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【1万1千PV感謝】下町侵略日記  作者: 九木十郎
第六話 千客万来です魔王さま
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6-5 処遇を決めかねている

 また朝が来た。


 魔力が薄れて行く感触は不安をかき立てるが、それでも見上げる透くほどに高い空の色合いは、強い秋の気配をにじませていた。


 季節や風景は、地上に住む者たちの都合や思惑など構わずるがままに流れ、ただひたすら時を刻んでいる。

 忖度そんたくなんて微塵も感じられなかった。


 それもそうか、偉大なる地母神からすれば我々はちっぽけな赤児でしかない。


 流れる雲が早かった。

 風が強く随分と薄い水色だ。

 故郷の空とは随分と趣が違う。

 見ている分にはただ美しい空だと言うのに。


 ハルクックは小さく息を吐き出した。


 ジワジワと夜の冷え込みが厳しくなりつつあった。

 冬がもうすぐそこまで来ているのだ。

 肉はおろか骨すら凍えて割れると評される北方の寒気が訪れる前に、この高地より退かねばらない。


 帰路はおおむね順調とはいうものの、不安は日々つのる一方であった。


 もはや薄まるばかりの魔力の気配は日常生活に支障が出るほどにまで深刻で、火や熱の精霊すら満足に呼べなくなりつつあった。

 一部の部隊では昔ながらの薪を燃料にした暖や調理に、完全に切り替えたという話すら聞く。


 試しに得意の水呼びの呪文を唱えてみた。

 だが指先に僅かの水滴が集まるのみ。

 これでは唇を潤すにも足りない。


 原始の頃にまでさかのぼった気分だった。


「コレが当たり前だなどと、得意げにうそぶくトールマン共の哄笑が聞こえて来そうだ」


 忌々しげに唇を噛みながらフォクサンは、手桶の水に浸した手拭いで手の平や首筋を拭っていた。


「何が原因なのでしょうね」


「分らん。推論はいくつも乱立しているが、どれも裏付けが無く説得力に欠ける。

 確実なのはこの異変が魔王城の崩壊と時を同じくして始まった、という事実だけだ。

 あの地下で爆ぜたモノが何なのか見当は付くが、それもまた憶測でしかない。

 肝心の現物を誰も見ていないからな」


「もしかすると転移陣が今も魔力を吸い込み続けているのかも。

 大きなフロアを埋め尽くすほどの巨大な魔法陣だったのでしょう?

 それ程に大がかりな術式なら、必要な魔力量も尋常では在りません。

 それが止まること無く転移先へ無秩序に吐き出しているとしたら、この魔力の枯渇こかつも説明が付きます」


「それもまた推論だ。

 仮にその考えが正しいのなら魔王城から離れる都度に、希薄化にかたよりが出るのではないのか。だがそんな報告は何処どこからも来ていない。希薄化はどこもかしこも一様のようだ。

 それにあの魔法陣は完全に死んでいたよ。

 色々と考えるのは自由だが、思いつきをそのまま吹聴したりするなよ。

 口にする資格がるのは確証を得た者だけだ。

 無駄に世間を騒がせるな、罪に問われるぞ」


「は、はい・・・・」


「本国も本格的に調査を始めているようだが、もはや使い魔すら満足に使役出来ない有様。昨日からついに連絡が着かなくなってしまった。まったく、混乱振りが目に見えるかのようだ」


「やはり魔族領だけに限った話では無いのですね」


「この大地の続くところはすべからく、といった所だろうな。海の上やその向こう側は皆目見当も付かんが、コレもまた天神地神の思し召しといった所であろうか」


「聞きようによっては不謹慎です」


「構うか。アレは元々トールマンの宗派だ。エルフでも年々傾倒している者が増えていると聞く。全くもって嘆かわしい」


「それはそうと昨日は幕閣に呼び出されていましたが、何があったのです?」


「魔族の男女と見慣れぬ魔道具を確保したらしい。吟味ぎんみして欲しいと言われたので、明日専門の者を向わせると答えた。行ってこい」


「え?わ、わたしですか?」


「魔族の言葉と魔道具は得手だろう」


「言葉はかく、魔道具はフォクサン、アナタの方が・・・・」


「魔族は好かん、高い魔力を鼻にかけおって。もっとも今なら対等と言えるやもしれんが、連中はトールマン並みの膂力りょりょくまで備えているからな。崖の端は歩かぬに越した事はない。

 それにわたしは陣内のエルフ達の意見を取りまとめるのに忙しい。この件はお前に一任する」


 言いたいコトだけ言い終えると、年長のエルフはふいとその場を離れて居なくなってしまった。


「ちょ、ちょっと待って下さい。無責任ですよ!」


 後には小柄なエルフの悲壮な声が響くばかりであった。




「さて、どうしたもんだろうね」


 身の丈よりも少し低い、木箱にも似た格子枠のおりの中から実に不機嫌な声が聞こえた。

 声の主はぼろ布を身にまとい、檻の中でうずくまっている髪の短い女性であった。


「その台詞はこれで何回目です?」


 ぶすくれた声に負けず劣らずぶすくれた声で答えたのは、隣り合ったもう一つの箱檻の中で、女性と同じようにぼろ布を身に纏った少年であった。


 二人の入っている檻は荷馬車の荷台へぞんざいに乗せられているだけなので、道の凹凸に合わせ、ガタゴトゆさゆさと揺れ続けてまるで安定しなかった。


「いちいち数えてなんかないよ。この現状を思えば、どうにかして打開したいと考えるのが普通の人間だ。違うか?」


「違いはしませんけど」


「だいたいこの檻はなんだ。わたしらは見世物の猛獣か何かか。捕虜の虐待はジェネーブ条約違反だ、異議を申し立てる。弁護士を呼べ!」


「その台詞も何度目ですか」


「繰り返さないとあきらめていると思われる。そちらの方が由々(ゆゆ)しき問題だ」


「連中には日本語なんて判りませんよ」


「公介くんがまた訳してくれればいい。諦めたらソコで試合終了だ。何度でも何度でもエンドレス。赤い旗振っている隣の国だって無茶振りと分っていても諦めないだろう。ネバーギブアップな厚顔無恥。アピールは繰り返してこそ意味があるんだ」


「何度繰り返しても同じですよ。もう見張りの連中も呆れてガン無視決め込んでるんですから。だいたいこの世界にそんな条約無いんですよ。弁護士だって居るのかどうか」


「捕虜を取るという概念がいねんがあるんだから、取り扱いの決め事もるはずだ。だったら改善要求をする意義はある。下っ端兵士にでも吠え続ければ噂は拡がっていくはずだ。上位者の耳に入るまで根気強く訴え続けるのが肝要!」


「檻の中でその前向きさは感心しますよ」


「取敢えず要求は二点。先ずは食事の改善。そして此処ここから出せ、だ」


「そもそも味方の兵士すらろくに食事が出ていないんですよ。それでも俺たちには日に一度パンと野菜スープと干し肉が出されて居るんです。それだけでも御の字だと思った方が良くないですか」


「何でそんなに連中の食事内容にくわしいのかね」


「日に一度トイレの為に檻の外に出されるでしょ?昨日その時にあのナントカって名前の隊長さんが教えてくれたんですよ。俺たちは何だかよく分らない存在だから、取敢えず死んだり病気にならない程度には丁重に扱っているんだとかなんとか。食事も下士官レベルの捕虜相当らしいです」


「丁重。ほーう、コレでか!」


「毛布の前を開かないで下さい、丸見えですよ!」


「最初に服ひんむかれて大勢の前で全部(さら)したんだ。もうどうというコトもないよ。しかもまっぱで、毎日下っ端見張りの目の前で野糞ひり出してる訳だしな」


「羞恥心くらい残しておいて下さい。

 それよりも俺たちは魔族って思われてますからね。

 魔族は基本捕虜にしないそうです。与えられるのは楽に死ぬか苦しんで死ぬかの選択肢くらいで、騎士レベルでようやく『捕虜にしたら取引くらいには使えるかな?でも魔法使えるから怖いな。エルフで引き取ってもらえなかったら死体にした方が安心だよね』みたいな感じだそうです」


「そ、そこまでなのか・・・・」


「魔族は猛獣と大して変わらないという感覚のようで」


「成る程、それでこのあつかいという訳か」


処遇しょぐうについては色々と揉めているみたいです。あのナントカ隊長も、穏便に済ませたいから大人しくしておいて欲しいと言ってました」


「そうか、わたしが草むらでうなっている最中にそんな話をしていたのか。実は食い物が変わったせいかお出ましになるのに時間がかかるようになってしまってな。お陰で足がしびれてかなわんのだよ」


「トイレの話はもうイイですから」


「その隊長どのとは他にどんなことを話したんだい?」


「ええと、後は特に。あ、そうそう、彩花さんのバイクが僕らの処遇を決めかねている一番の理由だと言ってました」


「ふむうん」

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