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【1万2千PV感謝】下町侵略日記  作者: 九木十郎
第一話 いらっしゃいませ魔王さま
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1-6 「ごきげんよう」

 事務室のドアが開かれるのと同時に、黒衣の少女は長椅子の上から身体を起こした。

 確かに眠ってはいたものの、その手の気配に気付かぬほど鈍っている訳ではなかったからだ。


「ようやく来たか。ようもヌケヌケとわしの前に顔を出せたものよの、イカサマの魔女」


「せめて惑わしの魔女と呼んでいただけませんか、魔王さま」


 後ろ手にドアを閉め少女の前に立つのは、三千本桜彩花の伯母であり、現在彼女の保護者であり、このコンビニエンスストアの店長でもある三千本桜鰓子(えらこ)であった。


「わたしの使い魔の伝言を素直に聞き届けて頂き、恐悦至極に存じます」


 そういって慇懃いんぎんに腰を折り頭を下げるのだが、ふんとわずらわしげに鼻を鳴らす返事があるだけだった。


 鰓子が軽く手首を振ると、少女の懐から人型の黒い影が這い出てきた。


 そしてぴょんぴょんと飛び跳ねて鰓子の足元に来ると、そのまますっと影の中に溶け込んで失せていった。

 溶け込んで沈む刹那、人影は黒衣の少女にバイバイと手を振ったのだが、彼女はやはり不機嫌そうに顔を背けただけだった。


「魔王さまの現在の胸中お察しいたします。さぞやお心乱れ困惑していらっしゃることでしょう」


「心にもない事をう。はらの奥底ではほくそ笑んでおるくせに」


「滅相もない」


「薄笑いをするのはやめよ。顔にまで出しておきながら、口先だけで相手が納得するとでも思うておるのか。きさまはいつもそうじゃ。権威や階位に毛ほども敬意をはらっておらん。ただ増長満におのれ以外を見下しておるだけじゃ」


「大いなる誤解にございます。敬意をはらう相手とそうではない相手は確かに選んでおりますが、魔王さまは尊敬しております。間違いございません。それに手前の顔はこれが平常でありますが故、ご気分を害されたのであればご容赦のほどを。

 なんでしたら以前のように老婆の仮面でも被りましょうか」


「あちらの方が素顔よりも数段不愉快じゃ。薄笑いの方がまだましよ。

 それよりも此処ここ如何いかなる土地なのだ。我らの土地とは似ても似つかん。此処がきさまのう異界なのか。おぬしは魔女であろう。わしの身体がかようにちんちくりんになった理由、見当は付かぬのか」


「そうですね。ご質問には一つ一つ順番にお答えいたしましょう。そしてその後は、これからの身の振り方をご相談いたしましょうか」


 そう言って魔女と呼ばれた妙齢の女性は、事務机の前にあった椅子を引き腰を下ろした。

 そしてゆっくりと語り始めた。




 魔族の命運はいま、風前の灯火だった。


 人族の軍は魔王城を取り囲み、魔族の者は籠城戦を強いられた。

 援軍は期待できなかった。

 軍は蹴散らされて、辛うじて体裁を保っているのが城内に立てこもっている者たちだけだったからだ。


「ああ、こりゃ駄目ね」


 魔王軍の中には魔女の一団があり、その中に老婆の仮面を被った魔女が居た。

 そして彼女は尖塔の上から十重二十重と城を囲んだ人族の軍勢を見やって匙を投げ、肩をひそめていた。


 遠眼鏡で見る敵軍の様子は正に色とりどり。

 周辺諸国がこぞって集まり連合軍を形作っていた。


 軍勢の大半はトールマン(ホモサピエンス)だ。

しかしちらほらとエルフの王国旗が見える。

 前衛の小柄な戦士の集団はおそらくドワーフだろう。

 此処ここからでは分らないが、ノームやフォレストウォーカーも参加しているに違いない。


 要は魔物や魔族以外の人族と呼ばれるその大半が終結し、この魔王城を攻め立てているという事なのである。


 最初の頃はトールマンの軍勢しか居なかったのだが、人族優勢と見た途端、日和見を決め込んでいた諸部族が次々と参加してこれ程の規模に膨れ上がったのだ。


 特にエルフの諸王国が加担したのは痛かった。

 勢力としては全体の二割程度に過ぎないが、彼らの参加が魔法の質と量とを跳ね上げている。


 お陰で魔族最大のアドバンテージである魔法と魔力とが、均衡状態にまで落ち込んでしまった。


「全く以ていけ好かない連中だわ」


 普段は他族の打算的な風潮をはらの底で見下しているくせに、こと自分達の益となると見るや、あっさりと連合軍への参加を表明したのである。

 ヤツらはすべからく全ての争いから中立だったのではなかったか?


 コレだからエルフは信用がならない。


 もっとも、連中を信じたことなど未だかつて無かったのだが。


 魔王城は難攻不落をうたっているものの、古来より落ちない城は無かった。

 今はよく守っているがもって五日、いや四日ほどだろうか。

 水や武器食料はまだ充分にあるが、兵力の差があまりにも大き過ぎる。

 士気も果たして何処まで維持できるか。


 孤立無援であることは誰もが知るところであり、自暴自棄になる者が未だ居ないことが逆に不思議なほどだ。

 明日の払暁を見ずして陥落したとしても何の不思議もないというのに。

 滅びるならせめて一矢と、破滅願望めいた欲望をみなぎらせているのかも知れなかった。


 だがそれは、わたしの趣味じゃあ無い。

 まったく何処どこで間違えたのやら。


「ま、今更愚痴(ぐち)を言ったところで何も変わりゃしないか」


 尖塔から魔法使いのローブをひるがえした彼女は軍議に出席し、この場から逃げ出した方が良い、と提案した。

 そしてその逃げ場とその策も見当を付けていると口にした。

 一時のプライドよりも将来の復権。

 難を逃れて捲土重来けんどちょうらいを図るべしと語ったのである。


 確かにそれは真っ当な献策だった。

 だが其処ここにいる誰もが渋い顔をした。

 彼女のいう彼の地は異界であり、少なくとも自分達が見知った世界ではない。

 しかも其処そこに行ったは良いが、果たして戻って来られるのか?


「よく判りません。ですが此処で魔族が消滅する運命を甘受するよりは、余程にマシではありませんか。それにわたくしの目算では、『壺』と共に異界に落ち延びれば、再びこの我らの土地に戻る可能性は決して小さくないと考えております」


 異界への門を開き、此処に居る全ての者と全ての装備を潜らせる。

 そうすれば未開の地であろうと再興は難しい話ではない。

 この世界の位置さえ把握しておけば、帰還の門を開くことは出来るのだ。

 そして壺の力を上乗せすれば、魔王城を丸ごと門を潜らせることも可能だろう。


 だがその為には膨大な魔力を要する。

 それを集約するには、魔族界の魔法陣中枢たるこの魔王城が健在であることが必須。


 敵が踏み込み陣が踏み荒らされ、破壊された後では意味がない。

 決断するなら今だ、と説いた。


「魔王城と壺、そして何より陛下と魔王軍の中枢が健在ならば、たとい異界であろうと再建は可能。確かに道のりは平坦ではないでしょう。ですが未来への道筋を拓くことが出来ます」


 静かだが熱い口調だった。

 しかし魔王は溜息とともにその策を退けたのだ。


「魔女エラよ。そなたのいう事は判る。だが魔王城に立て籠もった者たちだけが魔族の全てではない。むしろほんの一握りだ」


 静かな軍議の間に、魔王の言葉が響く。


 我らの領土には未だ各地に散らばる者たちが大勢居る。


 この重囲を突破し、その者たちを集めると言うのであるのならばかく、身の回りの者たちばかりを引き連れ国を捨てて逃げたとあっては、その後に誰がわしに従うと言うのか。


 軍民の心が離れ、なびく者が失せた者を王と呼べるのか。


 そして王はその策は忘れよ、と結んだ。


「陛下、この魔王城に立て籠もるは魔族の最高峰、魔族の要です。頭を失った竜が生き延びることは叶いません。このままでは座して滅びを待つばかりです。どうかご再考のほどを」


「くどい」


「今一度、何卒なにとぞ・・・・」


「くどいと申しておる。この場で素っ首打ち落とされたいか!」


 魔王の言葉に老婆の仮面を着けた魔女はしばしの沈黙の後、「左様にございますか」と一礼をしてその場を去った。


 軍議の間を出てそのまま自分の部屋に入り、そして直ぐに出てきた。

 彼女をおもんぱかった何人かが声を掛け後を追うのだが構わず歩み、その足で魔王城の最深部、壺の間に入った。


「見知らぬ土地に何の用意もなく踏み込むというのは躊躇ちゅうちょもありましょう」


 続けて壺の間に入った幾人かに向けて振り返り、老婆の仮面を外すと彼女はにっと笑った。


「それならばまず、皆様の不安を払拭すべくわたくしが一足先に異界を見て参ります。子細が知れた暁には一報を入れましょう。異界の様子が知れれば幾分心も動こうというもの」


 そんな事をのたまった。


 慌てた仲間が彼女を引き留めようとしたのだが、既に準備を整えていたのだろう。

 簡単な荷物を片手に「ごきげんよう」と明るい声と共に、転移陣が起動。術式の余韻が消えた後にはもう彼女の姿は消え去っていたのである。

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