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【1万1千PV感謝】下町侵略日記  作者: 九木十郎
第四話 わたくしが参りましょう魔王さま
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4-4 解けちゃったわね

 軍団は魔王城を攻めあぐねていた。


 包囲網を形成するはずの一団が大きな街道の交わる一角で、足止めを食わされていたからだ。

 包囲が不完全であるがゆえに魔族軍の迂回を容易く許し、攻撃の都度に手痛い出血を見た。


 軍団の総数は圧倒的に上回っているものの、肝心の中軍の到着が遅れ、魔族軍の全面に展開出来る実動数が不足しているのである。


 失敗の連続には先鋒群の焦りもあった。

 魔王城攻略に時間をかける訳にはいかないからだ。

 これ以上の時を費やせば、程なく冬がやって来る。

 高地にあるこの一帯の寒気は尋常ではない。

 野営では大勢の凍死者を出す羽目になる。


 そして魔族の遊撃隊が自分達の知り得ぬ枝道狭道を使い、兵糧部隊を幾度いくどとなく襲っていた。

 まだ被害は微々たるものだが、兵站の速度が落ちて最前線では徐々に物資の不足が目立ち始めていた。


 急がなければらない。

 だが進むに進めない。

 様々な妨害工作で街道が封鎖され、あるいは物資に火を放たれ、小刻みな夜襲を繰り返され、障害の排除に刻を費やしていたからだ。

 まだ予定の半分の兵糧も、先鋒群に送り届ける事が出来ていない。


 そして其処そこは先鋒群へとつなぐ、重要な兵站路の一つであった。




「この程度の数の敵に何を手間取って居る」


 一人の騎士が吠えている。

 兵糧部隊の守備をまかされた者だった。


 彼の目の前にるのは、恐らく関所として使われていたのであろう朽ちた砦であった。


 正確には輸送部隊の通る道を敵兵が占拠している為、それの排除を依頼され、増援として来た者だった。

 そもそもこの地域は既に制圧済で在った。

 そして彼が相対するのは夜陰に紛れた少人数の部隊程度。

 そのはずだったのである。


 それが何故に小規模とはいえ、砦攻めなどをする羽目になっているのか。


 その一角は山の急斜面を削り落として作られていた。

 街道の片面は切り立った崖、そして反対の片面は木々の生い茂った急斜面。

 遮蔽物が多い上に大群を展開できない、極めて危険な地形であった。

 そして道を塞ぐ形で幾重にも馬防柵ばぼうさくや遮蔽垣を構築し、砦に続くまでの道そのものを縦深陣じゅうしんじんとして利用していた。


 ほんの十日ほど前に此処ここを通った時には、こんな物は無かったというのに。


 そしてこの兵共は何処どこから湧き出して来たのだ?


 数は大したものではない。

 だが一撃を加えては逃げ、そして再び背後から襲いかかり、兵糧を焼き荷馬車を兵ごと崖下に追い落としていた。

 数を頼みに押し込もうとしても、いったい何処に潜んでいるのか。

 いつも死角から襲いかかって来、返り討ちにい、陣を突破するどころか砦にすら近寄れずにいる有様だった。


 数日にわたり幾度目かの吶喊とっかんを試みた頃、増援におもいた騎士はようやく気付く事が出来た。

 自分達が闘っていたのは敵ではなく、ただお互いに同士討ちをしていただけなのだと。


 街道に設けられた陣地をいくつか乗り越え突破する内に、やがて目をくらまされ幻を見、ただ互いに殺し合っていただけなのだ。


「なんたること」


 だがそれと知り得た時にはもう遅かった。

 片腕として長年共に闘ってきた盟友の剣が、自分の腹に深く突き刺さった後だったからだ。


 そしてその騎士が最後に見たものは、盟友の首が一刀の元に切り落とされる瞬間であった。




「むごい」


 勇者はその惨状を見てただ一言だけ呟いた。

 累々と積み上がる死体は味方のものばかり。

 敵兵は一つとて見当たらなかった。


 兵站部隊が釘付けにされ、守備部隊が苦戦しているとの報を受けて加勢に来てみれば、既に輸送部隊もろとも全滅した後の場面であった。

 物資は殆どが焼かれ、或いは崖下に落とされ、死体と炭となった物資とが道を埋め尽くしているだけだった。


「同士討ちか?」


「恐らく」


 勇者の疑問に応えるのは今回の戦で長らく肩を並べ、共に闘ってきた壮年の剣士だった。


「部隊長であったクリスト殿は人をまとめる術に長け、部下の評判も良い男でした。隊内でいさかいが在ったという話も聞きません。目や心を惑わす幻術士が居るのでしょう。ムサムオ戦でも魔女衆の一人と相対しましたが、同類の者が来ているのだと考えた方が良いかもしれません」


「タータはどう思う」


 魔術士のローブを着た笹穂耳の男は、頷くと同時に勇者に応えた。


「わたしも戦士サナドゥと同じ考えです。幻影と錯覚を同時に見せているのでしょうが、コレだけの数を全て同時になど、わたしには到底真似できません。複数の術士が行なっている可能性もありますが、それにしては魔力の痕跡が一種類しかなく、しかも希薄過ぎます。間違いなく手練れです」


「分った。皆に幻覚よけの守護魔法を頼む。出来れば護符も用意出来れば良いのだが」


「守護魔法は兎も角、部隊全員分の護符は無理です。時間が足りません。それに薬物も併用している可能性もあります」


「用意出来る護符の数は?」


「手持ちで九枚。明日まで待っていただけるのなら追加で二枚」


「今在る護符だけで事に当たろう。タータは失神魔法を何人までなら同時に掛けられる?」


「視野の範囲だけですけれど、二、三十人程度ならば」


「では二十人は帯剣させずに、まず遺体の収容と陣地の撤去を。護符を持った者は彼らを護衛しつつ周囲を警戒。タータも此処で皆を守っていてくれ。術を掛けられたらすかさず失神魔法を。わたしとサナドゥはあの砦を調べてみる」


 壮年の剣士はうなずき、魔道士もまた頷いた。


 だが勇者がその判断は誤りであったと知るのは、それから直ぐ後のことであった。




 道に敷かれた陣を剣士と共に二つばかり乗り越えた時のこと。

 何処か遠い所から女性の歌声が聞えたような気がした。


 そして不意に脳裏に過ぎったのは、海には歌声で船乗りを惑わす魔物が居るとの伝聞だった。


「!」


 よもや。


 さっと血の気が引いた。


 そして次の瞬間、白昼にもかかわわらずいきなり周囲が暗闇に包まれたのである。


 視界を塞がれたのかと思ったのだが、暗くなった筈の足元や周囲は見て取る事が出来た。

 見上げれば空だけが真っ暗だった。

 「護符を」と口に仕掛けた途端、鞘走りの音が聞えて、咄嗟に身をかわせば剣先がわきの下を擦り抜けていった。


「幻覚だ、サナドゥ、わたしだ。アリアだっ」


 叫んだのだが何の反応も無かった。

 振り返ってみても誰も居なかった。

 ただ無人の陣地の中で自分一人が立っているだけで、避けた筈の剣はおろかその持ち主すら見当たらないのである。


「サナドゥ、何処だ。返事をしろ」


 声がまったく通らなかった。頭から袋を被せられ、その中で叫んでいるような閉塞感があった。

 風の音すら聞えず自分の足音だけが感じられ、そのくせ周囲の様子が鮮明に見渡せることが面白くない。


 間違いなく、いま自分は術中に落ちているのだ。

 闇雲に剣を振るう訳にはいかない。

 全滅した護衛隊の二の舞となる。


 何度も仲間の名を叫びながら、小刻みに居場所を変えつつ少しずつ後退った。

 時折、空気のうごめく感触があって、その都度に切っ先が自分の身体の直ぐ側をかすめてゆく。

 「やめろ」と壮年の剣士の名と共に叫んだ。

 そして踵を返し、開けた道目指してそのまま一目散に駆け出そうとした。


 が、すんでの所で足を止めた。


 違う、と違和感が瞬いたからだ。


 目の前には先程通り抜けた陣地を抜ける道筋がるというのに、足元の地面からは下から上に向けて風が吹き上げて来るのである。


 そうか。


 此処ここは崖の縁。一歩先には崖底がある。


 首筋の産毛が総毛立つ。

 真後ろから何かが迫ってくる気配があって、身をひるがえした途端、槍の矛先が肩を掠めた。

 痛みと共に目眩めまいがする。


 そしていきなり空が明るくなった。

 矛先が繰り出された先を見れば、魔法使いのローブと尖った帽子を被り老婆の仮面を被った女が、槍を手元に引き戻す途中であった。


 チラリと一瞬だけ足元を確認する。

 直感は正しかった。

 自分はいま崖の際に立って居た。

 あのまま気付かずに踏み出していたら、そのまま崖下へ転落していたのだ。


「あらあら、解けちゃったわね」


 声のする方向を見れば其処にも二つの人影があった。

 一人は丸腰、一人は湾曲した剣を手にしていた。

 皆等しく、魔法使いの衣装に同じ老婆の仮面を被っていた。

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