5-1 彩花さん、乗れるんですか
店長さんに言われて、夜勤シフト明けの日に彩花さんの家へ向った。
まだぞろ異世界の講義とか何とか訳の分らない話なんだろうかと思ったのだが、お茶会をやるので是非とも参加して欲しいなどとおっしゃる。
何のこっちゃ。
何か予定があるのかしら、とか言われて思わず「ありません」と答えてしまった。正直な自分が恨めしい。
まぁ、確かにバイトが休みとはいえ特にやることは無いし、友人のクラスメイト三莫迦トリオは推しのライブがあるからと言い、夏休みの間中追っかけをやっている。
バイトして貯めた全額を突っ込んでいるらしい。
俺からしてみたら狂気の沙汰だ。
もっと実のある事に使えば良いのに。
俺みたいに新しいスマホとか俺専用のパソコンとかコンテンツ用のパケットだとか、その、色々だ。
まだ目標額に達していないからどれも手を出して居ないけど。
確かに暇である事には間違いない。
でも勘違いして欲しくは無いのだが、決して常に暇という訳じゃない。
今回はたまたま、そう、たまたまなのだ。
今日はその辺りをキチンと言っておこうと思った。
でないと、間柄公介は夏休みの最中常に暇ぶっこいてる、などと誤解されかねない。
予定が無いのは単に未定なだけで、やりたいことが無い訳じゃあないのだ。
むしろ多すぎて困っている位で。
ちょっと暑くて面倒くさいなぁと、思っているだけで無目的な訳じゃない。
昨日妹から電話があって、どうせお兄ちゃんの事だから家でゴロゴロしているだけでしょ、などと、然も見透かしているかのような一言があった。
失礼な!
俺は毎日明日やることで頭を悩ましている。
何をしようかな、と考えながらYouTubeを見たりソシャゲをやっていると時間が経ってしまっているだけだ。
単純に計画が完成していないというダケなのである。
自分で自分に言い訳しても空しいな。
今度電話がある時まで何か既成事実を作っておいた方がいいかも知れない。
例えば、ノートにやりたいことリストを列挙してみるというのはどうだろう。
コレも立派な作業の一つ。
見ろ、俺は夏休みだからといってムダに時間を過ごしている訳じゃあないのだ。
ふと、小馬鹿にして笑う妹の姿を幻視した。
あのやろう。
ならば、バイト先の店長さんや先輩とお茶会というのならどうだ。
コレなら文句はあるまい、ざまあみろ。
そうやって俺は脳内妹に向って得意満面で胸を張る、のだけれども・・・・
うーん、何だか虚しくなってくるのは気のせいなんだろうか。
店長さんの家に到着して、チャイムを鳴らしたが返事が無かった。
なのでもう一度押した。
でも変わらなかった。インタホンに耳を近づけてみても、返事と思しきものが聞えて来なかった。
三度目を押す。
また少し待った。
やっぱり返事が無かった。
あれ?時間を間違えたかな。
確か午後一時に、と店長さんは言っていたハズなのに。
夜勤を終えて一寝入りしてから来たから頭は割とスッキリしている。
寝過ごす危険はあったけれど、今日は上手い具合に目が覚めた。
スマホのアラームと連動した爆音目覚ましの二段構えは強力だ。
以前設定をミスって深夜に鳴り響き、母さんからやかましいとひっぱたかれた事はあったけれど。
時間は確かに合っている。
店長さんからのメッセでも確認したから間違いはなかった。
今度はドアを直接ノックしてみた。
「はい」と返事が聞えたような気がする。
「こんにちは」
恐る恐るドアを開けると廊下にヘレンさんが立って居た。
「ああ、いらっしゃい。もうそんな時間か」
そんな事をおっしゃる。
だが俺は慌てて「スイマセン」と叫んでドアを閉めた。
何故か。
彼女が素っ裸だったからである。
「どうしたんだ。鰓子のお茶会に呼ばれて来たのだろう。遠慮せずに入り給え。もっとも、わたしもこの家に居候している身でしかないが」
ドアを押し開けて顔を出した彼女だったけれど、俺はソッチの方向を見ることが出来なかった。
そして慌てた。
だってパンツも履いてない、全部剥き出しのオールヌードなのである。
そんな姿でドアなんか開けたら、通りがかった赤の他人に見られちゃうじゃありませんか。
いや、顔見知りだったらオッケーって意味じゃないですけれど。
「あ、あの。何か着るか羽織るかして下さいよ。お願いします」
「あ、ああ、そうか。そうだったね。此は失礼をした。見苦しいものを見せてしまった。謝罪する」
いえ、謝ってもらっても俺は困るんですけれど。
ヘレンさんはドアの向こうに引っ込んで、少しすると「どうぞ」と声が聞えた。
恐る恐るドアを開けると、今度はシンプルなワンピースを着た彼女が立って居た。
お陰で今度は安心して中に入ることが出来た。
「鰓子に身体に刻んだ付与魔法を見せてくれと頼まれてね。彼女の部屋で転写に協力していたんだよ」
「そ、そうでしたか」
適当に受け答えをしたが俺はまだ彼女の姿をマトモに見ることが出来ずに居た。
先程の姿が瞼の裏に焼き付いて離れなかったからだ。
瞬きする度に浮かんでくる気がする。
スレンダーで引き締まった身体だった。
身体のアチコチに絵文字のような刺青が緻密に施されていた。
贅肉は皆無で腹筋も縦割れしていたし、実に均整の取れた肉体だった。
そして肝心な部分の茂みまで・・・・
慌てて頭を振ってソレを振り払った。
髪の色と同じなんだなという新たな発見は、確かに忘れ難くあったのだけれども。
「鰓子を呼んでこよう。何故だか写し取った呪文を前にしたら、机に向ったきり唸っていてね。声を掛けても生返事しか返って来ない。だが自分で誘って置いてほったからかしというのは無いものな」
彩花、公介が来たぞ、とヘレンさんは庭に声を掛けて、そのまま奥の部屋に向って行った。
ふと開け放しのサッシから庭を覗いてみたら、黒っぽくてデカいバイクを弄っている彩花さんと、それをしゃがんで見ている真魚ちゃんが居た。
「え、何をやっているんですか」
俺は思わず聞いていた。
彩花さんは手を真っ黒にして、何やら部品っぽいものを見た事の無い工具で回している。
「ああ、公介くんいらっしゃい。何ってオイル交換してるんだよ。しばらくサボってたからな。本当はギヤオイルも換えたいところだけれど、オイルとオイルフィルターを買ったらバイト代が尽きてしまった」
この女性はこんなコトが出来たのかと内心驚きつつ、誰のバイクなのかと訊いたら自分のだという返事が返ってきて二度驚いた。
「彩花さん、乗れるんですか」
「あれ、知らなかったかい?何度か店にも乗って行ったんだが」
言われてみれば、時々裏手の方に停まっていたデカいバイクはコレだったような気がする。
てっきり常連の客か、他のバイトが乗って来ているものだとばかり思っていた。
準スタッフの店員なんてもうおばちゃんしか居ないし。
何だか知っている筈の人が、自分の知らない世界の住人のように見えた瞬間だった。




