3-7 争うことが無くなる
「何を言い出す、この腐れ魔女。勇者など百害あって一利なし。聞きたいことを洗いざらい吐き出させたら即刻首を刎ね」
「真魚ちゃんお黙りっ」
いつの間にハメていたのだろう。
メリケンサックを着けた拳で、お子様の脳天を何の躊躇もなくグーで叩いた。
鈍い音がして、今やお子様は頭を押さえてテーブルの上で悶絶している。
何だか少しこの子が不憫に思えてきた。
「・・・・良いのか?」
勇者の彼女も顔を引きつらせていた。
とても自らの王に対する態度ではない。
そもそも子供をそんな凶悪な代物でどつくというのは、普通ためらうものではなかろうか。
せめて平手で「ぺし」程度だろう。
「子供は、おいたやいけずをしたその場で叱らないと分りませんから」
そんなことを宣ってなんの邪気もなく、ギンギラの暴力玩具を着けた右手を口元に当てて「ほほほ」と笑っている。
「この子は頑丈に出来てますから大丈夫ですよ。さて、如何です?ヘレンギース」
「ヘレンで構わない。だがトールマンや他の人族に徒なす行為となれば断る。直ぐさま此処で我が命を取るが良い」
「人族同士は平気で殺し合うというのに?」
「義なき相手には容赦するつもりはない。だがそれでもわたしは勇者なのだ。道を踏み外す訳にはいかぬ」
「道ねぇ。以前会った時には必ず、『人族の』とか枕詞付けていたのに。どういう心境の変化?今は魔族も加えてもらえているのかしら」
「・・・・」
「ふふん。まぁどちらでもいいわ、大丈夫です。むしろ世界より魔族を一掃するための手助けをしてもらうだけですから」
「な、何を言っているのだ?」
「話を聞きますか?聞けばわたしの提案を受け容れたものとして見なします」
「正気の沙汰とは思えん。魔女エラと言えば隠れなき魔女衆の一柱。それが魔族を滅ぼす提案をするなどと」
「滅ぼすのではありません。あなたの居た世界から消えるだけで、絶えて無くなるという訳ではない。そういう事なのですから」
「訳が分らぬ」
「成功すれば、二度とトールマンと魔族が争うことが無くなります。どうします?」
「真か」
「原初の魔女イーリエーリカの名にかけて」
「・・・・話を聞こうか。土に還るのが今此処か、あるいは少し先かの違いでしかなかろうしな」
果たしてわたしはこの場に居て良かったのだろうか。
背の高い女子大生は小さく固唾を飲んだ。
そして二人の話が始まると、何とも言えない居心地の悪さに何度も身じろぎをするハメになった。
話し合いが終わった後、わたしはヘレンさんを連れて付近界隈をぐるっと回って散歩していた。
異世界と聞いて少し見て回りたいと彼女が申し出たからだ。
「身体の方は大丈夫なんですか?」
「魔女エラ、いや鰓子から少しばかり魔力を分けてもらったからな。回復魔法が働いたので随分とマシになった。散歩程度なら訳はない」
相変わらず乾いてハスキーな声質だが、先程よりも張りのある響きだった。
魔法云々というのはどうにも胡散臭くてかなわない。
だが彼女が幾分元気を取り戻しているのは確かな様だった。
と同時に、魔法というモノが実際にあるのだと身につまされつつある現実に、何ともいや~な気分になるのだ。
ファンタジーはファンタジーであって欲しい。
現実世界に出張って欲しくない。
そう願いつつも、着実に外堀が埋まってゆく「現実」が面白くなかった。
「鰓子から聞いたが君は彼女の姪なのだな。大学に通っていると言うことは、やはり行く末は魔女を目指すのか?
トールマンの魔術士は通常、師とする者へ弟子入りする事で成ることが出来る。学院は王都に一つ在るのみで門戸は狭い。有能且つ更なる高みを目指すほんの一握りの者だけだ。
魔族もやはり似たようなものなのだろうか」
「あ、いやぁ、誤解がありますがわたしは普通の人間です。魔族なんかじゃありませんよ」
「なに、どういうことだ。鰓子とは血がつながっているのだろう。彼女の妹がきみの母親だと聞いたぞ」
「確かにそうなんですけど、何て言うか、伯母が魔女だと知ったのはつい最近で。魔族だの人族だのいったいナニイッテルンデスカといった感じで」
そもそも伯母さんが魔女だなんて話、未だにいかがわしくって軽々しく口にしたく無いのである。
「そうか。お父さんはトールマンだと言って居たな。面倒に巻き込まれるのを危惧して内密にしていたということか。いや、失礼な詮索をしてしまった。許して欲しい」
深々と腰を折って謝罪する彼女に、気にしていないから頭を上げてくれ、と慌てて取り繕う羽目になった。
そして彼女を宥めながら、確かに言われてみれば自分は魔族と普通の人間のハーフ。
そういう事になるのかと、少なからぬショックを受けていた。
そりゃあそうだよなぁ。伯母さんは伯母さんだから伯母さんなんだしなぁ。
じゃあその内にわたしも、魔女の素養云々が目覚めてどうたらとか、日曜の朝にやっているアニメの主人公みたいになる可能性がある。
そーゆー話になるのではあるまいな。
「やめてっ!」
思わず頭を抱えて声を上げていた。
サイケデリックな衣装を着た自分の姿が脳裏に浮かんだからだ。
「ど、どうした彩花。やはり謝罪が足りなかったか」
「いえ、違いますよ、何でもありません。やらなきゃならないレポートがあるのを思い出したダケです」
再び謝ろうとする彼女を押し止めるのに少しばかり苦労した。
大通りの方を回って線路脇の散歩道に出ると静かな住宅地が続いている。
ジリジリと灼けるアスファルトと、道の真ん中にあるマンホールの蓋が目に付いた。
この下に先程の話に出てきたモノが、という気分である。
じわりと額に滲んだ汗が鬱陶しい。
大きく息を吸って吐き出す。
そして「ホントに伯母の話に乗るのですか」と聞いてみた。
先程のリビングで行なわれた「密会」のあらましはだいたい理解出来たつもりだが、どうにもこうにも胡散臭さ満点で、本気で実現可能とは思えなかったからだ。
この町の地下に魔法陣を作って町ごと異世界の住人を移住させる?
何処のトンチキな漫画の設定だ。
あ、イヤ、マンガならむしろナイスなのかも知れないな。
でも現実世界じゃ間違い無く頭のネジが吹っ飛んでると思われる。
あるいは精神科の病院に予約を入れられるハメになるだろう。
今週提出する三つのレポートを賭けてもイイ。
「確かに荒唐無稽な策に聞えるな。少し前のわたしなら失笑と共に歯牙にも掛けなかったろう。だが、トールマンと魔族の争いを二度と起こしたくないというその気持ちはよく判る。あのような凄惨な争いは、二度と起こしてはならないよ。
薄っぺらく聞えるかね?」
「い、いえ。とんでもない」
淡々と語るものだから浮世離れした話に聞えた。
そもそも此処は平和な日本の片隅なのだ。
戦争のせの字すら見当たらない。
ひょっとして顔に出ていたのだろうか、と思わず肝が冷えた。
「でも、百年越しですよ」




