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【1万1千PV感謝】下町侵略日記  作者: 九木十郎
第七話 お留守番していて下さい魔王さま
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7-5 深く頭を垂れた

「なんじゃ、もう解放したのか」


 魔王が帰宅してみると三人がテーブルを囲みお茶をしていた。


 こう表現すると何処かうらうらとした、昼下がりの和やかな雰囲気を予想するが実際は違う。

 真っ青な顔をした痩せぎすの男が、血走らせた目を忙しなく辺りに彷徨さまよわせ、相対する二人がテーブルの反対側に座って「事の次第と顛末てんまつを」と問い詰めている最中であったからだ。


 どう見ても挙動不審な人物を尋問している風景でしか無かった。

 コレでテーブルが事務机でコンクリート打ち出しっぱなしの部屋壁に、薄暗い照明と電気スタンドが目の前に在れば完璧だろう。


「『嘘八百並べるな』、『ネタは全部上がってるんだ』などと、テンプレートはもう一通り言ったのか?」


「七〇年代の刑事番組ではないのですよ。今どきそんな陳腐な取り調べなんてしません。そもそも何処どこで見知ったのです、そんな古典ネタ」


「スマホの『りばいばる上映』で動画が上がっておったのでチェックしておったのじゃ。お陰で今月分のギガ数がすでに心許ない」


「またどうでもよい映像ばかり。しょうがない魔王さまですね」


「ま、魔王!この子供が?」


「うむ。経緯は省くが間違いなくこの子は魔族の王だ。だが鰓子えらこと同じく我らを害することはない」


「ふん、まぁ此奴こやつの出方次第じゃがな」


 エルフの細い喉がゴクリと鳴った。


「虜囚を脅して何とします。器が知れますよ」


「やかましい、何人なんぴとたりとも初対面が肝要よ。それで何処まで話は進んで居る」


 そう言って魔王は魔女や元勇者の座る縁ではなく、かといって痩けた頬のエルフの隣でもなく、同じテーブルの空いた縁に椅子を持って来て座った。


「紅茶を頼む」


 至極当然という物言いに、魔女は小さく吐息を付いて「かしこまりました」と返事をした。




 食べかけのクッキーを口に放り込むとカップの中に残った紅茶を飲み干して、魔王は「成る程」と呆れた声を漏らした。


「それで魔法陣を目覚めさせたは良いが術無く転移に巻き込まれ、気付けば此の地に在った、と。迂闊うかつ以外の言葉が見当たらぬな」


「全くもっおっしゃるとおりです。コレだからエルフは始末に負えません」


「大方、深淵の壺を手に入れる事が叶わず慌てふためいていた最中、地下の広間で魔法陣を見つけ、己の失態をいささかなりとも取りつくろおうと考えたのじゃろう。

 メーサの女王は勘気を納める樽のタガが、ことほか緩いゆえにな。己の首を惜しんでの勇み足といった辺りではないのか?」


「巻き込まれたのはあなたともう一名ですよね?しかもドワーフの戦士だとか。

 普通見知らぬ魔法陣を発見した時点で、魔法魔術に長じた仲間を呼ぶところでは在りませんか?一人で全てを為し得るとでも?浮かれて我欲に走った挙げ句、仲間を巻き添えにするなど何たる短慮たんりょ


「似たような失態は他部族でも多々聞くぞ?エルフの耳目に集まるはエルフの事のみか」


「短命種を見下すわりには我が身を省みるという事を知りません。他者のくじきを見て己が糧するという謙虚さが足りぬのです」


「その辺りにしてもらえないか二人とも。ユテマルスとて初めて触れた術式なのだ、目論見違いはあろう」


「いいえ言い足りませんね。この絞りかすエルフのせいで彩花ちゃんと公介くんは向こう側に飛ばされてしまったのですから」


「魔女よ、やはりそうなのか」


「もう疑いはないかと。そうではないかという予想はしていましたが、コイツの描いた魔法陣を再確認した結果確信いたしました。

 この莫迦は文法を読み違えた挙げ句、『入れ替え』の術式を編んでいたのです。コレでは魔法陣に一番紐付けの強い者が引っ張られて強制的に転移させられてしまいます」


 ばん、と叩いたテーブルの上には、A4用紙へ緻密に描かれた魔法陣があった。


「しかもスペル間違いまでしやがって、このスカ!コレじゃ向こう側の転移陣はもう役に立たないじゃない。不足分の質量を魔法陣自身であがなう羽目になる。

 そういう均衡の不足を補う様、あの広間は余剰の碑石を組んであったというのに。意味ないじゃない!

 何処の三文学院で学んできた、薄らトンカチの無能エルフ!」


「黙って聞いていれば大概にしろ、性悪魔女!」


 突然の激昂であった。

 それまでは頬を引きつらせ、黙って俯いたまま静かに耐えていただけの男がいきなり声を荒げたのだ。

 一瞬ではあったが気を呑まれ、魔女と魔王は継ぐ言葉を失った。


 爆発したエルフの奔流は止まらない。


 たとい敵対する者であっても敬意を以て相対するのが礼儀であろう、貴様らにはその程度の分別も無いのか、そもそも初見の魔術に完璧を求める方が誤り、常の道を踏み外している、他部族の言葉を以て編まれた術式を解読して法陣を組んだのだ、しかも原型不明のまま欠損した魔法陣、手順も方策も判らぬままの手探りだ、どれ程苦心したと思う、その辺りを弁えてもらおう、起動に関しても想定外の作用があると考慮して試しの文言を唱えたに過ぎん、これも既存の転移陣の術前手順を踏襲しただけだ、ミスは無かった、にもかかわらず魔法陣は暴走したのだ。


「これは純粋な術式事故、頭ごなしに無知無能呼ばわりされる謂われは無いっ!」


 一気呵成いっきかせいにそこまでまくし立てて、ようやく痩せぎすの男は吠えるのを止めた。

 ぜいぜいと息を荒げ肩で息をしていた。血走った眼が危険な色を携えて対面に座る魔女を凝視していた。


「言いたいコトはそれだけ?」


 感情に任せ、一気に言い淀んでいた台詞を吐き出した為か、あるいは鰓子の静かな返答に毒気を抜かれたのか。

 頬のけたエルフはいつの間にか立ち上がっていた腰をストンと椅子に落とした。


「独りよがりで色々とブーメランな台詞満載だったけれど、まぁ、あなたが自分の事しか見えていないというのはよく分かったわ」


「鰓子、もう良いではないか。彩花や公介の件で腹にえかねて居るのは判る。だが弱い立場の者をいたぶるのは感心しない」


「ヘレンよ。同じ焚き火を囲んだ者同士ゆえかばいたくもなろう。だが此奴こやつの頭蓋を占めるは己の事のみ、というのは確かじゃぞ」


 そう言うと黒髪の魔王は懐からスマホを取り出すのである。


「おい、其処の頬が痩け落ちたエルフ。おぬしが巻き込んだドワーフの戦士の行方、気にはならぬのか」


 此処そこで初めて憔悴しょうすいしたエルフは、はっとした表情で魔王の顔を見やるのだ。


「ふん、完全に失念しておった面じゃの。ほれ、見てみい。此奴こやつがそうなのではないのか?」


 スマホに映っているのは複数の男達ともみ合っている、小柄だがガッチリとした体格のヒゲを生やした男だった。

 画質は悪かったが特徴や面立ちは見て取れた。


「この絵は動画と言うての、過去の有様をありのままに映し止めておく技じゃ。好きなときに好きなだけ見ることが出来る。便利であろう?どうじゃ、見覚えのある顔か?」


 動く絵に目をいていたエルフであったが、直ぐに愕然がくぜんとした表情となってドワーフの戦士の名を呟くのである。


「当たりか。ほれ、ヘレンも見てみると良い」


 首を伸ばしてヘレンの頭越しに画面を覗き込んだ鰓子が感想を口にした。


「何処でこの動画を拾って来たの、真魚ちゃん」


「此奴の前でその呼び名は止めい!SNSを徘徊はいかいして居ったら数時間前からその動画が上がって来おっての。いいね、や結構な数のコメントが付いて居る。

 半グレ三人に絡まれて居った少年を、突然割り込んで来た其奴そやつがものの数秒でノシたらしい。単純じゃが、この義俠心は好感が持てる。当人は見知らぬ土地に舞い込んでそれどころではなかろうに。

 だがノされた一人が仲間を呼んで、八人を相手にした乱闘になったようじゃ」


 次の動画はその一部始終が映っていた。撮影は遠巻きに見ていた野次馬だろう。動画は別角度のものが幾つか上がっていたので、複数の投稿者が居たに違いない。


「丸腰で素人のトールマン八人程度ではあっと言う間でしょう。最初に絡まれたシーンの動画と合せても三〇秒ほどですね」


「一対八となったシーンでも最初の一〇秒でほぼ片は付いておるの。ほれ、最後の一人が盛大に飛んでおる。腹を蹴られたらしく悶えながらゲロ吐いておるわ。ネットの感想でも『ザマぁ』と大喝采じゃ。同じ条件ならこの人数の倍、いや三倍は必要か」


「それでも勝敗は端から分かっていますけれどもね。そして動画を撮るくらいなら助けを、警察を呼んでやれとそういう話でもありますが」


「そうよの。撮った日時や背後の風景からしてこの町の何処かであろう。不確かなれど騒動の後、の地の警護団の者、そうそう警察であったか。その連中に連れられたとの噂も囁かれて居る。

 どうじゃエルフ、お前の相方は元気なようじゃぞ。何ぞ感じたことはあるか」


 少なからぬ動揺を貼り付けたまま、痩せぎすの男は微動だにせずじっと停止したスマホの画面を凝視していた。

 噛みしめている唇が小さく震えているのが見て取れた。

 そしてその表情が徐々に崩れ、苦悶の彩りを帯びてゆくのである。

 それはまるで泣き出す寸前の子供のような顔であった。


 暫しの間、自身の殻の奥底に在ったユテマルスであったが、やがて重い沈黙の後に口を開いた。


「わたしは今、あなた達の虜囚だ。このような事を口にするのは僭越せんえつで在ると言うのは重々承知している。だがそこを曲げて平にお願いしたい。どうかこのドワーフを、戦士ワールハーブを捜し出していただけないものだろうか」


 そう言ってテーブルに額が着くほどにまで深く頭を垂れた。

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