4-2 この一隊をもって鎧袖一触
魔王城の軍議の間は、実に静かなものであった。
「ムサムオが落ちたか」
「はっ。敵の先鋒隊は既に、尖塔より見ゆる所にまで迫って来ております」
「早いな」
「故に後続の部隊が追いつけずに居るようで、本隊は魔王城より一旦距離を置いて陣を張り、其処で集結を待つようです。それでも悪路ゆえ、色々と手間取っておるようですが」
「手間取ってこの速度か。と言うことは自慢の重装騎兵群は伴っておらぬな」
「決着を急いで居るのでしょう。それに城攻めには不向きな兵種です。何より冬の到来を恐れている事の証左かと。そのわりには攻城兵器を伴っている辺り、抜け目はありませんが」
「ヤツらの兵站を根こそぎ焼き払うことが叶えば、活路も見いだせるのだが」
「随分と調子の良い夢にございますな」
「軽口よ、聞き流せ。ムサムオから後退して参った部隊はどれ程か」
「敗残兵の収集は既に完了しております。ですが、使える兵は投入した総数の三割程度かと」
わざわざ敗残との枕詞を使う副官の物言いに、思わず互いに顔を見合わせた者も居たが、彼らの主は特に気にした様子は無かった。
「全滅でなかっただけ良しとしよう」
「はい。ですが、城内に収容した部隊分の兵糧が不足しております。追加の兵站部隊は既に魔王城に向っておりますが、遠方ゆえ今暫しの猶予が欲しいところです」
「要は時間稼ぎが必要と」
「進撃速度から見て敵先鋒群は大した輸送部隊は伴って居りますまい。本隊との距離も離れております。兵站は伸びきっているものかと」
「強襲に回す余裕はあるか」
「現状で城内よりこれ以上の抽出は危険でしょう。部隊再編も終わって居りません。小規模の遊撃隊で精一杯です」
「偵察隊や襲撃隊だけでは心許なかろう。誰か連中と協力して攪乱足止めをやってくれる者は居るか」
「わたくしが参りましょう」
名乗りを上げたのは老婆の仮面を着けた魔女であった。
本陣と先鋒群とをつなぐ街道を駆ける者たちが居た。
先頭を行くは未だ新品の頃の輝きを失わぬ、造りの良い甲冑に身を包んだ若い騎士であった。
共の者を合せても一〇数騎程度の小さな一隊であった。
彼は正午までに到着する筈の輸送隊が夕刻になっても到着せぬため、上位の者に命じられ一隊を率いて様子見に出たのだ。
先鋒群と後方の本陣とは随分と距離が離れ兵站が伸びており、既に諸々の支障が出始めていた。
だが若い騎士はそれ程危惧していなかった。
確かに先鋒群の物資の備蓄は不足し始めていたが、今すぐどうにかなる程に逼迫したものではない。
むしろ上位の者たちが無用に神経を張り詰めている事が理解出来なかった。
「若様、心配にございます。輸送隊の者たちは無事なのでしょうか」
魔法使いのローブと簡素な胸当てと共に、帯剣した細面の男が若い主人に声を掛けた。
「心配性だな、レーヌ。我らが頻繁に往来している街道だぞ。大事はなかろう」
彼は幼い時より家に使えている二つ年上の魔法剣士だった。
自身は魔法魔術は才覚が無いと諦めているが、彼は違う。
生まれ持った資質というものだろう。
そして魔法術士の戦場での脆弱さを嫌った彼は、剣もまた自分と共に学んだ。
そして剣の腕前も人並み以上であった。
そのせいで幼い頃には随分と嫉妬した。
自分は一つだけなのに彼は二つも得手を持つ。
不公平ではないか。
だが何時しか考え直すようになった。
そもそもトールマンでは魔法の才能が無い方が普通なのだ。
ならば自分の得手を、追いつける者が居ないほどにまで高めればよい。
お陰で成人の儀を迎える頃には同年同輩の者より頭一つ抜きん出る事が出来た。
そして鍛錬を積み続け、今では剣術槍術ならば誰にも負けはしない。
その自負を持ち得る所まで来た。
彼は魔法。
自分は剣。
それで良いではないか。
気心は知れているし信頼も置けた。
従者であると同時に大切な友人でもある。
だが面立ち同様、些か気が弱いのが難点だった。
故に理詰めで説明すれば、この悲観的な相棒も納得してくれるだろう。
「そもそも連中はこのような小細工を弄する時点で既に手詰まり。もう後が無いと、自ら喧伝しているようなものなのだ」
要所要所で輸送路を襲撃してくる敵の話は聞いていた。
複数のグループで一所に留まらず、小刻みに場所を変えては少人数で襲ってくる。
常に見通しの悪い森や山肌の岩陰などに潜んでいるため見つけることが困難であったし、何より襲撃の大半が夜襲であることが、輸送の任に携わる者たちの神経を削っていた。
だが恐らく総じても四、五百ほどの小勢であろう。
その程度なら二千ほどの兵を先鋒群より抽出し、一気に蹴散らせば良いだけではないのか。
魔法使いを数人帯同させれば魔族の魔術など如何ほどのもの。
我ら騎士団の鎧にはエルフの魔術よけの文言すら刻まれているのだ。
どうしてもなれば一軍を以て輸送路を丸ごと警護すれば済む。
魔王城より繰り出される強襲など、勇者と数多の戦で名を馳せた我らが竜王騎士団が容易く跳ね返す。
守勢であっても城攻めに備えて中軍の到着を待っているに過ぎず、陣地の構築も完了し敵の攻撃を耐える事に不足は無い。
防備を固め、その合間に兵站路を太くして持久戦に備えればよいのだ。
「所詮は悪あがき。案ずる必要はない」
「左様でございましょうか」
「魔王軍は既に戦力をすり減らし、勇将や名のある騎士もことごとく討ち果たした。既に我ら人族の連合軍は連中の七倍から八倍はある。いや、相手の損耗を考えればもう一〇倍に届いているかも知れない。何を案ずる必要がある」
むしろコレで何をどうすれば負けるというのか。
自分を先鋒に出させてくれ。
魔王城が落ちてしまえば手柄を立てる好機が失せてしまう。
「しかし戦はまだ続いております。むしろこれから更に激しくなるのではありませんか」
「だからこそ、我らの働きがいがあるというものだろう」
何故に我が友はかくも弱気なのか。
上位の者たちは自分を若造、経験が拙いと小莫迦にするが、これでも騎馬槍術の試合で何度も優勝し我が君より杯を賜っているのだ。
剣術試合でも同輩に遅れをとった事は無く、上級者を叩きのめした事だってあった。
ムサムオ攻略では確かに先陣を任せてはもらえなかったが、掃討戦で幾人もの魔族を血祭りに上げた。
レーヌが援護し、自分が切り込む。正に阿吽の呼吸で向うところ敵無しであった。
だが足りない、まるで足りていない。
自分はこの戦場で名を上げて然るべき存在。
由緒正しきマクリーン家の長子、ケニスなのである。
ああ、何故にこのようなつまらぬ任に従事しているのか。
何故、古株の騎士たちはわたしに斯様な雑務を押し付ける。
一度先陣を任せてもらえれば、それこそ我が剣の冴えを周囲に見せつけてやれるものを。
胸内で歯噛みし、そこで若い騎士はふと気付いた事が在った。
よもや、よもやまさか。
わたしが戦場で大功を立てる事で己の立場が危うくなることを危惧し、わざと裏方へ押し込めているのではあるまいな。
そんな仄かな疑念が胸を過ぎった。
だが直ぐに頭を振ってそれを振り払うと、馬の手綱を握り直した。
仮にそうだったとしても、片手間仕事で万が一にもしくじる訳にはいかない。
これまで積み上げた僅かな成果すら失せてしまう。
微かな失態を理由に更に暇な部隊へと移動させられるかも知れない。
先駆けを許されるなど夢のまた夢と成り果てよう。
まぁ、そのような事など先ず在り得まいが。
到着が遅れている輸送隊も、大方先日の大雨で道がふさがっているとかその程度の話だろう。
随伴の守備隊も大幅に増強し、小勢の魔族程度に遅れを取るとも思えない。
いっそのこと魔族共の襲撃を受け苦戦している真っ最中などと、左様な事態になっていないものだろうか。
そうなればわたしがレーヌと共に、この一隊をもって鎧袖一触。
苦も無く撃退してみせように。
経験浅く未熟な若い騎士は稚拙な願望を弄び、馬上で大きな溜息をついた。




