5-8 ただ歯噛みするしかなかった
教皇や国王の思うがままに動くのは最初だけ。
時期が来れば洗脳呪文をキャンセルして自分の意思を取り戻させる。
或いは呪文を組んだ者の意図するままに動くようにする。
造反、謀反用に造った人形。
それが、ヘレンギースという名の娘を元にして造り上げた「勇者アリア」。
「そう考えれば筋は通りませんか」
「トールマンの術者もエルフと結託していると。時が来れば教皇や国王に叛旗を翻すと言うのじゃな」
「今はわたくしの妄想に過ぎませんがね。確証が何も在りませんから。
ヘレンから話を聞いて、自分の仮説に少し自信を持てた程度です。
それに何をどう頑張った所で、勇者一人で全てをひっくり返すなんて不可能です。
なので何某かの計画があってその目的の為だけ、その瞬間だけ作動させるつもりだった。
それならまだ判るというものです」
「戦勝凱旋後に暗殺でも目論むつもりじゃったかの。いや、それは違うな。迂遠であるか」
「はい、それなら叙任式の時で充分でしょう。戦場へ赴く必要がありません。むしろ、行く必要が在ったと考えるべきです。
ヘレンは出陣前、教皇と国王に壺の破壊を第一とせよ、と命じられたそうです」
「わしの抹殺ではなく、か」
「はい。国王からはむしろ取り逃がしても致し方なし、といったニュアンスであったらしく、彼女は少し怪訝に感じたのだとか」
「・・・・エルフの諸王国は壺を欲して居ったな」
「元々今回の侵略は、ソレが目的であったのでは、と」
エルフがトールマンの軍勢が優位に立ってから参戦してきたという事実にも矛盾が無い。
破壊されることを望まず、むしろ先んじて手に入れようと考えて居たのではないか。
「副官も似たようなコトを申して居った」
「トールマンの国王と教皇が破壊を望んでいたのだとすれば、ソレを行なう可能性が一番高いのは勇者でしょう。なので、それに反対する勢力があの中途半端な、いえ自分達の目的を達する為の術式を刻んだ」
「だがソレは叶わず、勇者は最初の命令通り壺を破壊した。壺を欲して居った連中の目論見は、ものの見事にご破算じゃ。随分と雑な計画じゃの。何れにしても我らにしてみれば迷惑極まりない話ではあるが」
「そうなのです、雑なのですよ。
恐らく壺に執着するエルフやトールマンの勢力にとって、勇者は手駒の一つ。
本命は別に在ったのではないでしょうか。
或いは勇者を筆頭としてサポート出来る体勢を用意していた、とか。
しかしそれは達成出来ず、教皇と国王の望む通りの展開となった」
「成る程のう。おぬしの予測は面白いが、その辺りは我らにとって既にどうでも良い話じゃ。何を懸念しておる、ヤツラの思惑なぞ知ったことか。
壺と魔王城が無くなった今、その一件が今の我らにどの様な差し障りとなる。
そも、ヘレンはこの世界では無力なのであろう。そなたがその口で言うた台詞であるぞ」
「魔王さまはスマホをGPSで追跡出来ることを御存知ですよね」
「うん?いきなり何の話じゃ」
「同じ仕組みがヘレンの付与呪文にも刻まれています」
「・・・・なに」
「現在のヘレンに魔力は在りませんが、此の地に来た直後には僅かに残って居ました。連中に此の地の場所を知られたかも知れません」
「では、此処に追っ手が掛かるやも知れぬと」
「はい。我らの転移魔法陣の完成を待たずして門が開く可能性があります」
勇者に課せられた使命は壺の破壊と魔王の抹殺。
だが壺の獲得を目指す者たちは、破壊された壺の復活を願うだろう。
勇者在るところに魔王在り。
魔族の頂点に居る者なら、壊された壺を修復する術があるやも知れぬ。
そう考えても不思議はない。そう語った。
「しかしそれは剣士に剣を造れ、と命ずるようなものです。鍛冶士では無いのですからできっこありません。でも溺れる者は藁をも掴もうとするでしょうね」
淡々としたそれはまるで、子供がやらかした悪戯を呆れて嘆息する様に似ていた。
「だからわしは言うたではないか。勇者など即刻始末せよと」
「此の地にヘレンが来た時点で手遅れです。まぁそれに、此の地で魔法が使えないという前提が覆される訳では在りませんので。逆に向こうから門を繋いでくれればラッキーかも知れませんよ」
「そんな気楽な話か?では何故おぬしは頭を抱えて居るのじゃ」
「壺を欲する者がエルフのみならずトールマンにもその勢力がある、という事がです」
そして魔女は更に語るのだ。
勇者の付与魔法術に関われるほどの立場となれば、決して弱小とは言い難い。
トールマンにもエルフと同じ願望を持つ者は一定数居るであろうと思って居たが、これは予想外だった。
いや、予見して然るべきであったと言い換えるべきだろうか。
何れにしても壺の失せた現在、間違いなく此の地にも追っ手は掛かる。
そして我らの地で、各地に散った魔族への追っ手は更に執拗になるだろう。
魔王が此の地に居ると分っても、門を開くのは簡単ではないからだ。
「エルフの質は侮れませんが、絶対的な数も少なく然程心配もしていませんでした。
トールマンの教皇や国王は、己が総べる地に壺と魔王が居なければそれで良し、です。
なので彼らの目的は達したと言えましょう。
遠からず魔族の地より撤兵するかと。
そして主たるトールマンの軍勢が引けば、エルフ諸部族のみで駐留することは困難です。
魔族の軍基幹は敗退しましたが、反抗勢力は間違いなくゲリラ化して居ますので。
引きずられる形で魔族領より退くしかありません。
ですが壺の欲に駆られた数多のトールマンは正直脅威です。
魔族の地は広いですが、撤兵後春を待ち、再び連中が大挙して押し寄せるとなれば・・・・」
「むう・・・・」
「・・・・」
「魔女エラよ。何故トールマンが壺を望むのであろう。アレは魔族やエルフ以外の者が手にしても何の役にも立たぬ代物じゃ。魔力の乏しい連中が使いこなせるとは到底思えん」
「使いこなせると思って居るのでしょう。或いは、そう思い込みたいダケなのかも。単純に判っていないという可能性も高いですね。
魔族やエルフにだけ甘い汁を吸わせるのが我慢ならぬ。そう感じて身勝手に破壊を命じた教皇や国王の方が、己自身をよく理解していると云えるかも知れません」
「まったく、愚か者ばかりじゃ」
「はい、本当に」
二人は静かに吐息をつき、いかんともし難い自分達の現状に、ただ歯噛みするしかなかった。




