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【1万1千PV感謝】下町侵略日記  作者: 九木十郎
第三話 勇者襲来です魔王さま
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3-6 この子は無力です

「もうこの子は無力です」


 伯母さんは実ににこやかな顔でそう宣っていた。


「それを信じろというのか、この唐変木とうへんぼく魔女っ」


 お子様は激昂げっこうして叫んでいた。


 そして伯母さんの隣では、昨夜の女性が蜂蜜を溶かしたホットミルクを静かに飲んでいた。

 目の下に真っ黒なくまが出来て居る。

 憔悴しょうすいしきっていて昨夜よりもほおがこけ落ちていた。


 昨日もヘロヘロな有様だったが今は更にひどい。

 ほんの数時間でいったい何がったのだろうと、こちらが不安になるくらいだ。


 伯母も真魚もこの女性を勇者などと言って居たが、とてもそうは見えなかった。

 むしろ病院から抜け出した栄養失調の浮浪者と言った方がよい。


 余りにも臭くて汚かったので、連れ帰ってきて先ず伯母はこの女性を風呂に入れた。


 しかし疲労困憊といった有様で、満足に自分の身体も洗えない状態だった。

 なので伯母やわたしが一緒に風呂場に入り、二人がかりでアチコチ丹念に洗った。

 彼女は為すがまま、されるがままだった。


 全身に施された入れ墨もさることながら、こするほどに垢が出てビックリした。肉がげ落ちているのではと疑うほどだった。

 そして洗っても洗っても臭いが取れなかった。


 絡まってごちごちに固まった髪を洗うと、茶色いツブが沢山流れ落ちてきた。何だろうと思ってよく見たら、それは溺れて藻掻もがくノミだった。

 ひょっとしたらシラミも交じっているのかも知れない。


 手足の状態も酷いものだ。傷だらけ膿みだらけあざだらけ。

 そして爪はアチコチが割れて真っ黒だった。


「わたしたちもこの後で着ている服は洗濯して、シャワー浴びた方がいいわね」


 苦笑する伯母にゲンナリすると同時に、現実の中世ではきっとコレが当たり前の光景なのだろうと思った。

 ヤレヤレとしか言いようがない。


 脱いだ彼女の下着がゴワゴワとした固い布地で、やはりひどく汚かった。


 既製品を見慣れたわたしには、実に稚拙な出来だった。生地の編み目も雑でそろっておらず、雑巾を縫い合わせたようにしか見えなかった。

 ソレが魔法だの何だのよりも、このひとが異世界の人物だと余程に信じられた。


 少なくとも、現代文明の中で生きている人ではないと、そう確信せざるを得なかったのである。


 その一方、身体は余分な脂肪が微塵もなくて、正に鍛え抜かれしぼり込まれた肉体だった。

 特に背中の筋肉がたくましくて、とても女性とは思えなかった。


 武道にたずさわる人間は、皆こんな身体をしているのだろうか。


「これで、まぁマシになったわね」


 彼女の後にわたしや伯母もシャワーを浴びて、サッパリした後に彼女を伴ってリビングに入った。

 着替えはわたしの物が何とか入った。

 丈は長かったが伯母のものでは肩幅が入らなかったからだ。


 そうやってようやく、テーブルを囲む事が出来たのである。




「お子様、大声出すと五月蠅うるさい。ご近所迷惑だ」


「キサマごときに何が分る!」


「彩花ちゃんの言うとおりよ。真魚ちゃんお静かに」


此処ここで言わず何とする。そもそも此奴こやつは」


「騒いで何か良いことがるのか、魔王さま」


「!いま此処でその呼び名を口にするか」


 ギリリと小さく歯ぎしりの音が聞えた。


 勇者と呼ばれた女性がピクリと反応したが、ただそれだけで、またコップの中のミルクを口にした。そしてお子様はようやく静かになって、浮かしていた腰を椅子に落としたのである。


「やはりそなた等は魔族なのだな」


 かすれて細い声だったが確かな意思をともなった声だった。


「何故わたしを助ける。今ならこの首を取るは容易たやすいぞ」


「首をねて欲しいのかしら。まぁその方が拷問にかけられるよりは楽かもね」


「容易く死ねると思うな。我らの苦渋の一端なりとも」


「はいはい、真魚ちゃんは黙ってて。話が進みません。先ずは名乗らせていただくわね。わたしはエラ。惑わしの魔女と呼ばれているわ」


 伯母がいかれた自己紹介をした途端、彼女の目付きが変貌した。

 本当に一瞬だったので目の錯覚かと思った。だが間違いない。背筋が凍り、思わずこうして身震いしている。

 まるで、親の敵でも見つけたかのような眼差しだった。


「自称じゃろう」


 真魚の小馬鹿にした物言いに緊迫感が抜ける。


「はい、五月蠅い。あなたは中央王国の勇者、ヘレンギースで間違いない?」


 受けて流す伯母もまた同様。瞬時、張り詰めたものが霧散していた。


「何処でその真名を知った。世間ではアリアで通っていたはずだが」


 呆れたような吐息がひとつ。


「もう、なによ。こんなにアッサリ認めるとは思わなかった。まるで覇気が無くなっちゃって、まぁ」


「何とでも言うがいい。そしての身もそなた等の好きにするが良い。恨みを晴らしたいと言うのであれば拒みもしない」


「・・・・本当にキサマはあの勇者アリアなのか。顔はそっくりだが似ても似つかぬ」


「わたしも自分で驚いている。何故ここまで気力が萎えてしまったのか、と。自分の中にみなぎる魔力が尽きると共に、使命も消えて失せたような気がしてならない」


 そう言ってつく溜息すらか細くて、今にも此処で消えてしまいそうだった。


「魔王を討ち果たさんと意気揚々。艱難辛苦かんなんしんくの末に出会ったのが斯様かような幼女とは。幼子の首を取って何処どこに誇れる。

 しかも肝心のわたしはこの有様だ。己の不甲斐なさに笑いが込み上げてくる」


「ただ燃えきているだけでしょう。お腹が減ると気力も萎えるものねぇ」


「伯母さん、そんな単純な話ですか?」


「全身に施されて居るのはエルフの付与呪文よね。肉体だけじゃなくて心にも某かの作用を施されていたのではなくて?遠い昔には身も心も魔術漬けにして、狂戦士と化した『勇者』も居たとか。古い魔法史や魔導書で読んだ憶えがあるわ」


「狂戦士。北欧のバーサーカーですか」


「そう、ソレ。本来はベルセルク、異能の戦士という意味ね。普通はボンヤリさんだけど、闘いになれば敵味方の見境が無くなっちゃうヤツ」


「まるで麻薬みたいですね」


「みたいじゃなくて効果はソレそのものだったのかもね。薬物か魔法かの違いがあるだけで」


「というコトは、今の此奴こやつは『やく』の切れた『じゃんきー』という訳じゃな」


「お子様。何処どこでそんな言葉を憶えた」


「わしを小馬鹿にするのも大概たいがいにせい、このひょろ長。『ねっと』だの『てれび』だのいくらでも手立てはあるわ」


 不意に、ははは、と乾いた笑いがリビングに響いた。「勇者」が疲弊した顔で声を上げて笑っている。お子様がまた吠えるのかと思ったのだが、鼻白んでジロリと睨み付けただけだった。


「いや、失敬。笑ったのはそなたに対してではない。気負って此処ここる自分が滑稽こっけいだったからだ。時にそなた、魔女エラと申したな。わたしの記憶が定かなら老婆の仮面を被っていたように思ったが」


「ええ、その通り」


「わたしに何を望む。ただ命を奪うというだけではあるまい。口を割らせるにしても随分と迂遠うえんだ。それに闘いの帰趨きすうはもう決した。魔王城は陥落し、たとえ魔王は健在でもあの壺はすでに無い」


「やはりそうなのね。破壊を命じたのは誰?教皇かしら。魔王城はどうなったの」


「命を下されたのは如何いかにもその通り。魔王城のことは分らん。門を破った後、わたしはそのまま城の中枢を目指し、壺を壊した。その弾みでわたしは今此処にる。だが最後のあの状況では無事ではなかろうな」


 お子様が割って入った。


「壺の広間に居た男はどうなった」


「あの黒衣の男か。わたしが殺した。恐ろしい程の手練れだった。普通に戦場で出会っていたのなら、倒されていたのはわたしだったろう」


「・・・・左様か」


「出来れば、あの者の名を教えてはもらえないだろうか」


「グノー。アーオヒアップ家のグノーだ。わしの副官を務めておった。有能かつ失敬極まりない男であったわ」


「そうか。かたじけない」


「あなたはこれからどうしたいのかしら」


「何故わたしに訊く。むしろそれはこちらからの質問だろう」


「あなたは取敢とりあえず、やる事の半分をこなしました。もう半分は燃えきて、全てにやる気が失せております。そこで提案です。今後一切魔族やそれに連なる者たちに手出しをしないと約するのなら、生き甲斐とあなたの居場所を進呈いたしましょう」


「な、なに?」


 瞬間的にいきり立ったのはお子様であった。

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