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【1万1千PV感謝】下町侵略日記  作者: 九木十郎
第五話 馬に蹴られて死にますよ魔王さま
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5-9 探究心旺盛と言って欲しい

 廃墟となった魔王城の跡地に、一人ぽつんと立つ人影が在った。


 笹穂耳を持つ若い男性である。

 だが若く見えるのは外見だけで実年齢は二二〇ほど。

 トールマン換算で三十路と少し、エルフという種族では壮年と言って良かった。


「まったく、愚か者ばかりだ」


 彼は両肩を落とし溜息をついていた。そんな自分の気分とは裏腹に、浮かれて騒ぐ周囲が恨めしい。


 目標の一つであった魔王城の陥落を果たし、何よりも深淵の壺の破壊も達成したとして陣内は戦勝気分の中に在った。


 確かに魔王の討伐が果たせたのか否か未だ不透明であったが、魔族軍の拠点を破壊占領し、主要な武将をほふり軍団を蹴散らし壊滅させた。

 それだけでも充分な戦果と云えよう。

 昨夜は夜をてっしての宴がり行われ、痛飲した将兵も多かった。


 何が勝ち戦だ。莫迦ばか者どもが。


 昨晩から何度目になるのだろう。

 エルフの男は胸内で悪態をつく。


 勇者に帯同する魔法使いとして先鋒群へと駆けつけ、「万が一」に備えて準備万端整えていた。

 だと言うのに。

 あの愚鈍な勇者のせいで全てが台無しだ。

 取り返しの着かない失態だった。


 勇者の軍基幹への「忠言」で、エルフ諸部族の息の掛かったトールマンの部隊は全て後方送りとなった。


 エルフの基幹魔法団は中軍の防備を命ぜられ、身動きすることも出来なかった。


 魔王城への突入はドワーフとトールマンの部隊のみで、「危険であるから貴重な魔法使いが踏み込むのは禁ずる」との理由により布令がなされ、城壁の外からの援護と負傷者の治療のみに専念することになった。


 事前に用意した手管の全てがことごとく水泡に帰したのである。

 ただ呆然と、城の崩壊を見守るだけの己に歯噛みした。


 これならば勇者に声など掛けず、素知らぬ体で事を為した方が余程に良かった。

 しかし女王陛下からの書状を手渡さずに済ますことなど出来るはずも無い。


 エルフの男は頭を抱える。

 これは全て俺の失態に為るのだろうか。

 宮廷魔法使いになる夢もコレでついえたと言ってよい。

 いやそれどころかこのままでは、自分の命運もかなり先行き怪しかろう。


 我が女王リクイリリ陛下は決して温情深いお方ではない。

 我が失態を激昂げっこうもって評し、この素っ首をご所望なさるかも知れなかった。


「勇者アリア。あの小娘めが」


 苦々しく悪態をついた。


 勇者は勇者であって賢者ではない、とは誰の言葉だったのだろう。


 そもそもエルフ諸王国の総意としてトールマンの族長、いや国王イクサート二世へ、親書と共に公文書としての「要請」を伝えたのはつい昨年の事ではなかったのか。

 何故なにゆえにこうもあからさまな愚劣な蛮行に至るのか。

 その判断がまるで理解出来なかった。


 壺の処遇は我らエルフに任せるのが最善最良、世の理に沿う判断なのである。

 何故に魔法と縁遠いトールマンがソレの根幹たる物を欲するのか。

 赤児に金貨を渡しても扱いきれぬ。

 それと同じだ。何故それが分らない。


 権利を欲するのもおこがましいが、よもやまさか破壊に至るなどと。


 おろか、正におろか。それ以外の言葉が見つからなかった。


 所詮、トールマンはトールマン。

 劣等種族を我らと同格と考える方がおかしいのだ。

 万事全て我らの言う通り、頭を垂れて素直に従って居れば可愛げもあるものを。


 しかし済んでしまった事を嘆いても始まらない。

 先ずは現状の検分と状況の確認を行なわなければらなかった。

 それで落ち度を取りつくろう事など出来ないが、事の次第を報告する義務を忘れる訳にはいかなかった。


 まったく!


 腹立ち紛れに、足元の少し大きめの石を蹴った。


 ごきん、と足首からイヤな音がして激痛が走る。思わず屈んで足首を掴んだ。


 クソっ、こんな石ですら俺の思うがままに為らぬのか。


 悔しさに歯噛みしている所で、後ろから笑い声が聞こえてきた。


「やあやあ、ご機嫌斜めでございますな。勇者付きの魔法使い殿」


 振り返って見れば、一人の剣士が其処そこに居た。

 よりによってコイツか、と小さく舌打ちをした。

 こんなヤツにこんな場面を見られるなどと、今のの身は余程に幸運の星から遠ざかっていると見える。


 それともこの失態を含め、全ては我が先見の無さが招いた報いなのだろうか。


「勇者付きなのはお互い様でしょう、戦士ワールハーブ」


「ワーラーと呼んでくれと言わなかったかな。ユテマルス殿」


「ならばわたしにも敬称は不要ですワーラー。何か御用でしょうか」


「こんな瓦礫の山ではあるが、事の成果をキチンと確認出来なければ戦果とはえますまい。壺の残骸かその破片をご所望であろう。確かにこの岩くれを掘り起こすのは難事。手伝いに参った」


「それはどうも。ドワーフ諸部族の都合はよろしいのか」


「勇者生死の確認を厳命されておる。そのついでよ。まぁ云われずとも捜すつもりであった。そなたの優先順位がどうなのかは、わしの与り知らぬところであるが」


「・・・・」


「何でもトールマンの王より直々の依頼があったとか。大方勇者アリアの魔法気配が失せた事に慌てふためいてるのであろう。だがドワーフのわしには、彼女が死んだと言われても今ひとつピンと来ぬ。そなたはどう見て居るのかな」


「大がかりな複合魔法が発動したことは、この地に居る全ての魔法使いが知っています」


 ユテマルスは講釈を垂れた。


 恐らく壺の破壊と共に蓄えられていた魔力が開放。

 勇者と魔王が共に此処とは異なる階層への転移に巻き込まれたのではと、わたしは見ている。


 術後に放散されたあの膨大な余波に比べて、破壊が極めて限定的であった。

 対となる魔方陣が在って双方に分散消費されたと考えるのが自然。

 転移魔法は多大な魔力を使うがゆえに。


「恐らくは魔族の王族を他所へ逃がす仕組みだったのでしょう」


 そう語った。


「確認出来た訳ではあるまい」


「勝者である勇者がわざわざ気配を隠す必要は無いでしょう。魔王が勝っていれば我らに喧伝けんでん、或いは意趣返しにその首を城門辺りにでもさらしているのでは?」


「相打ちかも知れぬ」


「魔族が身命をして守っていた壺が破壊されているのですよ。相打ちなら壺は健在でしょう。何れにしても勇者がこの瓦礫の下に居る可能性は低い、そう考えるのが妥当かと」


「勇者の捜索に乗り気ではない?」


「そんな事は申しておりません」


「まぁ此処ここで我らが議論しても詮無いな。命にしたがうは我らの役目だ。しかし深淵の壺か、健在な時に一目見ておきたかった」


「あなたは戦士だったのではないのですか」


「好奇心はって邪魔になるものではあるまい。時と場所はわきまえねば為らぬが、持っていた方が人生楽しかろう」


「享楽的ですね」


「探究心旺盛と言って欲しいな」


 ドワーフの戦士はニヤリと笑うと、たくましい身体に似合わぬ身軽さで瓦礫を乗り越え、城の深部へと向かい始めた。

 そしてエルフの魔法使いもやるせな気な溜息をついた後に、その背中を追って歩み進んで行ったのである。

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