1-2 真っ白な火花が走った
「しかし美少女を夜道で拐かすとか、きみも顔に似合わず大胆なコトするね」
「人聞きの悪いコト言わないで下さい。道路の真ん中に倒れてたんです。起こそうとしたけれど目を覚まさないし、放っとく訳にはいかないでしょ」
「普通はその場で救急車じゃないのか」
「何かうわ言呟いていたし、此処まですぐ近くだったし。運んだ方が手っ取り早いと思って」
「外傷はないみたいだが、脳塞栓とか硬膜外血腫とかだったらどうする。手遅れになるぞ」
「怖いこと言わないで下さいよ」
取敢えず警察を呼んで保護してもらいましょう、とスマホを取り出したときだった。
黒衣の袖が伸びたかと思った途端、俺の腕をがしりと掴んだのだ。
「××××××」
聞き慣れぬ言葉だった。
そして続けて次々と言葉を重ねてきた。
起き抜けで朦朧とした様子だが語尾はハッキリしている。
何か喋っているのは間違い無い。
だが何と言っているのか分らなかった。
「あ、良かった。目が覚めたんだね。先ずはきみの名前を・・・・え、えと、何て言ってるんでしょう。三千本桜さん分りますか」
「彩花さんって呼んで欲しいんだけど」
「ああもう、彩花さんどうですか」
「語尾も伸ばして欲しい。『さ~ん』って甘い感じで・・・・分ったよ、睨まなくてもいいじゃないか。まぁそうだね。平たく言って分らない」
「胸張らないで下さい」
「英語じゃないのは間違いないね。スマホに翻訳アプリ入ってるからそれで調べ、ってああ、お嬢ちゃん。それ取らないで」
少女は彩花さんのスマホを奪い取り、画面を覗き込んでいた。
そして何事かを呟いた後に、詰問調でやはり意味不明の言葉を口走りまくし立てて来るのである。
「え、あ、ちょっと待って、落ち着いて頂戴ね。ジャストアモーメント。ストップ、ストップ。良い子だから。メイアイヘルプユー。あ、コレは違うか」
彩花さんはボディランゲージやカタコトの英語を駆使して宥めにかかっていた。
ナニカオテツダイデキマスカ、などと訳の分らないカタカナ日本語まで飛び出していた。
まぁ気持ちは判らなくもない。
しかし少女は中々落ち着かなかった。
を軽く叩いて落ち着けようとしても素気なく振り払われた。
腰を屈めて目線を合わせようとしても逆に平手が飛んでくる。
仰け反って避けたから叩かれこそはしなかったものの、ホントに取り付く島もなかった。
頻繁にキョロキョロと辺りを見回していた。
鋭い声を幾度も発し、彩花さんや俺に人差し指を突き付けていた。
言っている言葉は分らないけれど随分と口調がキツい。
正に詰問と思しき様子だった。
そして何かに怯えているようにも見えた。
やがて少女はふと自分の両手を見た。マジマジと観察するかのように眺め、続けて胸元も見た。二度見、いや三度見はした。
そしてその途端、少女は唐突に固まってしまったのである。
「き、きみ?」
「どうかしたの、お嬢ちゃん」
気遣う俺たちの声はまったく届いてはいなかった。
表情が動かなかった。ピタリと動きを止めて瞬きすらしていない。
まるで少女の人形かオブジェが長椅子の上に腰を下ろしているかのようだ。
「どこか具合でも悪い?」
だが硬直していたのはほんの数秒ほど。
やがてぱたぱたと自分の身体を軽く叩き始めた。
何かを確かめている風であった。
そして少女の顔が見る見る内に青ざめていった。
その様はものの見事だった。
血の気が引くというのは正にこういうコトなのかと感心するほどだ。
そして頭を抱えて天を仰ぐと一声、カン高く叫んだのである。
「××××××!」
意味は判らなかった。
だが何度も同じ単語を繰り返していた。
目を見開いて顔が引きつっていた。
両手で頭を抱え、叫び声が鬼気迫っていた。
どう見たって普通じゃあない。
そしてひとしきり叫んだ後に、少女は頭を抱えたまましゃがみ込んだ。
髪の毛を掻き上げ、虚ろな目付きでぶつぶつと何事かを呟いている。
そして唐突に長椅子に顔を突っ伏すと、くぐもった声でしばらく悶絶した後にピタリと動かなくなってしまったのである。
「あ、ええと・・・・」
「まぁ、何か飲もうか。少しは落ち着く」
暖かいものの方が良いかな、と呟きながら彩花さんは事務室を出てゆき、俺は少女と二人きりになった。
この唐突な手持ち無沙汰感。
随分と居心地が悪い。
そもそもこの子は何故夜の路地に倒れていたのだろう。
そしていったい何にショックを受けて長椅子の上で突っ伏しているのか。
身の丈に合わない服装といい、尋ねてみたいことがてんこ盛り。
だと言うのに外国の子供で言葉が通じないときている。
少女は肩を震わせていた。泣いているということは分るが、慰めの言葉も通じなくてヤキモキした。
こういう時はいったいどうすれば良いのだろう。
取敢えず丸くなった少女の背中を軽く撫でた。
振れた途端ビクリと反応したが、それ以上のことはなかった。
撫でている内に、ゆっくりと震えが収まってゆくのが分った。
「落ち着いた・・・・のかな?」
「ど、どうでしょうね」
少女はいま、長椅子の上に身を起こして座り込んでいた。
床の辺りをじっと凝視して身動きすらしない。
何かを考えている風ではあった。
直ぐにでも警察に連絡してこの子を保護してもらいたかった。
だが少女は、彩花さんと俺のスマホを強引に奪い取ったまま返してくれないのである。
左手には彩花さんが与えたペットボトルのホットレモンを握り締めていた。
最初受け取ったのは良かったのだが、栓の開け方が分らないらしく、ぎこちない様子でただいじくりまわすだけだった。
なので、俺は見かねて開けてやって再度手渡した。
少女は怪訝な表情で、ジロジロとホットレモンと俺や彩花さんを見比べた後に、瓶口に口を付けた。
一口飲んだ途端、目を見開いてまじまじとホットレモンを凝視していた。
そして勢いづいて半分ほどを一息に飲み、ようやくほっと吐息をついたのである。
「お嬢ちゃん、わたしと公介くんのスマホを返してくれないかな」
彩花さんは可能な限り柔らかい口調で、可能な限り友好的な笑顔を作っていた。
だが彼女は一言キツイ口調の某かを喋ったきり、再びぷいとと横を向いて二人分のスマホを懐にしまい込んでしまうのである。
彩花さんのやれやれといった風情の溜息が聞えてきた。
通報されたくない事情でもあるのかな。
少しばかり途方に暮れて「どうしましょうかね」と傍らの年長者に相談するのだが、「どうしようかね」という頼りにならない返事があるだけだった。
「ずいぶん警戒されているな。もう少しそっとしておいてやろう。スマホは仕事が終わるまでに返してもらえばいいし、今晩一晩ここで休んでもらっても構わない。朝になったら店長も出てくる。その時にまた考えよう」
「そうしますか」
確かに、こんな幼気な少女から力尽くで取り返すというのも大人げないし、夜分外に放り出す訳にもいかない。
此処には店の置き電だってあるし、どうしても今すぐ届け出なければならないという訳でもないだろう。
もう少し、この子が落ち着く時間があってもいい。
そう思い直すと、俺は少女に声を掛けた。
「ゆっくりしていて良いからね。取敢えず俺は仕事があるから」
そう言って椅子から立ち上がった時だった。
ずっと考え込んでいた少女がいきなり顔を上げて、またあの不可解な言葉で俺を静止したのである。
異様に力のこもった眼差しが見つめ返していた。
年齢不相応の迫力があった。
「ど、どうしたの。お嬢ちゃん」
一瞬気を呑まれ、ぎこちない愛想笑いを浮かべて腰を屈め、顔を近づけたその瞬間である。
少女は俺の襟首を両手で掴むと、上半身すべての体重をかけて頭突きをカマして来たのである。
ひどく鈍い音が響き、脳髄に突き刺さるような真っ白な火花が走った。




