4-3 至極ありふれた光景
街道上に三つの黒い影が立って居た。
はて、先程はもっと大勢居たように見えたが。
夕刻となり山の麓は一足早く日が暮れ始めていたが、まだ見通しが悪くなる程ではなかった。
この街道は、山間の崖を切り崩して造られた狭道だ。
曲がりくねっていて確かに見通しは悪かった。
だが遠目にも二、三〇人は居たように思えたのだ。
曲がり角の向こう側に去ったのだろうか。
魔法使いの装束をした三人だった。
一人は帯剣しており、一人は槍を携えていた。
そして馬足を緩めて近寄ると、真ん中に立つ丸腰の者が軽く会釈をするのである。
若き騎士ケニスは間近まで歩み馬を止め「何事か」と問うた。
「先鋒群後詰めパージガル隊所属、カールス・マクリーンの子、騎士ケニスである。輸送隊が予定の刻限を過ぎても到着せぬ故、我らが様子を見に参った」
そう己の役目を告げた。
何故か道の真ん中に立つ三名の魔法使いは、皆同じ怪しげな老婆の仮面を着けていた。
何かの呪いだろうか。
まったく魔法使いという者は奇矯な装いを好む。
以前会った者は、顔面に素顔が分らぬほどの複雑な刺青を施していた。
フードを被り、貴族の前であるというのに頑なにそれを取ろうとしなかった者も居た。
収穫祭で浮かれる市井の者でもあるまいに。
帯剣した者と槍を持つ者が、互いに目配せをしたような素振りがあった。
「若様」とレーヌの不安げな声が聞えたが、軽く手で制した。
「どうした、何故答えぬ」
重ねて問い、口を開いたのは真ん中に立つ一人であった。
「お役目ご苦労様」
艶のある女の声だった。
我が軍に女の魔法使いが居ただろうか。
思わず小首を捻った。
エルフの魔法団ならいざ知らず、この近辺に来ているとの話も聞いたことはない。
そもそも連中が居る中軍本隊の到着を待つべく、我らは此処に留まっているのだ。
それに何よりエルフにしては随分と長身だった。
つばの広いとんがり帽子のせいでよく見えないが、連中の特徴である笹穂耳も見て取れなかった。
「輸送隊は先程、魔族の襲撃を受けて壊滅しました。我らは残敵を掃討し終え、撤収しようとしていた最中でございます」
「壊滅?生き残ったのはそなたたちだけか。他の者はどうした。怪我人はどれ程居る。魔族は何処に行った!」
「此処に居る者で全てでございます。他の者は燃えるか物言わぬ骸か崖下に消えてしまったか、何れかですので。魔族の方は、まぁ、無傷で帰り支度をしているのではありませんか」
「たわけた事を申すな。正確に報告せよ、魔族は何処に行った。輸送隊で無事な者は居らぬと言うのかっ」
「壊滅と申し上げたではありませんか」
「なっ、貴様・・・・いや、待て。そなた名を何と言う。身分も添えて申せ」
「ようやく誰何にございますか。本来最初に問うべきでありましょう」
「申せと言うておる!」
「小物に名乗る名は持ち合わせておりません」
仮面の奥から笑むような声が聞えるのと、槍を持った魔法使いの矛先が身を掠めるのはほぼ同時であった。
硬質な金属音が響き、彼の乗馬がわずかによろめいた。
咄嗟に抜こうとした剣の鍔で、辛うじて槍の穂先を逸らすことが出来たのだ。
「ほう」と感心したような声が聞えた。
だが馬上で反応出来たのは其処までだった。
瞬時に引き戻された二の槍がケニスの愛馬の心の臓を狙い違わず刺し貫き、断末魔の後足立ちで振り落とされ落馬。
強かに地面に打ち付けられてしまったからである。
「敵だ、魔族だぞ。何をしているっ、斬り殺せっ」
だが命じられる前に彼らはもう剣を抜き、応じていた。
自身や僚友が槍で突き殺されている最中であったからだ。
ケニスが跳ね起きて剣を抜く頃には、既に三つの骸が地面に倒れ伏していた。
そして見る間に屍の数は増えてゆくのである。
「ファンテナッハ、先に行きます。刻限には遅れないように」
「承知致しました」
更にもう一人分の死体を造り上げながら、槍を持った魔法使い装束の者が気安く返事をした。
双方凜とした声であった。
しかもトールマンの言葉での受け答えで、まるで談笑の後の挨拶のようであった。
無論、ここに居る全員が耳にして理解出来るようにとの配慮である。
それはただの軽い煽り、片手間と断ずる嘲笑だ。
だが若い騎士は聞き流すことすら出来なかった。
そしてこいつも女なのかと、その気安い声音に激昂するのだ。
自分は魔族に、それも女に愚弄されるため此処に立って居るのではない。
「ふざけるなっ」
立ち上がって、己の剣を丸腰の魔法使い装束に突き込んだ。
だが剣先どころか踏み込むよりも早く、帯剣した者と共に二人分の姿は、足元の影の中へするりと消え失せてしまったのである。
「転移魔法、無詠唱で・・・・」
若い魔法剣士の愕然とした声が聞えた。
そこでようやく彼の主人、年若い騎士は己が役目を思い出した。
ある意味、その生涯をもってして最良の判断といって良い。
「引け、レーヌ。この事をパージガル様に伝えろ。こいつらは魔女だ。魔女が現われたと」
「若様っ、一人で逃げるなど」
「わたしよりも報告を優先せよ。急げ!」
躊躇は一瞬であったのだが、大きすぎる隙であった。
瞬時に槍を持つ魔女が間合いを詰め、一突きであっさりと魔法剣士の乗馬は倒れた。
これでもう逃げ去ることも難しくなった。
この場に立つ剣士はもはや二人のみ。
この槍使いは丁寧に、彼らの足を奪ってから一人ずつ始末していったのである。
そも、徒にて馬に乗る一〇人を一人で相手にし、あっさりと屠るなどと普通ではない。
ケニスがこれまで相手にしていた雑兵や一〇人長程度とは、比べものにならぬ「敵」であった。
「拘束の魔法陣?」
魔女の独り言に身構えたケニスがその足元を見れば、複雑な紋様の法陣が出来上がりつつあった。
傍らからレーヌの呪文が漏れ聞こえ、そして止む。
「拘束しました。今ですっ」
「でかしたぞ、レーヌ」
勢い込んで踏み込んだケニスであったが、次の瞬間には槍の穂先がその喉を貫いていた。
そして甲高い笛を吹くような音共に、そのまま直下へ崩れ落ちた。
悲鳴すら無かった。
「若様!」
魔法剣士は叫ぶ。
ケニスの崩れ落ちた地面が見る間に赤く染まっていった。
何故にこの魔女は動けるのか。
自分の魔法は間違いなく発動したというのに。
我が主の元に駆け寄ろうとして、そこで初めてレーヌは、自分の両足が動かないことに気付いた。
何故?
地面はおろか、自分の身体にすら魔法をかけられている痕跡は無いというのに。
「稚拙。対抗呪文、編むまでもない」
片言の人族の言葉を操りながら、槍使いの魔女が石突きでかつんと軽く地面を突くと、今度は魔法剣士の全身が動かなくなった。
「不動の術か」と呟きを漏らそうとしたのだが、もう唇すら動かなかった。
「金縛りの呪文、こうやって組む。理解?魔法陣、組まないと発動出来ない?呪文、間違っている。こことココ。綻びある、簡単に解ける。勉強不足。推測、教科書が間違って居る?トールマンの呪文、キタナイ。聞くに耐えない」
そして槍使いの魔女は「哀れ」とだけ呟いた。
次の瞬間、槍の矛先が自分の喉を抉った。
思った程に痛みはなく、引き抜かれた途端に鮮血が迸った。
何という勢い、何という赤さか。
まるで他人ごとのような感想があった。
眼の光りが失せ、暗転し、術が消えると糸の切れた操り人形のように崩れた。
間を置かず、殺戮者もまた足元の影の中に吸い込まれて消えた。
そして死体だけが残った。
それは何処にでも在る至極ありふれた光景だった。




