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【1万1千PV感謝】下町侵略日記  作者: 九木十郎
第四話 わたくしが参りましょう魔王さま
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4-9 いま出向いてやる

 魔女装束に老婆の仮面を着けた槍使いと、湾曲した剣を持つ二人は、勇者と互角の剣技を繰り広げている最中だった。


 一対二の劣勢にりながら勇者は一歩も引かず、むしろ時折二人を押し返すほどの冴えを見せるのだ。

 湾曲した剣を使う魔法剣士は思う。

 これが、たかだか十数年の修練しか積まなかった者の技なのか。


 以前、エラさまに聞いたことがあった。

 勇者はいったい何歳なのかと。

 だが魔術の師匠は「さあ」と肩をすくませただけだった。

 成人しているのは間違いなかろうが、見た目や年齢で技量を計らない方がよい、連中は時々とんでもない輩が居るというボンヤリとした返答があるだけだった。


 トールマンの年齢は外見ではよく分らない。

 だが寿命は六〇年ほどと聞いている。

 ならば絶頂期はその半分程度だろう。

 いくら成長が早いとは云え、よもやまさか一〇歳で成人と成るはずもあるまい。

 ならば鍛錬を行なった時間など容易く見当が付く。


 自分にしろ槍を使う相棒にしろ、五〇年以上日々研鑽けんさんを積んでようやく今の技量を持つに至ったのだ。

 それを半分にも満たぬ年月で此処ここまでの高みに昇り詰めるとは。

 これが天賦てんぷの才かと舌を巻いた。


 そして尚且なおかつ、コレでまだ付与魔法が眠ったままの状態だという。


 エラさまのおっしゃる通りだ。

 抗魔術陣が消えて呪法が目覚めれば自分達の手に負える相手ではない。

 しかも独力で幻術を打ち破る難物だ。


 是が非でも此処ここで仕留めなければならなかった。




 弟子の闘いを見守る魔女としても、可能ならば加勢におもむきたかった。


 現在身にまとっている付毒の鱗粉は恐らく勇者には無力だ。

 先程切りつけられた時にも効果が認められなかった。

 パージガルの牽制矢で辛うじて逃れることは出来たものの次は無い。

 今度接近を許せば間違いなく自分は切られ、二人の弟子も動揺しよう。


 あるいはただ効きが鈍いダケなのかも知れない。

 量を増せば効果が見込めるかも知れぬ。

 しかしそれは憶測でしかなかった。


 そもそもこの鱗粉は激しく身体を動かせば動かす程に即効性を増してゆく。

 事前に身体を馴染ませた者でも完全に無毒とはいかない。

 微妙な反応の遅れがあるのは既に確認済みだ。

 武術をたしなむ者にとっては致命的であろう。


 不確実な予測の元、あの二人に危険な賭けを挑ませる訳にはいかなかった。


 ゆえに魔女は、現時点で出来る限りの事前準備に専念するのだ。




 魔女三人が思わぬ現状に歯噛みしているのと同様に、勇者もまた焦燥に駆られていた。


 目の前にあの忌まわしい魔女が居る。

 駆け寄って剣一振で打ち倒せる距離にだ。

 距離を置いて楯を持つ複数のトールマン戦士に守られ、泰然たいぜんと立ちくしているように見えるが、某かの策を張り巡らせているのは間違いない。


 幾人かの者が守備をかいくぐり、あの者を倒そうと駆けて挑むのだが、常にあと一歩という所で地に倒れ伏し動かなくなってしまうのである。


 魔術ではないのは確かだ。

 結界はまだ効力を有している。

 自分の身体の付与魔法は未だ眠ったままで、何よりヤツは得意の幻術も転移魔法も使っていない。

 考えられるのは毒物か何かだろうか。


 迂闊うかつに踏み込むのは危険。

 だが倒すのはいまこの瞬間しかなかった。


 だというのに。


 この二人の魔女の何たる執拗しつようさか。


 最初は数合刃を受けてそのままいなし、あの魔女へ一目散に駆け寄るつもりだった。

 毒を伏していようと構うものか。

 息はおろか瞬きすら止めて必殺の一突きを繰り出すのみ。

 刺し違えてでも倒すとはらくくっていた。


 だがそれが出来ない。

 踏み出そうとするその都度に剣先が、槍の穂先が飛んでくる。

 一分のすきも無い見事な連携だった。


 退けば槍が伸び、かわせば剣の横薙よこなぎが襲ってくる。

 二人で一つの滑らかで澱みのない剣槍術だ。

 油断すれば即座に喉をえぐられ首を落とされる羽目になる。


 呼吸の間合いを悟られないよう口元を隠し、唇の隙間からゆっくりと息を吐き出した。


 あの魔女は今は考えない事にする。

 いま自分が全力で注力しなければならないのは、この恐るべき使い手二人だ。


 勇者の目の色が静かに変わっていった。




 均衡が破れたのは唐突だった。


 いきなり抗魔術結界が喪失したのである。


 勢い込んで槍使いが踏み込んだ刹那せつなであった。


「ファンテナッハ、それを踏むな!」


 湾曲した剣を持つ魔女装束の剣使いが叫んだ。

 彼女の足元には小さな魔法陣が出現していた。

 踏んだ途端、その足が動かなくなる。

 稚拙な拘束魔法だった。

 解除するのは訳はない。


 だがそれは刃を交す最中において致命的。


 勇者の一振は左肩口からの袈裟懸けさがけで、防ぎしのごうとした槍ごと切って落とされた。

 ローブが引き裂け鮮血がほとばる。


 その返す剣でもう一人をごうとはかったのだが、切って勢いの落ちた刃は湾曲した剣によって叩き折られてしまった。


 咄嗟とっさに追撃を警戒し、勇者は横っ飛びに跳ぶ。


 だが二の太刀は来ない。


 何故か。


「小賢しい真似をっ」


 剣使いはまなじりを吊り上げ、遠方の魔法使いに向けて吠えていたからだ。


 拘束魔法の様式がエルフのものだったからだ。


 斯様かような恥知らずな横槍を入れる者など、エルフしか居ないからだ。


 ヤツは余力を残してワザと結界を閉じ、そして出来た一瞬の間合いであの拘束魔法を掛けたのだ。


 魔力のきかけた彼にとって、それは一つの賭けであったろう。

 このままではどう転んでも決着が着くまで結界を維持することは出来ない。

 ならばせめて、勇者の障害を少しでも取り払おうと考えたのだ。


 だがそれは同時に、魔女装束剣使いの激憤を買うことにもなった。


 姑息な児戯じぎにも等しい魔法で相棒が命を落とした。

 あのような、刃の埒外に身を置き、結界魔法すらも一人で維持できない半人前のエルフごときの手によって。


 あいつはわたし以上に能才(あふ)れる武芸の達人だったのだぞ。

 それを、それを・・・・


 キサマはただの傍観者だろうがっ。


 火を吹かんばかりの憤怒が血の沸点を超え、全身を震わせる。

 間髪置かず、切り落とされて地面に転がった槍の片端を拾い上げた。


「恥を知れ!」 


 怒声と共に遠方に居るエルフの魔法使いに投擲。

 瞬間、隻眼隻腕の魔法使いは何かがきらめいたと感じた。

 唐突に突き飛ばされるにも似た衝撃によろめき、たたらを踏む。


 気付いた時には己の胸に大穴が開いていた。

 肋骨が飛び出している。自分の骨を見たのは初めてだった。

 鮮血を吹き出す胸を押さえながら振り返れば、背後の地面に自分を射貫いた槍の穂先が突き刺さっていた。

 それは激情と共に加速された閃撃だった。


 迂闊うかつ、投擲魔法による上乗せか。


 いま自分が立っている場所はいしゆみすらも届かぬというのに。

 あの距離から当たるのか。

 何という飛距離と精緻さ、と半ば呆れ半ば感心したのが最後の思惑。

 そのまま口からも血を吐き倒れ伏す事となった。


 血をたぎらす魔女剣士は双眸に火炎を宿す。

 武をもって相対する者を嘲笑う蛮行に、この場にて報いを与えずには居られなかったのだ。


 そしてその直後、火の対価を自身の命で支払うことになったのである。




 エルフを投擲で射貫いた次の瞬間、魔女装束の剣使いもまた口から血を吐いて仰け反っていた。


 不意を突く勇者の一撃。

 背中から突き刺さった剣が心の臓を貫いていたからだ。


 痙攣けいれんする身体から引き抜くと、そのまま前のめりになって倒れた。

 呻き声どころか身じろぎすら無かった。


 二人の護衛を倒しきった勇者は肩で息をする。

 ようやく決着が着いた。

 だがグズグズはしていられない。

 荒い息を整える間もなく、仮面の魔女を目指して再び駆けた。


 握っている剣は先程倒した裏切り者パージガルのもの。


 魔族とはいえ、女を後ろから刺した自分に相応しい剣に違いない。

 間違いなくこの場に居合わせていた全ての者からそしられよう。


 だがそれ以上に自分にはやらねばならない事がある。

 多大な犠牲を払ってようやく、この生ける災厄の喉に手が届こうとしているのだ。


 抗魔術結界はもう消えた。

 いまは寸瞬が惜しい。

 グズグズしていると取り逃がしてしまう。


 ヤツが転移魔法を完成させる前に。


 老婆の仮面がコチラ側を向いている。

 そのまま動くな。

 逃げずに其処そこに居ろ。

 キサマもわたしを呪っていよう。

 大事なお前の部下を殺したこのわたしだ。

 このままで済まして良いとは思っていまい。


 安心しろ。


 いま出向いてやる。


 魔女の強い感情をはらんだ視線が、自分を射貫いていることを感じ取っていた。

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