を掛けて来た道のりだ。

 よもや追っ手が掛かるとは思えないが、本隊より少しでも距離を取って置きたかった。


 陽が落ちるのは早いが深夜になるにはまだ時間がある。

 あと一刻ほど進んだらその辺りで野営出来る場所を捜そうと考えた。

 軍用を前提とした街道だ。

 数里おきに在る野営用の広場は進軍した時に確認済みで、その辺りは魔族も他国と変わらない。

 そこなら本隊が残して行った薪の燃え残りくらいはるはずだった。


 灯火と火炎の魔法が使えれば、こんな心配をせずとも良いものを。


 何度目になるかも分からぬ悪態を付きながら、月明かりを頼りに道を進んだ。

 程なくして広場に出、焚き火の跡を物色してまずまずの量の炭を得た。

 一番乾いた地面に腰を下ろそうとして、何某かの気配に気付いた。

 何かが暗がりの奥に居るという、不確かだが無視して良い手合いのものでは無い「何か」だ。


 魔物の類いか?


 油ランプの炎から松明に火を灯す。

 手に馴染んだ杖代わりの長棒を手繰り寄せ、立ち上がると松明を高く掲げた。

 二〇歩ほど離れた場所にボンヤリとした人影と思しきものが見えた。

 そしてソレは「何者」と問うのだ。


 トールマンの言葉だった。だが固い。口に馴染んでいないニュアンスがあった。


「同じ事を訊きたい。この暗がりの中、火も着けず何をしている」


「先ずは問われた方が答えるのが筋でしょう。嗚呼、成る程。エルフか」


 ならば仕方がないと鼻先で笑う気配があって、フォクサンは少しばかり目をすがめた。

 掲げた松明が少しばかりまぶしかったからだ。

 闇の向こう側から染みだしてきた人影は、尖った帽子とローブを羽織っていた。


 魔法使いか。

 しかも女の声とは。


 うなじの辺りの産毛が逆立つ感触があった。


 落ち着け、と自身に言い聞かせる。

 今は魔力が極めて薄い。

 たとい相手が魔族で、しかも見た目通りの魔法使いであったとしても、身体の中に蓄えた魔力分の魔法しか使えぬ筈だ。

 不必要に恐れる必要はない。

 相手としても魔力は温存して置きたいはず

 何か目論むとすれば薬物の類いではなかろうか。


 チラリと松明の炎の穂先を見た。

 目立つ揺らめきは無かった。

 ほぼ無風。

 コレなら風向きの優劣は在り得まい。

 だが念の為、治癒魔法の準備くらいはしておくべきか。

 いや、術式の準備などすれば相手を刺激する。

 魔族の手練れともなれば呼音の変化すらも見逃すまい。

 ここはギリギリまで控えるべきだ。


 揺れて焦る気持ちをねじ伏せて、ジワリと固唾を飲んだ。


「今一度()く。あなたは何者で此処ここで何をしているのかしら」


「軍を出奔して北を目指している。今はただの旅人だ」


「これから冬になろうというのに?ソレを信じろと。だとしたら随分と酔狂ね。脱走兵にしては随分と装備が行き届いているけれど、ひょっとして行き先は魔王城かしら」


「問いかけは交互にだ。コチラからの質問にも答えてもらおう。何者か。そしてわたしに何用なのだ」


「見ての通り、通りすがりの魔法使いよ。南を目指しているわ。今はただの旅人」


「それを信じろと」


「お互い様でしょう。ランプの火が見えたから興味をそそられた、それだけ」


「本当に?」


「随分と警戒しているけれど、無駄な争いはしない主義なの」


「ならば安心した、と答えれば納得するのか」


「納得してなくてもうなずくのは大人のたしなみ。異論は無いわよね?」


「・・・・」


「軍を離反してまで何をしようとしているの?アナタ、今一人よね。敵地で孤立して無謀だとは思わないのかしら。魔女にでも見つかったら頭からかじられちゃうわよ」


「問答無用のケダモノという訳でもあるまい。ことわりを解する寛容くらいあろう」


「その自信がある、と」


「最も恐れるのは他者の言葉に耳を貸さぬ者だ。激情に流されぬのであれば、同じテーブルに着く程度の分別はある」


「誰かを説得に行くという風には見えないけれど」


いさかいは無いに越した事は無い。話し合いで場を納めるというのはあくまで手段だ。旅の目的はまた異なる」


「ソレが何だと聞いたら答えてくれるのかしら」


「わたしが同じ質問をして返答してもらえるのなら」


「・・・・」


「・・・・」


「そうね。まぁ、だいたい分かったからもういいわ。野営の準備を邪魔して悪かったわね。わたしはもう行くからごゆっくり」


「軍勢を追って行くのか」


 その問いには返答が無くて、ただ、きびすを返そうとした帽子のつばの影から、何かを面白がるかのような眼差しが見えたような気がした。


「老婆心ながら一言忠告を。これから徐々に寒気が強くなって風も厳しくなる。その旅装での野営は凍死するわよ。途中で装備を追加することをお薦めするわ」


「ご忠告痛み入る。だが、カネで譲ってくれる相手が居ると良いが」


 軽口にはやはり返答が無くて、「良い旅を」と言葉を残して魔法使いの装束をした人影は闇の中に消えて行った。

 足音が遠ざかり、やがて聞こえなくなって、そこで初めてフォクサンは大きく息を吐き出した。


 寿命が縮む。


 半ば腰砕けになりながらその場にしゃがみ込んだ。


 そもそもの身は軍属にしか過ぎず、女王陛下の命により軍団の助言役として同行していたに過ぎない。

 相応に鍛えたとはいえ荒事は専門外だ。


 急に周囲が揺らめき、思い出したかのように吹く冷えた風が旅行マントの襟元をはためかせた。

 吐いた白い息が瞬時に闇の中へと消えてゆく。


 長棒を手放してあごを拭うと、じっとりとした脂汗で濡れていた。

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