7-2 嘘は言わん
「それでお前はあの魔族の男女を確保しろと、そう言うのか」
不機嫌そうな声で年下の若いエルフを見下し、年齢相応の尊大さを隠そうともせず、トールマンの陣中で相応の役職を担う壮年のエルフは言葉を続けるのだ。
「何の裏付けも無い妄想の類いだろう。確かに今の状況下、注がれる魔力も無く作動する魔導具に興味を示す者は多い。だがそれは既にトールマン共にも知れ渡り、もはや生半可な対価では叶わないだろう。どれだけふっかけて来るか分ったものではない」
「フォクサンが渋るのは対価においてでしょうか。それとも魔道具の真価においてでしょうか」
「両方だ。取敢えずあの二人が、転移陣の向こう側からやって来た異邦人、などというお前の意見は考えないことにする。
確かに奇妙な言動や物腰、理屈に合わぬあの魔道具そのものの存在も在るだろう。だが短絡的な思いつき以上の何物でもない。
そも、別の地からやって来たからといってそれがいったい何だと言うのか。魔族は魔族ではないか」
そして、少々毛色の変わった魔道具を得ても現状を好転させる材料になるとは到底思えない。
たった一つで何が変わるのか。
地を走る魔道具とはいえ、荷を運ぶにしても数が揃わねば意味は無かろう。
魔力の回復を見込めるのならいざ知らず、連中と交渉するだけ時間の無駄だ、と続けた。
「では皆を集めてはもらえませんか。先ず、わたしが其処で説得してみたいと思います」
年長のエルフは小さく溜息をついた。
「集めるのは構わん。だが何か勝算が在るのか。与太話では誰も首を縦には振らんぞ。そして何故それ程に入れ込んでいるのだ。市井の魔族二人にどんな価値が在る。何が理由だ」
「一言で云って異質なのです。片方の少年は魔族の言葉を喋りますが、女性の方はまるで聞き覚えのない言葉。
そして会話をして気付いたのですが、持っている価値観や常識が魔族のものでもなければトールマンのものでもない。勿論、エルフのものでも在りません。我らの知っている種族とは別の人種に見えたのです」
「・・・・」
無言のまま先を促されてハルクックは続けた。
「昨日は専門的な話を畳み掛けられて煙に巻かれてしまいましたが、女性は論理的な物言いの出来る人物でした。向こうも檻の外へは出たいでしょう。ですが容易く手札を見せるとは思えません。こちらから身柄解放の確約を持ち掛ければ、悪くない取引が出来ると思います」
「捕虜の魔族と取引するのか、我らが。そもそも交渉する相手が違うだろう。ヤツらの身柄を押さえているのはトールマンだ。しかも貴族や王族でもない、ただの市井の者だとお前は言ったぞ」
呆れているのか驚いているのか、どちらにしても怪訝な表情であるのは変わらなかった。
「彼らしか知り得ない情報で確保に難色を示している我らエルフの上位者を納得させ、トールマンと交渉する。その前段階としてまず二人を懐柔する必要があります。それに少年の額には王族のものと思しき聖痕が在りました。丸きりの市井とも思えません」
「む、だとしても、玩具や従者如きと・・・・」
「上手くすれば魔道具とその概要を手に入れ、同時にユテマルスの消息の手がかりを得られるかも知れないのです」
「なに?」
「転移術の中にも幾つかの種類があって、その一つに同質置換という方法があります。
簡単に言って入れ替えなのですが、双方同じ人数、同じ重さであること。双方に同じ規模の魔法陣があって同調している事などが条件です。
片方の重さが釣り合いに足りなければ、その補填として魔法陣の一部が削られたりもしますが、単独での転移と比べ四割程度の魔力で移動が可能です」
「ではお前はヤツが居なくなったのは、魔族二人の転移で入れ替わった為だと言いたいのか」
「或いは、ユテマルスの転移に巻き込まれたのがあの二人の方なのかも。
転移陣と紐付けの強い者は引っ張られる事もあります。こちらで行方不明になったのはユテマルスと、新たに勇者付きになったドワーフの戦士。員数は合致します。そしてどう見てもあの二人、意図して此処に居る様には見えなかったので」
「話の筋は通っているが、しかしそれはただの偶然ではないのか。転移云々と言い出したのは確かにわたしだが、魔族二人と関連付けるのはお前の推論でしかなかろう」
「ユテマルスの行方、未だに何の手がかりも掴めて居ないのでしょう?何よりこのタイミングでというのが引っ掛かるのです。
仰るとおりコレはただの憶測で無駄足かも知れません。ですが、少しでも可能性が在るのなら調べる価値はあるかと思います。
それに魔道具はあなたの専門でしょう。その道で一角の者が、異質な物があると知りながらそれを調べないというのは、ご自身の損失ではありませんか」
「魔道具の調査と魔族二人の確保は別の話だろう。混同するな」
「同じです。取り扱いの分らぬ品を暗中模索で探り時を費やすよりも、その扱いに長けている者に聞く方が余程に容易く確実です。そしてその者は手の届く場所に居るのです。
この好機、見逃す手は在りません」
年若い小柄なエルフは更に勢い込んで畳み掛けた。
彼らの身柄の安全を確保すると約束すれば、我らは魔道具についての何たるかを知り、ユテマルスの行方の手がかりを得ることが出来るのかも知れない。
無為どころか極めて価値ある取引だと思う。
とは言え二人が転移をして来たか否か、ユテマルスの失踪と関係が在るのか否か、その実証は難しい。
しかし呪文の一端でも判れば裏付けには為るのでは、と語るのだ。
「開くべき門が目の前に在って鍵すらその手に在る。何処に惑うのか理解に苦しみます。それともその場にじっとうずくまって、唇を濡らす幸運の慈雨が降るまで待つおつもりですか」
「・・・・」
随分と長い沈黙だった。
「フォクサン?」
「ふふ、ははは、お前は若いな」
「は?」
「余程その二人に興味が湧いたと見える。些か迂闊ではないか?言葉巧みにそそのかされて居るだけかも知れんというのに」
「ですがこのまま我らが何もしなければ、遠からずあの魔道具も魔族二人もトールマンの手で処理」
食い下がろうとするハルクックを、年長のエルフは苦笑と共に軽く手を翳して押し止めた。
「お前の推論には根拠が無く説得力に欠ける。偶然の一致に己の願望を継ぎ足して膨らませた見かけ倒し。麦の替わりに藁くずを押し込んで仕立てた麻袋のようなものだ」
「う・・・・」
「だが、たまにはその熱量に押されるというのも悪くはあるまい」
「?あ、あの、それはどういう・・・・」
「明日、今一度あの二人と面会出来るよう申し入れてみよう。今度はわたしも同席する」
「本当ですか」
「わたしは嘘は言わん。お前がソコまで熱を上げている相手を見てみたくなった。あと、他に何か要望が在るのなら聞いておこうか」
こうして若いエルフは、珍妙な捕虜二人と二度目の面会をする事になったのである。




