5-3 「行ってらっしゃい」
「伯母さん。わたし論文やレポートがあるんだけど。それにバイトのシフトだって」
「彩花ちゃん今色々行き詰まっているって言ってたじゃない。少し息抜きした方が良くはなくって?それにバイトの方は休みとスケジュール合せれば大丈夫よ。何だったらあたしが入るし、ヘレンだって手助けしてくれるわ」
「えっ。鰓子、わたしも員数なのか?」
「教えるから大丈夫よ。難しくないから平気へいき」
「いや、しかし・・・・」
「あたしの仕事を手伝ってくれるんでしょ?」
「・・・・分った。この家で世話にもなっているしな」
そんな訳で大丈夫だ、などと俺に振ってくる。
ええぇ、なんだコレ。
当事者二人がナニも言ってないのに話だけが進んでいくぞ。
そして「ついでだから彩花ちゃんがバイクで後ろに公介くんを乗せれば良くはない?」などと提案してくる始末。
イヤイヤそれはちょっとアレだろう。
彩花さんだって迷惑だ。
「・・・・うん。確かにソレなら旅費も要らないな」
アレッ?
「え。あ、あの・・・・彩花さん?」
何で突然アナタは乗り気になっているんですか。
何か勝手に外堀だけが埋まっていく感じなんですけれど。
「プチ旅行と云うよりちょっとした遠出だな。ツーリング・・・・日帰りドライブだと思えばいい。それともやっぱりバイクは怖いか?」
そんな風に言われたら返答に困る。
此処でイヤだと言えばきっと断れるのだろうが、何だかスゴク言い出しにくい空気だった。
それにドライブ位なら行っても良いかな、なんて思い始めている自分が居た。
だってこの所、自分の家とバイト先との往復くらいしかやってないし。
いくら夏休みでも、バイト三昧で終わらせるのは余りにも勿体ないという気がするし。
「彩花さん、ご迷惑じゃないんですか?」
「い、いいや、全然全く。かく言うわたしも遠出は久しぶりだし、伯母さんが言うように気分転換は大事だしな」
何故だろう、目が泳いでいる。
何処か焦っているように見えるのは俺の気のせいなんだろうか。
この突然の手の平返しっぷり。
ナニか陰謀が渦巻いているような気もする。
俺の知らないところで良からぬ企みが着々と進行しているような。
そう。例えば世界征服の計画に、俺はまんまと足を踏み入れているんじゃなかろうか。
巻き込まれてもう以前の自分には戻れない、後悔して頭を抱え、地面を両手で叩いて号泣するハメになるんじゃ・・・・
いやいや、ナイナイ。それは無い。
たかがバイクに乗せてもらってのドライブに、そんな阿呆な企みが在る訳ない。
「あ、公介くん?」
「そうですね。折角のお誘いですし、彩花さんさえ良ければドライブ行ってみようかな、なんて」
「ホ、ホントかい。あ、わたしはイイぞ。全然全く問題無しだ。じゃあ次のバイト休みの時にでも。どうかな」
「あ、ハイ。俺もそれで良いです」
そんな感じでなし崩しに彩花さんとドライブに行くハメになった。
まぁ、イヤな訳じゃないけれど、何だかちょっと妙な気分だ。
彼女とは特別親しいって訳でも無いのに。
でも何故か店長さんがやたらはしゃいでいた。
ひょっとして一緒に着いてくるんですか、と尋ねたら「そんな無粋が鎧着て体当たりするような真似はしない」と逆に憤慨されてしまった。
どんな比喩だよ。
実に不可解だった。
真魚ちゃんは終始頭を抱えたまま唸っていて、彩花さんとの約束を取り付けた後も恨みがましい涙目で店長さんを睨み付けていた。
うん?
でもコレってひょっとしてひょっとしなくても、彩花さんとデート、という事に為るんじゃなかろうか?
約束の日は快晴だった。
天気予報の何処を見ても雨の「あ」の字も見当たらない。
太古の言い回しをすれば正に日本晴れと言ってもいいんじゃなかろうか。
「太古にそんなハイカラな形容は無いと思うよ」
「いわゆる昨今現代のネット社会でも先ず見ないと思いますね」
取敢えず即座に切り返しておいた。
ホントは此処で「見透かした物言いはやめて」と言いたかったのだが、先日からもう何度も繰り返していい加減うんざりしているので諦めた。
もう勝手にしてくれと言った感じだった。
そして真新しいヘルメットを手渡された。
この前試しに彩花さんの予備のメットを被った時に、いまいちサイズが合わなかったので新しく買ったのだという。
「え、あの予備のヤツで良かったのに」
「キチンとサイズの合ったヤツの方が良い。安全に拘わるものだからな。メットにも賞味期限というか使える限度というものがある。古すぎると本来の役目を果たせない。それに、身に着けるものはしっくり来る物の方が良いだろう」
試しに被ってみると確かに予備のメットよりは頭にピッチリはまる感じがあった。
オマケに予備のヤツよりも断然軽くて、首を振ってもズレる感触が全然無い。
かといって窮屈にも過ぎない。
どうだ、と訊かれて「イイ感じです」と答えた。
そして彩花さんのバイクの後ろに乗ることになったのだが、その時になって俺は初めて気が付いたのだ。
二人乗りというコトは、俺は後ろから彩花さんに抱きつく格好になるんだという事に。
目の前にはライダースーツに身を固めた彩花さんの背中があった。
そしてシートに乗っかるお尻のラインも見えた。
先日、ヘレンさんの裸身を目の当たりにしたショックがフラッシュバックしてきて思わず目眩がした。
「ど、どうしたんだい。公介くん」
振り返ったヘルメットから響く声が少し上ずっていたような気がした。
いや、俺が単純にのぼせているだけだったのかも知れない。
だって、家族以外の異性の身体に触るなんて先ず無かったからだ。
しかも腰にしがみつけと彼女はおっしゃる。
「し、失礼します」
ぎこちなくシートの後ろに跨がって、恐る恐る腰に両手を回した。
もっと身体を密着させてと言われたが、マトモに返事が出来たのかどうかすら分らない。
取敢えずギュッとした。
ビクリとした反応があって、少し強かったのだろうかと心配になったが「そんな感じで」と言われたのでそのままにした。
真夏の太陽で熱せられたスーツの温度が衣服越しに伝わって来る。
これの何割が彩花さんの体温なんだろう。
って言うか俺は女性に、こんな具合にしがみついて居て良いのか?
教えられるがままに、ステップに両足を乗せた。
心臓のドキドキが彼女に伝わってなければよいのだけれど。
「行ってきます」
彩花さんの挨拶にニコニコ顔の店長さんが「行ってらっしゃい」と軽く手を振った。
隣に立つ真魚ちゃんの顔がこれ以上ない程に不機嫌そうだったのと、実に対照的だった。




