3-8 殺戮の為の人形
「そうだな。この策の成功をこの目で見ることが出来ないのは残念だが、手助け出来るのは悪くない。そう思っている」
「戦争をしていたんですよね。魔族と」
「うむ。そして何かに取り憑かれたかのように剣を振るっていた。
この身体に刻まれた魔術法術の類いは今、その殆どが無効化されている。この土地に魔力というものが存在しないからだ。こうやって空っぽになって初めて気付いたよ。
ああいう状態を狂奔と言うのだろうな、きっと」
「狂奔・・・・」
「これが正しい、魔族は滅ぼさねばならない、自分がやっていることは間違っていない、間違って居るのは連中なんだ、国王や教皇猊下もそうだとおっしゃって居る、躊躇う必要など何処にもない、とね。
そういう気持ちだけで自分の全てが塗り込まれてしまうんだ」
「・・・・」
「わたしだけじゃあない。周囲もまた似たようなものだった。
侵略者は討つべし、許す必要なんてない。そう自分に言い聞かせて周囲が見えなくなっていたよ。そうでもないと、生き残ることが出来なかった。慈悲を見せれば付け込まれる。
そして勝った者が正義だ。
人族も魔族も大勢死んだよ。いまこうして、剣も持たずに歩いて居るのが不思議なくらいだ」
「・・・・戻りたいですか」
「まっぴらゴメンだね」
「え」
「絶対にイヤだ。頼まれたって戻るもんか」
鰓子に此処が異世界だ、闘う必要が無いんだと知らされてどれだけ嬉しかったか分るかい?
もう剣なんて二度と握りたくない。
裏切り者だと言われようと構うもんか。人殺しなんてもう絶対に、金輪際、未来永劫したくない。
殺しては駆け、殺しては眠って、殺しては飯を食い、クソを垂れ流し、小便をする暇すらない。
わたしの服を見たろう?
汚れきった身体を洗ってくれたろう?
自分の汗と汚物とそして敵の血潮が凝り固まった悪臭に、目を背けたくなったろう?
でも人間は何だって馴れてしまうんだ。
自分の臭いに気づけないどころか、人を殺める罪悪感すら薄れて消えて行くんだ。
アレは人なんかじゃあない。人の形をした敵なんだ。片付けなきゃならない障害物なんだ、とね。
そして行軍や移動の期間、三日も時間が空くともう駄目だ。平穏だった頃の自分が戻ってくる。
じわじわと揺り戻して寝る前に、あるいは夢見る最中に正気に戻るんだ。
わたしはいったい何人殺した、どれだけ戦友の死を目の当たりにしてきた、自問自答して気が狂いそうになる。
「自分の叫び声で目が覚めたのも一度や二度じゃなかったよ」
「・・・・」
「心が振り戻るというのも回復魔法の一助なのかも知れないな。それとも真っ当であろうと足掻く普通のニンゲンの在り方なのだろうか。いっそのこと、狂ったままだったら楽なのに」
苦笑する横顔がまるで泣いているように見えた。
「でもわたしは勇者だ。弱音を吐くなんて許されない。皆の、人族の、トールマンの象徴だからね。ましてや逃げ出すだなんて。そして再び殺戮の中に戻っていくんだ。その繰り返しだった」
人通りのない住宅地の四つ角から、宅配便のバンが出てきて向こう側の筋に抜け出てゆくのが見えた。
二階のベランダから洗濯物が風に揺れ、どこからともなく蝉の鳴き声が聞えてきた。
強ばっていたヘレンさんの肩から、すっと力が抜けるのが見えた。
「すまない。きみに愚痴を言っても詮無いことだというのに」
「・・・・吐き出してみて、どうでしたか?」
「そうだね。少し楽になったよ」
「それは何よりです」
「仮に帰還の門が開かれて元の世界に引き戻されるとしたら、わたしはその場で喉を掻き切って死ぬよ」
向こう側に行ったらまた勇者をやらなきゃならない。
この身体に刻まれた呪文のどれかに、きっとわたしをわたしじゃなくしてしまう魔法があるんだろう。
少量ならこうして自分で自分を保っていられるが、多量に注がれるとたぶん駄目だ。それがまた動き出してしまう。
正義の為に剣を振るう勇敢なる者。その使命に目覚める、と云う訳だ。
勇者と殺人鬼なんて大勢が認めているかいないかの違いでしかないんだ。
魔族も人族も変わりはしない。同じヒトだよ。
「わたしはもう、殺戮の為の人形にはなりたくない」
それ以上わたしは声を掛けることが出来なくて、彼女と一緒にただ黙々と散歩道を歩き続けた。
何を言っても薄っぺらい、偽善に塗れた台詞になりそうだった。
上っ面の正論を口にしても彼女を不快にさせるだけだろう。
所詮わたしは傍観者でしかない。
小さな駅のロータリーにまで辿り着いて、その脇にあるアイスクリーム屋でソフトクリームを買った。ヘレンさんは冷たさと甘さに驚いていたが、随分と喜んでもらえた。
真魚といい彼女といい、どうやら異世界のヒトは甘くて冷たい物がお気に召すようだった。




