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【1万1千PV感謝】下町侵略日記  作者: 九木十郎
第七話 お留守番していて下さい魔王さま
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7-6 事後よしなに

「魔女よ。おぬしも相当にお人好しじゃの。あんな干物エルフに部屋を貸し与えるなどと。かてて加えてドワーフまで引き取るなどと」


「警察の方でも持て余して居たではありませんか。巡り巡ってわたしたちにどんな災難が降ってくるか判ったものではありません」


 暗がりの中で惑わしの魔女を自称する者は、通路を通る時にズレた帽子を被り直して居た。


「その装束で行かねば為らぬのか?」


「魔女が魔女足る務めを果たすのです。正装をするのが当然ではありませんか」


「前にも聞いたな、その戯言ざれごとは。ヘレンから聞き及んで居よう。その格好では目立つなどという生易しい話では済まぬぞ。いま少し状況に沿うた旅装をするのが筋じゃろうに。己の立場をわきまえよ、浮かれすぎじゃ」


「魔法使いなど向こう側にはウジャウジャ居ます。仮面さえ被らなければどうという事はありません」


 黒髪の魔王はあからさまな溜息をつき、それは暗いコンクリートの床の上に落ちる前に霧散した。


「それよりも魔王さま。あの二人を引き取ると提案したら二つ返事でしたね。ヘレンを住まわせる時には散々ごねていらしたというのに、どういう心境の変化なのです?」


「今更わしが何をどう反駁はんばくしようと、おぬしは決して言をひるがえすことはあるまい。あきらめの境地よな。それに・・・・」


「?」


「いや、何でもないわ」


「そんな事を言われたら逆に気になりますね」


些末さまつな事よ。あのエルフの貧相な面を見たら腹立たしさも失せたし、ドワーフには何をどうしたところでわしが敵うはずもない。それなら懐柔して取り込む方が吉と、そう判断したまでのこと」


「そうですか?」


「そうじゃ」


「まぁ、そういうコトにしておきますか」


「それよりも、我らの地と此の地との時差が失せたというのは確定なのか?」


「ほぼ間違いないでしょう。

 絞りかすエルフや筋肉ダルマなドワーフの話から、日時や事象を突き合せ、コチラ側とアチラ側とでは最早日数の経過がほぼ変わりが無いと知れました。時差を利用したわたしの計画は根底から見直しです。そして彼の地の現状を確かめ、新たな策を仕込まねばりません」


「本当にヘレンを帯同させずとも良いのか。

 コンデンサーは一〇日の充電で一人分の転移が可能とおぬしは申した。

 術式と電力がれば、わしでもこの転移陣を開門させる事くらいは出来る。

 一〇日遅れじゃが同行者を得られるのじゃぞ。

 魔力が失せて居るのなら暗示の付与魔術も眠ったまま、懸念は無かろう。

 当人も食い下がって居ったではないか。あやつの腕っ節はおぬしが一番よく知っていよう」


「何度も言わせないで下さい。ヘレンはもう向こう側に行かせない方が良いのです。それに彼女までもが居なくなっては、お店のシフトに大きな穴が空いてしまいます。そちらの方が余程に由々しき事態です」


「全くもっておぬしは緊張感に欠けるの」


「現世において食い扶持ぶちの確保というのは、人生を賭けて取り組まねばならぬ難題なのですよ。むしろ危機感が足りないのは魔王さまの方ではありませんか?」


「うむ。口先ではおぬしに決して敵わぬというのは身に染みておる」


「本当にどうしたのですか魔王さま。てんで覇気が失せてしまって。虫歯が痛むのですか、それともお腹を壊してトイレが近いのですか」


「やかましい、とっとと行ってこい。彩花や公介を連れて帰るのを忘れるなよ」


「心外です、魔王さま。衣服を着ることを忘れても、わたしが彩花ちゃんや公介くんのことを忘れることなど」


「ああもう、判ったわ。それ以上下らぬ御託ごたくは聞きとうない」


 立ち並ぶコンデンサー群の中央には駅前のロータリーにも似た小さな広場が在って、更にその中央には人一人がちょうど立てる程度の小さな魔法陣が在った。

 簡単な手荷物を下げた魔女はその中に立つと振り返り「それでは」と言うのだ。


「ちょっと向こう側の様子を見て参ります。寂しいかもしれないけれど、真魚ちゃんは良い子にしてお留守番して居て頂戴ちょうだいね」


「しばしおぬしの失敬な物言いを聞かずに済む。むしろせいせいするわ」


 自称惑わしの魔女はその綺麗な唇を柔らかく緩めて微笑むと、


「事後よしなに」


 そう言い残して転移陣の向こう側に消えて行ったのである。




 ガタゴトと揺れる荷馬車の荷台で、背の高い女子大生は唐突に目を覚ました。


「わたしと似た霊圧を感じる」


「いきなりどうしたんですか彩花さん」


「何かが、何かが近付いてきている。わたしが見知っている何者かが」


 くわっと見開いた眼差しは虚空を見つめていた。

 まるでソコに何かが在ると言わんばかりに。

 見えないモノを見ようとして、望遠鏡でも担いで来そうな切迫感が在った。


「寝言にしても唐突ですね。頭でも打ちましたか」


「いや、一度言ってみたかったんだよ。運動不足で眠りも浅くてな。地獄のように退屈なうえ、この窮屈きゅうくつおりの中で日がな一日揺すぶられっぱなしで全身が痛くて敵わん。特にケツが割れそうだ」


「もう縦に割れてますけれどもね。使い心地がどう変わったのかは知りませんけれど」


「どうしたんだ公介くん。何時になく下品な物言いじゃないか、随分とささくれてしまって。駄目だぞ、キミのような少年が日常的にそんな台詞を口にしては」


「ささくれたくも為りますよ。動物並みの扱いで檻に閉じ込められて、馬車に揺られて荷物同然。外に出るのはトイレの時だけ。これで『厚遇された捕虜』だって言うんだから、有り難くって涙がちょちょ切れますよ」


「普通虜囚は手縄に首縄で一〇人程度でつなげて一括ひとくくり。

 着の身着のまま徒歩の移動。

 トイレ休憩も無し。

 出したくなったら歩きながら出せと、そういう待遇だ。

 なので腹壊した者は自主的に下半身丸出しってのも多い。ズボンが汚れるよりはマシだからな。真っ当な水も飲めないだろうし、ピーピーなヤツらは多かったと思う。

 止まるのは昼休憩と日が暮れた時くらいのものだ。歩けなくなったらそのまま始末されて道端にポイ。厚遇の看板にいつわりは無いと思うぞ」


「誰から聞いたんです」


「昨日、きみが通訳してくれたじゃないか」


「あれ?そうでしたっけ」


「首手連環、排泄構わず昼食一回、下し腹下履き無き者多く、歩けぬ者はその場で処理。うちらの中世と変わらんな、と思ったよ」


「あ、ソレそういう意味だったんですか」


「やっぱり分かって居なかったか。棒読みだったものな」


 まぁ脅しも入って居るだろうけどな。

 二、三〇人くらいなら兎も角、一〇〇人二〇〇人ともなれば一纏ひとまとめにして見張りの兵を付けるのが一般的だ。

 盗賊の類いならその場で斬首だろうし。

 要は、そうは為りたくないだろうって忠告だ。


「中世って野蛮だな。不衛生だし、ご飯はマズいし、風呂にも入れない。ノミやダニにたかられて全身痒くてタマランですよ。オマケにこんなボロ布一枚じゃ寒くてしょうがない。このところ夜はやたら冷えますし」


「そうだな、其処に異論は無い」


「そう言えば今日、また面会する人物が来るそうです。今度は二人だとか」


「ほう。ひょっとしてエルフかな」


「あの耳の長い人の事ですか?誰なのかは聞いてないですけど、そうなんじゃないですか」


「ソース元はあのエントツ隊長か」


「トーツエンさんでしょ。いい加減名前憶えましょうよ」


「わたしにはまったく声を掛けて来ないぞ、女には興味が無いのか。

 そうか男色家か!危険だっ、もう近付くんじゃない公介くん」


「単純に言葉が通じるから話しているだけでしょ。何でいつもソッチ側に話が振れるんですか」


「危機感は在っても邪魔には為らん」


 そんな感じで公介くんと二人で益体もない会話を交していると荷馬車が止まり、二、三人の兵が来て檻の鍵を開けた。

「出ろ」と言う。

 毎日聞く言葉なので辛うじてその程度なら聴き取れる。

 トイレなら昼休憩の時に済ませた。

 だから別の用事なのは間違いなかった。

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