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【1万1千PV感謝】下町侵略日記  作者: 九木十郎
第五話 馬に蹴られて死にますよ魔王さま
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5-4 邪魔するのは野暮

 二人を乗せた黒いバイクが遠ざかってゆく。


 それを見送るのもやはり二人分の人影であった。


「よし、魔女よ。おぬしは『くるま』を持っておったろう。直ぐに後を追うのじゃ。見失っても『じーぴーえす』で居場所は分ろう。早うせい!」


「ナニをふざけた事をおっしゃっているのですか、魔王さま。馬に蹴られて即時昇天してしまいますよ。わたくしはそのような下らない理由で、黄泉路へと踏み込みたくは在りません」


「ふざけて居るのはおぬしの方であろう。ナニをグズグズして居る、急げと言うとるではないか。姪の安否が気がかりでは無いのか」


「彩花ちゃんはあんな大きな自動二輪車を運転していますが、常に安全運転。わたくしは一切心配などしておりません。自分の分というものをよく理解していますからね。しかし魔王さまはそうではないご様子」


「万が一というコトもあろう。世の中は不条理で満ち満ちておるわ。思わぬ災厄が何処どこに転がって居るか分らぬ。このの世界でトールマンの成人は二〇と言うたではないか。未熟な者には分別ある者が付き添うのが義務・・・・ぐっ、ナニをする。頭をつかむな、放せ。放すのじゃ」


「彩花ちゃんはもう大人でございます。それに気に掛けているのは公介くんの方なのではありませんか。わたくしの姪をダシにするのは止めて頂けます?」


「や、止めろっ。て、手を放せ。あ、頭が割れる」


「魔王さまの頭蓋骨は、一〇センチの厚みがありますから大丈夫です」


「か、勝手なコトを申すな。見た事もあるまいに。や、止めろと言うておろうがぁ、ああぁ」


「己の分というものをよくわきまえた方がよろしゅうございますよ。あら、ヘレン。どうしましたか」


「その位で勘弁してやっては如何いかがか。白目をいている」


「あら、いつの間に。思いの外に脆弱ぜいじゃくですね」


鰓子えらこ。あなたの握力が単純に常の域を超えているだけだ。この間もクルミを素手で割っていたではないか。加減をした方が良い。いったいどうすれば生身でそれ程の力が付く」


「毎日炊事洗濯とお掃除をやっているお陰かしらねぇ」

 元勇者が何かを諦めたかのような溜息をついたが、三千本桜鰓子が気にしている様子は微塵も無かった。




 街の渋滞を抜けて郊外の幹線道路に出ると、クルマの流れは思いの外にスムースだった。


 速度に乗り風を巻き、しがみついた女性と共に日に焼けたアスファルトを駆け抜けてゆく。

 公介にとって初めての経験であった。

 クルマや列車とはまるで違う剥き出しのスピード感があった。

 自転車も確かに全身をさらして居るが、速度が比べ物にならない。


 スロットルのオンオフで身体が持って行かれそうになって、その都度必死に為って彼女の腰にしがみついた。

 ヘルメットの重さも思いの外で、信号機で発進する度に首にクる。


 そしてこの背の高い女子大生と一つになって走っているという、何と言うか、絶対的な一体感があった。剥き出しなので、周囲から丸見えという気恥ずかしさは消えないのだけれども。


 それでもヘルメットで顔が隠れて、誰だか分らないというのは少なからず救いだった。

「やっぱり疲れるかな」


 コンビニに立ち寄った際に彩花さんはそう言ってジュースを奢ってくれた。

 何の変哲も無いサイダーだったのだが妙に美味しかった。

 小一時間事、小刻みに休憩を取ってくれている。

 きっと馴れない俺への気遣いなんだろうと思った。


「いや、全然大丈夫ですよ」


 そうは言いつつも、疲れていないと言えば嘘になった。


 初めての体験でしがみついて居る腕も疲れるが、それ以上に緊張感の方が勝った。

 カーブを曲がる度にバイクごと身体が傾くのが怖くて、全身がコチコチだった。

 乗る前に「傾くのに合わせて自然にまかせれば良い」とか言われたけれど、馴れているのとそうで無いとのとでは別次元だ。


 彩花さん曰く、バイクのハンドルはただの切っ掛けでしかなく、主に体重の移動で曲がるものらしい。

 そして一緒に調子を合わせて、とも言われた。

 後ろに乗る者もタダの同乗者って訳じゃ無いんだな、と身に染みた。


 それでも二度目の休憩の後は随分と馴れたような気もする。

 彩花さんがバイクごと身体を傾けるのと同時に、上手く合わせる事が出来るようになった。


 つづら折れの山道に差し掛かると右に左にヒラヒラと、実に気持ち良く曲がり道をいなしてゆく。

 まるでダンスでも踊っているみたいだ、と、そんな感想を抱ける位には余裕が出てきた。


 そして山頂の駐車場に着くと見晴らしの良い景色が拡がっていた。


 眼下には俺や彩花さんが住んでいる町が一望出来た。

 意外と大きいものなんだな、というのが正直な感想だ。

 大きいと言うよりも平たく拡がっているという感じだ。


 色合い賑やかで、小石よりも小さな四角い石の欠片を、ばぁっと散りばめた後に寄せ集めたみたいに見えた。

 そしてその向こう側には、大きくえぐれた入り江と白くて細長い線になった防波堤が見えるのだ。


 この町ってこんな感じの町だったんだ。


 あの中で俺たちは毎日、ああでもないこうでもないと右往左往しながら生活している。

 それがとても不思議に思えた。


此処ここはお気に入りの場所なんだ」


 一緒に並んで景色を眺める彩花さんの顔は何だか晴れやかだ。

 いつもこんな顔していれば良いのに。

 普段は常に眉間にシワを寄せて、ぶつぶつ独り言を言いながらスマホと睨めっこをしている。


 まぁその辺りは俺も大して違いは無いのだけれど、彼女の場合は何と言うか逼迫ひっぱく感があった。

 いまこの瞬間にやらなければらないんだ、といったよく分らない緊張感が伝わってきて、側に居るコチラも何だか落ち着かなかった。


 いったい何に追い詰められて居るのだろう。


 一緒に夜勤をするように為ってから特に顕著けんちょになった気がする。

 最初はどうせ趣味のイカガワシイ某かで悩んでいるんだろう、と思っていたのだけれども、後ろをすれ違うときにチラ見える画像にはそれらしきモノは写ってない。


 何と言うか、文字や店舗の写真ばっかりなのだ。

 しかもカラフルなキャッチコピーがよく踊っていた。


 毎日のようにレポートの期日がどうの、論文が書けないだのとよく愚痴こぼしているけれど、「お薦めのピザ」とか「二人で気軽に入れるお店」とかはきっと一〇〇パー関係無い。

 ひょっとしてデートの事前計画でも立てていたのだろうか。


 ソレにしちゃあ、随分とピリピリしていたように思えたけれど。


「彩花さん、俺なんかとこんなドライブ、じゃない、ええとツーリングでしたっけ?なんかに来て良かったんですか?彼氏とデートとかに行った方が余程に良かったのでは」


「えっ、いや、わたしには彼氏なんて居ないよ」


 アレっ?俺の勘ぐり過ぎだったのかな。

「店長さんにあおられて何か一緒に来るハメになっちゃいましたけど、イヤならイヤと言った方が良いですよ」


「・・・・公介くんは嫌だったか」


「いえいえ、まったく全然。むしろバイクなんて初めてで、乗せてもらって嬉しかったですよ」


 最初は怖かったが馴れるとそうでもない、割と気持ちが良いですねと言ったら、ほっとした様子で「そうか」という返事がった。


 うーん。変に気を使わせちゃって居たのかも知れないな。


 最初にキチンと言って置けば良かったと思った。


 駐車場の隅に在るベンチに並んで座ってランチを摂った。

 店長さんが作ってくれたサンドイッチは思いの外にゴージャスで、随分とボリュームがあった。

 四人前くらいあるんじゃなかろうか。

 まぁ、張り切ってくれたものである。


 小ぶりな魔法瓶の中に入っていた珈琲はブラックで、二人で二杯ずつ飲んだら丁度空になった。

 真夏の最中にホットだなんてどうかなとも思うのだが、彼女(いわ)く「アイスコーヒーは邪道な飲み物」なのだそうだ。


「アイスが好みじゃない、というのはまだ分ります。でも人類の生み出した、唾棄すべき悪魔の飲料っていうのは言い過ぎじゃありませんか?真冬にアイスを飲む人だって居るんです。好き嫌いは人それぞれでしょう。ちなみに俺はアイスの方が好きです」


「見損なったぞ、公介くん。真冬に冷たい飲み物なんて言語道断、もっての外。ライダーが走っている最中冷えてお腹を壊したらどうする。常に近くに手頃なコンビニやガソリンスタンドがあるとは限らないんだぞ。どれだけ切羽詰まって脂汗を流し、耐え忍ばなければ為らないか。きみにはその苦しみが分るか」


「ははぁ、成る程。そういうご経験があると、そういう訳ですか」


 そして女性ライダーは小さい方でも男性より大きなハンデを背負って走っているのだ、などと長々とした講釈を受けるハメになった。

 実に鬼気迫る論調で、止めたかったのだが止められなかった。


 これから彩花さんには決してこの手の話はすまい、そう固く心に誓った。




 駐車場にあるトイレから出てみると、彩花さんが何人かの男性と談笑していた。

 同じようなライダースーツを着ている壮年の人達だ。

 見ればさっきは停まっていなかったカラフルなバイクが何台か居る。


 歩み寄ってぺこりと会釈したら向こうも笑顔で挨拶を返した。


「きみも乗って居るのかい?」


 そんな具合に尋ねられて戸惑った。

 どういう具合に答えればいい?

 そもそもこの人とは初対面なのに、なんでこんな気さくなんだろう。

 彩花さんが自分と相乗りです、と答えたら何故か他の男性共々「おおう」と奇妙な反応があった。

 うらやましい、というのが総じての感想だった。


 俺の嫁さんが、俺の彼女も分ってくれなくて、クルマがあるからバイクは要らないって言われる等々。

 様々な感想が花開いた。


「きみはシアワセだなぁ」


 しみじみそんなコトを言われた。

 そんな事を云われても・・・・


「だったら尚更なおさら、邪魔するのは野暮だぜ」


 声を掛けてきた男性に別の男が軽くひじで小突き、件の人は苦笑して頭をいていた。

 やがて彼らはヘルメットを被るとそれぞれの単車に跨がり、軽く手を挙げ、あるいは会釈をしそのまま去って行った。


「知り合いの人たちだったんですか」


「いいや、初対面」


 それにしては随分と話が盛り上がっていたような気がする。

 彩花さんの乗っていたバイクも知っていた様だし、なんでほんの数分で打ち解けていたのか理解出来なかった。


「共通の話題があれば誰だって似たようなものだろ」


 そういうモノ、なのか?


 そろそろ行こうか、と言われて再びヘルメットを被った。

 真夏の熱気が中に籠もって熱かった。

 でも走り始めれば、少し開けたバイザーの隙間から入る風が、顔を冷やしてくれるに違いない。

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