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【1万1千PV感謝】下町侵略日記  作者: 九木十郎
第四話 わたくしが参りましょう魔王さま
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4-1 天と地の加護のあらんこと

第四話は、ほぼ戦闘回です。

 夜更けの台所で薬缶が湯気を立てていた。


 コンロの火を止め、妙齢の女性がカップの上に乗せたドリッパーに少し湯を垂らし、ペーパーフィルターの湯通しをした後に挽いたばかりの珈琲豆を入れた。


「おや、真魚ちゃん。どうしました、眠れないのですか」


「わしは幼児ではないと何度言わせる。それよりも何をやって居るのだ。明日も早いのではないのか」


「色々と調べ物をしていたら目が冴えてしまったので、珈琲でも飲もうかと。要りますか?」


「紅茶をもらおうか」


 鰓子えらこのカップの対面にもう一つのカップが置かれ、黒髪の少女はその前に座った。


「あの女をどう扱うつもりじゃ」


「やはりその話ですか」


「他に何が在る。即刻叩き出せ。あやつなんぞ飼っておっても何の益にもならぬ。むしろ寝首をかれるのがオチじゃ」


「そうはならないと思いますよ。彼女はもう勇者ではありませんから」

「あやつの口車に乗せられて居るだけじゃ。今は大人しいが肚の底で何を考えて居るか分ったものではないわ」


「彼女はもう完全に燃え尽きてます。それにあの肌に刻まれた呪文術式は以前から欲しいと思っていました。エルフの高等付与術式です。逃す手はありません。彼女も協力すると言ってくれています」


「何故それを信用する。いや、信じられると思う。わしはあの勇者よりもおぬしの精神構造の方が余程に恐ろしいわ。あの者には幾度辛酸いくどしんさんを舐めさせられたことか。忘れたとは言わさぬぞ」


「確かに何度もヒヤリとさせられました。首と胴が別れるのでは、と感じた事も在りました。わたしの子飼いの術者が幾人も犠牲になりました」


「わしの近衛も二人ほど喰われたわ。確かおぬしの幻術も効かなんだよの」


「元々トールマンは魔術に鈍感ですからね。かてて加えて対抗呪文を唱え、身体の付与術式を連動させれば鉄壁と言って良いです。だからこそ、彼女は絶好のサンプルなのではないですか。しかも生きています。協力的ですらる。こんなチャンスはもう二度と訪れないでしょう」


「目の前の餌に目がくらんで居るだけではないのか」


此処ここはもう我らの土地ではありません。異界です。我らの土地に我らの理があるように、の地には此の地の理があります。それをいま一番身に染みて理解しているのは、むしろ魔王さまよりも彼女の方でしょう。勇者は魔族以上に、魔力あってこその存在なのです」


「力はそうであろう。だが性根が変わった訳ではない」


「彼女はもう魂がせ細ってしまっているのですよ。

 ガリガリにね。

 酷使され過ぎたのです。もう以前の彼女ではりません。

 教皇や国王も此度こたびの戦で彼女を使いつぶす腹積もりだったのでしょう。

 わたしの放った長手より、次代の勇者は選定を済ませすでに準備済みと聞き及んでいます。

 戦の終焉しゅうえんを待って任命式がり行われるでしょう。

 もう彼女は用済みなのですよ」


「・・・・」


「今の彼女は勇者アリアではなく、ヘレンギースという名の病んだトールマンに過ぎません」


「それを信じろと」


「私の言葉を不信となさるのなら、魔王さまが確かめればよろしゅうございましょう。邪魔はいたしませんよ」


「いやらしいヤツよの。わしにその力が無いと知ってあおるか」


「魔法や魔力ばかりがヒトを試す手段ではありませんが」


「分った、もう良い。おぬしの言を受け容れよう。じゃが、少しでも怪しげな動きがあれば容赦するつもりはないぞ」


「その時にはわたくしが責任をもって始末いたします」


「その言葉、忘れるなよ」


 温くなった紅茶を飲み干すと魔王は席を立ち、惑わしの魔女を自称する妙齢の女は静かに、カップの中に残った珈琲を嚥下えんかした。




 どろどろと遠くから、連なった軍馬たちが荷車を引く音が聞えていた。

 輸送のため分割された攻城(やぐら)を運ぶ様だった。


 荒れ地の窪みにはまった破城(つい)の荷台を、幾人いくにんもの男達が懸命に押し上げようとしていた。


 道の彼方には魔王城が見えた。



 街道はすべて、軍需物資を満載した荷馬車や徒歩で歩く兵達で埋めくされていた。

 その人混みの中より馬に乗った騎士と思しき男が近寄ってきて、面覆いを上げると「お久しゅうござる」と挨拶をした。


「騎士パージガル殿、追い付かれてしまいましたか」


 単純シンプルな胸当てと、凝った紋様を刻んだ兜帽を被った女剣士が笑って返事をした。


「このひどい道ですからな。進軍もままなりませぬ。ですが、いよいよです」


「ええ。遂に、ですね」


 魔族の領地に進軍を果たしてはや四ヶ月。

 連合軍は魔族軍を追い詰めてようやく、魔王城を望むことが出来る此の地にまでやって来ることが出来た。

 筆舌にくしがたい、激しい闘いに明け暮れた日々だった。

 数多の犠牲を払い、数えきれぬ程の屍の山を築き、血の川を踏み越えて辿たどり着いた。

 ようやくの地でその尊い犠牲が報われようとしている。


 だが安堵するには早過ぎる。

 血の供物はまだまだ大量に積み上がることになるだろう。

 地獄の門が開かれるのはむしろこれからなのだ。

 そこに疑う余地などは無い。


「先日は最大最後の要害、ムサムオを落とし守護する魔女衆の一翼を退けたとか。お陰で追撃戦では、我らは大した損害もなく此処ここまで来ることが出来申した。お礼申し上げる」


「いえ、わたしは単に一隊を率いて闘った戦士の一人に過ぎません。皆の協力があったればこそ。賞賛は全て先鋒群の皆が等しく受けるべきものでしょう」


「魔女衆は我らの手に余り申す。勇者アリア、そなたの奮戦あったればこそ。期待しておりますぞ」


「天地の守護があればこそです。忌まわしき魔族をの世から消し去る為なら、この身が塵に為ろうといといはしません」


「不吉なことを申すな、勇者殿。我らトールマンの守護神たる、そなたあったればこその軍団でござる。エルフやドワーフ共などまるで信用出来ませんからな」


「お声が少々大きゅうございましょう。それに人族皆が一つに力を合わせたが故、現在我らは此処に立っているのです。我が身がこうして無事で居られるのも、エルフの付与術士たち、ドワーフの鍛冶士たちの助力の賜です」


「まぁ確かに、ヤツらの魔術や武具は見るべきものが在り申すが」


「盟に従い約を違えず、一丸となり魔王城の門を打ち砕きましょう。彼らの野望を挫き、世界に平安をもたらさねば為りません」


「応、まさにおっしゃる通り。我らは先ず先鋒隊の後供えとなって背後より支え申す。後ろを振り返る必要はございませんぞ」


「心強い限りです。では天と地の加護のあらんこと」


「天と地の加護のあらんこと」


 パージガルという名の騎士は、略式の敬礼をするとまた元の隊列の中へ消えて行った。


 アリアと云う名の勇者は、それを見送ると再び前へ歩を進め始めたのである。

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