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【1万1千PV感謝】下町侵略日記  作者: 九木十郎
第四話 わたくしが参りましょう魔王さま
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4-7 卑劣なイカサマ師

 反乱軍の一行は、兵糧集積場まであと一歩というところで思わぬ足止めを喰らった。


 連日の雨で地盤が緩んでいたのだろう。

 輸送路がふさがっているのである。


 惑わしの魔女を自称する仮面の魔法使いは迂回を考え、直ぐにそれを振り払った。

 当初の目標以上に攪乱かくらんが上手くいき、更なる戦果拡大を願った魔族軍幹部衆の決定に従い此処ここまで来た。

 だがこの辺りが限界だろう。


 反乱軍鎮圧の部隊は恐らくもうすぐ其処そこにまで来ているはず

 迷って引き際を誤る訳にはいかなかった。


此処ここまでとします」


 二人の愛弟子にそう告げ、傀儡かいらいとなった者たちには来た道を戻り、迫り来る鎮圧部隊と闘って死ねと命じた。


「エラさま、あと一歩でございます」


「そうです。この土砂を全て除ける必要はありますまい。兵糧を焼くだけですので、手数は最小限で事足ります。馬一頭が通れる程度に道を通し、数十名だけ伴って進出。そのまま一気に駆ければ集積場まで半日もかかりません。残りは此処で鎮圧部隊を足止めすれば良いではありませんか」


「魔王城魔法陣による転移魔法への助力も、この界隈かいわいで限界です。集積場までは届いていません。更に魔力の遮断を講じている可能性もあります。速度をもって一息に強襲する予定でしたが、道が塞がっているのでは頓挫とんざしたと考えるべきでしょう」


「しかし・・・・」


「この道の閉塞が集積場に常駐する者たちの仕業で無いと、あなたたちは断言できるのですか」


「!」


「あ・・・・」


此処ここはもう危険です。直ぐに転移魔法陣の準備を」


 自分の弟子に命じると共に、基本となる魔法陣を構築しようとして気が付いた。

 術が作動しないのである。


 しまった。

 この土砂の向こう側に魔術封じの結界核がるな。


 使い魔か何かで、集積場の常駐部隊と連絡を取り合っていたに違いない。

 連中の罠にはまったと知り、魔女は仮面の下で唇を噛んだ。

 此処まで用意周到となれば、恐らく自分が考えて居る以上に追撃隊は直ぐ近くにまで来ている。


 従順なるしもべの一人、騎士パージガルが歩み寄って来て告げた。


「馬蹄の響きが近付いて参ります。恐らく鎮圧部隊かと」


 魔女エラはローブをひるがえした。


「我らの楯となれ。此処で諸君等は散って果てよ」




 勇者一行は昼夜を問わず駆け続けていた。


 予め設けてもらった中継ぎの陣で何度も馬を替え、馬上で水を飲み食事を済ませ、排泄の時間すら惜しんだ。

 回復の為の術士を呼び寄せ、寝る間も惜しみ、先鋒群全体をあげての助力を得た強行軍であった。

 正に力尽ちからづくといって良い。


「アリア、見えました」


 タータの声に目を凝らす。

 閉塞された路上で隊列を組み直している様子が見て取れた。

 道が塞がれていた事を知り、直ぐさま背撃に備えているのだ。


 これは魔女の差配だろうか。

 それとも惑わされた騎士の判断か。


 水と共に最後の回復薬を飲み下す。


「抜剣!」


 命じると同時に無数の鞘走りの音が聞え、一斉に幾本もの白刃が殺伐たる曇天の元に閃いた。




 戦闘は互いの騎馬弓兵によるいしゆみの牽制射に始まり、次矢の装填の間を突き、槍撃隊が突撃を開始して混戦が始まった。

 元より荷馬車が互いにすれ違う程度の狭い街道である。

 どちらも包囲戦など端から考えて居なかった。


 反乱部隊は背後に閉塞された土砂の壁を背負っており、自隊の弓兵は充分な投射距離を得ることが出来なかった。

 ゆえに剣を抜き、槍の間合いすらもつぶす勢いでの肉薄戦闘に頼らざるを得なかったのである。


 勇者アリアが二人目の兵を切り伏せた所で、騎士アルトフのメイスが咄嗟に避けた顔の直ぐ脇を通り抜けていった。


「アルトフ殿、正気に戻って下さい。あなたはたぶらかされているだけなのだ」


「その台詞は何度も聞いた、勇者アリア。わたしが打ち殺した相手からな。だが間違って居るのは我らトールマンである。我らの反抗は義において歪み無し、正に天地のことわりに叶うもの。侵略者である我が軍は今までの罪をび、許しを請い、即刻立ち去るべきである」


「それがまやかしだと何故なぜに分らぬ。魔女に目をくらまされているだけです」


「ではそなたは、国王や教皇にたぶらかされて居らぬと言い切れるのか」


「な、何を言い出す」


「どうじゃ、己が信ずるものを否定されるは不快であろうっ」


 吐き出された言葉と共に、再度振られたメイスは辛うじていなす事が出来た。

 だがこれ以上は危険だ。

 あの豪腕から繰り出される鈍器の破撃は、重騎士の鎧すらへしゃげる。

 次は剣ごと腕が折れるかも知れなかった。


 だがそれ以上に頭の芯がごうと燃えた。


 己の忠心、信念の根底を否定されて、黙って居られる者が居るだろうか。


「国王陛下や教皇猊下が誤っている筈がなかろう!」


 勇者たる彼女にとって、それは天地の理とも等しい。


 突如湧いた激情と共に言って返しはしたものの、かの巨漢の騎士は兜の奥からほくそ笑む。

 「そうう以外にはなかろうな」と、したりとする声がるばかりだった。


「旧知であろうと相違あいたがうことは良く在る話よ。敵味方に分かれ、互いに武器を持ち、戦場で出会ったとなれば最早問答は無用。そうは思わぬか」


 脳裏に浮かんだのは、この豪放磊落ごうほうらいらくたる巨漢の笑う姿であった。

 勝利の祝宴で共に酒を酌み交わしたこともあった。

 戦場でくつわを並べ、乱戦の中で互いに背を預け合った事もあった。

 その手にしたメイスと野太い声がどれ程頼もしかったことか。


「待たれよ、思い直せ。わたしはそなたと闘いたくは無いっ」


 たぎる感情とは裏腹に咄嗟とっさに出た言葉だったが、はらの奥底にあった本音であった。


「覚悟が足りぬぞ、勇者アリアっ」


 裂帛れっぱくの気合いと共に振られた鈍器は、わずかに体軸をずらすだけで避けることが出来た。


 そして剣先は瞬時に、アルトフの兜と胴鎧の隙間に滑り込んでゆくのである。身体に染みついた剣士としての技であった。


 肉を裂き、頸椎を切断する感触は一瞬。メイスを振り込んだ相手の体重と勢いとを利用して剣を振り抜けば、その首は胴からアッサリと離れて落ちた。

 首の失せた主を乗せて彼の乗馬はしばし進み、やがて巨漢の胴体もまた首と同じく地面に落ちて転がった。


 ありとあらゆる戦場いくさばで幾度も繰り返され、幾度も目にした光景。見飽きた風景であった。

 だがいま斬った相手は魔族などではない。トールマンの騎士なのである。


 これで終わりなのだろうか。

 これでこの男は全てを終えてしまったのだろうか。


 一瞬前まで言葉を交し合っていたというのに本当に嘘のようだ。


 呆気ない、実に呆気ない。呆気なさ過ぎてまるで現実味が無かった。

 だが湧き上がってくるものが在る。とても堪え切れそうにない。

 腹の奥底からたぎる感情は更にその温度を上げて、勇者の脳髄を焼き尽くすのだ。


 アルトフ殿は公正な騎士だった。

 部下にも慕われ、国王の信任も厚かった。

 領邦の運営は不得手ではあったものの、領民を大事にしていたのだと伝え聞いていた。

 人格者であったのは間違いない。


 その魂を歪め、己の都合の良い手駒へと作り替え、友誼ゆうぎを結んだ者を殺めさせるなどと。


 わたしの盟友をわたし自身の手で、終焉の地に送り込ませるなどと。


 しかも自分の手を汚す事もなく。


 これを邪悪といわずしてなんとおう。


 許さん。許さんぞ、魔女。

 卑劣なイカサマ師め。


 激憤滾げきふんたぎ肚底はらそこをねじ伏せ、騎馬兵の槍を隙無くいなし続けた。

 程なく、頭を巡らし素早く辺りを伺う勇者の目に、老婆の仮面を着けた丸腰の魔女の姿が映った。

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