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【1万1千PV感謝】下町侵略日記  作者: 九木十郎
第五話 馬に蹴られて死にますよ魔王さま
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5-6 女王陛下からの親書

 激情に駆られ、我を忘れたのは一瞬。


「お待ち下さいっ、勇者どのっ!」


 突然後ろから羽交い締めにされ、そこで初めて剣を抜こうとしている自分に気が付いた。


 制止するのは自分より二回りは大きな巨漢の騎士だった。

 だがその者をもってしても、その渾身を振り絞らねば小柄な勇者を引き留めることは叶わなかった。


「放して下され、此奴等こやつらには軍規というもの意味を教えねばりませんっ」


「それはあなたの役目ではありません。どうか御自重下さいっ」


 気付けば仲間であるエルフの魔法使いタータが、そして戦士サナドゥが全面に回り込んでアリアを引き留めていた。


「早く此処ここから勇者どのを連れ出せ」


 戦士サナドゥが叫ぶのだが、三人がかりでも小柄な身体はビクともしない。

 いや、少しでも気を抜けば振りほどき、教会の中へと踏み込んで行きそうな激しさであった。


 羽交い締めにしていた巨漢が汗の玉を飛び散らせながら自分の部下を呼び、一〇人がかりでアリアを講堂の入り口から引き剥がした。

 それでもまだ止まらない。

 強引に振りほどき、何人もの男たちを引きずりながら教会の戸口へと向おうとするのだ。


 唐突に勇者の足元から水が吹き上がった。


 割れた地面が周囲に飛び散り、量も勢いも尋常ではなかった。

 それは天上へ向けて高々と吹き上がる奔流、水の大柱であった。余りの激しさに其処にいる全員が術無く藻掻き、むせてたたらを踏んだ。


 だがそれで、ようやく騒動は止んだのである。


「少しは落ち着きましたか、勇者殿」


 土と水魔法で地下水を呼び、滝の吹き上げよろしく噴出させたのは笹穂耳をした魔法使いの男だった。


「助かりました、魔法使いユテマルス」


「タータ。力ではかなわないと知っているのに、何故なにゆえ腕力に頼ろうとするのです。自分の得手を忘れましたか」


「いや、タータの判断は正しい。詠唱が完了する前に勇者どのは数人を切り伏せていただろう」


 ぐしょ濡れの髪を払いながら戦士サナドゥが擁護ようごした。

 そしてアリアはその背後に、二〇人ほどの剣士と弓兵が教会の講堂に駆け込む様を見たのである。


「何をするつもりか」


 詰め寄ろうとしたアリアは再び巨漢によって押し止められた。


「面目ない、勇者殿。部下の不始末、重ねておびする」


 巨漢の騎士が深々と頭を下げていた。

 そしてそれと同時に講堂の中から「俺たちは味方だぞ」「撃つな」の声が響き、そして立て続けに悲鳴が聞こえて直ぐに絶えた。


「軍規には照らさぬのですかっ」


「下劣な者には相応しい最後でしょう」


 感情の無い声は水を呼んだ魔法使いだった。

 そして剣士と弓兵が出払うと今度はその魔法使いが戸口に立ち、詠唱を始めた。直ぐに地面にエルフ語の呪文が次々に刻印されてゆく。そしてそれは瞬きをする間に教会を丸ごと囲んで行くのだ。


 タータの「火炎陣」というつぶやきにアリアが目をいた。


「止めよ!」


「罪は浄化せねば為りません」


 勇者の制止も聞かず、手の平を一振り。

 教会は一瞬にして紅蓮ぐれんの炎に包まれた。


「女子供たちも一蓮托生いちれんたくしょうとは。埋葬くらいしても良かろう」


「魔族ですよ。むしろ罪の権化たる者には過ぎた弔いではありませんか?」


「灰に変え隠蔽しているだけではないのか」


「これも戦場いくさば慣習ならいです。良くる事ですよ」


 魔法使いは軽く頭を垂れ、そのまま去って行った。


「エルフは口の利き方がなっておりませんな」


 巨漢のつぶやきにタータが気まずそうな表情となり、慌てた騎士は「そなたのことではありません」と訂正する羽目になった。


 巨漢の騎士はアルトフと名乗った。


「その体躯、ひょっとしてと思って居ましたが、面覆いの無いお姿では初めてお見受けした。勇者アリアです」


「ショライハの防衛戦以来ですな。あの時は我らの部隊を救って頂き感謝の言葉もない。ずっとお礼申し上げたかったのだが、なかなか機会に巡りえませなんだ」


「お気になさらず。あのエルフの魔法使いを御存知で?」


「ムサムオ攻略に先立って我が隊に派遣された魔法使いです。次の編成には我らは勇者殿と同隊になるのだとか。きゃつ共々我らをよろしくお願い申す」


「いえ、こちらこそ」


 何とも後味の悪い初対面であったが、何故なにゆえかその夜の内にの魔法使いから面会の申し込みがあった。




「話を聞くのは、わたし一人でなければらないのか」


何卒なにとぞ他言無用に願いたい。先ずは昼間の無礼、謝罪致します。アルトフ殿の前であなたと気安くする訳にはいかなかったものですから」


「密使の類いだろうか」


「そう思って頂いて結構です。先ずはこれを」


 そう言って差し出されたのは蜜蝋で封印された一通の手紙だった。「ここで見ても?」と聞けばどうぞと言われた。

 開けて見ればエルフの女王からの親書であった。


「女王陛下ご自身からのご丁寧な書状痛み入る。しかしこういったものは、我が王イクサート二世陛下に宛ててもらうのが筋でしょう」


「読んだ後でもそうおっしゃるのですな」


「内容を御存知」


「はい。世の平穏にかかわる重大事ですから、是非に勇者殿のお力添えをと思いまして。

 我が女王リクイリリ陛下もお心を痛めております。イクサート二世陛下にはお考え直しをと、幾度いくどもご相談あそばされたのですがなかなか良いご返事を頂けず、れば教皇猊下共に覚えもよろしい勇者殿にお口添えを頂きたいと、こうして馳せ参じた次第です」


「回りくどいですね。このような最前線にまで駆けつける程の事でしょうか」


「事態がそれだけ逼迫ひっぱくしているとご理解下さい」


「わたしに何をしろと」


「女王陛下からの親書に書かれてある通りです」


「魔王城にある壺の破壊を思い止まって欲しいと。わざわざ親書にてしたためる辺り胡散うさん臭さしかりません。依頼ならば我が王に公文書にてお願いしたい。わたしは国王陛下のご指示に従うのみです」


「壊すな、とお願いしたいのではありません。アリア殿には破壊までしばしご猶予ゆうよを、振り下ろす剣をいま少し待って頂きたいというだけの話です。イクサート二世陛下のお言葉を無下にるつもりは毛頭ございません。ただ少しばかり先延ばしにする、それだけです」


「同じ事でしょう。お話というのは以上でしょうか」


「お待ち下さい。勇者殿のお立場もよく理解して居ります。国王陛下の信を裏切る訳にはいかぬ、その思いが分らぬほどわたしも愚かではりません」


 そう言ってエルフの男が机の上に乗せたのは、束ねられた二束の羊皮紙だった。

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