5-10 魔法陣の痕跡だった
そもそも、こんな瓦礫の山にするつもりなど毛頭無かった。
勇者アリア付きの二代目エルフ魔法使い、ユテマルスは苦り切って歯ぎしりをする。
魔王城はこれ自体が巨大な魔法陣。
魔族の魔法技術の粋を凝らして造られた一大魔法構造物である。
彼の母国であるメーサにも似たようなものは在るが、此処まで大規模なものは無い。
緻密な設計と計画に基づき、何代にも渡って丹念に構築された歴史的な建造物と云って良かった。
その建造美は勇壮にして端正緻密。
無駄な装飾を嫌う文化もユテマルスには好ましく映った。
魔族とエルフは決して相容れぬ種族ではあるが、純粋に魔法魔術の技術、そしてその直向きさに敬意を抱いている者は少なくない。
それが対等に競り合う相手への礼儀というものであろう。
それを、あの蛮族どもは。
何も分って居らぬと、壮年のエルフは憤慨するのである。
トールマンはただ数、数、数それだけである。
成金趣味の文化も眉を潜めるに充分だが、尽きることのない剥き出しの欲望にも辟易する。
明確な繁殖期もなく、年がら年中発情している連中だ。
欲望が萎えるという事は恐らくあるまい。
異常に早い成長速度と、旺盛な繁殖力をもって大陸を席巻するようになって早百年。
五代前の頃までは魔力も乏しい短命な種族と歯牙にも掛けなかったらしいが、ここ千年程であれよあれよと言う間に増えて、今や決して無視するコトの出来ない一大勢力へと成長してしまった。
そして遂にこうして魔族を滅ぼすまでに成っている。
やれやれ。
連中と覇を争えるのはエルフ、一段落ちてドワーフ位のものだと思っていたものを。
「しかし酷いものだな」
先を行くドワーフ戦士の声で我に返った。
「これ程見事な建築物、そうそうお目に掛かれるものではない。歴史もあったろうに」
「わたしの記憶では築三千年ではなかったかと」
「わしが口にするのも筋違いだが、此処までする必要はなかったろう」
「せめて壺の破裂が無ければ、と思いますよ」
「確かにな。だが城に火をかけることを止められはすまい。無血開城なら兎も角、決戦の地となれば破壊は免れ得ぬ」
「反論は難しいですね」
「壺の在った場所は地下だろうか」
「恐らく。地下から吹き上がった破壊が上部の構造物を一切合切突き崩した、そんな風に見えますね」
「やれやれ、やはり降りねばならぬか。わしは探鉱士に成りたくなかったから軍籍に入ったというに」
「地下に潜ったことは無かったと?」
「わしは暗くて狭い所は好かん」
珍しいドワーフも居たものだと思ったが、勿論それを口にする事は無かった。
幾つもの瓦礫を撤去しながら進んだ。
別の入り口から入ったのであろう。交差した通路で幾人かのトールマンの探索者と出会い、そして別れて下へと向った。
「彼らも信じて居るのかな」
「何をです」
「勇者の無事と魔王の死滅を」
「確証が欲しいだけでしょう。タダの強欲、信心とは別です」
「にべもない」
「壺の破壊だけに飽き足らず、更に上乗せの願いとは。己の願望は全て叶えねば気が済まぬ性情なのでしょう」
「同胞の無事を祈るのが強欲とは穏やかではない。その点はエルフとて同じで在ろうに。魔力が薄れて落ち着かないのは分かるが、気を急かせてどうなるものでも在るまいよ」
「・・・・この希薄化は一時的なものです。膨大な魔力や魔術の行使の後には良く在ること。直ぐに元に戻ります」
「そうであったか。魔法魔術に関してはトンと疎くてな。魔力と共に生まれたと云われる機微繊細なエルフの方々にしてみれば、ドワーフなど岩か鉄にも見えよう」
「神代記で語られる寝物語です。本気にして居る者など居りません。天神地神に寄りすがるトールマンではないのです」
「しかしそなた等のルーツなのであろう。たとい神話であろうと、自身の奥底に根付いているのでは無いか?他者から一方的に否定されては面白く在るまい。
信心もまた然り、理屈や推論だけで推し量れるものではないと思うがな」
「・・・・まぁ、些か口が過ぎました」
地下へと続く道が在って、地上から見るほどに手酷く破壊の跡が無かったのは幸運だったと言って良い。
ワーラーは、恐らく爆発の勢いが四方ではなく直上に抜けたせいではなかろうかと語った。
「破裂玉を井戸に投げ込むと真上にしか勢いが向かない。周囲は無害だ。それと同じ事が起きたのだろう」
「煙突のような筒抜けの天蓋腔でもあったのでしょうか」
「かもしれんな。破壊が一番酷いのは尖塔のあった辺りだ。周囲は塔が破壊された瓦礫のとばっちりを喰った様にも見えた。お、この辺りはほぼ破壊の跡はないぞ」
「この扉、結界がまだ生きています。コレのせいで先程すれ違ったトールマンは探索を諦めたのでしょう」
「どうかな、解けるか」
「やってみます」
解除は些か手こずったが開くことは出来た。
そして踏み込んだ通路は酷く焼け爛れていた。
高温の火炎が舐め尽くした後に違いなかった。
そしてこの惨状で、未だ確実な防御魔法陣を維持している魔族の魔法技術に感嘆する。
「ひょっとすると、壺の残骸を回収出来るかも知れません」
「ほう」
壺の一部がまだ生きていて、この結界を維持しているのではと考えたのだ。
だがその希望は呆気なく砕かれた。
深い階段と長い回廊を抜けて辿り着いた広間には、爆発の余波で乱された石畳と、真上に伸びた非道く長い垂直腔筒が在るだけだった。
「此処に壺が在ったのだな」
「・・・・恐らく」
「遺体が在ったとしてもこれでは粉みじんだろう。身体の一部、遺品でも見つけられれば僥倖か。いや、消し炭になって居ような」
「そうですね」
脱力した返事だった。
ワーラーが踵で黒い塊を踏み潰してみれば、それはアッサリとつぶれて粉になった。木片か何かの様に見えた。
「とんでもない高温だ。床石に溶けた跡がある。溶鋼窯にも似た熱量だったのだろう、ひとたまりもあるまい。これでは捜すだけムダだよユテマルス。引き上げよう」
「いえ、ちょっと待って下さい」
エルフの魔法使いが見つけたのは石畳に刻まれた、魔法陣の痕跡だった。
そしていそいそと、めくれて散らばった石畳を並べ直し始めるのである。
「どうしたのだ。何を見つけた」
「魔法陣ですよ、恐らく転移用の。これを再現できれば勇者や魔王が飛ばされた先が分るかも知れません」
それが出来れば、己の失態の幾ばくかは償えるかも知れない。
女王の勘気を些かなりとも和らげることが出来るかも知れない。
何と言っても手ぶらで報告するよりは余程にマシだ。
この首が皮一枚で繋がるのではなかろうか。
そして上手く立ち回れば、諦めていた宮廷魔法使いへの道が再び開けるかも・・・・
ユテマルスは必死になって魔法陣の復元を始めた。




