7-7 「素晴らしいです」
檻を出た先には二〇人前後の兵士と共に、一度会った極めて小柄なエルフと男性としては背の低い細身の男が居た。
どちらも耳が尖っていた。
そしてわたしの愛車もその隣に在った。
「先日振りです。またお話を聞きに来ました。本日はこの魔道具を動かして頂けませんか」
じろじろと無遠慮なエルフ男の視線とは裏腹に、極めて小柄なエルフ女の表情からあからさまな期待の色が滲み出ていた。
実に対照的な二人だった。
「こんな格好じゃ乗れませんよ」
これ見よがしにバサリとボロ布の前を開けて見せると、極めて小柄なエルフ女は顔を赤らめて視線を反らし、エルフ男は眉を潜めていた。
周囲の兵共がざわめいて、好色な視線が突き刺さって来た。
ふん、魔族だ何だと嫌悪しても男なんて変わらんな。
露出狂の人達もこんな気分に浸っていたのだろうか?
エルフの男が憮然とした表情で何事かを呟いたが、決して友好的な台詞じゃない事だけは察することが出来た。
「衣服を用意させます」
少し待つと男物のシャツとズボンを与えられたが、公介くんは依然としてボロ布一枚のままだった。
おいおい、そこは二人前用意する所だろう。
言っても詮無いと分かっていたので小さく溜息を付くだけに留めておいた。
「決して、乗ってそのまま逃げようなどとは考えないように。あなたとそのお連れの男性にも良くない結果となります」
言われて周りの兵士を見れば半分の者が弓矢を手にしている。
随分と警戒されたものだ。
公介くんを放り出してわたしが遁走する筈がなかろう。
ぐるりと愛車の周りを見て回って軽く点検する。
あ、クソ。左側面に見知らぬ傷がある。
何処かにぶつけたか立ち転けさせたな。
スタンドを上げて跨がるとシートの感触にほっとした。
尻に優しいというか、こいつのシートはこんなに柔らかかっただろうか、と妙な感慨があった。
キーは刺さったままだったのでイグニッション位置にまで回した。
セルの音が心許ない。
仕方が無いのでキックでスタートさせた。
「おおおぉ」
兵士やエルフ諸共其処に居るほぼ全員から驚嘆とも戦きとも知れない声が上がった。
反射的に弓に矢をつがえ剣を抜いたヤツまで居る。
あのスカしたエルフ男も素知らぬ体をして居るが、その細い喉がゴクリと動くのは見て取れた。
これは下手に刺激しない方が宜しかろう。
「ご満足ですか」
「あ、あの、走らせないのですか?」
「随分と警戒していらっしゃる様ですので。このまま逃げられたら困るでしょう?」
「だ、大丈夫です。お連れの方を残して行くような方には見えません。あなたを信用します。この辺り、見える範囲でグルッと一回りしてもらえませんか」
信用?さっき言っていた台詞は何処いった。
どうみても脅し文句だったろう。
そして興奮している様があからさまだ。
警戒よりも好奇心の方が勝ったと見える。
腹芸出来ないタチらしい。
でもまぁ、そういう素直な反応は割と好きだ。
しかしこの辺りと言われても意外に起伏の多い地形だ。
街道上なら兎も角、オンロード専用の我が愛車にはちと荷が重い。
そもそもコイツはツーリングというかクルーザーというかドラッグレースを睨んで開発されたバイクなので、未舗装での走りは得手じゃなかった。
だが、やってやれない事は無い。
重量に似合わぬ軽快さも併せ持つうえ、国内屈指のハイパワーは伊達では無いのだ。
二、三回軽くスロットルを煽った後にマックスターンを披露。
靴を履いていないので踏ん張り辛かったが、アスファルトの上よりも滑り易いという事もあって思ったよりも上手く出来た。
土煙が立ちこめ小石が周囲に飛び散った。
びびった兵士が後退っている。
だが何事も最初が肝心だ。
ずっと閉じ込められていた腹いせもあった。
そしてそのまま馬力に飽かせた「ちょっと派手な見える範囲での一回り」をやって見せた。
久しぶりのフルスロットルで少しだけすっとした。
公介くんには悪いが、このままちょっと小一時間ばかり走り抜けたいと思った程だ。
まぁ本気でそんな事はしないけれど。
戻って来てみると全員が棒のように立ち尽くし固まっていた。
極めて小柄なエルフ女はポカンと口を開けたままで、エルフ男も無表情のまま微動だにしない。
そして公介くんの軽い拍手で皆我に返った。
「随分派手に走りましたね」
「ストレス溜まってたからな」
「分かります」
我に返った小さなエルフ女が勢い込んで話し掛けて来た。
如何な魔力の作用ですか、魔法陣が内封されているのですか、それとも使役する精霊が宿っているのですか、使用する魔力はどれ程ですか、どの様な原理でどの様にして操作するのですか今一度詳しく教えて下さい。
鼻息荒く、まるで自分が崇めるアイドル当人に自身の情熱を語るファンのようだ。
あ、いや、まぁ、アイドルの追っかけなんてしたいと思ったことすら無いのだけれども。
好みの美少年は素人に限る。
プロはそれが仕事なので「リアクションが今ひとつ」なのだ。
どんなに煌めいた笑顔でもやはりそれは営業スマイル。
ハッキリ言って自然さがまるで足りない。
「良ければ後ろに乗ってみますか?ええと・・・・」
「ハルクックさんですよ、彩花さん」
「ハトポッポさん」
「ハルクックですってば。ハしか合ってないじゃないですか」
それでも公介くんがわたしの言葉を彼女に伝えたら、またしてもポカンとした顔をしていた。
だが次の瞬間「是非お願いします」と叫んでいた。
そして後ろに立っていたエルフの男に二、三窘められるようなやり取りがあったのだが、それを振り切って再び「お願いします」と言われた。
彼女を乗せて先程と同じコースで一回りした。
かなりマイルドに走ったつもりだったのだが後ろのシートから降り立った途端、そのまま地面にへたり込んでしまった。
まぁ、直線ではそこそこ速度は出したから、馬の早駆けよりは速かったかも知れない。
最初に騎馬から追いかけられた時はほぼ全速だったけれど、アレはアスファルトじゃない道でやって良いコトじゃ無かった。
道の凹凸や轍が酷すぎて転倒しなかったのが不思議なくらいだ。
今思い出しても背筋が寒くなる。
大丈夫ですか、と手を貸して立ち上がらせると「素晴らしいです」と熱を帯びた返事があった。
そして彼女と、それに加えて男エルフの事細かな質問に答えてその日の面会を終了した。
わたしが檻の中に戻される段になっても、男エルフが熱心に愛車を撫で回していたのが印象的だった。
同行していたエントツ隊長は最後まで無言のままだった。
っていうか、わたしは別れ際になって初めて彼が居た事に気付いた位で、しょぼくれた風体の面立ちはいつも以上にしょぼくれている様に見えた。
何か心配事が在るのか、それとも不本意な厄介ごとでも抱えているのか。




