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【1万1千PV感謝】下町侵略日記  作者: 九木十郎
第五話 馬に蹴られて死にますよ魔王さま
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5-5 きさまら、何をやっている

 ヘレンがふと我に返ったのは昼下がりのリビングであった。


 気が付いてみて初めて、自分がうたた寝していたのだと知って驚いた。

 ここ一〇数年、望んで午睡をとった事など殆どなくて、武芸勉学、各種式典への出席、地方要衝への行脚と勇者としての役割に奔走するだけの日々だった。


 そして彼の地にて、あの魔族との戦に従軍し、殺戮を重ね古い戦友を無くして此処ここに流れ着いた。

 しかもかつての敵に食客として誘われ、それに浸る毎日なのである。

 なんという緩急、そして変遷の激しさか。


 ほんの少し前までは眠っても熟睡出来ず、微かな物音ですら即座に目を覚まし、反射的に傍らの剣を引き寄せていたというのに。

 キリキリピリピリと張り詰めた夜を過ごしていたのが嘘のような平穏さだ。


 いや実はもうの身は天命を全うし、地母神に抱かれ土の中で眠って居るのではないか。

 コレは亡骸となった自分が見ている夢の中なのではないか。此の現実とも思えぬあまりの穏やかさに、ふと、今という時を疑って仕舞いそうになるのだ。


 ソファから身を起こすと、そこでようやく自分が素裸であることを思い出した。


 そうだ。

 彩花と公介を見送って、再び鰓子えらこから呪文の転写を頼まれたのだ。


 そして当の本人は、再び机の前に座ったままで、ブツブツと何か呪文の文言をつぶやきながら己の世界に入り込んでしまったのである。

 もう衣服を着て良いのか、と尋ねてもやはり返事が無くて仕方なくそのまま椅子に座って待った。


 どうせこのいま家には自分と鰓子しか居ない。

 真魚も少し前にまた出掛けてしまった。寒くもないし正直裸で居る方が気が楽だった。

 このニホンの服は自分には少し窮屈に過ぎる。

 特にわきの辺りや太股辺りで顕著で、いざという時に咄嗟とっさに動けないような不安があった。


 スカートは逆に足にまとわり付くし、そもそも衣服を着ていて素足がき出しというのは更に落ち着かない。

 これでは裸と何が違うと言うのか。


 ムシがやけに五月蠅うるさかった。

 セミとかいう名らしい。

 その内に喉が渇き、キッチンでコップ一杯ぶんの水を飲んだ。

 相変わらず薬品の臭いが少しわずらわしかった。

 だが湧かさなくても飲める安全な水が、コックをひねるだけで手に入るというのは素晴らしいことだ。


 そしてそのままリビングでソファに腰掛け、軽く目を閉じた。それだけのコトだったのだ。


 わたしも随分と今の生活に馴染んでしまったものだな。


 少し前まではるかられるかという緊迫、無慈悲とむくろだけが己の隣人であったというのに。

 その落差が何だか可笑しかった。


「鰓子?」


 幾度いくどか彼女の部屋のドアをノックしても返事が無いので、そっと開けて直に声を掛けてみた。

 まただ。机の前で片肘を突き、ただ頭を抱えている。


 軽く肩を叩いたらようやくビクリと反応した。


「あ、ごめんなさい。考え事をしていて」


「それは判る。しかし少し休憩したらどうだろう」


 見よう見まねでお茶を煎れた、と言ったら「いただくわ」と苦笑した返事があった。


 テーブルに座って、もう服は着ても良いと言われたが「そうか」とだけ返事をした。


「コチラ側の服は苦手?」


「コチラ側というよりもわたし自身裸の方が楽だ」


 教会や神殿の神職者たちは何かというとわたしの衣服を剥ぎにかかる。

 呪文の追加を見定める、身体にけがれが無いか確認、我らの願い通りの肉体を維持しているのか。

 よこしまさを宿していないか。

 怠惰や劣情に犯されては居ないか等々。


 何処どこまでが『勇者』に必要なのか分らないが、求められれば拒むコトは出来ない。

 お陰で聖都では服を着ていない時の方が長かった、と答えたら「あらまぁ」と少し呆れてくすくすと笑われた。


「とんだエロ爺ばかりね」


「いや、若い聖職者も少なく無かった」


「そういうコトじゃないわよ」


「・・・・随分と頭を悩ませているようだが、わたしの身体の呪文に何か問題があるのか?」


「問題、というよりも辻褄つじつまの合わない部分がいくつかって、それをどう解釈したものかしらんと、仮定を積み上げている最中なのよ」


「そうか。わたしに手助け出来ることはないだろうか」


「そうねぇ。魔王城の壺を壊したのはあなたなのよね。その前に何か無かった?そう、例えばエルフ絡みの要請、とか口論とか。あるいは、本来発するはずの無い部所からの命令書とか」


「魔族ではなく味方から?」


勿論(もちろん)


「・・・・大事なコトなのか」


「恐らく」


「あなたは何を何処まで知っているのだろう」


「タダの憶測よ。あなたの体験談で裏付けが出来ないかしらと思って居るだけ」


「話すのは構わない。だがその替わりと言っては何だが、後でわたしからの質問に答えてもらえないだろうか」


「良いわよ」


 かなり長くなる、と前置きしてヘレンは静かに話し始めた。




 それは本当に目も覆わんばかりの光景だった。


 まことの地獄というものを見た事はないが、この有様よりは幾分いくぶんましな姿であるに違いないと勇者アリアは述懐する。

 そして味方の将兵に本気で殺意が湧いたのも、これが初めての事だった、とも。


 時は魔族軍随一の要害と言われたムサムオを攻略する少し前のこと。


 前哨戦として主要街道の一つに座する小さな街を攻めた。

 塀は低く空堀の深さも然したるものではない、脆弱な砦だった。

 故に苦も無く攻略出来るであろうと高を括っていたのだが、案に反して執拗しつような抵抗を受けた。


 誤算の一つは先鋒群の中の一隊が功を焦って突出し、枝道の一つで退路を断たれて孤立してしまったこと。

 そしてその救出のため部隊の一部が足止めを喰らい、充分な戦力が整わぬまま進出するハメになった。


 本来なら、包囲された部隊の救出を待って軍を進めるべきであったのだが、冬の到来前に魔王城を攻略する腹づもりであった軍中枢より、急いで先鋒群を進めよと「要請」厳しく、思わぬ二正面作戦を実施する事になった。

 これが二つ目の誤算。


 そして三つ目は、トールマンの偵察隊の報告が魔族の欺瞞ぎまん工作により差し替えられ、予想した数倍の規模を誇る堅城であったことだ。


 お陰で先鋒群が実際に目の当たりにしたのは、目的の砦が要害ムサムオの出城とも言うべき幾重もの陣を敷いた、厄介な縦深じゅうしん砦であったのである。


 城塞の抵抗は激しく、幾度かの突進をね除けた。

 先鋒群の死傷者は増え続け、攻めれば攻めた分だけ被害が拡大した。

 だがやがて陰りが見える。

 枝道で包囲された部隊の救出が為り、救援部隊と共に戦線に参加。

 情勢は一気にトールマン軍勢に有利に傾いていった。


 やがて門は打ち破られ、一気呵成いっきかせいに部隊は街の中に雪崩れ込んだ。

 厳しい闘いを強いられた後の攻勢であった為、兵達は特に殺気立ち、そして血に飢えていた。

 仲間の仇を討つのだと我先に城内に駆け込み、戦場の狂気を振りまいていったのである。


 この砦の守勢は固かったが人員は然程さほど集中されていなかった。

 大規模な戦を想定した城塞都市ではなかったからだ。

 大部隊をようするだけの街の容量が足りなかったのである。


 勇者が城内に入った時には既に虐殺が始まっていた。

 特に凄惨せいさんだったのは街で一番大きな教会の講堂だった。

 戦場いくさば慣習ならいとして教会に帯剣した者は入れず踏み込まず、また敵兵であろうと負傷した者に手はかけない。

 ましてや、女子供ともなれば、である。


 事実、教会に逃げ込んでいたのは大勢の子供と、それを守る女たちばかりであった。


「きさまら、何をやっている!」


 教会の戸口に立った勇者の第一声がそれである。


 アリアが立った時にはもう屠殺とさつが完了し、腑分けと解体が始まっていた。


 何処どこを見回しても床に転がったモノに武装した姿はなかった。

 小さな手足が殆どで、大人の大きさのモノは女性と思しき細いものばかりだった。


 そしてゲラゲラと楽しそうに笑いながら分解を続ける兵士たちに、自制心はもう軽く弾け飛ぶだけだった。

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