6-1 魔族の言葉と聞いた事もない言葉
馬の歩みがいつもにも増して重くしょぼくれている。
トボトボとじっとり重くて、覇気というモノが微塵も感じられなかった。
まぁ、然もありなん。
何せお前の主人であるこのオレも、しょぼくれまくってやる気が失せてしまってんだからなぁ。
剣士トーツエンは声には出さず独り愚痴こぼして小さく溜息をついた。
竜王騎士団右翼第九騎士大隊第四弓兵騎馬隊十騎長。
などと、一見大層な肩書きを頂いているが何のコトはない。
幾度もの闘いで細切れになった様々な部隊員をかき集めて再編成した、寄せ集めの騎士隊だ。
いや騎士というのも烏滸がましかろう。
元は戦時急募の傭兵紛いの連中ばかり。
更に損耗してスカスカになった部隊をかき集め、その端を員数合わせの為に頭数を揃えただけの、いわば余り物の中の余り物といった塩梅の部隊であった。
そもそも竜王騎士団は第七大隊までであったのだが、度重なる戦闘で定員割れが著しく、それを補うために後方部隊から相当数の補充が為された。
だが、古株の連中はそれが面白くなかったらしい。
栄えある王国の騎士団に何処の馬の骨とも分らぬ者を加える訳にはいかぬ、と突っぱねたのだ。
とは言うモノの現実問題として人員の不足はどうにもならず、定員割れのまま部隊を運用する訳にはいかない。
なので、古参の部隊を再編して規模を縮小、第五大隊までとして「騎士団中央」と新たに呼称を追加。
そして新参の部隊を今期大戦のみに限り、「右翼」「左翼」とに振り分けて、騎士団中央の隷下に置くという措置を取った。
要は旗差物だけが竜王騎士団で、こじんまりとなった「本来の竜王騎士団」を水増しし、敵に対して「王国の竜王騎士団は未だ健在」と示威行動をとる。
そういう苦し紛れの部隊なのであった。
戦になれば人死が出るのは当たり前。敵も死ぬし味方も死ぬ。
減った分には補充が必要だ。
素直に戦列に加えておけば良いのに、何でいちいちこんなしち面倒くさい手順が必要なのかね。
自分も含め、何奴もコイツも幾度となく死線を越えて来た連中である。
軍団の真ん中で、ぬくぬくと馬の鞍を暖めていただけのお坊ちゃん騎士よりは余程に役に立つという自負はあった。
しょぼくれた馬に跨がるしょぼくれた剣士はヤレヤレと溜息をつく。
お陰でこの大戦後期は「騎士団中央」に振り回されてばかりで、随分と貧乏くじを引く羽目に為った。
自分の部下もゴッソリ入れ替わって、最初の連中なんて一人も残って居なかった。
新参の「右翼」や「左翼」は損耗担当部隊という事らしかった。
正直、騎士団の古株連中には言いたいコトが山ほど在る。
だが、もういいや。
戦はもう終わりで、どうやらオレたちは生きて故郷に帰れそうだし。
パン屋の四男坊として生まれて家督や家財を継げる目処もなく、他の家の次男坊三男坊のように軍へと身を投じた自分だ。
多少小器用で弓と剣の才があったお陰で、生き残った上に騎馬弓兵の十騎長まで出世出来たのだから御の字。
戦果を上げた者には報奨金も出るという。
こうして戦が終わってみれば軍役というのも悪くは無い。
まぁ死なずに済めば、という前提付きだが。
確かに近隣諸国で平時に常備軍を持っているのは、中央王国と魔族くらいのものだ。
どちらが先に思いついたのかはさておいて。
命令系統に序列を作り、兵を小隊、中隊、大隊と区分して常時訓練を行なった。
諸侯が自分の領地から農奴市井の者をかき集める民兵モドキとは練度が違う。
お陰で西方のえげつないトールマン諸部族やエルフやドワーフ共との小競り合いでも常に優位を保てた。
昔ながらの諸侯単位で軍を動かすやり方では効率が悪すぎるのだ。
部隊という概念が無いのでまとまりが無くバラバラで、全体には「攻めろ」「引け」くらいしか通じなかった。
細かい部分は全て諸侯に丸投げだった。
また階位が下でも大きな財力で集めた兵(大抵は傭兵)を持てば、上位の階位の者にも対等以上に物が言える。
それは豪農と町の顔役が喧嘩するのと大差なかった。
命令系統は個別横並びで発するよりも、上意下達で伝える方がスムースで無駄がない。
余分な諍いも起きない。
実際に戦場に出てみてそれは身に染みた。
ハッキリ言って昔ながらのやり方は「規模のデカくなった烏合の衆」に過ぎないのである。
そして常備軍で兵を募集すると同時に、カネで賃金を支払うという制度のお陰で、庶民でも「資産を貯める」というコトが出来るようになった。
麦や干し肉のように保管場所で悩む必要もないし持ち運びも楽だ。
都に来た当初は金属の塊で取引だなんて胡散臭いと思ったが、使ってみると悪くない。
まるで貴族か貿易商人にでもなったかのようだ。
お陰で随分と感化され、帰国したら即刻軍を辞めてソコソコの手当を頂き、それを元手に馬車と馬を手に入れて旅商人でも始めてやるかと目論んでいた。
戦はもうこりごりだった。
ニンゲン同士が闘って殺し殺され相手の首を取って大喜びだなんて、何処のキ○ガイどもの祭典かと思う。
そんな狂宴は戦狂いどもダケでやってくれと言いたかった。
狼だって腹が膨れていれば獲物を狩ろうだなんてしない。
日がな一日年がら年中、寝ても覚めても敵の血に飢えているのは軍人くらいのものだ。
オレは槍や弓矢が飛んで来ない生活が好きなのである。
肩越しに後ろを振り向いても、部下達もまた皆疲れ切った顔で自分の馬の手綱を握っていた。
皆疲労の色が濃い。
しかし徒の兵よりはマシだ。
少なくとも自分の足では歩かずに済む。
そう言う意味でも幸運だったと言って良かった。
そしてふと思うのだ。
こうして荷馬車や己の部隊を引き連れて、帰国の途に着いているが、果たしてコレは本当に勝ち戦だったのかどうか。
遠く魔族領まで出向いて、敵味方双方ただただ山盛りの死体を作って引き返しているだけの様な。
オレたちはこんな遠く魔族の住まう北方にまで遠征し、何をしに来たのだろう。
どんな目的があったのだ?
軍規のせいで略奪すら出来ないとボヤく連中は結構居る。
皆、王さまや教皇さまの云う「世の安寧と平穏」などといったお綺麗な御託なんてどうでも良かった。
大事なのは今日の食い扶持と明日の行き先だ。
その二つが約束されれば何だって良かった。
だが果たしてお偉いさん達はこの戦で何を手に入れたのだろう。
まさか「この世の禍々しき存在を払拭云々」だなんて、そんな与太を本気で考えて居た訳でもあるまい。
確かに魔族が国境を侵したのでその仕返しとばかり進軍したのだろうが、小競り合いなんて何時ものこと。
国を挙げて血眼になる程のものだったのだろうか。
そもそも此処二、三〇年は魔族も大人しかったというのに・・・・
この戦で私腹を肥やした連中は勿論居ただろうが、王さまやその周辺連中は何も儲けていないように見えた。
領地や国境の拡大、捕らえた貴族の身代金や賠償金欲しさとは違う気がする。
何しろ魔族はすべからく皆殺し。
魔王城を落とした途端、お役目終了とばかりに踵を返したからだ。
占領するのなら駐留軍くらい残すだろう。
だが一切合切全てに手を着けずの陣払いだ。
どうにもこうにも腑に落ちない。
夜盗ですら損得勘定くらいは出来る。
ましてや王さまともなれば、だ。
コレだけデカい掛け金を積んだのだ。
相応の見返りを目論んでいたに違いなかった。
出た死人の数も多いし焼かれた麦の量も半端ない。
戦費の回収が出来なければ丸損だ。
何処でどう折り合いを付け、帳尻合せするつもりなのか。
「・・・・」
まぁ、オレは他人の懐具合なんざ興味は無いからどうでも良いのだが。
あ、いや、そうはいかんな。
きっと税は間違いなく上がる。
それを見込んで故郷の商人達も新たなソロバンを弾き始めているに違いない。
コチラもそれに備えて何らかの手管を考えておかねば。
値が吊り上がる前に馬と馬車はどうしても手に入れて置きたい。
コレではオレも帰ってノンビリ骨休みという訳にも・・・・
「おかしら!」
部下の一人から声を掛けられて我に返った。
「隊長と呼べと何度も言ってるだろう、オレは馬賊の頭領じゃねえんだ」
「先見のヤツが一人戻って来てます。妙なヤツを見つけたのでどうしたらいいか、と」
「あん?先行していた部隊の脱落者じゃないのか」
怪我が悪化して歩けなくなったり、力尽きてうずくまっている連中はこれまでに何人も見て来た。
魔物か、と訊いても違うと言う。
まぁその類いも最近ではあまり見なくなった。
魔王城へ進軍していた頃は日中でもチラホラ見かけたものだが。
或いは魔族の姦計だろうかとも考えたが、直ぐに振り払った。
そもそも自分達の部隊はほぼほぼ全軍の最後尾に在り、大勢の友軍が踏んだ道をなぞって歩いて居る。
仕掛けるなら高位の将官が居る中軍か兵站部隊だろう。
こんな野営テントや雑具を満載した荷役隊を襲うとも思えなかった。
それにいま、連中にそんな余裕があるのかどうか。
「武器も持っていない上に奇妙な風体で、魔族の言葉と聞いた事もない言葉を喋ります。それに何より大仰な魔道具を抱えていて」
「ほう、魔道具」
興味をそそられ「荷役隊此処で待て」と足止めさせると、先見の者を伴ってその場へと急いだ。




