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【1万1千PV感謝】下町侵略日記  作者: 九木十郎
第四話 わたくしが参りましょう魔王さま
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4-8 誤算というものは誰にも等しく

 タータの策は単純であった。


 魔女が魔女足り得るのは魔法が使えるからである。


 ならば魔法を使えなくしてしまえばいい。


 だが言うは易く行うは難し。

 魔法を封じる方策はあまり多くはない。

 だがエルフの神官が使う神聖魔法の一つに、抗魔術結界の術式があった。

 神殿の中で魔法魔術を禁じる神事や祭事の時に使われる魔法だ。


 これならば魔女を一時無力化する事が出来る。

 だが使う魔力が桁違けたちがいに大きいし、何より適用できる範囲が極端にせまく、時間もまた短かった。


 非常に使いどころが難しいのである。

 しかも詠唱えいしょう時間が長いのも難点だった。

 神聖魔法は古い伝承の魔法なので不便で効率が悪く、現代の実践的な魔法使いには見向きもされない。

 戦場いくさばおもむく者ならば尚更なおさらである。


 しかし効果は折り紙付きだ。


 そこで街道を土砂でせき止め予め魔法陣を構築。

 発動一歩手前で眠らせておく。

 魔女の部隊が到着すれば、発動と同時に背後から勇者の率いる鎮圧部隊で襲撃、討滅する。


 魔法陣を構築する魔法使いは魔女の視界の外、街道をせき止めた土砂の反対側で詠唱してもらえば良い。

 ただこの策の懸案は、魔女がせき止めた場所に到着するタイミングで勇者の部隊が追いつけるかどうかであった。


 早い分にはいくらでも調整出来る。

 しかし遅れることだけは看過かんかできない。

 ゆえの強行軍であった。


 反乱軍が集積場に到着する前に追い付くのも大事であったが、それ以上に、抗魔術結界の範囲内に魔女が居る内に勇者が会敵する、その事が何よりも重要であった。


 先鋒群の幕閣は是が非でも此処ここで魔女を仕留めるつもりだった。

 此処まで好き勝手にやられて無傷で帰すなどと、決してあってはならない事だった。

 故に勇者にも「如何いかな要求にも応えよう」と、様々な優先優遇を行なったのである。


 そしてそれは今此処で結実しようとしていた。




 老婆の仮面を被った魔女は護衛で身辺を固め、一歩引いた場所より戦場を注意深く観察していた。


 一見この状況は絶対の窮地きゅうちに見える。だがそうではない。

 この混沌は今しばしのことだ。

 あと少し、ほんの僅かな時間この場をしのぎきる事が出来れば良かった。

 さすれば打つ手はそれこそいくらでも有る。

 なので今はただ守りを固め、耐え忍ぶことが重要だった。


 それが分っているからこそ、かの魔女は泰然たいぜんとし、そして虎視眈々(こしたんたん)と静かに手札をそろえ、その時を待つ。

 降って湧いた勇者一行に、この狼藉ろうぜきがどれ程高い代償を支払うことになるのか、それを骨の髄まで思い知らせる為に。


 そして懐から取り出した袋から丸薬を一粒取り出すと、それを口に含み飲んだ。


 これからはわずかな見落とし、些細ささい誤謬ごびゅうが命取りとなる。


 隅々(すみずみ)にまで神経を行き渡らせ、の場の全てを掌握しておかねば・・・・


 唐突に、我が身の死守を命じた剣士が一刀の元に切り捨てられた。


 何の前触れも無かった。


 あっと思ったのはほんの刹那せつな

 次の瞬間には馬に乗った勇者の白刃が顔の真横をかすめていた。


 たたらを踏み、転ばないように踏ん張るのが精一杯。

 切っ先の風切りだけで頬が裂かれたような気がした。

 いつの間に此処までの接近を許した?

 瞬く間があったろうか。

 全く以て肝が冷える。


 勇者の最初の一振を避けることが出来たのは正に僥倖ぎょうこう

 気付くのがあと一瞬遅れていたら此処にこうして立っていなかったろう。


 いや、単純に運が良かっただけか。


 ローブをひるがえし振り返って見てみれば、勇者は足に刺さった矢を抜くところであった。

 チラリと見た勇者の視線の先には、いしゆみを構えているパージガルが居た。


「油断めさるな、魔女エラ」


「あら、ありがとう。助かったわ」


「あなたもか、騎士パージガル」


 血を吐くような怒声が聞えた。


 怒りとうよりも悲痛な色合いの叫びであった。

 弩を捨て剣を抜く騎士と勇者が打ち合った。

 一合、二合、そして三合目で胸当ての隙間に勇者の剣先が突き刺さり、血を吹いて勇者の後詰めであった騎士は落馬した。


 かえりみず、直ぐに仮面の魔女に向き直った勇者であったが、駆け寄ることは叶わなかった。

 自分の乗馬が槍をもって刺し殺されてしまったからだ。

 どうと倒れる前に鞍より飛び降りれば、唐突に二の槍が降ってきた。

 剣で弾き、再び飛んで逃れるのが精一杯だった。


 振り仰いで見れば


「流石、勇者。なかなかの反応」


 そんな声が聞えてくる。

 魔族の言葉だった。

 丸腰の魔女と同じ装束をしたかちの槍使いであった。

 彼女はその足で、既に馬上の騎士や騎兵を七名(ほふ)って居るのだ。


 槍使いと剣士の闘いが始まる。


 一方で、当の魔女には湾曲した剣を持った魔女装束の者が駆け寄る所であった。


「エラさま、ご無事で」


「わたしはいい、大丈夫です。あまり近寄ってはいけません。それよりもファンテナッハを手助けしてやって。あれは勇者よ」


 いえ、しかし、と惑う弟子に「急ぎなさい」と活を入れた。


「もうすぐ抗魔術陣が解けます。勇者の付与魔法が目覚める前に始末を」


 この魔法陣を仕込んだ張本人はもう目星が付いている。

 あの遠目に見える隻腕のエルフだ。

 封術範囲の外から陣を維持しているのだろう。


 あいつには見覚えがあった。

 この前勇者とつるんでいたヤツだ。

 重傷だったから放っておいたが、どうやら生き延びたらしい。

 手間を惜しまず始末しておけば良かった。


 でもそろそろ限界のようね。


 魔法陣に注ぐ魔力が途切れ途切れだ。

 直に底打ちするだろう。

 だがその前に勇者を屠る必要がある。

 付与魔法が完全に発動した勇者ではあの二人でも手に余る。

 それまではあのエルフに頑張ってもらわねばならない。


 わたしの幻術や転移を封じる為とはいえ、この結界の中では勇者も本来の力を出し切れない。

 随分と高い掛け金を積んだものだわ。


 それに何より魔法魔術を封じた程度で、わたしが無力になったとでも思っているの?


 仮面の下で彼女はひたりと笑った。


 魔女七人衆の名は伊達ではないのである。




 この乱戦が始まってから魔女エラに襲いかかって来た者は一人や二人ではない。

 だが皆ことごとく彼女を傷つける事は出来なかった。

 彼女に近寄る前に落馬し、或いは馬ごともんどり打って倒れ、そのまましばらく藻掻もがいた後に完全に動かなくなった。


 それは付毒の鱗粉との名が付けられていた。


 極めてきめ細やかな粉薬で、香のように衣服や身に纏わせて使った。ほんの一息でも吸えば即時効果を発揮する。

 大した毒ではない。長い時間をかけて少量ずつ徐々に身体を慣らせば、やがて何の支障もなく動くことが出来ようになる。


 だが初見の者にとっては、その場で昏倒する強烈な痺れ薬となった。

 基本粉末なので大量に持ち歩くことは出来ないが、半刻程度の散布なら充分に携帯できる量だ。


 その為この混戦が始まってからは、自分の周囲に近寄る者を己の愛弟子のみとしていた。

 使い捨てとはいえ無為に手駒を減らす必要は無いからだ。


 恐らく遠距離より弓矢を打ち込めば彼女を倒せたろう。

 だが哀しいかな鎮圧部隊は弓兵の殆どを初期の段階で喪失し、或いは装備を投げ捨て、肉薄の混戦の中で弓引く機会が完全に失せてしまっていたのである。




 現在の状況は、策をろうした隻腕隻眼のエルフにとって完全に誤算であった。


 当初の目算では魔法の使えない魔女三人を、剣や弓矢、そしてより多数の兵力という単純な暴力だけで討伐し得ると考えていたからだ。


 だが選んだ地形は魔女を封じると同時に、自分達にも不利に働いた。

 半包囲して矢で射るには狭すぎ、そして見通しが悪すぎた。

 魔女達が兵糧集積場に到達する前に足止めをしなければならないという、時間的な制約もあった。


 開けた場所を選ぶ余裕などろう筈もなく、どうしても接近戦になり、遠距離での投射が不可能だった。

 近接戦闘では弓兵などでくの坊である。


 故に端緒の牽制射以外は、弓兵の効果が薄いというのは最初から折り込み済みだった。


 そして剣と槍なら数と密度で圧倒出来よう。

 何よりこちらには勇者が居る。

 彼女は確かに女性だが百戦錬磨の戦士、トールマンの頂点、教皇猊下(げいか)より直々に聖剣をたまわった戦神いくさがみなのである。


 だが彼女をもってしても、あの魔女の護衛役を未だ突破することが出来ない。

 あそこまでの手練れだとは思わなかった。


 そしてこの魔法陣の何と言う暴食っぷりよ。

 土砂の向こう側に居る術者と協力しても、もう直に魔力がきる。

 半刻はもつであろうと踏んでいたが、四半刻でこのザマだ。

 法陣の効果が失せれば魔女の魔力が復活し、かつての惨劇ざんげきを再現する羽目になる。


 そして人族のしかばねの山を築いた後に、あの魔女はのうのうと逃げ伸びるのか?


 冗談ではない。


 そんなことさせるか。


 させてたまるか。


 何の為に此処ここまで周到に準備したのだ。


 そんな事、あって良い筈がない。

 焦燥に脂汗をにじませながら、二百歳という若さのエルフは歯噛みする。

 己の目算の甘さと浅はかさを呪いつつ、残った最後の一滴までをも絞りだそうと苦悶する。


 だが誤算というものは、誰にも等しく舞い降りてくるもの。


 そしてその一瞬を如何いかに己の才覚で乗り切るか。

 それが大きな分かれ目となるのである。

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