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【1万2千PV感謝】下町侵略日記  作者: 九木十郎
第一話 いらっしゃいませ魔王さま
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1-5 イタズラっぽく笑った

 件のくそガキが事務室の長椅子で惰眠を貪り始めると、ようやくわたしと公介くんは一息つくことが出来た。

 だがもうしかし午前零時をとうに過ぎ、草木も眠る丑三うしみどきと相成っている。

 ガキのくせに随分とよいっ張りだ。


 彼はずっとあの子に掛かりっきりで、仕事らしい仕事はすべてわたし一人でこなしていた。


 だが、まぁそれはいい。

 夜勤は客など思い出した頃にしか来なくて、昼勤と違い時間は余るほどにある。

 何ならすべて一人でも充分に運営出来るが、深夜で一人は防犯上(よろ)しくないとの店長の意向で、昼勤同様必ず二人一組のシフトと為っている。

 深夜手当がかさむだろうに随分と太っ腹なことだ。


 あるいは、警察当局からの指導とかが絡んでいるのかも。


 その一方で、女性を夜勤に充てるというのはどうかなという気もするが、男女同権の範疇はんちゅうに含むのが昨今の世情なのかも知れなかった。


 お邪魔な迷惑物件が静かになってようやく望んだ状況になったのだが、別にとりたて何かが始まる訳でもない。


 先程の失態も謝罪して彼が受け容れてくれた。

 ほっと一安心である。あとは商品チェックや伝票整理をしながら取り留めのない雑談が続いた。

 時間の止まった深夜の静寂の中で、ただ、わたしと彼との会話だけが全てだ。


 世界でわたしと彼だけが存在しているかのような錯覚があった。


 有線か深夜ラジオのチャンネルを入れてもいいが、何だか今夜はわずらわしい。

 お子ちゃまが目を覚ますかも知れないという懸念もある。

 なので昼間は入れっぱなしに為っている、チェーングループのコンビニエンスなPR放送も切っていた。


 グループ内の規約では営業中欠かさず流すことに為っている。

 だがそもそも、客も来ない深夜に流していてもただ五月蠅うるさいだけだ。

 別の店では隣接する住民から苦情が来たという話も聞いているし、深夜シフトの間は切ることにしていた。


 ハッキリ言って鬱陶うっとうしいのだ。

 家に帰ってもことあるごとに、頭の中でPRのメロディや宣伝文句がリフレインされる。


 ひょっとしてコレも反復による刷り込み効果ってヤツなんだろうか。

 学習されて日常的にグループ内の商品を無意識に選んでしまうという、悪魔の商法なのだろうか。


 客よりも店員に刷り込んでどうするんだよ、という気もするが。


「要するにコレは陰謀なんだよ」


 わたしはそう言って切り出した。


 グループ本社が末端の我々を洗脳して、ここで扱われている商品無しに生きていけない身体に作り替えようとしているのだ。

 そんな社員を大量生産して経営基盤を盤石なものにしようとしている。

 我々はそんな非人間的な経営手法に抗わなければならない。


 故に、店内に流れるPR放送を敢えて切るというのは、洗脳支配に対するレジスタンスなのだ。


「そう考えているのだが、きみはどう思う」


「そうですね。どうでもいいデスね」


 実にどうでも良い口調で、どうでも良さそうな感想をどうでも良さげに返された。


 むう。公介くんはこういったロジカルな話題に食い付いてきそうだと思ったのだがアテが外れたな。

 同じ陰謀論ならオカルト系統?或いはエンタメ系の話題の方が良かったのか。

 それとも流行のコンテンツか。


 しかしドラマや映画なんて殆ど見ないし、父親の影響でクルマやバイクには幾分興味が在るが、昨今の少年男子諸君にはどうやら受けが悪いらしい。


 まぁ同性の中でもわたしは浮いているからな。


 件の趣味の分野や大学での研究分野なら一晩でも語れるが、どちらも此処ここでする話題ではあるまい。

 ヘタをすれば折角鎮火した火事が再燃しかねない。


 沈黙には耐えられないのか彼も何かと話題を振ってくれる。

 だが今度は、わたしが合わせられないという体たらくだ。

 お互い色々と話題を手探りで探し、二、三言葉を交してはすぐに沈黙という、何とも歯切れの悪い会話が続いた。


 結局間が持たなくなって、深夜ラジオのチャンネルを開いた。


 もうお子ちゃまなんて知ったことか。

 事務室のドアは閉めているから大して響きはしないだろう。


 店内に流れる男性パーソナリティの声が妙に軽薄で、二人っきりの夜云々(うんぬん)の話題に何だかジワる。

 だが空調機の音しか聞えない店内よりは余程に良かった。


 いやはや、現役高校生との会話は実に難しい。


 こうやって何だか「心ときめく感じはあるんだけれどまどろっこしくてどうしたら良いのか分らない感がある夜」は、深々と更けていったのである。




 夜は夜明け前が一番暗いというが本当にそうだ。

 一晩掛けて降り積もった夜の粒子が、びったりと地上に貼り付いているような印象があった。


 店の外に出ると閑かすぎて耳が痛かった。

 それでも時折遠くから、ばたばたと新聞配達の原チャリが走っていく音が聞えた。


 あと二時間もすれば陽も昇ってくるだろう。

 そして早番の者たちがやって来る。

 その前にちょっと店舗の外にあるゴミ箱のゴミを片付けておきたかった。

 今から客が来たところでたかが知れているし、引き継ぎの時間は短ければ短いほど良い。


 引っ張り出したゴミ袋は半分も入っていなかった。

 ゴミの量は客の数に比例する。

 だがまるで分別が出来て居なかった。

 まったもってどいつもコイツもしつけがなっていない。


 ぶつぶつ文句を垂れながらゴミ袋の中身を分けていると、背後に人の気配があった。


「お早う、彩花ちゃん」


「あ、お早うございます店長さん。どうしたんですか、こんな朝早くに」


「ああん、もう。まだお店の中じゃないんだから鰓子えらこおばさんって呼んで頂戴ちょうだい


「公私のケジメはきちんとしておかないと」


「いつまで経っても他人行儀なのね。おばさん哀しい」


「感謝してるんですよ。身寄りの無くなったわたしを引き取ってくれた、大学にまで通わせてくれています。このご恩はいつか返したいと思っているんですよ。だからなあなあで済ませたくないんです」


「恩返しなんて考えなくていいのに。あなたは良治さんや君枝の大切な一人娘なのだから。天に召されてしまった二人の代わりに、姉のあたしが面倒をみるのはとても当たり前のことでしょう。あたしがしたいと思ってやっていることなのよ。だから」


「それはもう何度も聞きましたから」


 耳タコな話はさえぎっておく。

 コレが始まると長くなるのだ。


「何度も繰り返さないと彩花ちゃん、すぐ忘れたふりをするじゃない」


「ソレよりも何事なんです。出勤時間には相当早いですよ、何か問題でも?」


「ん~、むしろ何事なのよと、いてみたいのはあたしの方かもね」


 伯母はそう言ってイタズラっぽく笑った。

 そんな無邪気な顔をされると何とも落ち着かない気分になる。

 まるで二十代、ヘタをすれば自分よりも年下と言っても通用しそうだ。


 事実、一緒に買い物などをすると大抵店員に友人か姉かに間違えられた。

 妹さん?などと唐変木とうへんぼくな質問をしてきた知人すら居る。


 このヒトは本当に、わたしの母親よりも年上なのだろうか。


 まぁ今はそんなコトはどうでも良い。


「どういう意味でしょう」


 不穏な気持ちがむくむくと湧いてくるのを押し殺し、素っ気なさを気取って訊ね返した。


「店内の防犯カメラの映像を、あたしのお家でも見ることが出来るのは知っているわよね?」


 その言葉に思わず固唾を飲み、頭の芯がヒヤリと冷えるのが分った。

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