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【1万1千PV感謝】下町侵略日記  作者: 九木十郎
第四話 わたくしが参りましょう魔王さま
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4-11 助力することもまた役割

 薪がパチリを爆ぜる音で我に返ると目の前に座って居る男が居た。

 炎の照り返しの中、皮肉をそのまま彫り込んだような顔が笑んでいる。


「湿気た顔してるとツキまで逃げますよ、勇者どの」


 サナドゥ、余計なお世話だ。


 にっと笑った顔には無精髭が伸びていた。

 剃るつもりは無いらしい。

 あるいはそのままドワーフよろしくたくわえるつもりなのかも。

 その時になったら、似合わないから止めろと言ってやるつもりだ。


「御自愛下さい、アリア。あなたは皆にとって掛け替えのない方なのですから」


 隣に座るエルフが心配そうな顔ではかなげに笑んでいた。


 残念だけれど、わたしの予備はすでに用意されているのだよ、タータ。

 この剣や馬のようにね。


 しかしそれでも、きみの告白を無為むいにしてしまったのは間違いだったかも知れない。

 これ程悔いる位なら、一晩くらい夢を見ても良かったのではなかろうか。

 短命種と長命種の逢瀬おうせなどことわりに反するとは教会の教えだが、天神、地神の愛は無限であると説く司祭も居る。


 教典の解釈次第と考えるのは背徳であろうか。




 ふと目が覚めても外はまだ暗かった。

 夢の中にまで出てきた二人の面影が懐かしく、そしてそれが哀しかった。

 起き出してテントの外に出てみると、見事なまでの星空だった。

 雨雲はようやく去ったらしい。


 眠気が去ってしまい、散歩がてら陣内を歩いて居ると「どうされましたか」と夜哨の者が声を掛けてきた。

 最近は夜冷えるからとカップに入れたスープを分けてくれた。

 具がほとんど無くて味も塩味を感じる程度であったが、妙に落ち着いた。


 澄んだ空気の空で随分と星がにぎやかだった。

 此処ここが戦場であるということを忘れてしまいそうだ。


 地に伏した全ての者たちよ。

 願わくば地母神に抱かれ安らかならんことを。


 不意に頬を伝うものがあって、おやおやと思った。


 わたしはいったい誰に向けて泣いているのだろうな。




  陽が傾けば、城内は直ぐさまに薄暗くなった。


 獣脂ランプを片手に広間から自室に向う廊下を歩いていると、後ろから呼ぶ声があった。

 振り返って見れば背の高い痩せぎすの魔女が居た。


「何の用よ、トナカン」


 一旦立ち止まった自称惑わしの魔女であったが、また直ぐさま歩き始めた。

 お陰でトナカンと呼ばれた魔女は早足で後を追うはめになった。


「ご挨拶ね。お茶でもどうかと思ったのよ。戦場いくさばはそれどころじゃあなかったでしょう」


「・・・・遠慮しとく。しびれ薬を盛られるのはもうこりごり」


「わたしを何だと思っているの?あの二人は残念だったけれど、武を是とする者たちですもの。あの子達の覚悟は出来て居たわ」


「あなたは武闘派じゃあないでしょう」


「棒術の師範でもあるのよ。忘れた?」


「ああ、部屋に籠もって薬ばっかり練り込んでいるからその印象が強くって」


「相変わらずね。あなた達のお陰で、わたし達は籠城ろうじょうに必要な物資を充分に用意する事が出来たわ。一冬どころか夏まで保ちそうな量よ。魔王もめて下さっていたじゃない」


「城の門と壁がそれまで保つかしら。人族の連中は随分といていたけれど」


「そればかりは何とも。わたしの抗痛丸は役に立った?」


「ええ、とっても」


「そう。強すぎる薬だから、余り使って欲しくはなかったけれど。まだ手足の痺れが取れていないのではなくて?」


「お陰でこうして帰ってくる事が出来たのよ。その点はお礼を言わせてもらうわ」


「・・・・ひどい顔しているわよ」


「仮面の上からよく分るわね」


「何年の付き合いだと思っているの。自分を責めるのはよしなさい。尊大、傲慢、不敵であるのが我ら魔女。境界を犯した者へ災厄を振りまくのはわたし達の役目だけれど、全能()れ、と約された訳でも無い。誰も泣くなとはって居ないのよ」


「わたしを子供か何かだと思っている?」


「反論が在るのならわたしの部屋で聞くわ。良い香りのハーブが手に入ったのよ」


 老婆の仮面を被った魔女は足を止めた。

 ちょうど自室の扉の前だったからだ。


「また今度にしておく」


「そう。気が向いたらわたしの部屋にいらっしゃい。魔王も明日の軍議に出る必要は無い、ゆっくり休めとおっしゃっていたわ」


 はっとして肩越しに振り返ってみたが、痩せぎすの魔女は薄く笑って返すだけだった。


「トナカン」


「何?」


「・・・・なんでもない」


 扉が開かれて部屋の中へ仮面を着けた魔女は消えた。

 直ぐにかんぬきをかける音が聞えた。


 痩せぎすの魔女が踵を返して少しすると、部屋の中から大きな物がひっくり返る音が響きいた。

 立て続けに瓶と思しきものや、重量のある物が床に叩き付けられる音が続いた。

 いくつもいくつも際限が無く、それこそ執拗なまでに。


 そして唐突に静かになると、今度は悲痛な叫び声が聞えて来るのだ。


 魂消たまぎるほどの、聞く者の胸を引き裂く声だ。


 獣のような、幼子のような。


 それは、慟哭どうこくであった。


 魔女トナカンは少しだけ立ち止まった。

 手に持つ獣脂ランプの灯がドアの外へと響く激情のうねりに揺れる、そんな錯覚があった。


 一瞬だけ目を閉じる。


 そして直ぐに何も聞えなかった事にして、来た道をゆっくりと戻って行った。




 極めて透明度の高い硝子をはめ込まれた、背の高い引き戸の向こう側には、昼下がりの陽光に照らされた小さな庭が見えた。


 流石に見慣れはしたものの、この世界の品々は本当にどれもが感嘆に値する。


 午後のお茶会をと誘われてテーブルに付いたのは良かったが、座っているのは自分以外に三千本桜鰓子(えらこ)ただ一人であった。


「魔王、いや真魚は何処に?」


「下調べとか言って散歩に出掛けたわ。ろくに道も知らないというのに。多分今頃道に迷って右往左往しているのではないかしら」


「探しに行かなくて良いのか」


「新しくスマホを買って持たせているから、GPSで居る場所は分るわ。意地張って向こうから連絡は入れないでしょうから、頃合いを見計らって迎えに行くから大丈夫よ」


 正直「じーぴーえす」だの「すまほ」だの何を言っているのか分らなかった。だが居場所が分るカラクリであろうという事は察しが付いたので、「そうか」と答えるだけに留めておいた。


「彩花や彼女の思い人、公介と言ったか。あの二人も居ないのだな」


「あらあら、公介くんがソレだってもう分っちゃった?やっぱりねぇ、あの子ダダ漏れだものね。アレでバレてないつもりなんだから、賢いんだか賢くないんだか。あの二人に何か用事でもあったの?」


「いや、何故なにゆえにこうしてあなたと二人で茶を飲んでいるのかと思って」


「何かおかしいかしら。食後のお茶という風習はむしろ、人族から魔族に伝わった慣習だと思ったのだけれども」


「そうではない。わたしを憎くはないのか」


「またその話?ソレはもう決着済みでしょう。蒸し返して何か良いことが?」


「互いに命をやり取りした。お互いの大事なモノを殺し合った。憤怒や憎悪にまみれた事も数え切れなかった」


「そうね。でも今はそうじゃあない」


「何故そう容易く割り切れる」


「前にも話したでしょう。あたしはアレから八〇年経っている。忘れた訳じゃあないけれど、お互いの立場を思えば仕方が無いと思っているのよ。でも、あの直後だったらこの場で一服盛った挙げ句、大鍋に叩き込んで煮殺していたかもね。ああ、このお茶は大丈夫よ」


「分って居る。そのつもりなら当にやっているだろう」


「むしろアナタの方が落ち着けないのではなくて」


「わたしは・・・・もう何も無い。ただ疲れてしまった、それだけだ」


「ヤることヤって放心しているだけでしょう。単純に精が抜けているダケ。まだ若いのだから、良い人でも見つけて家庭を持つとか考えないのかしら」


「・・・・誰がだ?」


「もちろんアナタが」


「わたしが?」


「そうよ。今はまだ痩せ細っているけれど、いいもの食べて夜もグッスリ寝て健康的な毎日を送れば、中々いい線いくお嬢さんになると思うのだけれども」


「・・・・そんな事は考えたことも無かった」


 いや、全く無いと言う訳ではない。

 一瞬脳裏に浮かんだのはあの線の細い、いつも困ったような顔をしたエルフの魔法使いだった。

 今この場所でなら、彼の申し出を何と言って答えたろう。


「まぁ、選択肢の一つとして考えても悪くないと思うわよ」


 鰓子はそんな事を言う。


 だが、このわたしがそんな事を考えて良いのだろうか。

 果たしてソレが許されるものなのだろうか?


 でも公介くんは駄目ですからね、と念を押され「そんなつもりは毛頭無い」と慌てて否定せねば為らなかった。


 鰓子はいま、静かにハーブティーを飲んでいる。

 あの仮面の印象が強いせいだろうか。

 こうして向き合っていても、この女性があの禍々(まがまが)しい魔女その本人だとは未だに信じられずに居た。


「鰓子、わたしは大勢の魔族を殺した」


「あたしは沢山の人族を殺したわ」


「そんな元勇者と元魔女が、こうしてテーブルを囲み、茶飲みなどに興じている。不思議なものだ」


「まぁ、その点においてはあたしも同意見ね」


 鼻腔をくすぐるハーブの香りに奇妙な気持ちになりながら、わたしは如何いかな役目を担って此処ここに在るのだろうと思った。


 人族と魔族が相争わぬ世界を創るというのなら、それを助力することもまた勇者の役割なのではなかろうか。


 ゆっくりと過ぎて行く午後の時間の中で、ボンヤリとそんな思惑が浮かんできた。

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